革命反旗 Ⅲ
「ヴァルター様、第二王子が降伏したようですがどうされますか?」
「……ヘルフリート様が降伏したとはいえ我らには関係ない。我らの目的は第一王子を捕らえることよ。その任務の遂行が最優先である」
部下の言葉に厳格な顔つきをした将校が答えた。深い森、風に葉が揺れる中三角帽子を被った黒い兵士達がマスケット片手に進軍する。
ヴァルターは最初から第二王子ヘルフリートの指揮を当てにしていなかった。戦場で彼はいくつも戦果を上げてきたがそれも全ては皇帝陛下の指揮があってこそだ。目先の戦場ならまだしも、このような全体を見渡さなければならない戦場では彼の力は向いてない。
(……敵はこの戦をできるだけ早く終わらせる事を重要視している。ゆえに敵がヘルフリート様を一番に狙うのは周知の事。囮にするには少しばかり豪華すぎたがな)
敵がヘルフリートを狙うならとヴァルターはそれを利用するように動いた。敵がヘルフリートに注目している間に自分達の部隊は敵後方の側面へとやってきたのだ。
(まぁいいさ。私はただ任務を遂行するのみ。第一王子ハーロルドを捕らえれば陛下の覚えもさらに良くなるだろうな)
ヴァルターには負ける気などなかった。今まで後方に引きこもっていた王子相手である。確かに訓練もなっていない民兵を上手く用いてヘルフリートを負かしたようだが……
「まだまだひよっこ。戦慣れしておらん者だな」
この場で起きている戦いなど、些細な出来事にすぎないと彼は思っていた。
(だが解せぬ。なぜあの第一王子がこのような事を起こしたのか。父親である皇帝には勝てないと分かっているはずだろうに……そこまでしてこの国を今すぐ変えたかったのか?)
その前方の彼方、こちらを狙撃しようとした敵のライフル兵が、先回りした部隊に倒される瞬間をヴァルターは静かに見つめていた……。
◇◇◇◇◇
「……チッ、ライフルを持った猟兵も散開した兵たちも敵に先回りされて奇襲を受けるとは……」
目の前の芳しくない戦場を前に、ハルは地図を睨む。現在の戦況が地図の上に乗る駒によって再現されている。その駒の内、ハル達の駒が多いのは散開する部隊がいるからだ。しかしその一つ一つは少人数。大人数を相手には勝てない。
(元々こっちの人数は少なかったんだ。だから敵の将校を重点的に狙うことで軍を混乱させて動けなくしていたのだが……)
指揮官がいなくなればいくら大人数が集まっていたとして命令がなければ動けない。そして指揮官であるヘルフリートが降伏した今、敵の軍は自動的に負けた……はずである。
ハルはとある一つの駒を見る。敵を現す真っ黒い駒は自軍の側面に回りこむ形で存在していた。それは指揮官なき後も動く部隊、ヴァルターの部隊である。
(ヴァルターを倒さない限りあの部隊は動き続ける。だが、あいつをどうやって倒せばいい?)
今ヴァルターと戦っているが状況は劣勢だ。戦力差はむしろこっち側があるというのに。
(このままでは負ける、確実に。俺では……今の俺達ではあいつには勝てない)
地図を前にして悩むハル。そんな彼の代わりに命令を下していたギルが走って近づいてきた。
「ハル、どうするんだ? 敵はヘルフリートの降伏なんて構いなしに攻撃してくるぜ? このままだと負けるから一旦引くか?」
「……引いたとしてそれからどうするんだ? この先ヴァルターとは必ず戦うことになる。今ここで倒しておいた方が今後の為だと思うが……」
「だとしてもその手はあるのか? 一旦引いてその手を考えたほうがいいと俺は思うんだけどな」
「……そうだな。これ以上戦うのは戦力も弾も無駄に消費する事になるか……」
ギルの言葉にハルは頷く。たとえこの場で仕留める事が出来なくともいつかその機会が来るのかもしれないと……。
そう思い今はこの戦場から離脱するように声をかけようとしたが、ギルの言葉に遮られる。
「でもよ、なんであいつは……ヴァルターはここまでしてお前を狙うんだ?」
「……それは親父からの、陛下からの命令だからだろ?」
ヴァルターが自分を狙うのは命令だからだとハルにも分かっていた。皇帝を敬っているからそんな皇帝からの命令を、任務を遂行することはもちろんの事、その地位を上げようとしている事も理解できる。
(……だが奴はそんな人間ではない気がする。親父には忠誠は誓っているがそれは力があるからだ。俺たち息子達にはなんにも期待していない……だがもしも……それなら……)
「ギル、命令だ」
「なんだ? 撤退か、それとも何か手を思いついたか?」
「……ああ、いい案をな」
ハルは何かを思いつた顔をしながら腕を組んで言った。
「相手は俺が欲しいんだろ? ――なら俺を差し出せ、ヴァルターにな」
◇◇◇◇◇
敵軍である反乱軍より使者がヴァルターの元に来たのはつい数時間前の事。その使者はなんと第一王子ハーロルドをそちらに引き渡す事、その代わりにこの場での戦闘は終わらせる事というものであった。
(……負けを悟りハーロルドを渡しに来たのか?)
