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第三十二話 一騎

 あちこちでマスケットの発砲音と共に、兵士達の怒声が響く。


 そんな戦場、青と白の軍勢こと王国軍。その左翼部隊の指揮官、カジミールは馬上から戦場を静かに見つめていた。


「ほぉ……これは我が王国軍が優勢であるな」


「そうでございますね、閣下」


 カジミールの言葉に部下も頷く。一時前から敵と交戦しているが、どうやらこちらが優勢のようだ。魔法使いと銃兵の援護を受け、槍兵が敵の陣形崩す事に成功し、今は騎兵隊と共に敵を蹂躙している。


 黒と赤の軍勢は押されているのが目に分かるように後退をしており、更には兵士の一部が北に見える森に向かって逃走までしている始末だ。


「殆ど敵の右翼は崩壊していると言っていいでしょう」


 部下の言葉にカジミールはニヤリとした笑みを浮かべながら頷く。


「これまでフィリップ様がどんな策を凝らしても、穴の開く事のなかったあの帝国軍がな……しかし、これはチャンスである。一気に畳み掛けるとしよう」


「ではそのように。しかし閣下、森に逃げた脱走兵はどう致しますか?」


 カジミールが森を見る。そこそこの数の脱走兵が森に向かって逃げていた。しかし、見たのは一瞬だけですぐに目の前の戦場に視線は戻される。


「彼らもあの皇帝に脅されて戦場に立っていた事だろう。フィリップ様の命令もある。無駄に命を取るつもりはない、放っておけ」


 王国軍は、フィリップからの通達で逃げる兵は追うなと言われているし、降参した者は殺すなとも言われているのだ。


(流石、我が国の王子よ。あのような卑劣な敵にも慈悲を与えてくださる)


 カジミールはどこか誇らしげにしながら、目の前の戦場で逃げ出していく帝国の兵士達を哀れんでいた。





 ◆◆◆◆◆





 カジミール達のいる王国軍の反対側。こちらは現在右翼部隊が半壊しつつある帝国軍の後方。


 この事態を知らないはずがない右翼の指揮を取るハーロルド王子こと、ハル。しかしその顔には焦りの表情一つなく、普通であった。


「ハーロルド様、我が右翼部隊の被害は想定の範囲内です」


「ふむ、ここまでは予定通りだな」


 ギルの報告に耳を傾けて聞いていたハルは特に気にすることなく答えた。


「さてと、反対側とかは陛下や弟が頑張っているからな、きっとフィリップもそっちの相手で忙しいと思っておく」


 王国側は優勢であるこちらの右翼に目が向かない事を祈る。もしこっちに何かしら対策を施しに来るのであれば先読みの魔女が絡んでいる可能性を考えつつ、ハルは命令を飛ばす。


「では、さらに兵を引き下げよ。だが、これ以上は下がらずに踏みとどまる様にしなければな。騎兵隊にはいつでも動ける様にしておけと伝えろ」


「ハッ!」


 返事を返したギルが各方面へと指示を出す。


(さて、敵は食いついてきた。後は頼んだぞ、ヴァルター)


 その背を見送ったハルは、北側に広がる森を見ていた。





 ◆◆◆◆◆





 戦場が繰り広げられている平原から北に少し行った場所。そこには木々が生い茂った森が広がっていた。秋の紅葉が色づき落ち葉が落ちる中、帝国軍の将校、ヴァルターは歩いていた。


「……あのクソ王子め」


 忌々しく吐いてるヴァルターは近くにあった木に拳を打ち付ける。まったく命令とはいえ敵に背を向けておめおめと逃げるなど愚行に極まりない行動をしたのだ。皇帝陛下の命令ならば素直に聞いたものを、よりにもよってあの第一王子だ。


「しかも、この私に一般兵と同じ軍服を着せるとは!」


 今のヴァルターは威厳を示すかのように豪華な軍服ではなく、普段彼が命令を飛ばしている兵士達と同じ軍服だ。先程の行動と言い、いくら作戦とはいえ貴族である彼にとってこれを強制させた王子に怒りが湧いてくる。


