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双対の演劇と擦れ違い



第三話 双対の演劇と擦れ違い




魔法部の部活内容は基本、毎日の授業内容と変わらない魔力操作から始まる。だが、魔術と違う、古い手法の魔法とではその操作方法が違っていた。

授業で習う魔術の操作方法では、肉体の内を基準とした魔力の生成、練り上げを行う。

対して、古き手法の魔法の操作方法は、自身だけの特殊魔法陣を初めに形成し、それを基準として、魔力の操作を行うのだ。



さっきまでの騒動も落ち着いた後、机を端に寄せた雪先とルトワは教室の中心に立ち、共に呼吸を意識しながら魔力を操作する。

魔術では魔道具を媒体にして力の初期発動を支援するのだが、魔法ではそういった道具を使用せず、何の補助もなしに魔力を操っていく。

魔法部の勧誘を行っていたこともあってか、ルトワは意図も簡単に自身の足下に淡い青光を帯びた魔法陣を形成させ、魔力の質を高めていく。

だが、対する雪先はというと…、


「ぅ――――――ん―――――っ!!」


足下に魔法陣を作るも直ぐに歪み、消失してしまう。

形成することに対し、無駄が多すぎることもあって体力の減りも早い。両膝に手をつけ肩で息を吐く彼女にルトワは苦悩の唸り声も漏らす。


「中々うまく行きませんねー…」

「ぜー、はー、ぜー…ッ、だから、…言ってるじゃない…っ。私、昔から魔力の操作とかが苦手なんだってば…」

「それにしても……下手すぎますよ?」

「ぅう…」


このセイヴァリアン魔術学園に来て以来、雪先の成績は一年生たちの学力ランキングから数えてもダントツのベベタであり、つまりは下から数えた方が早い位置にあった。

というのも彼女はこの学園に来る以前から、魔力操作が頭文字にドがつくほどに下手なのである。

学歴も伸びず凹んでいた時、たまたま彼女の前を通りかかった演劇部の先輩に誘われ、そうして演劇の道を歩くことになったのだが…、


「別にそれでもいいし……。私には、演劇があるし」

「そうは言いますが、この学園での成績はこの先大事になりますよ? 寮での待遇とか、買い物とかにも関わってきますし」

「…………」


待遇や買い物という言葉が出てくるのには、実は理由があった。

それは、このセイヴァリアン学園は寮生の校舎であったこと。そして、もう一つがその各自の成績に応じてポイントが支給され、生活面での必要物品や買い物といった物ものにそれが使用される。