森林が少し開けた場所でヴァルターは部隊を引き連れてやってきた。この場が引き渡しの場所と言われた場所であり、見渡す限り遠くに森が見えるだけで何もない平地だ。
(だがあの第一王子、少し戦って分かったが意外とやりおる。何を考えているか知らんが、一歩間違えばこちらが窮地に落としいられるだろうな)
ヴァルターとてこの取引にのこのこと出てきたわけではない。罠である事を警戒をしながら、ヴァルター達の前に現れた者たちを見る。
(……ハーロルド以外に数人の部隊……本当に引き渡しにきたというのか?)
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる黒髪の少年――それが第一王子ハーロルドであろう。その周りには十人ほどの兵士が付き添うだけで、その他にはいない。周りの森を見渡すも見た限りではどこにも軍勢を控えさせているわけではないようだ。
「……ロレンツ・フォン・ヴァルターだったか? こうして会うのはいつ以来かな」
警戒を解かないヴァルターの前にハーロルドの声は聞こえて来た。すでに顔も鮮明に見える距離である。その顔は以前見た顔そのままで影武者などではないようだ。
「貴方の誕生日以来ですから約一年振りですね、ハーロルド王子」
「そうか、そんなにも前か。お前は変わらんなヴァルター」
「……そういうハーロルド様はずいぶんとかわられた」
静かに交わされる会話の中、ヴァルターには分かった。目の前の王子は以前の王子ではないと。外見にあまり変わりはない、だが醸し出す雰囲気が以前とどこか違って見えた。
「それで……なぜ今になって降伏し、私の元へとやってきましたか?」
「おいおい、俺達はまだ降伏なんてしてないぞ」
「……何を言っておいでで? ハーロルド様がこちらに来る時点でそちらの負けのような物ではありませんか?」
「俺一人居なくなったとして反乱軍は止まらないさ。それにお前だってヘルフリートが降伏したにも関わらず今も動いているだろう?」
そう言ってにやりと笑う彼の赤い瞳には以前には、見られなかった程の強い意思を宿しているのをヴァルターは見た。これほどまでの強い意思を宿した瞳を持った者などヴァルターは見たことがない。――いや、以前一人だけ、同じような瞳を持った者を見たことがあったか。
「……なぁヴァルター。俺を連れて行く前に少し聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「お前は今の皇帝の事をどう思う? 崇拝するほどに値する主君であるとお前は本当に思っているのか?」
「……それは」
そう聞かれ、ヴァルターは少し悩んでしまった。若かりし頃から今の皇帝を知っている。その皇帝の持つ圧倒的な力にヴァルターは従い、付いて行ってはいるが……
「ヴァルター、貴様が父を慕うのはその圧倒的な武力を持っているからだろう? 武力を持ってして民を従えるのはいいのかもしれんが……それも度が過ぎれば別だと思わないか?」
「……なるほど、あなたの目論見は分かりました。私を説得して味方に引き込むおつもりですか?」
ハーロルドのしようとしている事に気がついたのか、ヴァルターは冷静に返した。数人の部隊で来たのはこちらを警戒させないため、戦う意志などない事を示したうえでの話し合いによってこの場を収めようとしているらしい。
「…………なんだ、話が早くていい。そういうことだ、こっちに来るつもりはないか、ヴァルター?」
「ないですね。そういうことならば話をするだけ無駄と言うもの。さっさとあなたを陛下の元に連れて行きます」
「まぁ、待てもう少し話を聞けよ。俺が親父に……皇帝を倒そうとしているのは知っているな?」
「ええ。そうでなければ私はこんな所にいませんね」
「俺が皇帝を倒せば、俺が皇帝だ。もし俺の方に付くのであればそれ相応の待遇と地位を用意してやるぞ?」
「……今のあなたが皇帝になる可能性は限りなく低い。ならば私は現皇帝に従ったほうが見返りも――」
「――いいや、なるさ。俺は絶対に皇帝になる。ならなければならないんだ」
ヴァルターを見つめるその赤い瞳は相変わらず強い意志を宿していた。消えることのない炎のように、けして砕けない宝石のように。
(……一体第一王子に何があったというのだ? これではまるで……)
