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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第三十一話 初陣

※この話より残虐的な描写がさらに増えます。死ぬ人は死にます。ご注意ください。

 カルフォーレ王国内、アンセルブ地域。王都より東に位置するこの場所には北側に森が広がり、その下に平原が広がる形で存在している。平時であればのどかな雰囲気が漂っていたであろうその地に、軽快な音楽と規則正い足音が響かせ隊列をなす、二色の軍が緊迫した状態で向かい合っていた。


 その内の一つ、黒い軍――帝国側の陣営。その内の大きな天幕にはこの軍を指揮する皇帝を筆頭に主だった面々が顔を揃えていた。


「……さて、諸君。昨日到着したハーロルドが連れてきた三万の兵力が加わり我軍は現在十三万である」


 用意された椅子には座らず、立ったまま皇帝は周りに集めた人物達に話しかける。その中には息子である第二王子ヘルフリートはもちろんの事、普段は戦場には出ない第一王子ハーロルドの姿もあった。


「対する王国は推定十五万との報告。我が軍は兵力が増えたがそれでも二万の兵力の差があるな」


 そう言うが皇帝は兵力の差を対して気にも止めずに言う。それはハーロルド達が来るまでさらに少ない兵力で戦場を保たせていた自信の現れか。


「陛下、恐れながら陛下の指揮を持ってすれば二万の兵など簡単に覆せます。兵が増えた今、あの軟弱なる王国を打ち倒す機会でありましょう」


 皇帝に同調するように口を出したのはヘルフリートだ。銀の髪の下にあるその父親譲りの赤い瞳は好戦的な光を宿していた。


「……ヘルフリート、王国は魔法を使う軍なのしょう? それによって中々攻め入れなかったと聞いています。兵が増えた所でその打開策がなければ何も変わないと思いますよ」


 参列していた者達が一斉に発言者を見る。ヘルフリートの言葉を否定するように言ったのは他でもないハーロルドであった。


「一度も戦場に出たことがない兄上に言われたくありませんね」


「ええ、その通りです。私は一度も戦場には立ったことはありません。しかし、魔法に関する事でしたこの場にいる誰よりも詳しいのですがね。何せ王国に留学(・・)をしていたもので」


「……そうとも、その為にお前を呼んだ」


 聞こえて来た声にハーロルドは少し体を強張らせながら振り向く。囲む長机の端、そこに立つ大きな存在の方を。


「お前の報告によって我らは以前よりも魔法の知識が増えた。しかし、所詮又聞きよ。直にあの国で知識を得たお前にはかなわない」


 その赤い瞳は息子達よりも鋭く恐ろしい光を宿している。まるでその視線だけで相手を殺してしまう事が出来そうなほどだ。そしてその視線は今、ハーロルドに向けられている。まるで利用価値を見出しているかのようだ。今まで自分を見なかった者にそんな視線を投げられたハーロルドは戸惑いを覚えながらも視線を受け止める。


「なぁハーロルド。お前ならあの姑息な魔法を使う王国軍に対してどのように動くつもりだ?」


 貴様ならあの王国軍を倒せる術を知っているだろう? とそんな幻聴がハーロルドの耳を掠めた。




 ◆◆◆◆◆




「ったく俺は情報を提供しに来ただけじゃないのかよ。軍を指揮するなんざ聞いてないぞ」


 不満たっぷりにハーロルドことハルはそんな事を言う。先程行われた作戦会議の結果、皇帝から右翼側の軍の指揮官に任命されてしまったのだ。確かに『記憶』通りにならないように自国の勝利の為に動きたいとは思ったもののこれが初の戦場なのだ。反対していたヘルフリートに同意する訳ではないが少しばかり不安が残る。


「まぁ、あの作戦を提示したのはハーロルド様ですからね。自分で立てた作戦なのだから責任を持って自分でやれと言うのが陛下らしいです」


 ハルの隣にはいつもの如くギルがいた。ハルの近衛兵団の軍服を着こみ、頭にはシャコー帽を被り、いかにも真面目な軍人を装っている。


「……右翼部隊が崩壊しても俺は責任取れんぞ」


「ハーロルド様、そのようなネガティブな考えは止めたほうがよろしいかと。軍の士気に関わります、ここは嘘でも虚勢を張ってください」


「……分かっている」


 幸い周りで鳴り響く列の隊列を崩さないようにリズムを取る軽快な笛と太鼓の音や足音によって二人の会話は聞かれていない。


「――ハーロルド殿下。ロレンツ・フォン・ヴァルター、ただ今参上いたしました」


 そんな二人に話しかけたのは一人の将校であった。三角帽子(トリコーン)を被り、顎鬚を蓄えた中年男性。敬礼をするその男はあまり人の良さそうな人物とは言いがたい容姿をしている。


