第四十話 決着
魔女が結界を壊したことにより帝国軍は城の中に進入することが出来た。罠ということを警戒しつつもハーロルド達は進んでいく。彼らは順調に進んでいくが、それが奇妙であった。
それは城に侵入してから一度も戦闘は起こっていないのだ。城を守るはずの王国軍はいるはずなのに、その姿形はどこにもない。中には逃げ出した兵士もいるだろうが全員が逃げ出すはずもなく、やはり罠なのかという疑問が強まる。
城の内部に入り込み大きなホールに帝国軍はたどり着いた。そこでそれぞれの部隊に城を調査するように命令を出したハーロルドは思わず呟く。
「……なぜ兵士が一人も居ない」
「それは、王が許可を出したからですよ。戦いたくない者、命を失いたくない者は逃げても良いというお達しがね。ここには死んででも国を守らんとする兵士のみが残っております」
ハーロルドの呟きになぜか返事が帰ってくる。その返事に驚いた彼の目の前には――迫る刃。なんとかして身をひねりかわし、自身に刃を向けた人物から離れたハーロルド。
「陛下! ご無事ですか!」
「あぁ、なんとかな。それよりも全部隊戦闘体制に移れ! 敵が現れたぞ!」
ハーロルドが息を切らせながら前を見据える。彼らの前にはいつの間にか黒い集団が現れていた。その一人をハーロルド恨めしく睨みつける。
「……久しいな、裏切り者のユベール」
「よく私の攻撃を避けましたね、ハーロルド陛下」
紫髪が特徴的なシノビ、ユベール。彼が刀を手に佇んでいた。彼らの周りではそれぞれの部下達が戦闘が始まっており、この場はすでに戦場と化し大理石の床を血で濡らす。
「……さてと、貴方様にはここで死んでもらいましょう。貴方様を殺せば今度こそあの馬鹿な者たちも目が冷めて私の意見を聞き入れ、聖女様と私はめでたく結ばれるのですからね。英雄である私を差し置いてあのフィリップと結婚など許せません……!」
「何を戯れ言を抜かしているのやら……お前なんか彼女に見向きもされていないってのに」
至極どうでも良い事を呟くユベールにハーロルドは冷めた目を向けながら返す。そんな彼の態度にユベールは狂気にも勝る怒りを露わにする。
「……戯れ言はそちらのほうですよ。私という英雄と聖女様は運命によって結ばれし仲。貴方という悪を殺し、愛しの聖女様を望まぬ結婚から救い、そして帝国も私が救います! 私は英雄なのですから!」
その瞬間にユベールの姿は消える。魔法など使えもしないユベールだが、シノビと呼ばれる特殊な者だ。限界まで高められた身体能力と隠密能力によって人の目ではけして見付けられない程の技術を身に着けていた。
「何が英雄だ。ただの裏切り者のストーカーだろう」
突如として消え去ったユベールを目にしてもハーロルドは落ち着きを払ったままに、腰のホルスターからとある物を引き抜く。それは銃であるがよく出回っているフリントロックの拳銃とは違う。
――それは一丁のパーカッション式リボルバーだった。
ハーロルドは右手にリボルバーを持ちながら、集中するように目を閉じる。自身はユベールには勝てないだろう。姿が消えた彼にどこから攻撃が来るか分からずにその首を狩られることだろう。
(気配が消えた今、奴を捕らえることなど誰にも出来やしない。――だが、俺には出来る。……何せ俺は知っているからだ)
だがもしも、敵の攻撃がどこから来るか知っていた場合は別だ。この『記憶』を完全に信じるのは自殺行為かもしれない、しかしハーロルドにはそれを信じるしかこのシノビに勝てる手はないのだ。
周りから聞こえてくる雑音を除外しつつ、静かにその時を来るのを待つ。
「………………――そこだッ!」
瞬時に背後を振り返ったハーロルドはリボルバーを構えて一発、虚空に放つ。しかし瞬時にある者は姿を表した――眉間を撃ちぬかれて。
「なぜッどうして――!!」
驚きと苦痛の表情を貼り付けたユベールの顔面にさらに銃弾が迫る。
銃声は止まない。さらに続けて頭や心臓を狙うように銃弾はまるで怒りを込められて撃ち込まれる。普通の銃ならばありえない事だろう。フリントロックならば一発撃てば終わりだ。だがこの銃はリボルバーである。計六発の銃弾は全て撃たれ、紫の者を赤く染め上げた。
