第七話 食事会
今日は休息日。前々から予定していた食事会の日がとうとうやってきた。休日に入った学園内は自主勉強に励む者、街に繰り出す者と様々だ。そんな学園内の一角、食堂ではハル達が集まっていた。当初の予定ではハルとフィリップとそしてモニカの三人だけの予定だったのが集まった人数はその倍になっているのはなぜだろうか。
「本当……なんでここまで増えているんだ。この人数分の料理を準備するモニカの身にもなれよ」
「まぁまぁハーロルド王子、落ち付いてください。モニカさんも大丈夫だと言っておられましたし」
周りの男共をウンザリしながら眺めるハルをフィリップが落ち着かせるように言う。
「本当は僕達も彼女の手伝いをしたほうが良いのでしょうけど……」
「――した結果が追い出されたもんな」
ハルとフィリップはお互いの顔を見ながら苦笑する。
先程厨房へ手伝いをするために全員で押しかけてしまった。しかしいざ料理を手伝うも戦力外通告を受け、トボトボと肩を落としながら食堂に戻ってきたのが今ここに居る者達だ。男たちの中で残れたのは一人だけだった。ちなみに厨房に残り今も料理の手伝いをしているのはギルだ。
あいつは本当になんでも出来るよなーと、ぼんやり考えながらハルは周りを見渡す。今ここに居るのはハルを入れて六人。しかも全員攻略対象ときたものだ。ハルの予想通り、メインキャラ大集合となってしまった。
(メインキャラがここまで揃うイベントは学園編後半、大団円ルート確定時に起こるイベント《月の宴》の時くらいか)
《月の宴》とは女神ルーナの誕生と日々の感謝を捧げる感謝祭だ。
学園編最後のイベントと言っていいだろうこのイベントは、一番好感度の高い攻略対象とデートイベントが起こり、その次に控えている戦争編ではそのキャラとのルート入りが確定する重要イベントだ。
もしこの時、攻略対象との好感度が均一状態であった場合は大団円ルートに入る事となるし、一定数の好感度を上げていない、パラメーターが足らないなどの事が起これば祭りの後に退学となりゲームオーバーとなる。ゲームオーバーにならなければいいなと少し不安になるハルだった。
しかし、ゲームオーバーになる確率を心配するよりも、他のルート入りになる可能性を心配したほうが良いのかもしれない。周りを見渡せば彼の邪魔をする者達ばかりなのだから。
メインヒーローである金髪の王子様フィリップ。赤髪の騎士アーノルド。緑髪の天才魔法使いサロモン。青髪の不良神官クリストフ。そして紫髪の影ある貴族ユベール。
彼ら五人が光の聖女モニカと共に王国を救うであろう英雄たちだ。
そしてメインキャラである。もしも、彼らの誰かをモニカが選んだ場合ハルの死は免れないだろう。
(いっその事、全員ここで皆殺しにしようか)
たとえモニカが自分を選んでくれたとしても、その先の戦場で戦う事となる。ハーロルドルートは別名皆殺しルートと呼ばれ、他の攻略対象全員と戦いそして全員殺している。
今ここで殺しておけば、自分は死を免れるかもしれない。モニカに選んで貰う必要など無くなるはずで――
「みなさーん! お待たせしました!」
食堂に少女の可愛らしい声が響く。その声の主は他でもないモニカだ。どうやら料理が出来上がったのだろう。
その声に呼び覚まされる形でハルは暗い思考の海から引き起こされた。
(俺……今何を考えて……)
一瞬何を考えていたかを思い出せば、手が震えた。その震えを抑えようにもなかなか収まらない。仕方なく背の後ろに手を隠し、他の者達から一歩遅れて彼女の元へと向かって行った。
◆◆◆◆◆
食事会に出された料理はこの国の庶民がよく食す素朴ながらも温かい家庭料理ばかりだった。だが、その味は宮廷料理にも勝るほど美味であったとハルは思う。
(あーでもジャガイモ以外にこんだけ食材があれば俺の所も……いや止めよう。なんか悲しくなってきた)
考えを振り払うように色とりどりの野菜が入ったポトフのスープを飲む。口に入れた瞬間、じっくりと煮こまれにじみ出た野菜の旨味が広がった。赤く色づいたニンジンを口に運べば、それはほどけるように柔らかくニンジンの甘さが優しく舌を包み込む。
その優しさは先程まで殺伐とした考えをしていた自分の心を解きほぐす、暖かな日の光のようだ。
(まさか、モニカの聖女としての能力が料理なんてことはないよな?)
