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第八話 暗躍

「――以上で調査の報告を終わります」


 その言葉を最後に紫髪を持つ青年は頭を下げた。着ている服は上等なもので貴族であると思わせる。


「ご苦労であった」


 自分に向かって頭を垂れる青年に向けてハルは労いの言葉を言う。その隣に立つ近衛兵のギルは資料に目を通しながら言った。


「王都内の調査は殆ど終わりました。王国内の地域、及び主戦となりそうな場所などの調査ももう少しで終了する見通しです」


「そうか。意外と早く終わりそうだな」


 ハルの言葉にギルは頷いた後、小馬鹿にしたような表情をしながら言う。


「この国が平和ボケしている結果ですよ。私達を監視しているとはいえ、その監視は無くに等しいほどです」


「平和ボケねぇ……裏から手を回したからだろ」


 自分たちの監視が薄いのは確かこちらに内通する貴族が、折角のお客人に監視をつけるのは失礼に値するとかなんとかと進言し、それが影響され当初の予定よりも監視を緩めた結果だと言うことをハルは思い出す。


「平和ボケですよ。我が帝国を恐れているから貴方様を寄越せと言い、そして無事に人質が来た。これで攻めこまれないと安心しきった訳です。その安心からか人質の監視の目を緩める事をしてしまった」


「それだけ俺たちを信用しているということだろ……ってこれはあの貴族(内通者)が使った言葉か。『これは信用を無くす行為であるぞ! 我らが信用せずしてどうする!』だっけ? まぁ本当に信用しているか分からないけどその信用は見事に裏切るわけだが」


 俺も結局は帝国の皇太子かと自嘲気味に思いながら、目の前の紫髪の青年に向き直る。


「改めてご苦労であった、ユベール。他の者達にもそう伝えるように。引き続き他の密偵達と連携し、調査を進めよ」


「はっ! 了解いたしました!」


 紫髪の青年ことユベールは拳を作った右手で胸を叩き深く礼をした後、静かに部屋から退出していった。


「ユベールは優秀な密偵だな。監視が薄いってのもあるけどここまでの情報をよくこの短期間で集めたものだ。一応学園にも潜入しているから学業もあるだろうに」


 ユベールが退出したため、いつもの口調に戻ったギルは彼をそう評価した。確かにユベールはハル達と同じ学園に通っている。そしてハル達とは違った視点から貴族たちの情報を集めてくれており、その情報はどれも有意義なものばかりだ。

 加えて周辺地域の情報も集めさせているので一人ではなく数人のチームを率いてやっているとはいえ、その情報量はさすがと言わざるをえない。


「そうだけどなぁ……」


「なんだ? 何か不満でもあるのか?」


 ユベールの能力に関して不満はない。しかし一つだけ、彼に対して不満がある。


 何を隠そう、彼はあの『乙女ゲーム』における攻略対象の一人なのだ。


(ユベール……王国の貴族として学園に通っているけど、その正体は帝国の貴族であり密偵。だけど以前から国民をないがしろにする帝国の皇族に対して憤りを持っており、裏切って主人公と共に帝国と戦う事となる……だったかな?)


 そう、彼は優秀であるが忠誠心はないと言っていいだろう。今はそうあるように振舞っているがその心の奥は皇族、特に皇帝に対する不満、恨み、怒り、などしかない。帝国の未来の為には今の皇帝は不要であるとし、その王座から引きずり下ろすことを画策している。


「ギル、ユベールに監視を付けとけ」


「はぁ? なんでそんなこと」


 突然のハルの提案に驚くギル。そんなギルを納得させるようにハルは真面目な表情を作り、話しだす。


「優秀だからこそ、そんな者に裏切られた時の被害は大きい。いくら忠誠心が高く見えようとも奥底では何を考えているか分からないものだろ?」


 現に自分たちは王国と仲良しこよしをやろうとしに来ているわけではない。その逆である。


「……ハルがそんな事言うとは。少し父親にでも似たか? まぁそこまで言うなら監視は付けておくよう指示を出しておく」


 ギルは意外そうにハルを見ながらも、指示には従うようだ。


「そういや、報告に上がっていた防衛の魔法陣。それの対処はどうする?」


 手元に持った資料をめくりながら、ギルが思い出したように言う。防衛の魔法陣とはカルフォーレ王国の王都を守る防衛装置だ。

 確かサロモンの話では古の時代に創られた魔法陣で発動させることはできるが、それを再現するのは現代の魔法使いでは不可能だと言っていた。


「数はそうでもなかったよな……。それじゃあ今度の休息日に見に行くか」


「見に行ってどうするつもりだ?」


「壊せそうなら壊す」


「……そんな事出来るのか?」


 疑うようにこちらを見やるギルに向けて、自信ありげにハルは答えた。


「壊すだけなら魔力は要らないみたいだし。最近はサロモンに教えてもらって並みの魔法使いよりは魔法に詳しくなったほうだと思うから知識は十分だろう。まぁ古の魔法陣だそうだし難しそうならやめておくさ」


