第三十六話 対策
リュノールで行われた戦闘にて敵後方に転移魔法で移動し、奇襲攻撃をかけようとした王国軍。しかし事前に帝国軍がそれを知っており待ち伏せ、さらには不安定な魔法を使用した事による被害で奇襲攻撃は失敗に終わった。
策は失敗に終わったがリュノールの街を守らんとする主戦場では王国軍は奮闘し、第二王子ヘルフリートを討つが結局こちらも押し返され負けに終わる。
そんな王国軍がリュノールの街に引き返した所で、次は街に攻撃を仕掛けようと帝国軍は準備をしていた……。
帝国軍側の野営地。夜の闇に浮かぶいくつものかがり火。その火に照らしだされる一つの天幕の中。
椅子に腰掛けながら帝国の皇帝ベルンハルトは悩ましげに眉を寄せていた。次の戦場に対してどのような作戦を取るかを考えているようにも見える。その難しそうな表情をしたベルンハルトの手には何かを持ち、それを見つめていた。
「……ここまで来るのに長かったな」
ロウソクの火に照らされたその赤い瞳はどこかいつもと様子が違う。漂わせる雰囲気も、威厳が少しばかり弱い。それは誰も居ないからなのか。……いや、どこかここには居ない者に対する視線のように感じる事ができる。
「陛下、よろしいでしょうか?」
天幕の外から兵士の声が聞こえてきた。その声に反応したベルンハルトは手に持っていた何かを懐にしまうと立ち上がり入口に向かう。
一瞬だけ見えた彼が懐へとしまった物。それは――
◆◆◆◆◆
「クソッまた復活しやがった!」
リュノールの市街地にハルの苛ついた声が響いた。左右が民家に挟まれ、一直線に伸びる石畳のその先。バリケードを張った王国軍の姿が見える。
先程その王国軍に向けて一斉射撃を見舞った。何人か銃弾に倒れた王国軍の姿を見ることが出来たのだが……彼らはすぐに何事もなかったかのように起き上がり、こちらに銃を向けてきたのだ。原因は分かっていた。彼らの後方にはルーナ教の聖職者達が見える。きっと治療魔法が使われたのだろう。
「……厄介ですね。相手を死傷させなければ兵は倒れない。対する我らは銃弾が掠っただけでその兵使えなくなる」
ギルの言葉に、ハルは神官たちを睨みつける。元々戦力差はあったが、さらに差が開いていく。
「まるでゾンビだ。撃っても撃っても敵は倒れずに復活しやがる」
状況的にこちらが不利だと確信したハルは、率いていた軍に一旦撤退をする命令を下した。
リュノールの東。街の入口に帝国軍の部隊は続々と集まりつつある。他の場所でも同じだったのだろう、倒れても復活をする王国兵を前に手も足も出なかったようだ。
普段、前線にはルーナ教の聖職者達は出てこなかった。ルーナ教としては戦争には参加しないというあくまで中立の立場を取っているらしい。
しかし今回の戦場で彼らは出張ってきた。それというのも、彼らは戦争には参加はしないが王国軍の支援はしている。
あくまで戦闘はせず、怪我人の回復のみに専念していた。それが今回、このような形で彼らが戦闘に加わったのは理由がある。
「……リュノールにはルーナ教の大聖堂がある。確かそこには枢機卿がいたはずだ」
ハルは街の中心地の方角を見つめた。この街には大聖堂がある。ルーナ教にとってそれはとても重要な施設であり、この街を取られると言う事はその大聖堂も一緒に奪われたに等しい。帝国としてはルーナ教を否定していないが、彼らにとって帝国は邪教徒の国である。
そんな国には奪われたくはないのかもしれない。そしてルーナ教を国教にしている王国としても、この街を取られるわけにはいかないのだ。この街を取られてしまえば王都に手が届いてしまうという理由もあるだろう。
「……まったく忌々しい、女神の家畜どもが」
ハルの隣にやってきたのは今まで以上に腸わたが煮えくり返っていそうな皇帝だ。ここまで怒りを露わにする皇帝に、ハルは驚く。普段は味方でさえも慄きそうな程の迫力がある皇帝だが、彼がここまで怒るような姿をあまりハルは見たことがなかった。
