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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第三十四話 転移

 数日後。リュノールの街のその先に、街を守るようにして王国軍は展開していた。地平線に並ぶ青と白の兵士の壁がそのままリュノールの街の城壁とも言えよう。


「フィリップ様、全軍準備が整いました」


 この王国軍の指揮官である王国の王子フィリップに、彼の近衛兵アーノルドが報告をする。


「そうですか。では、あの部隊も?」


「はい、もちろんです。七千の全ての兵は準備を終えました」


「分かりました、では彼を連れて来てください」


 フィリップの命を受けて兵士が動き、しばらくしてからとある人物を連れてきた。それは拘束され魔法が使えない緑髪の魔法使いの少年――サロモンだ。

 なぜ彼がこのようにして拘束されているのかと言うと、聖女が行方不明になった原因だからである。国に祭られていた重要な存在である彼女を逃がすような行動をしたが為に、サロモンはこうして捕まったのだ。


(しかし、今では聖女など……違うそうでは……)


 また痛みだした頭を抱えつつも、フィリップはサロモンに話しかける。


「さて、サロモン。貴方の使命は分かっていますね?」


「……分かっています。しかし、あの魔法はまだ――」


「聞く所によれば、その魔法は完成しており使える(・・・)らしいではありませんか」


「……確かにそうですがまだ細かな調整が終わっておりません! 不安定なまま使えば何が起こるか分からないのですよ!? ですから考えを直し――」


「……サロモン、私たちには後がないのです。ここを帝国に盗られてしまえば、すぐ目の前には王都が見えます。いわばチェックメイトを掛けられてしまうのです」


 フィリップの有無を言わさぬ言葉にサロモンは押し黙る。しかし、その瞳は諦めずにフィリップを睨みつけていた。


「降伏をする選択肢はないのですか? これ以上戦うのは兵たちの命を無駄にするだけですよ、フィリップ様!」


「……降伏? あの非道なる帝国に、あの悪の帝国に、なぜ我が偉大なる王国が降伏しなければならない!? それは絶対にあってはならない事です。我が国は降伏しない、最後まであの帝国と戦うのみです!」


「フィリップ様……」


 フィリップの言葉に、サロモンは残念そうにして彼を見る。国民からも愛されるほどに心優しかった彼ならば、民たちのために戦いを止めてくれると思っていた。昔の彼では無くなってしまったのかと思うが――


(いいえ……これはあの魔法のせいですね。ならば……)


 俯いて黙っていたサロモンは何かを決意すると、顔を上げて前を、フィリップを見つめる。


「フィリップ様の心はよく分かりました。……僕も王国で育った者としての自覚を思い出す事ができました。あのような悪道極まりない帝国に降伏するなどあってはならない」


「サロモン……」


「……目が覚めました。僕も王国の為に命の限り戦いましょう!」


 その言葉にフィリップは満足そうに頷くと、彼の拘束を取るように命令を出した。


「では、これより僕はあの魔法を発動するための準備に取り掛かります。その前に――」


 サロモンは素早くフィリップの元へと移動した。それは隣に立つアーノルドが反応に遅れる程だ。


 パチンッといった音が辺りに響く。自分よりも背の高いフィリップの顔の前に、背伸びをしながら手を差し出したサロモンの姿。どうやらサロモンが指を鳴らしたようだ。


「……おはようございます、フィリップ様。目は覚めましたか(・・・・・・・・)?」


 あどけなさを残した顔は優しく微笑んだ。そんなサロモンの笑みを見つめるフィリップは、どこか戸惑うように彼を見ていた。しかし、次第にモヤが晴れたかのような頭にフィリップは驚きながら目の前の小さな魔法使いを見る。


「……サロモン、これは一体。僕は今まで何を……」


「説明する時間はありません。しかし、フィリップ様であればきっと分かる事かと思います」


 そう笑みを返したサロモンは驚いて固まっていたアーノルドに拘束をされた。


「ま、待てください、アーノルド!」


「しかし!」


「……丁度良かった。アーノルドさん、僕を連れて行ってください――転移魔法を詠唱する場所に」


 サロモンの言葉に二人は固まる。しかし、アーノルドはサロモンを警戒しつつも彼を連れてその場所に行こうと歩き出す。


「アーノルド! 聞こえないのですか、僕の命令を聞いてください! それにサロモン! あの魔法を使ってはなりません! お願いです、二人共僕の命令を聞いてください!」


 だが、アーノルドはフィリップの声が聞こえていないのかそのままスタスタと歩く。連れられたサロモンはこちらを振り向きながら言う。


「無駄ですよ。どうにもあの魔法の影響が強いです。フィリップ様は自力で解除しかかっていたので解けたんですけどね……」


「魔法を? サロモン、一体何の話を……」


「……いえ、あの魔法ではありませんね。こうなることはすでに決められている運命の流れ……ですか。その流れになるように掛けられた魔法でしょう……そして僕もその流れには逆らえない」


 どこか独り言のようなサロモンの言葉が聞こえてくる。その声に耳を傾けるのは、フィリップただ一人。周りの人間はそんな二人など目にも入っていないかのように行動をしている。