 心配するギルをよそに、今度の休息日は王都の見学ができるかもしれないと楽しみにするハルであった。






 ◆◆◆◆◆






 暖かな日差しを受ける中、道をすれ違う人々は楽しそうに話をしながら歩いて行く。


「帝都とは大違いだな。暗い顔をした人は一人も居ない」


 そんな王都の住民たちを見ながらハルは思わずそう呟く。幼き頃より隣を歩くギルと共に城を抜けだしては帝都の街に繰り出していた。そこで見てきたものは目の前に広がる光景とかけ離れている。


「帝国民は常に寒さと飢えと皇帝に怯えているからな。笑う余裕なんてない」


「……一応、俺は帝国の王子なんだが」


 遠慮など一切せずにバッサリと言い放ったギルに呆れたようにそう言う。


「なら尚更、国民が笑って暮らせる国にしてください王子様」


「無茶言うなよ全く……」


 そうしたいのは山々だが皇帝という大きな壁があり続ける限りその実現は遠いだろう。それに皇太子という次期皇位継承者、第一順位でありながらその立場は低い。それは父親である現皇帝がハルに対して期待をしていないからだ。周りの貴族たちは次期皇帝の座は腹違いの第二王子に明け渡すのでは、と噂をする始末である。だから人質留学の件に関してもすんなり皇帝は受け入れたのかもしれない。期待はずれの第一王子(ハーロルド)など、どうなってもいいからと――


「……もう少し皇位を確実に受け継げるように頑張ってください。そして我が国に平穏をもたらしてください。貴方様なら、きっと――」


「ギル?」


「……いいや何でも無いよ」


 真面目な表情で小さく言われた言葉は、どこか自分に期待するようなものであった。しかし、すぐにいつもの良くも悪く崩した表情に戻ったギルは先程の言葉を誤魔化すように言う。


「この話はここまでにしようか、一応俺たちお忍びでここに居るわけだしな」


 今ハルたちはお忍びということでこの王都の街を歩いている。着ている服も庶民が着るほどに地味な服装だ。といっても普段の服装でさえ、この国の貴族からしたら地味な服らしいのだが。


「……そうだな」


 ギルの先ほどの言葉が少し気になるが、見慣れぬ異国の雰囲気を楽しむ事にしたハルは周囲を見渡す。楽しそうに道端で話し合うおばさんや駆けまわる子どもたち。遠くからはパン屋のいい匂いのする石畳の通り。立ち並ぶ長い年月を感じさせる家を花壇が彩る。


 どこもかしこも光り輝いているように見え、自国の雰囲気とはまったく違う。長い歴史を積み重ね、その平和が今も続き人も土地も豊かである雰囲気をこの大国の首都から感じ取った。


「さすが常世の楽園と称される大国だけあるな。あの建物とかきっと何百年って歴史があるに違いない」


 思わず素直にこの国を褒めるハルの様子に、ギルは呆れながら言う。


「昔を重んじるばかりに時代に取り残された国の間違いだろ。見ろよ、あの城壁を。大砲に関しての対策が全くされていない前世紀の産物だ。あれじゃ砲弾の一発で壁が崩れるぞ」


 ギルが指差す方を見上げれば、遠くに見える首都をぐるりと囲う城壁が見える。確かに今の時代は剣を打ちあうものでなく、銃弾を撃ちあうものに変わった。大砲が使われる以前に建てられたであろう歴史を感じさせる城壁は高くそびえ立ち敵の侵入は防ぐものの、大砲の攻撃は防げない構造であろう。その改修工事も歴史的遺産がなんだのと言われてあのままだ。しかしそういう理由は一つに過ぎず、最大の『壁』があるからだった。


「まったくお前というやつは……確かにあの城壁は簡単に壊せるだろう。でもここをどこだと思っている? 魔法使いの国だぞ」


 そう言ったハルは立ち止まる。そこは民家と民家の入り組んだ裏路地の一角だった。どこか何かかしらを隠すように存在する薄暗い路地は報告にあった場所と一致する。


 ハルは取り出した白い粉のようにきめ細かな砂を取り出すとそれを周囲に振りまいた。それは周囲を漂いながら地面にゆっくりと落ちていく。しかし何かに引き寄せられるように。引き寄せられて集まった砂は地面に大きな魔法陣を描き出した。


「これが防衛の魔法陣か?」


「そうだね。組まれた術式からしてそうだと思う」


 不思議そうにしかし警戒してか遠くからな眺めるギルにそう答えてからハルは魔法陣へと近づいていく。


「お、おい! 不用意に近づいたら危ないだろ!」


「大丈夫だ。他の警報装置とかそういう魔法陣は見当たらないし、この魔法陣自体は防御結界を作動させるだけのようだしな」


 魔法陣を近くで眺めてどんな術式になっているかじっくりと調べる。この術式は以前サロモンに教えてもらった古代魔法に関する術式に似ていた。


「……うーん、となるとあそこの術式を解除してから次にこっちを解除して……大体一時間くらいか」


「おーい! ハルー!」


 ぶつぶつと魔法陣の前に座って独り言を呟くハルをギルは遠くから主を心配するように見ていた。そんなギルに振り向いてハルは言う。


「なんとなくこの魔法陣は解除できそうだ。でも一時間くらい時間が掛かりそうだ」


 このような古の魔法陣は複雑なものだ。いくらサロモンから魔法の知識を教えてもらったとはいえ、ハルでは到底無理なように見える。しかし彼には分かっていた。どのようにすればこの魔法陣を一見なんともないそのままの状態で残したまま、効果のみを消す方法を。


