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サクラ、サクヤ  作者: 要崎 紫月
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『何故、妻を殺したのか』という問いに男は答える。



何を言っても言い訳にしかなりませんが・・・


キッカケは些細な事だったと思います

息子の教育方針とか、そんな事だったと


そう、息子の中学の卒業式の日の夜です

妻との話しが上手く噛み合わず、徐々に言い争いになって

その最中に何故か、ふと気付いてしまったのです

自分の知らない内に咲良・・・あの、妻が随分と老け込んでしまった事に

そうしたら急に、とてつもない恐怖と後悔が襲ってきて

考えるよりも先に、妻の首をこの手で絞めていました


いつの間にこんな年を取ってしまったのだろうか、と

そんなに時間が過ぎてしまったのか、と

どれだけ自分は妻を、家庭を顧みていなかったのだろうか、と

大変なのは自分だけでは無かった


もう、楽にさせてあげようと思ったのかもしれません


いえ、楽になりたかったのはきっと私の方でしょうね


妻は私には勿体無いぐらいの人でした

家族に対してとても献身的で、よく話を聞き、よく笑う

容貌もそうですが人間的に美しい人でした

それを私は、自分の小ささの所為で壊してしまったのです


思えば、融資部門に異動になってから少しずつおかしくなっていった気がします

仕事にやりがいは有りました

当然ながら、年数が経てば責任も大きなものになります

担当していた融資先が焦げ付き始め、奏功している内に回収不能になる先も有りました

このご時世、と言ってしまえば簡単ですが、そればかりではありません


単身赴任で来ていましたから、普段の身の回りの事も勿論自分でやらなければなりません

休みの日に溜まった洗濯物を見るだけで憂鬱でした

そうしたら次第に家族とのやりとりが億劫になっていきました

そんな事ではいけないと頭では分かっているつもりでした

でも、そんな余裕は無かった

自分の事で手一杯で


妻は何故か全く抵抗しませんでした

私の目をじっと見詰めて、そっと涙を流していました

しばらくして妻の口が動いたかと思うと、そのままぐったりとなってしまいました

何も聞えませんでした

喋ったのか、ただ動かしただけなのか、私には分かりません


その後、妻の身体を引き摺る様にして寝室に運び、ベッドに寝かしました

私はリビングに戻って、ソファーで少しだけ眠りました


夜が明けない内に目が覚めて、コーヒーを淹れました

頭はぼんやりとしていたのですが、動いていないと落ち着かない感じがして

飲んでも味なんてしませんでしたけども


夜が明けて、しばらくすると息子が起きてきました

妻がキッチンに居ない事を不審に思った様で、起こしに行こうとしたのを止めました

あの姿を見せる訳にはいきませんでした

呼び止めて、息子を後ろから抱き締めました


息子は妻によく似ていました

小さい頃は女の子に間違えられるなんてしょっちゅうで、周りの子からからかわれたりして

体つきは私に似てしまったので、この時改めて申し訳無く思いました

優しさと頼り無さは違いますもんね


この子もいずれ年老いてしまうのか、と思ったら妻の時と同じ様に手に掛けていました

全てが醜く崩れ去ってしまうのではないか、と

確実にやって来る未来が直視出来無かった


正気ではありませんでした


実はもう、あの山奥の家は購入するつもりで押さえてありました

早期退職は決めていましたし、上司の了承も得ていたので

家族には全く相談していませんでしたけども


宛も無くふらっと出掛けて、たまたまあの物件を見つけたのです

昔、桜の木が有る田舎の家に住みたいと思っていたのを思い出して

此処ならぴったりだと


急いで全て手続きをして、不要な物を整理して引っ越しました

必要最低限の荷物と、妻と息子を車に乗せて

転居の届けを出したのは誰かに見付けて欲しかったからです


自分から言い出す勇気なんて有りませんでした

見付けて貰えて本当に良かったです

もう、耐えられませんでした

もう、何もかも



息子もあの桜の木の下に埋っています―――


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