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1-3 彼女の目的

 帝都中央駅は、その性質からしたら、通過駅である。

 確かに都市間鉄道の終着駅、ターミナル的役割も果たしてはいるが、それ以上に、大陸横断鉄道の通過駅なのである。

 大陸横断鉄道は、「連合」の西海岸の都市マルコウと、「帝国」の東海岸の都市海南を結ぶ、約二十の駅で中継される路線だった。一日に動くのは、往復合わせて十本。特等から四等までの座席種があり、その車両の座席数も、それぞれ異なっている。


「多いな」


 車から降りたナギマエナは、ユカリが車の後ろを開けて取り出した荷物を見てそう言う。


「そうはおっしゃいますがナギマエナ嬢、長旅となれば、やはり」

「資金はあるのだろう?」

「え?」

「ああ、名前をまだ聞いていなかったな。まあ後でいい。ともかく、あなたの雇用主が、必要と言えば資金を出さない訳は無いだろう? こんな荷物など、半分も要らない。駅の荷物預かりに置いていかないか?」

「で、ですが」

「ほら。必要なものは、その場で手に入れればいい。今は百年も昔じゃないんだ」


 荷物を持たない方の右手で、彼女は不意に彼の手を掴んだ。


「ナギマエナ嬢!」

「それから私のことをそんな名で呼ぶな。ナギ、だ。嬢様よばわりもしなくていい。私はそんなものじゃない」


 はあ、と困った様に答えながら、それでも彼は言われるままに、荷物預かりに半分以上の荷物を預けた。主にそれは、着替えの類だった。


「こういうことをお聞きしていいのか判りませんが、ナギ、あなたは着替えは…」

「簡単なものは用意してある。それにこれは一応正装だ」


 そう言って彼女は、身に付けている第一中等の制服を軽くつまんだ。

 黒地に、白い大きな襟をつけたその服は、何でも「連合」の海兵の服装を参考にしたと彼は聞いている。ただ、長い間に、この国の実状に合わせて、意匠も変わって行ったということだが。


「これは便利だ。動きやすいから、これで走り回ることもできるし、それでいて、皇帝陛下の式典にも出られるし、婚儀や葬儀にも出席できる」

「それはそうなんですが」


 確かにそうだが。

 ふんわりと布をふんだんに使った袖は、腕をぐるぐると回しても邪魔になることはないし、上着も充分な長さを保ち、それでいて決してきつくはない。

 そもそもこの帝国においては、身体に合わせて服という立体の箱を作る、という発想が元々無かった。「連合」の「箱」型の服が入ってきても、結局それは、衣装の方を身体に合わせる帝国型へと進化させてしまったのだ。

 そして、足割れのスカート。元々「連合」の女子学生が海兵の服を参考にして制服を考案したのを更に参考にしたということもあって、当初は、このスカートも、ひらひらと、足は割れてはいなかった。

 だが、何十年か前の、大地震と、それに伴う火災をきっかけに、動きやすい足割れ式にしたのだと彼も聞いていた。

 女性の服飾には、残桜衆期待株の彼も、さすがにその程度にしか知識が無かった。

 あとは、帝国全土に何カ所かある帝立の女子中等学校は全て同じ意匠の制服である、ということ、そしてそれは色でその番号を示されているということぐらいだった。

 彼女の着ているのは、黒。タイ以外全てがただひたすら黒。それが帝国で最も優れた学校の制服の色だった。

 だがしかし。

 彼はだんだん訳が判らなくなってくる。

 資料によると、この少女は、その帝国で最も優れた少女達を集めた帝立第一中等学校の生徒のはずである。しかも、本科二年において、首席であると。

 頭が良すぎるから、こんな理屈を並べ立てるのだろうか、と彼は内心ため息をつく。これじゃ絶対良い嫁ぎ先は無いな、とも。

 そんな彼の心のうちを読んだのかどうか、彼女は荷物を預け終わったユカリの手を再び掴んだ。


「行かないのか、行くのか?」

「行きます… が」

「が? はっきりしてくれ」

「何処に…」

「ああ、そうか」


 彼女は手を離す。そして胸の前で腕を組む。


「えーと… ああそう、まだ、名前を聞いていない。あなたの」

「私の?」

「私は名乗った。だからあなたの名も聞きたい。いちいちあなただ何だと言う呼び方をするのはしち面倒くさい。名前があれば名前で呼びたい。そのために一人一人の名前があるんだ」