(これにも『記憶』があるとは……恐れいった)


 『記憶』にはこの魔法陣に関する知識があった。しかしサロモンから基礎知識を教えてくれなければ理解できなかったものだ。この所ばかりは少し不便であったといえよう。


「了解した! なら俺は誰もここへ近づけさせないように見張っているよ」


 そのギルの声を合図に、ハルは腕まくりをしながら魔法陣へと向かい合う。


「それじゃ、ちょっくら『壁』を壊しますかな」


 王都を守る城壁が長年改修工事をされない理由。それはこの防衛の魔法陣の影響だった。この魔法陣が展開する防衛結界は強力であり、大砲では貫通することはできない。むしろこの防衛魔法陣があるから壁など要らないと言われる始末だ。


 この大国カルフォーレは周囲の都市国家と比べ技術が発展しないのは最大の特徴である魔法が原因といえよう。


(だけど……近年になって魔法が使える者が激減。最近では魔法が使える血筋を保とうと近親婚を繰り返している。サロモンが年齢に反して幼い外見なのはそう言うのが関係しているからだったかな……。魔法は使えないけど魔力を持つモニカもそう言う理由で国家に囲われたぽいし)


 魔法が衰退の一途を辿る今、目の前の魔法陣には歴史的にも希少価値があるだろう。


「はぁ……これを壊すのは勿体ないな」


「おいおい、ハル。壊さなかったらこの王都まで攻め入った時に一歩も入れねーぞ」


「その時は相手側の食料が尽きるまで、周りを囲んで逃げ道を塞ぎ待てばいいさ。まぁその時が来たらの話だけど」


 もし戦争になり、ここまで攻め入った時はそれはもう自国の勝利が目前の時くらいだろう。だが、果たして帝国はそこまで行けるのだろうか?


「なぁハル。まさか王国の肩を持つわけ無いよな」


 どこか疑うようにそう聞いてきたギルの声は低い。その声に驚きながら質問をする。


「なんでそんなことをしなくちゃならない? 俺は帝国の王子だぞ」


「そうだけど、最近はここの国の奴らとよろしくやってるからな。仲良くなるのは相手を油断させられるからいいけど……あんまり深入りすると後が辛いぞ」


 深刻そうにそう忠告するギルの言葉に、ハルは心を痛める。確かにこの先、戦争が始まることだろう。自分の今している事もその為の前準備だ。いくら敵国の、さらにはモニカを巡るライバルである攻略対象達も含まれるとはいえ、友達とも言える者がこの国で出来ていた。


(罪悪感を持つってことは、結構深入りしちまったということか)


 最後の術式を組み直し終わったハルは、額の汗を拭きながらゆっくりと立ち上がる。


「……たとえ友と呼びあった仲でも、その者が敵ならば剣を、銃を向けよう」


 ギルには背を向けたまま、ハルは静かに答えた。


「その言葉、忘れるなよ」


 後ろから聞こえて来た声にハルは静かに頷く。


 しかし、果たして本当にそのような事ができるのか……自信はなかった。





 ◆◆◆◆◆





 残りの魔法陣を解除を終えたその帰り道。あの時からギルとは会話がなく静かだ。


 ――だから、後ろから付いて来ていたギルがいつの間にか居なくなっていた事に気づくのが遅れた。


「……ギル?」


 後ろを振り返れど、己の近衛兵の姿は影も形もない。それどころか見知らぬ路地にでも迷い込んだのか、完全に迷子となっていた。


 ギルの名を呼びながら歩いて行く。夕日の差し込む薄暗い路地には誰一人として人影はない。それどころか同じ場所をグルグルと回っている感覚に陥る。それでも歩き続けたのは、何かに導かれるようにか。


「ここは……」


 気付けば、広く開けた場所にハルは辿り着いた。そこは街中に似合わず、木の生い茂る場所。その中央には古びた小さな一軒家。


 だが、その家は初めて見る家ではなかった。何度も何度も見たことのある家。不思議な家に警戒すること無くフラフラと近づいたハルは、その家のドアを躊躇なく開けた。


「……いらっしゃいませ。迷いし者よ」


 出迎えたのは一人の女。黒いローブを纏い、その素顔はベールに包まれ分からない。初めて会うはずなのに、そう感じさせないのは『記憶』のせいだ。


 そうこの女は――


「先読みの魔女……か」



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