……いや、昔一度だけあったか。確かハルの母であるヒナタ皇妃が亡くなった前後は今のように常に怒鳴り散らしていた気がする。
「……ハーロルド、しばらくしたらまた攻撃を仕掛ける、準備をしておけ。ヘルフリートが死んだ今、奴の代わりを任せられるのはお前くらいだ」
「ハッ了解しました」
ハルは胸を叩く敬礼を返して答えた。第二王子であるヘルフリートは先の戦闘にて死亡している。奇しくもハルの言う通り、『記憶』通りになってしまったのだ。
「……恐れながら、陛下。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「……なんだ、申してみよ」
どこか苛つくように赤い瞳が自分を射抜く。機嫌の悪い時に質問をするべきではなかったとハルは後悔するが、それでもハルは疑問を口にした。
「……ルーナ教の神官たちはどうされますか? このまま、もう一度王国軍を相手にしても、我が軍の兵の数を減らすだけでございます」
「そんな事は分かっている。だが我らはここを抑えねばならぬ。そのためには多少の犠牲は仕方ないだろう。――それともお前は、何かこの状況の打破する策でも知っているのか?」
向けられていた視線が不意に変わる。それはどこか自分に期待をするような視線だ。
「いえ……私は――」
しかしそんな策はないと否定しようとして、ハルは何かを思い出す。
(……待てよ、確か三日後に補給物資が届くよな? 確かあの中には――)
「…………陛下、今すぐ進軍を中止してください。進軍は補給物資が届く三日後までお待ち下さい」
「……何?」
ハルの言葉に皇帝は眉をひそめる。そしてまたどこか険しくなりつつある表情に慌ててハルは付け足す。
「三日お待ちいただければ、あのルーナ教の加護など蹴散らす物が届きます! それまでどうかお待ち下さい!」
「……本当だな?」
「もちろんです!」
ハルは大きく頷く。そんなハルを一瞥してから皇帝は振り返る。
「……全軍に通達、進軍は中止だ。一旦引き上げる! ……いや偵察隊は残れ、この街を隅々まで調べ上げろ!」
皇帝の命令に兵士達が敬礼を一斉に返して答えた。その光景を見つつ、ハルは安堵のため息をつく。
「……あんな事言っちまったけど、本当に上手くいくといいが……」
どこか後悔したようなハルの呟きは肌寒い風に消え、誰にも聞かれることはなかった。
◆◆◆◆◆
「いやはやフィリップ殿下、この度はありがとうございます。貴方様が居なければ、このリュノールの街はとっくに帝国の手に落ちていたでしょう。このルーナ教の大聖堂も失わずに済みました」
ルーナ教の神官服に身を包んだ恰幅の良い男が頭を下げる。しかし出っ張り出た腹が邪魔なのか、その礼はどこか滑稽に見えた。この男がルーナ教の枢機卿だ。
「いえ、私達もルーナ教の支援がなければ帝国には破れていたでしょう。ご協力に感謝します」
フィリップは枢機卿の姿を見ても特に変わりなく対応する。たとえ思っていたとして顔には出さないのがフィリップだ。
そんなフィリップ達王国軍は、リュノール郊外で行われた戦闘では帝国に負けたものの、このリュノールの街で踏みとどまっている。それは他でもないルーナ教の支援があってこそだ。
「フィリップ様、この街の中だけでございますが我らルーナ教はこれまで通り王国を支援いたします」
枢機卿の隣に立つクリストフが頼もしい事を言ってくれる。彼らからの支援として傷ついた兵士の治療を今までしてもらっていたが、この街での戦闘のみ即座にその場での治療をしてくれる事となった。これならばきっと帝国軍に勝てるだろう。
「ありがとうございます。あの帝国には負けるわけにはいかないので助かります。……今まで殺されてきた兵士達の無念、そしてあの奇襲隊の仇はとってみせましょう!」
そう力強く宣言したフィリップの言葉にその場に居る者たちも頷く。しかしフィリップの表情はどこか暗かった。
(奇襲隊を送り出したのは僕ですが、それを全滅させたのはハーロルド……貴方です。……自業自得なのかもしれませんが全滅させられた兵士達やサロモンの仇は取らせてもらいます)