「フィリップ様。貴方に掛かっていた彼女に対する魅力の魔法は解けましたが、この流れを作り出す魔法は長い年月をかけてかけられたようで僕でも解けそうにない。ですが、どうか抗ってください。僕は王国の民として貴方を信じています」


 サロモンはそれを最後に話すと、フィリップの元を去った。


(ハーロルド様、貴方とは敵対したくはなかった。ですが国を裏切る事を僕には……)


 サロモンは歩き空を仰ぎながら思う。


 もし、できる事ならば彼の隣に立ち彼の隣で戦いたかったと――。




 ◆◆◆◆◆




 リュノールの街を巡る戦いの幕は斬って落とされた。真正面からぶつかり合う両軍。その激しい戦場より遠く。帝国軍側の後方に近い場所にハルが率いる五千の兵は居た。


「俺が言えたようなもんじゃないが、本当にここに来るのか?」


 見渡す限り平原が広がる地を前に、ギルは不安そうに聞く。


「あぁ、多分……な。俺が知っている『記憶』と彼女の――モニカの言っていたことを照らし合わせれば、ここに王国軍の奇襲部隊は転移してくる」


 ハルもどこか自信がないのか、迷いつつも答えた。――転移魔法、それは瞬時にして遠くの場所に移動する魔法だ。その魔法が使われれば、今ハル達のいるような普通であれば来れない場所にも移動することができる。その転移地点を複数知っていたハルはそれによって王国軍がどこに現れるか分からないでいた。


(だが、モニカが手紙で知らせてくれた)


 ――この場所に彼らが来るだろう、と。あの時ギルから渡されたモニカからの手紙。その内容はまるでその時のハルを見透かしたかのような内容だった。しかも、転移魔法について書かれており王国軍が転移するであろう地点も書かれていたのだ。


(……まるで予知だな。あいつの聖女としての力は未来を予知する能力だったのか?)


 思えば天気を当てたりと彼女は未来に関する事を言い当てていた。もしかしたら、彼女は予知能力があるのかもしれない。


(……そうなると一番気になるのは、彼女の見たあの夢だな)


 モニカはハルが死ぬ夢を見たと言っていた。もしも、それが予知夢などというものであれば……


(いや、俺は予言も予知も信じないってあいつに言っただろ。今は『記憶』通りに行くのはいいが最後の結末までそのままなんてのは絶対に許さない。そうならないように変えてやる……!)


 意気込むハルは目の前を睨む。



 ――その時、辺りが光に飲まれ、そして突風が吹き荒れる。思わず目を瞑ったハルは次に目を開けるとそこには……青と白の軍勢が突如として現れていた。




 ◆◆◆◆◆




「サロモン様! 転移魔法は成功いたしました! どうやら見る限り我々と共に転移した兵士達に異常は見当たりません! 大成功ですよ!」


 そう言って年甲斐もなくはしゃぐローブを来た魔法使いの男。彼らはたった今、長年実現を夢見ていた転移魔法の術を成功させたのだ。その魔法の成功には他でもない王国でも天才と謳われるサロモンの力があってこそだった。


 周りには男と同じくサロモンの補助として転移魔法の詠唱をしていた者たちが嬉しそうに声を上げている。魔法は成功した、後は一緒に転移させた王国の軍隊が帝国軍を後ろから奇襲をかけて、自軍に勝利を導くはずだ。


「……サロモン様?」


 周りの歓喜の声に男も浮かれていた。だが、返事が帰ってこない事に不思議に思い、サロモンの方を見て――驚きのあまり固まる。


 しばらくして男の悲鳴が上がった。しかし、その内悲鳴は軍のあちこちから聞こえて来る。それは不意をついてこの場所に転移したはずなのに目の前に帝国軍がいたこともあったかもしれない。


 いや、一部の者達にとって、敵などどうでも良くなるほどの異常が起こっていたのであった。





 ◆◆◆◆◆





「…………なんだこれは?」


 ハルは思わずそんな言葉を零してしまう。転移してきた王国軍を迎え撃った、まではいい。その王国軍の様子が何かおかしいのだ。どこからか王国軍の方から奇声や悲鳴が聞こえてくる。それは自分達が待ち構えていた事も関係しているようだが、どうやら別の原因のようだ。


 そんな事もあって王国軍は所々陣形が崩れており、こちらに攻撃を仕掛けるどころではない。


「……奇妙ですね。調べさせましょうか?」


「そうだな……猟兵隊の方に王国軍の偵察をしてくるように指示を出せ」


 ギルの言葉に頷きつつ、ハルは目の前の王国軍を見る。


「……さて、一応はこちらに攻撃してこようと動いているな」


 何らかの原因で混乱に陥っている王国軍だが、その中には的確にこちらの軍を対処しようと動く部隊もあった。数はあちらが上回っているので油断をすればこちらが負けかねない。


「正常に動いているのは敵右翼あたりか」


 ハルから見れば左の部隊――敵右翼と思われる部隊は他の場所よりも混乱が少ないのか、上手く動いていた。


「……混乱してる敵左翼よりまともな敵右翼を叩くか。左翼部隊は斜行陣で側面に回り込むように指示を、第二歩兵連隊はこれを援護するように動け!」


 王国軍にとどめを刺すかのように、ハルの命令は響き渡った。







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