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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
番外編

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革命反旗 Ⅳ

 フォルスベルクの戦闘より一週間が経った日の事。ヴォルケブルク城にて先の戦いをすでに耳にした者達や元帝国軍達の新たな志願兵達の確認や、弾薬などの補充から怪我人などの対応に追われていたハーロルドことハル。


 そんな彼であるが今はこの机と椅子しか置かれていない石壁に囲まれた質素な部屋にいた。


(……以前ここでモニカと話をしたんだっけ?)


 あの時の記憶を思い出すようにしていたハルの隣にはあの時と同じく近衛兵のギルがいる。しかし今回の相手はあの愛しい彼女ではない。


 扉が叩かれ兵士の声が聞こえてくる。その声に返事をして入室を許可した。


 開かれた扉からは兵士に連れられるようにして入ってくる一人の少年。ハルよりも幼く、自分とは真逆の白に近い銀の色相を持った髪の毛。その下にある瞳だけは自身と同じ真っ赤な色。


「……ヘルフリート、久しぶりだな」


 現れた自分の弟の名前をハルは静かに呼んだ。



「それで……私になんのようですか、兄上?」


 相も変わらず自分を嫌っているような態度を取るヘルフリート。そんな弟にハルは苦笑しながらも、話を続ける。


「そうピリピリするな。話というのはだな……まぁはっきり言えばこっち側に来ないか?」


「私にも父上を裏切れとおっしゃるのですか?」


「そうだな、嫌か?」


「嫌もなにも私にはそれをするメリットはありません。裏切った所で私には皇位は来ない。兄上を敵として殺した方が私に皇帝の座が回ってくるのですからね」


「お前はそんなに皇帝になりたがっていたか?」


「それを貴方に……兄上にだけは言われたくありません!」


 縛られた両手のままにヘルフリートは机を叩く。赤い瞳は憎悪の混じった視線での前の腹違いの兄を睨んでいた。


「どうして今になってこんな事を……兄上は皇帝の座など欲しがってはいませんでしたではないか!」


「ただ欲しいだけなら反乱なんぞするものか。ただ俺は一刻も早く国を変えたい、それだけだ」


 ハルの言葉にヘルフリートは驚く。自分の知っている兄はこんな人間だっただろうか。今までただ生きていただけのあの兄だというのか。こんな野心に満ちた瞳を持つ者があの兄のはずがない。


「何が……何があったというのですか……。貴方は私の知る兄上ではない……」


「……そうだな、一回死んでみると分かるんじゃないかな? ……あぁいやお前も結構死んでいたか」


 わけの分からないことを口走る目の前の存在にヘルフリートは怖気ついた。そんな自分に驚く。まさか目の前の存在に自分が恐れを抱くとは思いもしなかったのだ。


「……まぁその、俺の味方になってくれるなら悪いようにはしない。ならないなら、最悪殺すからな。今日はここまでにしよう。答えは明日聞き行く。よく考えて答えを出してくれ」


 その言葉を自分の知らない兄は言った。




 ◇◇◇◇◇



 暗い地下牢に肌寒い隙間風が通り抜ける。冷たい黒ずんだ石壁に背を預けて座り込み、目の前の鉄格子をヘルフリートは眺めていた。


(……あの兄上は一体誰ですか)


 今日の昼間に会った自身と腹違いの兄。その兄は以前とはまったくの別人と言っていいほどに変わっていた。いや、父親に楯突いた時点で兄はあんな感じに変貌していたのだろう。


(あの目は……あの瞳はまるで支配する者の瞳だ。でも兄上がそんな人になるなんて……)


 彼には信じられなかった。幼少の頃より兄を見てきたがその時の兄は見ていて腹立たしかったのだ。皇帝という将来を約束された身でありながら、その権利を無下にする。戦場からは逃げてばかり。国を民を心配してはいたが父親に怯えて何もしない。


(何からも逃げていたあの兄が……今の兄だと言うのですか)


 それは彼にとってとても理解しがたく、そしてとても憎らしかった。



 ◇◇◇◇◇



 相変わらず暗いままの地下室。あれから何時間も経っているはずだからもう朝になっているはずだが、朝日などこの地下には届かない。僅かに遠くの地下の入り口から漏れ出る光のみだ。