「……カンナ、仇はとったぞ」
赤く染まる一人の死体を、ハーロルドはしばらく見つめていた。
帝国軍が城に侵入して一時間程が経った。城の様々な場所では残っていた兵士と帝国軍の間で激しい戦闘が繰り広げられている。そんな最中、なぜか一人歩くハーロルドはとある場所に向けて移動していた。
(……一人で行くなんて自分でも馬鹿馬鹿しく思うが、これは俺一人で片付けなければならない事なんだ)
兵士達にはこの場に近寄る者達の排除するように命令を下したため、邪魔をするものは現れないだろう。
目の前には大きな両扉。そこは王の間に続く場所。その先にいるであろう者達を睨むように扉を見つめた後、ゆっくりと開いた。
開け放たれた扉の向こうには思い描いた通りの人物。玉座に座るフィリップとそして……モニカの姿があった。
「待っていましたよ、今や帝国の皇帝さん。あなたの悪評はここにも届いております。立派な悪の皇帝ですね」
「そういうお前は父を殺して成り上がった王国の偽善者の国王さんじゃないか」
以前と違い二人は王子ではなく、国のトップに立つ者達はお互いに相手を罵り合う。国王フィリップは以前玉座に座ったまま、赤い絨毯を踏みしてこちらに近づく皇帝、ハーロルドを見下していた。
「キングが単身飛び込んでくるなどとは思いもしませんでしたね」
そう呟いたフィリップは玉座の側に置かれたテーブルの上にあるチェス盤を眺める。そして黒いキングを動かした。その位置は黒いキングと白いキングが対面する位置。白はフィリップ、黒はハーロルドといったところだろうか。
「……おい、その局面……いや今の状況まさか……」
「はい、貴方のあの時の局面を僕が現実に再現してみました」
フィリップは何でもないように言い放った。そのチェス盤の局面はあの時、以前ハーロルドとフィリップが対局した時の状況に似ていた。ハーロルドが少しミスをしたせいで、ポーンは生き残ったがキングはチェックメイトされたあの時の局面。その局面は今のフィリップ達王国の状況に似ていた。
フィリップはキングという自分をチェックメイトさせ、ポーンという国民や兵士達は逃げているこの状況に。
「……なるほど。だがそれも無駄だったな。逃げた者達は追わせている。逃げ帰って来られても困るからな」
「ポーンは後戻りはできませんよ。それと同じく彼らもここへは戻らない。ですがそうですか……」
どことなく逃がした者たちが心配なのか、王の間に作られた大きなガラス張りの窓の外を見るフィリップ。その先は王都の姿が見え、どこからか黒い煙が巻き起こっていたりと戦いの後は絶えない。
「……民さえいれば我が国は滅びることはない。たとえ王が居なくなったとしても……」
たった一人の王がいたとしてそこに国は出来ない。国は民がいて初めて国ができる。そう思うフィリップはだからこそ民を逃がしたのだ。自分が例え死んだとしても、民さえ生きていれば国は成り立つのだから。
「……王がいなければ国を名乗れない国もあるんだ……」
そのフィリップの言葉をハーロルドがどこか悔しそうに返す。帝国は他国を吸収して出来た国。自国に帝国の民と自覚する人間など殆どいないだろう。だからこそ、ハーロルドの帝国は王が、皇帝が居なければ成り立たない。
少しばかり静かな空気が流れるが、小さなか細い声が聞こえてくる。
「ハルさん……」
二人に気圧されていたモニカは久しぶりに出会うハーロルドを前に思わず彼の名を呼んだのだ。名を呼ばれたことでハーロルド――ハルは彼女を見ると先程から気になっていた彼女の姿に不快そうに眉間にシワを寄せる。
「……モニカが花嫁衣装なのは俺に対する嫌がらせか?」
真っ白なドレスに身を包み白いヴァールを被る彼女は穢れ無き乙女に見え、どこか神秘的な美しさを醸し出していた。しかしそんな姿は隣に座る存在の為のもの。見ているだけで怒りが湧くほどだ。
「まぁ、そうですね……しかし僕としては彼女の存在など――どうでもいい。あなたが欲しいというのであればどうぞ、何処へなりとも連れて行ってください。ですが――」