暗い表情のままフィリップは立ち並ぶ家の向こうを見つめるように見る。その先にいるはずの帝国軍を睨むように……。
一日が経った。帝国軍はまた戦闘を仕掛けてくると思われたが、街には現れなかった。その行動に怪訝に思いつつも王国軍は束の間の休息に帝国の影に怯えながらであるが疲れを癒やしていた。
「……まさか、この街を通りすぎて王都に向かったのでは?」
部屋の一室、今は作戦会議の場となっている部屋にクリストフが不安げな呟きが響く。
「ですがそうした場合は我らが帝国軍の後ろを取れる。その事を彼らも承知のはずですからありえません」
「それに報告ではまだ街の外に帝国軍がいると報告されています。この街を無視しないようです」
フィリップの冷静な言葉にアーノルドも賛同する。それを聞いたクリストフも納得するように頷いた所で彼の隣りにいた者が喋り出す。
「あぁ、そうだとも。帝国は皇帝はこの街を……いやルーナ教の大聖堂があるこの場所を無視したりしないであろう」
どこか脂汗を出して怯えるようにしている枢機卿の姿があった。
「殿下、失礼致します!」
その場に大きな声と共に開けられる扉の音が響き、その場に居た者達は枢機卿から目を離す。
「どうかしましたか?」
まさか帝国軍が攻めてきたかと入ってきた慌てる兵士を前にフィリップは焦る。
――だが、その兵士が報告した内容は意外なものであった。
◆◆◆◆◆
二日経った。ついに帝国軍が動き出したという報告に王国軍は迎え撃とうと慌ただしく動き出す。街の住人達はすでに避難を終えている。だから家を壊したとしても被害はいかないだろうが……
「……できれば壊したくありませんね。ですから攻撃魔法は使わず防御壁などに限定してください」
広場に集まる黒いローブの集団を前にフィリップは通達を飛ばす。数は随分と少なくなったが彼らが魔法師団の者たちだ。フィリップの言葉に敬礼を返して魔法使い達は返事をし、その返事にフィリップも一つ頷く。
――冬の近づく澄み切った青空の下。リュノールの地での最後の戦いはこうして始まった。
リュノールの街。その市街地にて両軍は出会う。バリケードを張って迎え撃つ王国軍はマスケットを構えながら帝国軍が射程地点まで進みゆくのを眺めていた。そしてしばらくしない内に帝国軍の足は止まる。
……しかし、両軍を隔てるその距離は明らかに百メートル以上も開いていた。この距離ではマスケットの銃弾は届かないだろう。だというのに帝国軍は足を止め、あまつさえ射撃体勢に入ろうとしていた。
「何をしているんだ? あの距離では届かないだろうに……」
王国軍の指揮官が首をかしげる中、銃声は轟いた。不思議そうにしていた指揮官の顔が一瞬にして恐怖に歪む。――何故かと言うと届かないと思っていた帝国の弾丸が届いたのだから。
「ぐわッ」
敵の弾丸が腕に当たったのか指揮官は倒れた。そして当たった自分の腕を見て驚愕する。骨が砕けているようでさらに通常よりも酷い銃創だと一目見れば分かる程だ。明らかに普通のマスケットの威力ではない。
「……な、なんだこれは!」
「お、落ち着いてください! 今治療いたします!」
ルーナ教の神官が司令官に近づくと、血だらけの腕に手を当てた。手から光が溢れ、治療魔法がほどこされたが――
「なッ!? どうして、どうして治らない!?」
一向に傷は治る気配はなく、傷口から血があふれだすばかりだ。周りを見渡せば司令官だけでなく他の負傷者も同じなのだろう。そこかしこから慌てる悲鳴の声が聞こえて来た。
……それにしても、負傷者の数が多い。あの距離から撃ったにも関わらずにこの命中率は一体どういうことなのか。現に王国軍は応戦してマスケットを撃つが距離が遠すぎて届かない。しかし帝国軍の銃弾はこちらに届いている。
「どういうことなのだ、これは!! 帝国は魔法でも使ってッ――」
慌てふためく司令官の顔面に、また一つ銃弾が通り過ぎていった。




