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 Who'll be the clerk?

 I, said the Lark,

 if it's not in the dark,

 I'll be the clerk.


(クラークをやるのはいったいだれ?

 わたしよ、とひばりは言った。

 もしも闇のなかでないのなら、

 クラークをやるのはこのわたし)



『Who Killed Cock Robin(だれがコマドリ殺したの?)』‐マザーグース より抜粋。






 小学校の入学式から、もう一ヶ月がすぎた。

 今年は、私の受け持つクラスが卒業する年だ。

 何度経験しても、思いはひとしおである。


 ーーだが……今のままではいけない。


 彼のことを無視したまま、みんなが卒業していくのを見送ることなどできない。

 そう悩んでいたとき。

 私は一つの噂を耳にした。

 なんでも、このひばりヶ丘小学校には、ちいさな探偵がいるという。

 その探偵へのアクセスは簡単。

 金曜日の夕方に、家庭科室の窓に洋食屋オリオンのマッチ箱を立てておく。

 そうすれば、土曜日に会うことができるそうだ。


 最初は、ほんの気まぐれのつもりだった。

 なにも起きなかったのを確認して、いつものように仕事をするはずだった。

 まさかいるはずはない。

 そう思って戸を引いたら……そいつはマッチ箱をいじりながら、机にちょこんと座っていた。



「おはよう先生。きみはクックロビンの歌の、ひばりの謎を知ってるかい?」

「いや、知らないが……」

「謎というか、解釈のしかたなんだけれどね。マザーグースの童謡のなかで、スズメはコマドリを殺したし、ハエは現場を見たし、カブトムシは死装束をつくった。これらはみんな解釈の余地がない。けれど、ひばりは違う。はたしてひばりがつとめるクラークは、司祭の付き人のことを意味するのか、はたまた事務員のことを意味するのだろうか。きみはどっちだと思う?」

「……歌詞の文脈からいえば、ひばりは付き人だろう。そもそも事務員を意味するクラークだって、語源は聖職者だからな」

「さすが教師だね。よく物を知っている。けれど不思議だとは思わない? どうして夜目の効くひばりが、暗闇を嫌うのかなあ」

「クラークとダークで、韻を踏むためじゃないのか?」

「ちっちっ。これこそは、ぼくらの先代たちが隠したヒントなんだ。闇を嫌がる職業っていうのなら、それはむしろ事務員だよね。クラークという言葉はお客さんに応対する仕事に使われるように、ひばりも、お客さんを迎えて仕事をするんだ。ぼくも、自分は探偵局員だと思ってる。調査、謎解き、不思議に関するご相談なんでもござれだ。報酬は、オリオンの味噌カツ定食でよろしくね」

「それはいいけども……それでいいのか?」

「もちろんだよ。あそこでオムライスを頼むのはもぐりだね。なんてったってあの洋食屋は、味噌カツがいちばんおいしいんだから。きみはたべたことない?」

「あるけど、お前はたべれるのか? ……色んな意味で」

「ぼくが味噌カツたべちゃいけないの?」

「可能なのか、不可能なのかの問題だよ。だっておまえ……鳥じゃないか」


 土曜日の早朝。

 私は、一羽のひばりとお喋りしていたのだった。


 ◆


「ところで、ぼくへの依頼はなに?」


 ひばりは私に問う。


「こまったな……正直、まだ現実をのみこめてない」


 三十余年生きてきて、まさか鳥と話す日がくるなんて考えもしなかった。


「ふうん? まあ切り替えてよ」


 鳥にこんなことを言われるとも思っていなかった。

 だが。

 昨日、家庭科室の窓にマッチ箱を置いた理由が、私にはあった。

 ちいさな探偵への相談ごと。

 思いきって、このひばりに話してみることにした。


「きみは……学校の裏サイトを知っているかい?」

「生徒がつくる、彼らのウェブサイトだね。匿名で個人の陰口なんかが書かれているところでしょう?」

「ほお。文化には明るいみたいだな」


 私が感嘆すると、ひばりは、探偵業は情報が命だからねと自慢げに胸を張った。


「それで先生、その裏サイトがどうしたの?」

「それなんだが……どうやら私の生徒が、そのサイトを作っているみたいなんだ」


 私は丸椅子に腰掛ける。

 こうしていると、まさに探偵に相談を持ちかけている客さながらである。


「気になっている生徒は二人いる。それぞれ、五年生と、六年生の男子生徒だ。その六年生のほうが私の生徒なんだが……」


 私は、すこし言い淀む。


「どうしたの?」


 ひばりは小首をかしげる。

 私は咳払いをひとつして、話しはじめた。


「彼の名前は、菊池健人くんという。彼のことを……どうか調べてほしいんだ」

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