 そんな地下室に足音が響く。音が反響するが一人分であるとヘルフリートは分かっていた。


 その足音がふいに鳴り止む。鉄格子を隔てたその向こうには兄であるハルが立っていた。


「……答えを聞きに来たぞ。俺の方に付くか、それとも死を選ぶか」


 今度は声が辺りに響き反響する。その声を一言一句漏らすこと無く聞いていたヘルフリートはしばらく黙りこんだ後に静かに答えた。


「私は兄上の味方には……なりません」


「……そうか」


 ヘルフリートの答えにハルは残念そうに彼を見る。


「理由を聞いてもいいか? なぜ俺の味方をしたくない?」


「……それは私が兄上の事が嫌いだからですよ」


「…………そんなに、死ぬほうがマシなくらいに俺の事が嫌いか」


「ええ、そうです。私は昔から貴方のことが嫌いでした」


 暗闇の向こうで座り込んだヘルフリートがその赤い瞳で兄を睨みつつ、話を続ける。


「次期皇帝という地位にいながら周りからの期待を無視し続けていた貴方が、戦いから逃げていた貴方が、陛下を恐れて何もしなかった貴方が……」


「……ああ、そうだ。確かに俺は逃げていたさ。だが今は――」


「違う、とでも言いたいのですか? 確かに今の貴方は昔とは違います。それこそ別人のようです。ですがそれがなんだというんですか? 人はそう変われない。どうせその内貴方の、兄上の悪いクセが出ますでしょうね」


 ヘルフリートははっきりとそう言うと、その勢いのまま目の前の兄に罵声をぶつける。


「本当に貴方の事は嫌いです。どうして今になって! あのままであったらこの私に――!」


「お前に継承権が来ていたはず……そうだろう?」


「ッ!?」


「何を驚いている。俺は知っていたさ、お前が皇位に興味ないフリしていて本当は欲しがっていた事を……いや、正確にはお前の母親が、か」


 驚くヘルフリートに構うこと無く、ハルは話す。


「お前の母親が俺達の父親を憎んでいるのは知っている……まぁ知っているのは皇族に詳しい者達ぐらいだろうが。その母親に言われているんだろう? 皇位継承権をお前が奪って、その地位を持ってして母親の故郷を復興する手伝いをしろと……」


 ヘルフリートの母親であるマルグリットはとある国の姫であった。その国はグランツラント帝国に滅ぼされている。その国の王族はマルグリット一人残して全員皇帝に殺されたと言われており、その一族の仇とも言える皇帝にマルグリットは嫁いでいるのだ。


 しかしマルグリットは皇帝を憎んでいる素振りは一切見せていない。むしろ殺さなかった事に対して感謝し、皇帝を慕っているように振る舞っているが……


「……ええ、そうです。我が母上は復讐を諦めていない。そのためならば私を利用することさえも厭わないんですよ」


 どこか諦めたようにヘルフリートは話を始めた。


「母上は復讐をずっと望んでいる……憎むべき相手との間に生まれた私を目の敵にしながらも、私に常日頃囁くんです。お前の父親を殺せと、兄を殺せとね……」


 幼き頃より自身を映さぬあの氷の瞳は復讐に囚われていた。子守唄代わりに母親の恨みの篭った皇帝に対する呪詛を聞かされていたのだ。


「本当に……僕は兄上の事が嫌いだ……。僕と違うから……僕と違って必要とされていた。なのにその期待を裏切る行動ばかり! どうして僕が兄上じゃなかったんですか!? 僕は何をしても評価されない! たとえ何かをしてもあの大嫌いな母上の為になってしまう! 誰からも必要とされていない、必要とされてもそれは求めていない! 僕は……僕は……」


 吐露された言葉はただの羨みであった。まだハルよりも年下のヘルフリートの言葉は誰かに必要とされたかった子供の寂しさが見えている。


 仇の子であるという血が、第二王子という地位が、彼を取り巻く環境を孤独にさせた。いくら戦果を上げたとして第二王子。母親には褒められるも、それは復讐の為の手段としか見られていない。


 いくら頑張ったとして彼を正しく評価する者がいない。彼を誰もまともに見ない。


 そんな中、評価される地位にいながらその責務より逃げていた兄がいた。兄の母親は死んでいたがそれでも愛されていたに違いない。それがとても羨ましく、そして逃げる兄がとても憎らしかった。


「…………必要とされたかったか。なら今そんな者が目の前にいるだろう?」


「何を……言って……」


 子供が泣きじゃくるように泣いていたヘルフリートが顔を上げる。そこにはいつの間にかこの鉄格子の中に入ってきた嫌いな兄がいた。


「俺は言っただろう? 俺の側に付けと。皇帝を倒すためにはお前の力が必要なんだ」


 そう言って彼は手を差し伸べる。その手をヘルフリートはただ睨むように見つめていた。


「……僕は裏切るかもしれませんよ?」


「その時は殺してやる。弟だからって容赦しないからな」


 こちらに手を差し伸べる兄の姿はまだ自分が幼く、何も分かっていなかった時をどこか思い出す。


(……あのまま。何も知らなければ僕は幸せだったのかもしれません。でも、そうですね……)


「……本当に僕が必要ですか?」


「ああ、もちろんだ」


「……なら、僕は……必要とされたならば、その期待に答えなければなりませんね」


 ヘルフリートは差し出された手に自身の手を伸ばした。




 ◇◇◇◇◇




「お疲れ様、ハル。まさか本当にあの弟を仲間に引きこむとはな……」


 ヴォルケブルク城の見慣れた執務室にて、そんなギルの感嘆とした声が響く。またしても書類が沢山乗せられた執務机のその向こうには椅子に座ったハルがコーヒーの入ったカップ片手に答える。