フィリップは天井から目を戻すと不意に玉座から立ち上がる。そして側に置いてあった剣を手にすると素早く引き抜き鞘を放り投げ、ハルに切っ先を向けた。
「僕との決闘に勝てば、ですけどね……。おっとその前に」
フィリップは何を思ったのか、剣を持つ右手とは反対の左腕を背の後ろに回した。
「確か、左肩に傷を負っていましたね。そのせいで左腕は使えないようですね」
フィリップの言葉にハルは苦々しくも自分の左腕を見る。確かに先の戦闘にて傷を負ったのせいでろくに腕は上げられず物も満足には持つことができない。もう片腕は無いに等しかった。
「僕もあなたに合わせて左腕は使いません」
「舐めているのか?」
「公平に勝負しましょうという事ですよ」
「……いいだろう。左腕をもし使うのであれば、こちらも片腕の代わりを使うからな?」
「使いませんよ、絶対にね」
フィリップの態度に若干苛つきながらもハルは自身の剣を引き抜く。近づいてきたフィリップと剣を向けて互いに睨み合う。それを静かに見守るのはモニカただ一人。
静寂が包むその王の間に、剣の打ち合う甲高い音が響いた。いつの間にか始まった二人の戦いは徐々に激しさを増していく。
「本当、貴方が一人でここに乗り込んでくるとは思いませんでしたね! 国に王が必要と説きながら、その王が単身で挑んでくるなどとは!」
フィリップが左下から切り上げるような攻撃を繰り出せば、ハルがそれを体をずらして紙一重でかわしながら答える。
「どうとでも言うが良い! ただ俺は貴様とは一対一で決着を付けたかったんだ! 我が父上と弟の仇をとらせてもらおう!」
反撃とばかりに心臓を狙うようにハルが剣を突き出す。しかしその剣は簡単に払われる。
「それを言うならばこちらもです! 我が国の兵士達はもちろん、クリストフとアーノルド、そしてサロモンをよくも殺してくれましたね!」
剣を払われたハルが体制を崩した隙を狙ってフィリップが動く。左側から攻めるようにしてフィリップは剣先を流れるような動きで斬り払う。しかしその剣をなんとか体を動かしたハルは左からの攻撃を受け止める。受け止めた衝撃があったのか少しハルの顔が苦痛に歪んだ。
「……ッ! ……他の奴らは知らんが、サロモンはお前が殺したようなものだろ! 不安定な魔法を使うように命令を下したのはどこのどいつなんだよ!! サロモンだけじゃねぇ一緒に転移した兵士の一部にはまるで化物のように姿形が変わった奴もいた、命を落とした奴もいたんだぞ!」
その言葉に驚きに目を見開いたフィリップ。ハルはすかさず打ち合わせた剣を弾き飛ばすようにして押し出した。そのままフィリップに一撃を加えようとするも、間一髪で正気に戻ったフィリップによって致命傷は与えられなかったがフィリップの腕には血の滲む斬られた後が残る結果となる。
「――確かにそうかもしれない。しかし、その殆どを殺したのは君じゃないか!! 僕にも非がありましょう、ですから僕はここで負けるわけには行かないんです。罪滅ぼしをするために生きなければならない、他ならぬ我が王国の為にも――僕は!!」
血の滴り柄に流れていく。その血で剣を滑り落とさぬように握り直したフィリップは地面を深く踏みしめた。
「負ける訳にはいかないのです!」
突っ込んでくるようにこちらに迫るフィリップの剣をなんとかして受け止めたハル。しかし、剣を受け止めきれたが、剣を引かれた瞬間に放たれた足蹴りをかわすことはできなかった。横腹に食らうようにして蹴りを喰らい、そのままハルは少し吹き飛ぶようにして地面に転がった。その時、剣とさらには大切な懐中時計が懐から滑り落ちてしまう。
うつ伏せになったまま呻くハルに近づいたフィリップはその背中に剣を突き立てようとする。
「――俺だって……ここで負ける訳にはッ! まだ死ぬわけにはいかないんだよ!!」
ハルはフィリップの攻撃を転がって避けると、体制を直し低い姿勢のまま足払いをかける。
「――くっ!?」
ハルに足払いをされ、フィリップは前のめりに倒れた。そのせいで剣を落としそれを拾おうとした所で、肩を掴まれて無理やり仰向けの状態にされる。仰向けになったフィリップの肩を掴む手が地面に勢いおく押し付け、その勢いでフィリップは後頭部を強く打ち付けた。それを上から見下ろすのは赤い目。
