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「おいしい! やっぱり味噌カツが最高だね」
こちらも、あふれんばかりの笑みをみせていた。
美空はベージュで薄手のニットを着ている。
胸元がおおきく開いていて目のやり場に困ったが、素直にとても可愛らしかった。
「たべるのは久しぶりなのか?」
「うん。依頼があったのも久しぶりだったから」
もくもくとご飯を口に運ぶ美空をみながら、私はコーヒーをすする。
「そういえば、鳩くんを呼ぶのを忘れていたね」
「ううん。彼はこんなの食べられないよ。だいいち、鳩は人の姿になれないから、ここにだって来られない」
「そうか……彼にも世話になったから、お礼をしたかったよ」
ツッコミどころは結構あったが無視することにした。
「しかし、よく消しゴムのことに気がついたもんだ」
「だって、消しゴムにあやしさがいっぱいだったからね」
美空はキャベツの千切りに箸をのばす。
おいしそうに頬張ると、説明を続けた。
「ぼくは先生の話を聞いて、その……健人くんは、消しゴムになにかを隠してるんじゃないかなって考えた。それだと先生に消しゴムを拾われて慌ててたことの説明にもなるし、後輩の子と話してるときに消しゴムを取り出してたことにも納得がいくからね。まあ……健人くんの消しゴムに、ほかのものが入ってる可能性もあったけれど」
「ほかのもの?」
「うん。危ない薬」
私は思わず吹き出した。
私よりも恐ろしい想像をしていたものである。
「でも、んー……小学生が消しゴムに隠せるものっていったら、いまはやっぱりSDカードあたりだと思ったから、パソコン室を待ち合わせ場所にしておいたってわけ」
美空はなにやら視線を泳がせながら言った。
「そうか……秘密基地も、今はたいぶちっちゃくなったものだね」
チップのなかの秘密基地とは……さながら特撮の世界である。
私がしみじみとしていると、美空は味噌カツを平らげ、ごちそうさまをした。
これで、美空ともお別れだ。
私はなかなか最後のお礼を言えなかった。ありがとうと言った次には、さよなら、がくるからだ。
後ろ髪を引かれる思いで食後のコーヒーかデザートをすすめると、美空はコーヒーを頼んだ。
私も、すでに二杯目になるコーヒーに口をつける。
「しかし……今回は反省したよ」
「反省?」
「ああ。私の話を振り返ってみれば、健人くんが本当にいじめられているのかもわからない、裏サイトがあるのかもわからないといった具合だったからね。複雑に考えすぎて自縄自縛になっていたよ」
なんとも、かたなしである。
すると、美空は首を振った。
「先生は、とてもいい先生だと思う」
笑顔で、口数少なく言ってくれた。
美空は遅れて届いたコーヒーカップを両手で持つと、前髪をゆらして私にたずねた。
「……先生って、秘密基地遊びしたことある?」
「秘密基地遊び?」
それは、もちろんある。
「私が子供のころは、よく雑木林や廃車置き場に秘密基地を作っていたよ。そして学校の帰り道に寄って、友達と遊んでいたように思う」
「うん。そうやって秘密基地を作るとさ、みんな宝物を持ち寄って、隠したりしなかった? ぼくが見てきた限りだと、これって子供の習性なのかなって思うくらい、秘密基地には宝物があるのがお決まりだったけれど」
私はハッとする。
「そういえば……私の宝物は、クイズ本だったな。好きだったテレビ番組の本で、帰り道に拾ったぼろぼろのやつだったんだが、それを秘密基地に置いていたと思う。秘密基地のなかで意味もなく読んでいたよ」
たしかに秘密基地をこさえたあとには、そこになにを持っていくかを考えたものだ。そして、それが楽しくもあったのである。
私が懐かしさにかられていると、美空はゆっくりとうなずいた。
「ぼく……実ははじめから、消しゴムにはSDカードが入ってるんじゃないかって見当をつけてたんだ。それというのも、その中身にあてがあったから」
「ほう? そうなのか」
「でも、あてがはずれたときはびっくりしたなあ。ぼく……中身は、えっちい画像なんじゃないかなって期待してたから」
鼻からコーヒーがでた。
「な……なんでそんな期待をしたんだ」
「だって秘密基地に隠されてたものって、だいたいそういう本だったでしょう? むしろぼく、健人くんはそういった画像を友達とやりとりするために、消しゴムに隠してるんじゃないかって考えたんだもん。まあ……こんなの言うのは恥ずかしいから、先生になかなか言えなかったんだけれど。ほんと、最近はえっちい本も落ちてないし、時代は変わったよね」
美空は頬杖をついて窓の外をのぞく。
「しかし、ある意味で変わっていないともいえるね」
私はもう一度、冷えたコーヒーを飲む。
――オリオンの喫茶店らしい雰囲気も、そのコーヒーの味も、開店当時のままだ。
しかし大人になれば……日々の忙しさに追われて、子供のときの宝物などつい忘れてしまう。
だが、それでも。
いつだって秘密基地をのぞいてみれば……大切なものは、そこにあるのだった。