「お、落ち着いてください、ヴァルター様! 確かに一度も戦場になど出たこともない王子の命令とはいえ、仮にも第一王子。それに陛下に対して評価の悪い事を言われでもしたら……」


「陛下があのようなうつけ王子の言葉など聞くわけがなかろうが!」


 ヴァルターという人物は古典的な帝国の軍人貴族といえよう。今の皇帝を崇拝し、武力を持ってして民を従える。それ故に皇帝には従うが、その息子たちにはあまり良い感情を持たない。辛うじて第二王子はまだ気に入っているので彼は第二王子派だと言えよう。


「しかし、言葉を聞かないのであれば第一王子に右翼部隊を任せる意味が分かりません」


「……そう、そこなのだ。一体陛下は何を考えておられるのやら……」


 陛下が第一王子であるハーロルドの事を見ていないのは有名な話だ。だが一部では彼に対して適正にみているのではなんて話も上がっている事をヴァルターは知っていた。何せハーロルドは戦場には出たことはなくとも後方支援という前線を支える事で今まで動いていた人物である。いわゆる縁の下の力持ちといった所だ。


(今回の作戦に関してもまぁ……しかしこの作戦本当に上手くいくとあの王子は考えているのか?)


 ヴァルターは一瞬ハーロルドに対する評価を変えそうになるも、首を横に振る。今回、ハーロルドの立てた作戦、その重要な指揮官としてヴァルターはここに立っていた。


「……あのような作戦。確かにその通りにいけばいいが、兵士達がきちんと動いてくれなければならないのだぞ」


 所詮は机上の空論。ハーロルドの作戦は自分の都合に良い駒達が居てこそ成り立つ作戦であった。しかし現実問題、兵士達全員がその作戦通りに動くとは限らない。この帝国に本当の意味で皇族に忠誠を誓う人物などいないと同じ意味で――


「ヴァルター様、あれを」


 一緒に動いていた部下の内一人が目の前を指す。目の前に広がるのは事前にこの辺りを調査していたハーロルドが予め決めていた合流地点と思われる少し開けた場所。


「……まさかな」


 そこには黒と赤の軍服を纏った兵士達。一人や二人という数ではなく一旅団はいそうな程の軍勢。他でもない帝国軍の兵隊達が集まっていた。


「ヴァルター大佐! ご無事でしたか! 奇襲部隊五千全員揃っております!」


 近づいてきた連隊長の言葉を聞いてヴァルターは驚くように周りを見渡す。今回の作戦、わざと前線から逃亡し、脱走兵に見せかけてこの森に潜伏。バラバラに逃げた兵士達は集合次第、敵後方に側面からの奇襲をかけることとなっていた。


 しかし、この作戦いくら脱走兵に見せかけるとはいえ、中には本当に脱走兵として逃げる兵士が居ることを考えなければならない。この帝国の兵士がきちんと命令通りに従うなど、ヴァルターは思いもしなかったのであった。


 ヴァルターは知りもしないだろうが、この奇襲部隊の殆どは以前ハーロルドが作っていた猟兵隊である。散開する、つまりはバラバラになって行動するような事を決められている猟兵隊だ。事前に命令をきちんと守り逃げ出さない兵士ばかりが集められているエリート部隊な訳で、こういう作戦が取れたのだ。


「……そうかならば……ではこれより作戦の指揮を行う!」


 渋々といった感じであの気に食わない王子の事を思いながらも、ヴァルターは声を轟かせた。





 ◆◆◆◆◆





「敵はさらに戦線を後退させてきたか」


 何も知らないカジミールの居る王国軍後方。目の前ではさらに敵の右翼は引き下がっていた。他の場所ではこことは違い逆に押されているが、このカジミール達の目の前の戦場は違う。