「……ずっとあいつの事は気にかけてはいたんだ。まぁあいつの言う通り、俺は今まで何もせずただ黙って見ていただけなんだけどな……」


 だがこれからはそんな事はしないとハルは思う。腹違いとはいえ少しは血の繋がった弟である。戦力としても欲しかったのもあるが、普通に兄としてハルはこちらの味方になってくれて嬉しく思うのであった。


「そうだ。アカネとカンナ、それからヴァルターの家族などその他大勢、こちら側で保護しなければならない者達は殆ど安全な場所に移ったそうだぞ」


「そうか……まずは一安心といったところだな」


 ハルは安堵したように胸をなでおろす。反逆したとはいえ親しい者たちを盾に取られては何も出来ない。そんな訳で水面下でこちら側の関係者で帝都などにいる者達は順次安全な場所へと移動させていたのだ。


「しかし……あの皇帝を倒せるのか、ハル」


 ギルが不安そうな表情でハルを見る。ハルは腕を組んで少し考えた後にはっきりといった。


「無理だな」


「な、無理だって!? いや少しくらいの勝機はないのかよ!?」


「お前だって分かるだろう? 俺達がいくら束になったってあの皇帝はそう簡単には倒せないよ」


 そういって諦めたように笑うハル。そんな笑みに釣られてギルは呆れたように笑いながら言う。


「……じゃ、じゃあどうすんだよ、これから。俺たちみんな仲良く死ににいくのか? 運が良ければ皇帝を倒せる事を祈りながらさ……」


「……まぁそうなるだろうな。――このままであればな」


 その言葉にギルは今一度ハルを見る。確かにどこか諦めては居るが、全てを諦めていないように見えた。


「……なぁギル、あの手紙は届いただろうか?」


「手紙?……あぁ、ハルがあの王国に送ったアレか? シキに頼んで極秘に送ってもらったから多分無事に届けられていると思うが……」


 ギルが戸惑いつつも答え、ハルがコーヒーを飲もうとコップに口を近づけた時だった。


 目の前の、入り口とこの執務机の間、青い絨毯が敷き詰められた何もないその場が突如として光り輝いたのだ。


「な、なんだ!?」


 驚きに声を上げつつもギルがハルを守るように動く。そんな中、徐々に光は強まりまるで爆発するかのようにして光は飛散した。


「や、やったああああ! 成功ですよ! 見渡す限りこの見たこともない部屋! これもあの手紙の送り手のお陰です! 転移魔法は今ここに完成された!!」


 突如として巻き起こった突風に机に置いてあった書類が舞い散る中、その光が起こったその場所に一人の人間がいた。


 魔法使いのようなフードのついた服装。ただしサイズは合っていないようで、着ている者の背は小さい。緑の髪の毛がやけに目立つ、子供のような少年。


「やっぱり来ると思っていた。……ようこそ帝国へ、サロモン」


 嬉しそうにしてはしゃぐ小さな魔法使いを知っていたハルは、その名を呼んだ。


「うおおお!? 知らない人が僕の名前を知っている!? いや、もしや貴方がこの手紙を書いたハーロルド様ですか!?」


「そうだ」


「やはりそうでありましたか!! この手紙を書いた者の場所に転移するように調整したので、そうだと思っていました!!」


 彼の手にはなぜか額縁に入れられた手紙がある。その手紙には見覚えがあった。それはずいぶん前にハルが転移魔法の完成に必要な事を全てしたためて、サロモンに送ったものだ。それはもちろん二度とあのような悲劇を起こさないように、失敗などさせない為に。


 そんな手紙を受け取ったサロモンは無事にあの転移魔法を完成させたらしい。そうでなければ今この場に彼が現れた説明が付かない。


「あぁ……貴方に――いえ、貴方様にお会いできて光栄に思います! 衰退する魔法を救いに現れし我が神よ!!」


「えっ……神? は、はぁ!?」


 サロモンは惚けた顔のままにハルに向けてまるで神に祈るように跪いた。しかし――


「な、何をする!? 今神に向けて感謝の祈りを捧げていたというのに!!」


「何が神だ。この侵入者め」


 ギルが軽々と彼を持ち上げる。その周りにはこの騒ぎを聞きつけ駆けつけた兵士がこの部屋に集まっていた。


「……ハルー、この侵入者どうする?」


「この無礼者が! 神に向かって何たる口の聞き方を!!」


「俺ハルとは親友なんだけどな~?」


「なッ!? こんなマヌケ顔の者が神の親友ですと!?」


「てめぇ! 誰がマヌケ顔だぁ!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人を前に、ハルはどこか遠くを見る。


(……さてとやっと役者は揃ったか……。さぁて、反旗の旗を上げようではないか)


 とりあえずコーヒーを飲み終えることにして、この場を収めるのは後回しにするのであった。




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