「タキ・ユカリ・センジュです」

「ユカリ。少し変わった響きだな。もしかして出身は、内陸中部の、桜州か?」

「ええそうです。…育ったのはそこでは無いのですが。父母はそこに生まれたそうです。ご存じですか?」

「黒い髪黒い目。少し黄色みのかかった肌。桜州の人と言われれば、納得できる。あなたはなかなかの色男だし」

「…ナギマエナ嬢…」

「その名前で呼ぶな、と言っただろう? 私は嫌いだ」


 眉を寄せた彼にぴしゃりと言うと、彼女は再び彼の手を引っ張った。


「行こうユカリ」

「ど、何処へ…」


 そうだ、先程からそれを聞こう聞こうとしていたのだ。なのにどうしてこの方向へ。


「どうせあの方から、全線有効の自由券を受け取ってはいるのだろう? 何処から初めてもいいはずだ。けど指定券は、いちいち申し込まなくてはいけない。都市間列車で、北へまず行く」

「北へ」

「ああ。だからまずは、ウドゥリシルツク行きの列車に乗らなくては」

「ウドゥリシルツクへ行くのですか?」


 引っ張られ、人の波をかき分けながら、発券場へと進む彼女に、彼は声を張り上げる。


「それはまだ判らないんだ」


 彼ははあ、と大きくため息をついた。


   *


 座席指定の券がこれほど取るのに厄介なものだ、とユカリは知らなかった。

 確かに指定を取らなくても乗り込むことはできる。ただそれは堅い椅子の三等車であったり、椅子が無く、床に直に座る四等車の場合だ。

 彼らの持つ自由券は、そのどちらかだったら、指定などなくとも勝手に乗り込むことはできる。

 だが無論そんな券を持つ者は、そんな三等四等に乗るということがまずなかった。

 正直言って、特等一等でも良い、と彼は思っていた。何せ、皇太后さまから側に付くようにと言われた少女である。彼同様、資金も充分用意されているはずだった。

 だが、ナギが列に並んだのは、二等だった。

 少し裕福な庶民の乗り込むその車両は、個室式ではあるが、寝台はついていない。それに気付いた時、ユカリは訊ねた。


「大丈夫なんですか? 何日も走るのでしょう?」

「敬語は嫌いだ」


 個室に落ち着いた一声がこれだった。


「は?」

「敬語は嫌いだ、と言ったんだ。話すのも、話されるのも」

「それは…」

「だいたい私が誰か、ということもユカリ、あなたは知らないのに、どうして敬語など使う? あなたの目の前に居るのは、あなたの知る限り、ただの女子学生じゃないか」


 トランクを自分の座席の横に置くと、ナギは腕と足を組んだ。


「しかし、あなたは私の主が手助けするように、と言われた方ですから…」

「そう、だからユカリ、あなたがあなたの主、あの方に対して敬語を使うのは正しいさ。だけど、私はただの学生だ。それ以外でもそれ以上でもない。少なくとも今は。だからあなたもただの学生に対して喋る様に喋ればいい、と言っているだけなんだ。…まだ若いのに、それじゃ老けるぞ」

「は?」

「…と言っても、私の喋り方も悪かったかな。すまない」

「い、いえ…」

「言おうと思えば、こう言ったりもできるが? お気に召さない?」


 可愛らしい口調に急に変わる。だが直後、再び首をかしげ、口を尖らす。


「どうにもそれも違う気がするし… まあ、嫌なら言ってくれ。それなりに修正する」

「修正する必要は無いですが… えー… 無いけれど」


 くす、と彼女は笑みを浮かべた。


「その調子」

「行き先は、ウドゥリシルツクなの… かい?」

「いや」


 彼女は首を横に振った。


「行くことが目的では無いから、あくまでその方向へ向かいたいんだ。…ああ、もしや、ユカリ、あなた私の行く目的を、あの方から聞いていない?」

「目的…?」


 ですか、とつけそうになって慌てて彼は思いとどまる。何となく、かつて長が戸惑ったであろう気持ちがよく判る。


「そうだ目的。私は私で、あの方の『お願い』を聞いて動いているんだが、…知らないのだろうな」

「ええ」


 彼はうなづいた。

 そうか、と言うと、彼女は車両に乗り込む前に小銭を出して買っていた菓子の袋を広げた。

 食うか? と差し出すので、彼ははい、と一つつまんだ。

 かり、と堅い歯ごたえの後に、香ばしいごま油の匂いと、甘い味が口の中に広がった。


「知らないのか」


 そして彼女もまた一つつまみ、ぱき、と音を立ててかじる。


「それじゃ目的だけ言っておこうか」


 彼は思わず背筋を伸ばした。

 だが、その耳に飛び込んできたのは。


「私はな、ユカリ」


 彼は自分の耳を一瞬疑った。


「この帝国を終わらせに行くんだ」

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