そう思いながら彼女の方を見れば、他の者達から料理を絶賛され嬉しそうに微笑む姿が見えた。以前自分には何も力がないと悲しんでいた彼女のような影は見当たらない。
(……まぁどっちにしてもあいつの料理は美味いからそれでいいか)
そう思いながら黙々とポトフを食べながら彼女の方を見ていると、視線に気がついたのか彼女がこちらにやってきた。
「ハルさん、どうですか?」
「とっても美味しいよ。俺の故郷では食べたこと無い料理ばかりだからな」
「ありがとうございます! あのよろしければハルさんの故郷ではどんな料理があるのか教えてくれませんか?」
「えっ……そうだなぁ……」
急に自国の料理を聞かれ、言葉に詰まる。この目の前に出されている料理は全て家庭料理だ。ハルの国ではこの料理でも王族の食べる料理に匹敵するか……いやそれ以下だろう。けして彼女の料理をべた褒めしているわけではない。
「よく食べるものはジャガイモ料理だな。それにビールにヴルストがあれば俺は文句はないかな」
帝国はよくジャガイモの国などと呼ばれるがジャガイモばかりしか食さないわけではない。むしろジャガイモが栽培され始めたのは二代前の皇帝が広めたからでありその歴史は浅いものだ。あくまで主食はパンや豚肉などである。
と言っても主食と称しているが最近は小麦の不作やら豚の疫病やらでジャガイモ以外が出回っていないのが現状で結局ジャガイモしか食べていない事になってしまっている。
(ほんと曾祖父様には感謝するよ。ジャガイモが無かったら俺の国は飢餓で滅んでいただろうし。でも美食家として食事に国費の殆どを無駄につぎ込んだのは許さないけど)
その結果なのか分からないが祖父や父親は粗食で食べ物に金をつぎ込まない。そんな費用があるなら軍事に回すのが父親達だ。だから王子でありながら普段食べるものはジャガイモばかりという庶民と変わらぬ食生活をしていたハルだった。
しばらく彼女と自国の料理について話し合っているとふと彼女がポツリと呟く。
「その、今日はとても楽しかったです。こうやって誰かに食事を振る舞ったのは久しぶりでしたし、大人数で食事をするのも……なんだか孤児院にいた頃を思い出してしまいました」
今度の彼女はとても楽しそうに、そして懐かしむように微笑む。
「孤児院? モニカは孤児院に居たのか?」
「はい。聖女として国からの使いが来るまで、私は孤児院で暮らしていました」
モニカが孤児院出身という事実に驚いた。普通に庶民の家の子供として暮らしてきたのだろうと勝手に思っていたのだ。
(やっぱり俺、モニカの事全然知らないんだな)
『主人公』が孤児院出身だという設定はゲーム中には出ていなかった。これは『記憶』が違うのか、それともここは『ゲーム』ではなくなったからだろうか?