「ふむ、上手くいけば敵の右翼を崩壊させる事もできる。このまま前進せよ。魔法使いたちにももう少し前へ出て魔法を展開するように指示を」


「ハッ!」


 カジミール率いる部隊が一気に前に押し出る。敵の帝国軍の右翼を飲み込まんとする勢いだ。


 しかし――



「――撃ち方用意! 撃て!」


 それを待っていたかのように側面からの攻撃に遭う。それによって本来ならば攻撃を受けないような魔法使いにまでに被害が及ぶ。


「なんだ!?」


 カジミールが驚くようにそちらを――森の方角を見る。そこにはずらりと並んだ帝国兵の軍勢。それを指揮するヴァルターの姿も見えた。


「なぜ!? いつの間に!?」


 側面に突然現れた彼らに攻撃をして対処をしようにも方向転換をしなければならない。それを陣形を組んだ兵士達が瞬時にできるわけがなく、その間にも弾丸は打ち込まれ一人また一人と倒れていく。完全に奇襲を受けて混乱したカジミールの左翼部隊はさらに追い打ちをかけるように騎馬兵に突撃され、陣形を壊される。


「閣下! ご命令を!」


「そんな……フィリップ殿下に――!?」


 慌てふためくカジミールの言葉は最後まで言われることはなかった。何せ横から放たれた弾幕によって無慈悲にも頭を、心臓を突かれたのだから……。




 ◆◆◆◆◆



「敵の指揮官は死んだようだな……騎馬兵隊も来たかしここまでだな。撃ち方止め!」


 ヴァルターはニヤつきながら号令をかける。まさかこの作戦、成功するとは露ほども思っていなかったのだ。


(あの王子……作戦を成功させるための準備は事前にしていたと言うのか。いままで後ろでやりくりしていた所が良い方に転がったと見るべきか)


 人材適所といえば良いのか、あのハーロルドはその人材を見極めるのに長けているのだだろうか。この指揮した兵士達は一部王子の近衛兵団とはいえきちんと命令を聞きたりと明らかに一般兵とどこか違う。今回、森の中を移動していたというのに彼らは森の中の動きを分かっているかのように動いていたのもあり、この戦場までスムーズに戻ってこれた。


(私を選んだのも何か理由がありそうだな)


 自分を選んだ理由は一体なんであれ多分自分が気に食わない答えだと思うことする。しかし彼の中でハーロルドの評価が少しばかり上がったのは事実であった。


「……さて、我らの仕事の続きを――」


 さらに敵に対して攻撃を仕掛けようとした所で、ヴァルターは異変に気づく。それは敵の、王国の後方。それも指揮官のフィリップが居る方角と思われる。そこから騎兵隊がこちらに向かってきていた。いや、一騎。明らかに部隊から外れて戦闘を走る馬が一頭。その馬上に乗るは一人の少年。赤い髪をなびかせながらこちらに迫る。


 いち早く戦場へと馬と共に躍り出ると少年の手に持つ剣は――首を刈り取った。他でもない帝国軍の兵士の首が赤い鮮血を巻き上げながら少年の剣によって倒れていく。


 その少年の剣は次々に兵士の命を刈取るように振り回される。


「……なんだ、なんだあいつは!」


 明らかに他の敵兵士とは違う。ヴァルターが命令を下し、その少年に向かって一斉射撃を加えるが――


 少年は馬を踏み台にしながら飛び上がり、銃弾を回避する。後ろで倒れていく馬には気にも止めずに、こちらに向かって走りこんできた。その速さは早く、常人とは思えない。


「……貴様が、この部隊の指揮官か!」


 ヴァルターを見るなり赤毛の少年は切り込む。それを防ぐように立った兵士達はたった一打で薙ぎ払われる。振り下ろさる剣にヴァルターはサーベルを引き抜いてなんとか受け止めた。


「お前は何者だ!」


「俺か? 俺はフィリップ様の近衛兵、アーノルドだ! 貴様に一騎打ちを申し込む!」


 赤髪の少年ことアーノルドはヴァルターを睨みつける。そのまま打ち合わせた剣を引くと突き刺すように繰り出す。それをなんとか避けてヴァルターは下から剣を払うようにサーベルを打ち付ける。剣を払われたアーノルドの隙を突くように横に斬りつけるも、すぐに戻された剣がヴァルターのサーベルを受け止める。


