第五話 理由
「やっぱりおかしいですよね?」
沈黙していたハルの姿を見てモニカは申し訳無さそうにそう言う。
「……おかしい?」
「だって私が聖女に選ばれた理由がないんですよ? 魔法かと思えば私は使えません。一体どうして私は聖女に選ばれたのか分からないんです。何も力を持たないのに……」
「それは……」
君は『主人公』だから。とは言えない。だが『主人公』は魔法が使えた。ならば彼女はなぜ使えないのか?
(もしかしてモニカは『主人公』じゃない? でも聖女と呼ばれているし……)
「……私ここに居ていいんでしょうか?」
俯き暗い顔をして呟くモニカ。彼女は理由が分からずにここに連れて来られた。その理由もこの学園に来れば何か分かるだろうと思っていたのだろう。しかし現実は何も分からないままだった。分からないままに彼女は予言に従わされてここにいる。
「それを俺に言われても、俺はこの国の人間じゃないからな」
モニカがここに居るのは王国の先読みの魔女と呼ばれる王宮占い師が予言せし子だからだ。モニカがここに居るのは王国が決めた事であると言っていいだろう。帝国の人間であるハルにはどうしようも出来ない。
「そうでしたね。でも、こんな話この国の人達には言えない事だったので……。ハーロルド様は他国の御方。だからこんな話をしてしまったのかもしれませんね」
誰にも言えない事をずっと溜め込んでいたのだろう。この学園の生徒は王国の民であり、そして貴族階級の人間しかいない。庶民出身である彼女は何処かしら居心地の悪さを覚えていたようだ。逆にハルは王子ではあるものの、この国の者ではない。
この学園の中で二人は異質な者同士と言えるだろう。だから彼女もこのような話をハルに話したのかもしれない。
「すみません、ハーロルド様。愚痴の様なものに付きあわせてしまって……」
「気にするな。……それよりさ、ハーロルド様なんて硬い呼び方じゃなくて俺のことはハルって呼んでくれ。そしたらまた愚痴を聞いてやるから」
そう言われて面を食らい十分悩んだ後、モニカは少しばかり戸惑うように言う。
「えっと……ハーロル――ハル様?」
「様は取れないのか?」
「ううっ……じゃあハルさんでいいですか?」
「まぁそれでいいか」
仮にも王子であるハルを呼び捨てにはどうやら出来ないようだ。それを強要するほどでもないのでこれでよしとしたハルだった。
「そのさ、自分の力が何なのか分からないからって焦る事は無いと思うぜ。だってこの学園に来てからまだ一ヶ月しか経ってないんだから、ゆっくり探して行けばいい。もしかしたら自分が気付いてないだけでもうその力を持っているかもしれないしさ」
そう優しくモニカに語りかける。
(俺、何言ってんだか……。彼女は聖女で俺の国、俺を滅ぼすかもしれない存在なのにさ)
だが、その心は複雑だった。
モニカは聖女であり、ハルを救う存在であると共に、一歩間違えばハルを破滅させる存在でもある。しかし、聖女としての力が分からなくて悩む彼女が放っておけなくてハルは思わずそう言ってしまった。
「ゆっくり……そうですね、まだ焦ることありませんよね。ありがとうございます、ハルさんにお話して良かったです」
「そうか。また俺にしか話せない事があったら言えよ」
「はい!」
少しばかり心の重荷が取れたようで嬉しそうにモニカは笑顔で答える。その表情を見てほっとするハルであった。
その後二人は一緒に魔法について勉強をすることになった。魔法については苦手だといっていたモニカだが元々この国の住人であるからか、ハルよりも詳しく勉強はすぐに終わってしまい、いつしか雑談となっていく。
「へぇ~ハルさんのお父様は魔法に興味をお持ちだったんですね」
「ああ、昔俺の誕生日に魔法が使えるというまじない師を城に招いたくらいにな。俺の国じゃ魔法なんて信じないとか思ってる奴が大半なのに変わっているだろ?」
ハルの父親である現グランツラント皇帝は魔法に関して並ならぬ興味を抱いている。その影響もあってハルがこの学園に行かされた。魔法に関する知識を他国よりも抜きん出ているこの王国から学ぶために。そしてその力を帝国の力にするために。
「……なぁモニカ。また魔法についてこうやって教えてくれないか?」
皇帝からの命令もあるため、できるだけ多くの魔法知識を持って帰らねばならないハルはモニカにそう提案した。一人でもできるのだが、今日彼女と一緒に勉強を共にしたから、自分よりも魔法に詳しい者が居たほうが良いとそう思ったのだろう。
「うーん。私はそんなに魔法については詳しくないので……。そうだ、サロモンさんに相談するのはどうでしょうか?」
「ああ、サロモンか……」
サロモンとは学園一の魔法使いと称される者だ。彼の家は長きに渡り王国の王家に仕えてきた古い血筋の家で優秀な魔法使いを幾度となく輩出している。確かにそんな彼に聞きに行くのが一番なのだが、ハルの顔はその名を聞いた瞬間から引きつっていた。
それもそのはず。サロモンもまた攻略対象の一人なのだから。
「私、サロモンさんとよく話をしますので宜しければこの事をお伝えしましょうか?」
「いや、いい。俺が直接話をしに行くから」
サロモンとよく話をすると言ったモニカに若干不安になりながらも、ハルはきっぱりと申し出を拒否した。人見知りの激しいと有名なサロモンだからその申し出を受けておいたほうが良かったかもしれないと思いつつも、これ以上モニカとサロモンの仲が深まるような事は避けたいハルであった。
「そうですか、分かりました。――あ、そういえばこの前約束した食事会の事なのですが、フィリップ様が来週の休息日なら時間を取れるそうです」
食事会とは以前食堂でモニカの手料理を食べようと約束していた事だ。三人共王子やら聖女という立場であるためなかなか都合のつく日が無かった。
「そうか、俺もその日は何もなかったから大丈夫だ」
「ではその日に食事会をしましょう」
約束の日を決めた後、夕刻を示す鐘が鳴り響く。
「ああ、いつの間にかこんな時間に」
「本当だ。……やべ、表にギルを待たせてたな」
何時間も彼女とここで勉強をしていたがギルは言いつけ通りに一度もこの図書室には入ってきていない。きっと今も指示に従い入口でハルの事を待っていることだろう。それが彼の仕事なのであるが、申し訳なく思うハルであった。
「それでしたら後片付けは私がしておきますからハルさんはギルバートさんの所に行ってください」
「……いいのか?」
「はい! 今日一緒に勉強をしてくださったお礼もしたいと思いますから」
「それじゃ頼んだよ。またな、モニカ」
「はい、またお会いしましょう」
笑顔で手を振る彼女にハルも笑顔を返し、入口に向かって歩き始める。
途中立ち止まり、振り返れば本を戻しに行くのか本を抱えて本棚に向かっていくモニカの背が見えた。
(選ばれた理由が分からないか……)
その背をハルは静かに見つめる。
聖女として相応しくないと悩む彼女。もしも彼女が聖女としての力を手に入れた時。その時、彼女は果たして自分を選んでいるのだろうか。
――選ばれなかった時、自分は死ぬだろう。
(……俺もなんでこんな『記憶』を持っているんだか)
自分の未来を暗示する『記憶』。だがなぜこの『記憶』があるのか、彼には分からなかった。