「その為にはヴァルター、俺には貴様が必要なんだ。もう一度言おう、こちらに付くつもりはないか?」
――その瞳はまるで、皇帝陛下のようだ。他者を威圧し人を従えさせ導く王のような、ヴァルターが理想とする王が持つ瞳であるとそんな気がした。
「まぁ、先に行っておくが俺が皇帝になったら今後戦争などさせないつもりだ。だから軍隊は縮小されるだろう」
「……それをいいますか。私が欲しいと説きながら……」
「ああ、後で文句を言われても困るからな。だが、全てを無くすわけじゃない。国を守るには平和を維持するにはそれ相応の力が必要だろう?」
「確かに、力をまったく持ってなければ他国にも民達にも侮られます。――力は必要ですが、それも加減を間違えればただ恐れられるだけになる」
「よく分かっているじゃないか、ヴァルター」
「……小童がよくも抜かすものだ」
それまで礼儀を払っていたヴァルターであったが、我慢ならんといった風に言い放つ。だがその言葉にハーロルドはむしろ笑顔で答えた。
「ああそうとも、俺は未熟者だよ。お前に勝てないくらいにな。……このままじゃ俺は勝てない、あの皇帝にもな。だがお前が居れば違うかもしれない。俺が皇帝になったらお前には軍隊のほぼ全てを任そうじゃないか。……なぁ? 俺と一緒に革命しないか?」
目の前にはヴァルターよりも年下の少年。その少年は先まで後方で引きこもり戦いなど参加しておらず、皇帝という座にも興味をなさそうにしていた。だが、今の彼と昔の彼は誰が見ても違うと言うほどに変わっていた。そんな少年が言うのだ、自分と共にあの皇帝を倒そうと。
「ハーロルド様、貴様と組むくらいならばみっともなく背を向けて逃げた方がマシだろうな。だが――」
目の前の少年は一見無謀な事をしようとしている。だが今の彼ならばどこか成し遂げてしまえそうな気がしたのだ。力はない未熟者な少年、だがその瞳に宿る意思はあの皇帝にさえも勝る物。
「……貴様に付いていくというのも悪くはなかろう」
そんな少年が皇帝になればどうなるか、ヴァルターは見てみたくなった。力をもった彼がその力をどのようにして使うのかを。歴代の皇帝と同じ道を辿るのか、それとも別の道を辿るのか、今のヴァルターにはそれが気になってしかたない。
「そうか、良かった。これからよろしくなヴァルター。…………シキもういいぞ」
「ああ、本当に良かったです。ヴァルター様を殺さなくて」
ハーロルドの言葉と共にヴァルターの近くの兵が答える。それは彼の部隊員にいつの間にか紛れていたシキであった。
「……やはりただ何もせずやってきた訳ではなかったか」
「まぁな」
ハーロルドの素直な言葉にヴァルターは笑う。やはりこの者に付いていくほうがヴァルターにとっても面白いかもしれない。
「さてと……それじゃあこれからは一般兵と同じ服装をして指揮をしてもらおうか」
何かを思い出したような顔をしながらハーロルドが言う。その言葉に若干既視感を感じながらもヴァルターは答えた。
「ふざけるな。私はこの衣装のままで行くぞ」
「……そうかまぁ好きにしろ。どうせ寄せ集めの部隊だ、服装はみんなバラバラだからな。でもその服装で敵に間違われて誤射されても文句言うなよ?」
「……ならばさっさと代わりの衣装を用意してもらおう。それから私の家族の安全についても保証してほしいところだな。そうでなければそちらには付かんぞ?」
「……分かったよ。家族については安心しろ。他にも保護しなければならない者が居てな、そのついでにお前の家族も保護してやるよ」
「ならば良し。だが家族の安全が確かめられるまで私は何もしないからな?」
「ああ、構わない。しばらくは戦闘が起きそうにないだろうしな……」
夏の風が吹き抜ける森から現れ始めた反乱軍達を眺めながら、二人は話をしていた。
――こうしてフォルスベルク地域で起きた戦闘は終わりを告げる。この戦いで反乱軍側は少数の犠牲を持ってして帝国軍を撃ち破った。その戦果は帝国内部に響き渡り、各地で燻っていた反旗の炎が勢いを増す事のきっかけとなる。
ハーロルドはこの戦で得たものがあった。それはこの戦いに影響され反乱に対して他の協力者達や国民が立ち上がったことやヴァルターという存在により今まで以上の戦力を手に入れた事だ。
しかもその戦力には――意外な人物達も含まれていた。