「……一騎打ちだと? そんなもの、誰が受けるものか」


「何!?」


 驚くアーノルドの後ろ、ヴァルターの目線による命令を受けて動いた兵士が、彼の背中に向けてサーベルを振り下ろす。


「この……卑怯者が!」


 しかし、ヴァルターを押し出すようにしてアーノルドが剣を振るい、そして後ろからの攻撃を避ける。避けた後は素早くその攻撃を加えてきた兵士を斬り殺し、またヴァルターに向き直る。向き直ったヴァルターはこちらに向けて拳銃を構えてた。


「死ぬがよい!」


 躊躇なく引かれた引き金によって弾丸はアーノルド目掛けて撃ち出される。



 その弾丸は彼の胸を突く――寸前に剣によって弾かれた。



「なっ!?」


 驚くヴァルターの前に瞬時にしてアーノルドの姿が現れる。拳銃をつきだした手は剣によって手首から斬り落とされた。


「……この卑怯者どもが。逃げ出したふりをして我が軍に奇襲をかけるなどとは……」


 逃げ出したのを見逃したのは彼らなのだが、アーノルドはそんな事は言わない。


「やはり、お前たち帝国の者は一人残らず死ぬべきだな!」


 怒り狂ったアーノルドの剣によって、ヴァルターの首は飛んでいった。





 ◆◆◆◆◆





「なんだ、あれは!? たった一騎に……あの脳筋馬鹿に奇襲部隊が!?」


 帝国軍の後方より遠眼鏡によってあの一部始終を見ていたハルが驚いた様に声を上げる。今もまだあの赤い剣士はあの場に居り、さらなる犠牲者を増やしていた。たった一人、そうたった一人だというのに、脅威だと思うほどに暴れ回っているのだ。


「落ち着け、ハル! まだ壊滅はしていない、これ以上の被害が出る前に今すぐに兵を前に出すんだ」


「ああ、そうだが……くそ、あの敵の騎兵隊が邪魔だ!」


 ギルの言葉に頷くも、ハルは忌々しく遠くの戦場を見る。奇襲隊によって敵左翼に多大な被害を特に魔法を使う者達にもたらすことはできた。しかし、今まで上手くいった事によるしっぺ返しなのか、あのアーノルドただ一人によって今度はこちら側が危うくなりつつある。


「あの脳筋馬鹿め……お前は近衛兵だろ!? フィリップの元で大人しくしていればいいものを!!」


 戦場で仲間の血の雨を降らす、あの赤い騎士を忌々しくハルは睨む。たった一人で敵をなぎ倒すその姿はまさに一騎当千。敵側からしたら英雄のご登場だ。帝国のハルからしたら目障りな存在でしかないが。


「……やはりそう上手く行かなかったか。なぁ、ハーロルド」


 聞こえて来た声にハルは驚くようにして振り返る。そこには他の場所で指揮をしているはずの皇帝の姿があったのだ。


「……陛下!? なぜここに!?」


「お前がこうなる事くらい予想がついていた。だから来たのだ。……ここからの指揮は我が取る、異存はないな?」


「……くっ……はい」


 威圧するかのようにこちらを見る皇帝に、ハルは大人しく従うしかなかった。皇帝はハルを一瞥してから歩き出す。


「……だが、敵左翼をここまで崩壊させた。その策が決まった事に関してはよくやったと言っておこう」


「ッ!? も、もったいなきお言葉です……」


 立ち去る直前に聞こえて来た声にはハルは驚きつつも、頭を下げた。








 アンセルヴでの戦いは帝国側の勝利に終わる。それはハーロルドによる作戦が上手く言ったからだろう。その後、王国の騎士アーノルドが打壊した左翼で奮闘するも結局は一人。ハーロルドより指揮を引き継いだ皇帝の手腕により、王国軍はその左翼から一気に切り崩されることとなった。


 負けを悟ったフィリップは素早く兵をまとめ上げて撤退。これにより、アンセルヴ一帯は帝国の手に落ちた。






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