「来たか、ヴァルター」


 自分よりも年上だというのにハルはその将校に物怖じせず話しかけた。


「さて、ヴァルター。貴様には一つやってもらいたいことがある」


「……それはなんでしょうか?」


 (うやま)うこと無くぞんざいに話しかけるハルに少しばかり不快感に思うのか、ヴァルターと呼ばれた男は眉をひそめる。それはハルが戦場に一回も立ったことがないというのに、自分はその指揮に従わなければならないという不満もあるだろう。しかし仮にもハルは王子であるため、ヴァルターは我慢をするしかない。


「……その説明の前に、これに着替えてもらおうか?」


「はい? これは……」


 ヴァルターの前にギルが差し出した物を見て、彼は戸惑うように驚くのであった。




 ◆◆◆◆◆




 いつ開戦したか、それを知るものはいないのかもしれない。気がつけば両者の間に広がる平原を狭めるように兵達達がゆっくりと進みゆく。


 笛と太鼓の音色は三列の陣形を崩さないようにリズムを刻む。そのリズムに合わせて彼らは行進する。この平原いっぱいに横に長く広がる派手な衣装を纏った兵士の壁。それは見ただけで威圧し敵の心を挫かせるほどだ。


 そんな彼らはマスケットの射程位置まで所構わず進む。

 例え砲弾が目の前に落ちようと、例え敵の弾丸に隣を歩いていた仲間が倒れようと、例え――部隊を飲み込まんとする巨大な火球が飛んでこようと。


 戦場の一部が赤く燃え上がる。そこは黒い軍服に身を包んだ兵隊たちの一角だ。数十人を巻き添えにして火球はその場で爆発するように拡散する。その降り注ぐ火の粉がさらに犠牲者を増やす。


「……話には聞いていたが、これは酷いな」


 火球が降り注いだ場所を遠眼鏡で見たハルが思わず呟く。何せ密集陣形でゆっくりと進むのだ。狙ってくれ言わんばかりに大きな的が歩いているようなもので、それ目掛けて火球が飛んでくればどうなるか簡単に予想がつく。

 それこそボウリングのピンの如く、ボールになぎ倒されたと言っていいだろう。


「よくまぁこれ相手に親父は今まで戦っていたな」


 目の前で魔法が起こした惨劇に、そう思わざるおえない。


 魔法。それはたった今相手にしているカルフォーレ王国が誇る最大の力。ハルの国、グランツラント帝国が技術力やマスケットを自国の力としているが、それと比べ物にならない程の力を王国は秘めているだろう。


 今も戦場にはさらに火球が降り注ぎ、それに対する対策は無いわけで哀れにも兵士達は巻き込まれている。


「……おい、これ勝てんのか? あっちはあの火球だけでなく、魔法の防御壁まであるじゃないか」


 隣で戦場を見ていたギルが顔を引き攣らせながら言う。敵の魔法は火球だけにあらず、兵士達を守る防御壁なんてものもあった。例えば火球の攻撃から逃れ、射程位置に到達したとしよう。そこから一斉射撃したとしても王国軍の兵士は傷つけられない。