「なぁ、孤児院に居た頃はどんな風に生活をしていたんだ?」
『記憶』との差異について考えるよりも、もっと彼女のことが知りたくなった。
「そうですね、孤児院に居た頃は毎日子どもたちの世話をしていましたね。食事を作ることももちろんですが、一緒に遊んだり、本を読み聞かせたり」
「へぇ~そうなのか。子供の世話なんて大変だったんじゃないか?」
「そうですね、孤児院に居る子達はみんな年齢がバラバラでしたから余計に。小さい子はまだいいんですけど、少し大きくなってくると動き回る子達が増えて、特に男の子たちがすごくやんちゃで……」
最初は楽しそうに話していたが、次第に顔を曇らせる。
「どうした?」
「なんでもありません。ただ、みんな元気にしているかなって思って……」
モニカは寂しそうにそう言った後、無理やり笑顔を作った。だけど、その瞳からは涙があふれていた。
「おい、大丈夫か?」
「あ……すみません」
手で顔を覆い隠し、涙を隠そうとする。それは回りにいる者達に気づかれたくないからだろう。他の者達に、特に赤い奴と青い奴に見つかれば、騒ぎになりかねないはずだ。
今の所他の者達はこちらをチラチラと見るだけで近寄ってこない。ハルは他の者達の視線からモニカを隠すように移動すると、その背中を優しく撫でながら彼女が泣き止むのを待った。
「……孤児院に戻りたいか?」
すぐに泣き止んだが表情は暗いままのモニカに、そう問いかける。
「そうですね、できれば。できる事ならずっとあの場所に居たかった。でも、それは無理な話です。だって私は聖女として選ばれましたから。……これで良かったと思うんですよ。だっていつかは孤児院を出て、独り立ちをしなければならなかったから。いつまでもあそこに居てはいけなかったから……」
モニカはどこか諦めたように呟く。確かに彼女は聖女だ。いくら育った場所に戻りたくとも簡単には戻れぬ立場にある。聖女に自由はない。
「そうかもしれないけど、たまに帰るくらいならいいはずだろ? はぁ……聖女様は大変だな」
「……本当ですね。できる事なら聖女なんて辞めてしまいたい所です」
「それ、他の奴の前では言うなよ?」
「言いませんよ。それにハルさんくらいですよ、こういう事を言えるのは」
そう言ったモニカは少しだけ笑った。その笑みに釣られるようにハルも笑いながら言う。
「ホームシックにでもなっていたようだな。俺もここの所そんな感じだ。ここは暑いし、緑があり過ぎる。あの肌に刺すような寒さと白い雪景色が恋しいよ」
「暑いってまだ肌寒い時期だと思うのですが……」
「俺はそう感じるんだよ。帝国の寒さは凄いぞなんてったてなぁ――」
そんな風に彼女とまた国の話で盛り上がった。まぁ、最後まで彼女と二人きりとならず、他の者達に邪魔をされたが。
◆◆◆◆◆
「ハルさん、ありがとうございました」
食事会終了後、片付けをしている最中にハルに近づいてきたモニカはそう言った。
「……? 俺、何かしたか?」
何か彼女に礼を言われるようなことをしただろうか。片付けはハル以外にもしているからそのお礼ではないしそういう雰囲気ではない。
お礼を言われる理由が分からず首をかしげるハルを見て、モニカはそれに気付いたようで理由を話し始めた。
「えっと今のお礼は愚痴を聞いてくれたお礼です。また愚痴を零しちゃいましたから」
「ああ、別にいいさ。また俺で良ければ聞くから……」
そこまで言ってハルは少しばかり考える。彼女の悩みはよく聞いている。だから少しは彼女の自分に対する好感度は上がっている事だろう。
(……このまま俺を好きになってくれれば、俺は死なないのにな)
この展開は喜ぶべきだろう。だが、なぜだろうか。素直に喜べない。これは自分が生きたいがために、彼女に優しく接しているからだろうか? 彼女を利用している自分が見えた。
「あの、……ハルさん!」
「えっ? ああ、ごめん」
目の前にいる彼女を見ていたというのに、考え事のせいで呼ばれていることに気が付かなかった。しかし、彼女はそんなハルに怒ることはなく真面目な表情をしながら話しかける。
「その……この前私を励ましてくれた時のお礼もあります。あの時、言いましたよね? 私にも何か力はあると、気づいていないだけですでに持っているかもしれないって。料理が聖女の力とは思えませんが皆さんに喜んで頂けました。だから何かすごい力とかじゃなくても小さな力ならみなさんの役に立てるんじゃないかって思えたんです」
モニカは手を胸に当てながら嬉しそうにそう言った。確かに聖女の力とは言えないが、とても美味しい料理を食べればそれだけで幸せになりやる気が起きるものだ。
これはこれで彼女の力と言えなくもない。先程聖女なんて辞めたいと言っていた彼女だが、彼女なりに聖女という勤めをしようと頑張るようだ。
「そうか、良かったな」
「はい!」
ハルの言葉に彼女は嬉しそうに返事をする。その純粋な笑顔にドキリと波打つ心臓に少し戸惑う。
こうやって彼女が自分に笑いかけてくれるのが嬉しいと思う反面、彼女を利用しようしている自分に嫌気が差す。彼女の笑顔を見続けるのがどこか居心地悪く、申し訳なさから目を逸らした。
「片付けの途中だったな。早く済ませようか」
「……はい、そうですね」
目を逸らされた彼女が今どんな表情をしているか分からない。
――だが、どこか悲しそうな雰囲気がした。