「死ねよ、死んでしまえ! 俺が死ぬんじゃなくて貴様が死ねよ!」
右腕を使って地面に倒れる彼の顔を殴る。一発だけでなく、何発も何十発も叩き込む。どんどん顔は晴れて綺麗だった顔は歪に歪む。とある一発で歯が欠けた。ある一発で鼻の骨が折れた。顔は血に塗られていき、殴る彼の手も真っ赤に染まる。
それでもどこか余裕そうな表情を作る金髪の少年。とても憎らしい。彼の存在が、彼の国が憎らしく思えた。
「――貴様が羨ましい! ずっと豊かな国で育って、両親に愛されて、民に憎まれること無く、期待された事も難なくこなしていった……そんなお前が妬ましい!!」
貧しい国の辛さも、母は死に父からは無視され続けた幼き日々、その父の悪政で自身も民から恨まれる、期待されたことにも応えられなかった。そんな自分と目の前の少年はまるで正反対だ。故に妬ましい。ハルは怒りのあまり腰のホルスターに手を伸ばす。
「しかも俺は死ぬのが決まっているなんて……何が悪だ、正義だ! 何度繰り返しても何をやっても死ぬ俺と違って、毎回死ぬことのないお前が妬まし――……えっ……」
一瞬、ハルは動きを止めた。だが、その疑問を考えるまもなく外から声が聞こえてくる。
『我らが国王の為に起ち上がれ! 邪悪なる帝国に負けるな王国の国民達よ!』
その声は城外の外からであった。窓の外を見れば、なんと首都の街には帝国軍を上回りそうなほどの軍勢。いや軍ではない、兵士も混じるがその殆どはこの王国の市民であった。どうやらこの王都から逃げた兵士達が王国の為、他でもないフィリップを救うために戻ってきたようだ。それは兵だけでなく国民たちをも引き連れて。
もうすでに王都は新たに現れた王国軍に制圧され、この王城を取り囲んでいた。
「クソが! 王国軍は戻らないはずだろうが!」
「そうですね、その通りです。ですが――彼らは駒じゃない! その事を僕はあろうことか失念しておりました!」
窓の外を見ていたハルが下に居た存在に振り返った瞬間、痛みが襲う。それは今まで大人しかったフィリップの左手が動いたのだ。そのフィリップの左手の親指は目の前の、ハルの右目に突き刺さった。
「――――ああああああッ!!!?」
突如として現れた痛みにハルは右目を抑えながらのたうち回った。その間にフィリップは痛がるハルにさらに追い打ちをかけるように一発殴ってから彼から離れると、血のツバを吐きながら起き上がる。
「……左腕はっ、使わないんじゃなかったのか!?」
「……そういう貴方は先にコレを使おうとしていたではありませんか」
フィリップの手には――一丁の銃。それはこの世界ではたった一つしかないリボルバーだ。
ハルは慌てて自身のホルスターを見やる。そこにはあるはずの彼の片腕の代わりはなかった。
「……あなたには同情しますよ。――でも、ここで死ぬのはあなたのほうです。我が民達が立ち上がってくれた以上僕は負けるわけにはいかない、絶対に!」
フィリップはそのリボルバーの使い方が分かるのか手慣れた様子で撃鉄を起こす。弾倉が回転するのをハルはただ見つめていた。
「もしかしたら僕達はこうやって殺しあう必要なんてなかったのかもしれない。それでも――」
――金髪の少年はそう言うと黒髪の少年に近づいていく。その手には一丁の銃。
「……これで終わりにしましょう、ハーロルド」
向けられた銃口はピッタリと黒髪の少年の額に合わされる。
「さようなら。我が友にして我が宿敵よ」
「ダメッ!!」
少女の声が響いたと同時に、銃声は鳴り響く。
――そして、銃弾は少年の頭を――かすめた。
銃弾は頭を撃ち抜くこと無く、その横を通り過ぎて後ろの地面に撃ち込まれた。
「モニカさん!?」
「ダメです! 止めてください!」
ハルが驚く中、それは目の前で起こっていた。銃を向けていたフィリップの腕をモニカが必死にしがみつくようにして狙いをそらした姿だ。
『記憶』の通りならば、あの場面が繰り返されるはずだった。なのにそうなることはなかった。他でもない彼女のお陰で。
「……チッ!」
思わず舌打ちをしながらフィリップは腕にしがみついたモニカを強引に振り払う。振り払われた勢いで彼女は地面に尻もちを付いた。その彼女に――
