3
遅くまで仕事をして、すっかり日が落ちてしまった。
私は、パチン、とパソコン室の電気をつける。
室内を見回していると、コツコツと窓を叩く音がした。
窓辺には、ひばりと鳩がならんでいた。
「先生おつかれさま。消しゴムも持ってきてもらったよ」
鳥たちを迎え入れるが、鳩は消しゴムを置いて去ってしまった。
残された消しゴムを取り上げ、私は窓をしめる。
ひばりは器用に、一台のパソコンとモニターを起動させていた。
「先生にも、実際に見てもらったほうが早いかなと思って」
「なんだ、やっぱりサイトがあったのか?」
「ううん。でも、秘密基地ならみつけた」
「秘密基地?」
「先生が持ってる消しゴムに、答えが隠されてるよ」
私は、手元の消しゴムを見る。
「前に見たときより、いたずらが増えているな」
いたずらといっても『お尻のほうにシャープペンの芯が埋め込まれている』というものなので、鳩がやったのではないだろう。
これが答えだと言われても、さっぱりわからない。
コンコン。
窓に、さっき飛び立っていた鳩が戻ってきていた。
なにやら、新しいものを持ってきている。
窓を開けると、鳩も中へと入ってきた。
「ありがと」
ひばりは鳩に礼を言う。
モニターの前に鳥が二羽並んで、私を待っていた。
「なにを持ってきたんだ?」
「カードリーダーだよ。先生、これをUSBに差してくれない?」
たしかに鳩が持ってきたのは、マイクロSDカードを読み取るための、小型のカードリーダーだった。
「先生、消しゴムのシースを外してくれない?」
ひばりに言われるがまま、私は消しゴムのシースを外す。
傷だらけの身があらわになった。
「ふむ……あ、なるほど」
そういうことだったのか。
「これ、消しゴムのなかに、SDカードが入ってるんだな?」
言いながらいじってみるが、消しゴムが裂けそうになるだけだった。
「取れないんだが……」
「ぼくも最初はまちがってたのかなと思って驚いたけれど、ほら、消しゴムに刺さってる芯を抜いてみて。すると、作りもわかるはずだから」
「ん? わかった」
言われるままに、消しゴムの尻に刺さっているシャープペンの芯を引き抜きにかかる。
刺さっている芯は二本あった。そのうちの一つは深爪の私にはむずかしかったので、鳩のクチバシに手伝ってもらった。
すると、消しゴムの身がぐいっとずれた。
「なるほど……」
指で押し込むと、消しゴムの中心が抜けるようになっている。
「そうやって抜いたとき、本体側に少し裂けた跡が見えるよね」
「ああ。カッターの切れ込みが広がって、土台が裂けてるみたいだ」
「それを気にして、健人くんたちは真ん中を指先でつまんで抜いてたんじゃないかな。だから、片面だけ爪でちぎれちゃってるわけだね」
「ああ。そして人が触っても真ん中がずれないように、『後ろからシャープペンの芯を刺して、鍵にした』わけだな」
なんとも賢いことである。
「そういえば――私も消しゴムに似たようなことをした覚えがあるよ。そのときは中をくり抜こうとしたんだが、くり抜くというのは案外難しくて、結局諦めたんだがね」
その点、健人くん謹製の消しゴムは、パーツが三つに分かれている。
真ん中を四角形に切り抜いて、さらに、その抜いた四角形を横半分に切り分けている。
わかりやすくいうと、SDカードをサンドイッチにして、元の消しゴムにはめ込んでいるのだ。表面が升目状に切られているのは、消しゴムの切れ目を隠すカモフラージュである。
「そして、これが彼らの秘密基地。のぞいてみるんでしょ?」
ひばりの足下には、SDカードが置かれている。
「ぼくも、このカードになにが入ってるかまではまだ知らない。心の準備はいい?」
「気も引けるが……確認しておくよ」
私はSDカードを差し、該当するドライブのフォルダを開く。
「わ……すごい」
私とひばりは目を見張る。
モニターにはたくさんの……健人くんの描いた、漫画のファイルが置かれていた。
私は画面をスクロールして、内容を確かめる。
ひばりが、ほー、と言った。
「これってどうやら……後輩の中川くんがテキストデータでお話を書いて、健人くんが漫画にしてるみたいだね」
「ああ。二人は作画と原作のコンビだったんだな」
――健人くんの、ちいさな秘密基地。
そのなかには、彼らの思い描いた物語が詰め込まれていたのだった。
これにて、健人くんの秘密基地事件簿は幕を閉じた。
消しゴムは校庭に落ちていたことにして、健人くんへと返した。
健人くんは両手で宝物を抱くように受け取ると、輝く笑顔でお礼を言ってくれたのだった。