ポイントが高ければ朝昼夕の食事も豪華なものになり、また学園外にある店々もそのポイントに適応しているのだ。

この仕様は各国でも同じであり、日本だけのものではない。

なので、成績が上であることに越したことはないのだが、


「っと、そろそろ良い時間帯なりますね。今日はここまでにして、雪先さんも帰りますよ」

「って、あれ? もう、そんな時間?」


教室の黒板上に掛けられた時計を見上げると、短い針が六時を刺してる。

学園の最終下校時間は六時半。それまでの間に帰らないと教師からの何らかのペナルティーが発生するというが、実際は教師に見つかればという何とも甘い制度である。

ルトワは帰る仕度に入る。その一方で雪先は大きく息を吐きながら両肩を回す仕草を見せ、


「ごめん。私ちょっと用事があるから先に帰ってて」

「え、そうなんですか? だったら私も」

「いいからいいから。少し時間掛かるから、先に寮に戻ってなよ。…また夕食の時にでも部屋に尋ねに行くから」


そ…そうですか…、とルトワはどこか申し訳ない表情を浮かべていたが、そんな彼女に雪先は笑いながら手を振って見送る。

教室を出て行ったルトワの足音が次第に聞こえなくなり、室内に誰もいなくなった。


……よし、と気を取り直し立ち上がる雪先は鞄から一冊の本を取り出し、付箋の張られていたページを開く。

そして、しばらくそれを眺めた後、教室の中央に立ち、雪先は魔法ではない―――――演劇の練習を開始させた。



『私と戦うなんて、良い度胸じゃない』



突然と口調を変え、手の動きも言葉に合わせ、挑発した構えを作る。

次に敵に攻撃されたイメージを沿って回避の動きを見せたり、それから次に言葉と動作、それらを交互に続けていく。

本に書き記されていた文を朗読し、演技として実行する。

誰の目にも移らない一人だけの劇。だが、この時だけは雪先の顔は生き生きとしており、疲労など吹っ飛んだように演技に熱中していた――――



「お前、何してるの?」



そう、教室のドアが開き、唐突に見知らぬ男子生徒に声を掛けられるまでは。




「っきゃあああああああああああああああああ―――――っ!!?」




誰もいない校舎で。

顔を真っ赤に染めた雪先の悲鳴が、廊下の外にまで大きく響き渡る事となる…。




◆ ◆ ◆





「先生、どういう事なんですかッ!!」


五時間目の休憩時間。

職員室にて、突然と駆け込んできた妼峰アゲハは険しい剣幕で声を上げる。

彼女が視線を向けているのは焔月火鷹の担任教師、トグマ=オエータであり、そのトグマはというと頬に冷や汗を垂らしながら、声を濁している。


「だから何度も言っているように、焔月は昨日階段で落ちて数日は寮で休養していると」

「私はそういう事を聞いているんじゃないんです! 先生は本当に焔月くんの怪我の容態とかをその目で確認したのかと聞いているんです!!」


彼女がここまで言うのには、わけがあった。

妼峰がいつものように昼食を取ろうと屋上へ行こうとしていた時、偶然と彼女は同じ一年の女子たち集まりが、ある話しをしていたのを耳にしたのだ。


その内容はというと、昨日の昼休みの終わり頃……焔月火鷹が数人の男子生徒と一緒にどこかへ去る姿を見かけたという話だった。


別に友達同士なら、仲間と一緒に遊びにいったとして話はかたづけられただろう。だが、妼峰は焔月火鷹がこの学園の中で一人浮いた存在であることを知っていた。

それに付け加えるように、次の日。彼が怪我をして授業を休むことになったという話を耳にしたのだ。

ただ階段を踏み外した、それだけの情報で納得がいくわけがなかった。


「そもそも君と焔月とでは、クラスも違うし何の関係もない。そこまで気にすることではないだろう」

「っ、でも!」

「それに、焔月は色々と問題を抱えている。君もそんな厄介ごとに関わって成績が落ちることがあれば、君の親にも申し訳がたたないと思うがね」

「!?」

「まぁ、焔月が授業に出てくるようになったら君に伝えるようにしておくよ」


さぁ、次の授業があるだろう…、とトグマは口元をニヤケつかせながら、あしらうように手を振ってその場から去って行く。

本当なら、今すぐにでも彼の元に行きたかった。

だが、男子寮へ入ることは規則として禁じられており、その入り口にもガーディアンという鎧人形が配置され、簡単に入ることができない。だから、彼の担任教師の力を借りて、何としても会いにいこうと思っていた。

だが、…その教師でさえ、疑問すら抱かないほどに彼の容態を気にとめる様子を見せなかった。


「…………………っ」


ただ待つことしかできない。

妼峰は下ろした手を握り締め、固く唇を紡ぐしかできなかった。




セイヴァリアン学園にある寮の一つ、男子寮。

門番であるガーディアンに守られた、その寮は三階構成で作られていた。

一階は一年、二階三階は上級生が各自部屋を持つ仕様になっている。そして、生徒が授業に出ていることもあり、いつもなら早朝から夕方までの間はどの寮も空の部屋で支配されているはずだった。

ただ、ある一室で、


「はぁ…はぁ…ッ…」


全身に湿布や絆創膏を貼る焔月火鷹が、満身創痍といった表情でベッドの中で寝込んでいた。

どうやら昨日の男子たちにやられた傷の一つに菌が入ったらしく、何とか部屋についた時には既に38度もの高熱が出ていた。

そして今も、容態は下がらない一方である。

喉の渇きを気にしつつ顔を横に向けると、直ぐ側に自身の尻尾を包ませながら眠りにつくフラルの姿があった。


「……クゥン…クゥン」


その吐息はどこか弱々しく、その顔にも疲れが見えている。主人の状態の影響もあって、魔力の伝達率が極端に減っているためだろう。


ぼやける視界で自身の使い魔を見つめつつ、重い体を動かそうとするも思うように動かない。

情けないな…と、呟きながら火鷹は小さく瞳を伏せ、荒い息づかいを続けたまま再び眠りにつこうとした。

だが、その時。


脳裏に一人の少女―――妼峰アゲハの顔が浮かぶ。


しかし、その顔は直ぐに消失してしまった。

そして、それと入れ替わるように、意識が眠りにつこうとした間際に、昔の記憶が突然と蘇る。

それはかつて昔、父が健在だった頃に出会った一人の少女との記憶…。




『やくそくだよ。ぜったい…ぜったいに、また会おうね!』




何で今頃になってその事を思い出したのか…。

疑問を抱いたまま、やがて火鷹は再び深い眠りに落ちていく…。






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