「邪魔をするならば……先にあなたを殺します!」
――フィリップは銃を向けた。
「モニカ!!」
驚く彼女の表情がどこかゆっくりに見える。彼女の命を奪おうとする次の弾を撃つために回転する弾倉も。
そんなどこかゆっくりに見えてしまう空間の中、ハルは――思わず走りだしていた。
二回目の銃声が轟く。そして今度の銃弾は――
「ハル……さん?」
モニカを庇うようにしてハルは抱きしめていた。
「ごめんな……モニカ。どうやら俺にとってお前は二番目らしい……」
どこか苦しそうに呻き片目の潰れているハルはそれでも微笑むようにして、申し訳無さそうに言う。
そして……徐々に体制は崩れ、床に倒れてしまった。
「……ハルさん! そんな! ハルさん!」
仰向けに倒れたハルの背中からおびただしい血が流れていく。それは周りを血の海にするほどに。
「いや、いやああああ! 死なないで……まだ、まだ死んでは……」
モニカは真っ白な衣装を真っ赤に染まることも構わずにハルを抱き起こす。だが、無慈悲にも銃弾は心臓を貫いたのか、彼の唯一残された赤い瞳にはすでに光を映していなかった。
「いやだ、いやだ! ダメです、ダメです! 死なないでください、まだあなたに好きだと言ってもらっていません! それを言ってくれるまで死ぬことは許しません! だから起きてくださいハルさん――ハーロルド!」
モニカは泣き叫びながら、何度も何度もハルの体を揺するも彼が起きることはない。
「……ごめんね。僕にはこうするしかなかったんだ」
そんな彼女に静かに話しかけたのは他でもない、ハルを殺した張本人フィリップであった。ハルの体を抱いたまま、モニカは彼を睨むように顔を上げた。
「……僕が憎いかい?」
「当たり前です! 私の好きな人を……大切な人を奪ったんですから!!」
モニカの言葉にフィリップは苦笑する。そして――
「そんなに憎いのならば殺せばいい」
手に持っていた銃を、リボルバーを彼女の手が届く場所に置いた。そんな彼の行動にモニカは面を食らう。
「……確かに我が国の国民たちは立ち上がってくれた。だからこそ、王はもう必要ない。この先、王という存在は別に必要なくともよいのでしょう?」
こちらに語りかけているようでしかし彼はどこか別の誰かに語りかけていた。
そんな彼を不思議そうに見るもモニカは答えること無く、しかし手を伸ばしてリボルバーを手にした。すでに撃鉄は起こされ、後は引き金を引くだけで撃てる状態だ。
「……本当にいいのですか?」
「なら、撃ちやすくしましょうか? ……僕は父親を殺しています。善人だった父親を殺した罪人で、あなたの恋人を殺した殺人者です。――これで十分ですか?」
どこか自分を殺してくれと言っているかのように言う。フィリップもまた孤独であった。親しい者たちが亡くなった今、国のためだけに生きるのは辛いとでも思ったのだろうか。どこか死を望んでいるようだ。
「そうですか……それなら……」
――静かに銃声は響いた。モニカの目の前でフィリップは頭を撃ち抜かれて後ろに倒れていく。
しばらくして人が倒れる音がし、そして何も音はなくなった……。
静寂が包む。この城の外ではまだ戦闘は続いているはずなのに、不思議なほどの静けさがこの玉座の置かれた広い空間を包んでいた。
「……ねぇハルさん。私はどうすればいいんでしょうか」
その空間で唯一生きている者が胸に抱いた愛しい者に問いかける。しかし答えなど帰ってくるわけがない。
その近くに落ちた血に塗られた懐中時計。主人と同じく壊れた秒針は二度と時を刻むことはない……。
「もう……いっその事私も……」
彼女は自分の手の中にあるものを見つめた。先程彼を殺したこの銃。これを使えば――
「それはダメですよ?」
その時、どこか無機質な声が聞こえてくる。扉が開かける音がしたかと思えば、続けてこちらに近づく足音。モニカはゆっくりとこの部屋の入口を振り返った。
「だって――まだこの物語は終わっていませんから」
そこには黒いローブを羽織り、ヴェールで顔を隠した一人の女。
――魔女と呼ばれし存在がそこに佇んでいた。