 それは防御壁があるからだ。この防御壁によって弾丸どころか砲弾も(はじ)かれてしまい、敵に攻撃が当たらない。


「確かに敵の魔法は凄いよ。だけど、魔法も万能じゃないんだ」


 そう、この戦場で主に使われている二つの魔法は万能ではない。その弱点を突いて皇帝は今まで立ち回っていたようだ。


「何がお前の方が魔法に関して詳しいだろって? 別に俺居なくてもいいんじゃんかさぁ……」


「そういうが、お前はあの場でいかにも魔法なんて簡単に振り払えるなんて事を口外に言ってたじゃないか」


「…………将来的にはその内そうなるって言っただけ。今は無理なんだけど……」


「まぁ、無理でもやるしか無いだろ。なにせ皇帝陛下からの直属の命令なんだからさ」


 ギルの言葉にハルは項垂れる。確かに少しばかりあの場で強気な発言をしすぎた。その結果がこれである。あの魔法を使う軍相手に自分も戦わなければらなくなった。


「とりあえず、一般兵の装備は我が国以下だな」


 遠眼鏡を取り出してまた遠くを見る。マスケットの出す白い硝煙が戦場を包んでいて見づらい。しかし、この白い空間でも目立つ軍服を互いに纏っているから把握がしやすい。


 白い硝煙のその向こう、青と白の軍服を纏った兵士達がレンズに映る。相手側の歩兵はこちらと同じくマスケットで穂先に針状のものが取付けられた銃剣のようだ。


 しかしマスケットを持つ歩兵は全体を見ると少なく、槍兵が混じっている。それが帝国の三列よりも分厚い十列の横隊に並び、その後ろに魔法を使う魔法使いが控えているといった具合か。


「問題は魔法だが、さっきも言ったが脅威ではない」


 まず飛んでくる火球。射程距離は当然マスケットよりも長いだろう。しかしその射程は長ければ到着に時間が掛かる。マスケットの弾のような早さはなく、火球は割とゆっくりに動く。それでも隊列を組んだ歩兵達がそれに気付いて避けようと隊列を組んだまま動くのは至難の業だ。


 まぁ帝国はそれを一応は可能にするほど機動力はある。この国の普段からの脱走兵が出るほどに厳しい訓練の賜物なのか。先程火球に当たった隊は運が悪かったと言えよう。


「それに、詠唱に時間が掛かる。あれくらいの規模となると五十人の魔法使いが一時間かけてやっていそうだな」


 詠唱に一時間、その間にも戦場は目まぐるしく変わる。火球の着地地点はあらかじめ決めなければならず、常に一時間後の戦場の動きを考えつつ決めなければならない。動きを読み間違えば下手をすれば自軍に火球が当たる事だろう。


「なんというかそんなの当てるなんて無理だろっていう魔法だけど、実際にやっているフィリップが恐ろしいな」


 これも『主人公補正』という奴なのか、『メインヒーロー』のフィリップがこの一見無理な魔法を当てることに成功しているのであった。

 さすがにそれはと思い、あの先読みの魔女が絡んでいる可能性も考える。先を見通すのであれば、あの魔法を当てる事も容易いだろう。


「まぁとりあえず、火球は滅多には当たらないって事か。じゃあ壁はどうするんだ?」


 ギルの言葉にハルは遠眼鏡から目を離して答える。


「防御壁はそうだな、あれは多分魔法使い百人ほどで展開されていると思う。まぁ重要なのは壁の展開時間。あれは十秒ほどだ」


「百人でたった十秒なのかよ……」


「何言ってんだ、十秒もあれば敵に突っ込んで陣形を崩れさせれるのなんて簡単だろ?」


 マスケットの射程距離的に敵に近づかなくてはならない。その距離は敵の白目が見える距離なんて言われるほどに近づかなければならず、そんな距離ならば十秒もあれば走って詰め寄れる。


  詰め寄らずに壁を展開したままマスケット撃ちこむという選択もあるかもしれないが、壁はどうやら敵の弾はもちろん味方の弾さえも弾いてしまうようでそれはできない。


  更に言えば王国兵側のマスケット兵は少ない事もある為、王国側はこの防御壁を突撃用にしか使わないだろう。


「まぁ、この二つの魔法は上手く使えれば強力だけど、頻繁には使えない」


 火球は時間がかかる。それに火球もそうだが防御壁の方はそれだけ大掛かりであり人数がいる。魔法使いがただでさえ少なくなりつつあるこの時代では、あまりこのような魔法をガンガンとは使えないのだ。


「でも、脅威には変わりないな」


「そうだな……しかし、この戦場にはサロモンがいないようだ」


 ハルが思い出したように呟く。魔法が使われているがそのどれもはきっと並みの魔法使い達と思われる魔法ばかりだ。サロモンであればたった一人であれ以上の魔法を展開できそうだが、彼の魔法と思われる攻撃は一度も起きていない。


「あの天才坊やか。確かにいないなんて不思議だな」


 ギルもどこかあの少年の姿を探すように戦場を見渡す。


「まぁ、いないのであれば好都合だが……一応警戒はしておこう」


「だな。……さて、ハーロルド様。こうして話している間に我が右翼部隊が敵と接触したようですが?」


「知っている」


 目の前の戦場を見れば確かにギルの言う通り、ハルの率いる右翼部隊が敵の部隊との戦闘を開始ししていた。







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