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第三話 焦り

(ど、どうしてフィリップ王子がモニカと一緒に……ああ、そうか!)


 王子と聖女揃っての登場に動揺し固まっていたハルの脳裏にとある『記憶』が甦る。

 これはイベントだ。フィリップルートの一つ目のイベントである。廊下でばったりと出会ったフィリップに誘われ、一緒に昼食を食べるというものだ。


(まさか、このままだとフィリップルートに入るんじゃ……)


 今目の前で仲良く話をする二人を前に、ハルは冷や汗が止まらなかった。何もしなければいずれそうなるのかもしれない。もしこのまま、フィリップルート入りが確定すれば、自分の死は決まったようなものだ。


「おい、ハル? どうしたんだ?」


「あ、いやその……何でも無い」


 隣に立つギルに話しかけられて、やっと我に帰ったハル。しかし、その心は今だに落ち着かない。


「とにかく突っ立ってないで話しかけてこい」


「だけど、隣にフィリップ王子が……」


「それでもだ! ほら行って来い」


 その場から動こうとしないハルに変わり、ギルが背中を押した。その勢いに押され人混みから飛び出す形で、二人の前にハルは姿を現す。


 いきなり現れた帝国の王子に周囲の目はあの二人から移り、また二人も彼の存在に気付いた。


(ギルの奴め! もう少しで公衆の面前で転ぶところだったぞ! ……だけど、そうだよな。ここは話しかけて、二人の邪魔をしたほうが良さそうだな)


 少しばかりギルに感謝しつつ、大勢の視線を受けながらハルは二人に話しかけた。


「こんにちは、フィリップ王子、そして光の聖女様」


 拳を作った右手を胸に当て、深く頭を下げる帝国式の無骨ながらも完璧なお辞儀を二人に向けてする。


「あ、ハーロルドさん。こんにちは」


 光の聖女ことモニカはハルが頭を下げると慌てて自身も礼を返す。貴族よりも質素なドレスの端を右手で掴み、左手を胸に当て少しだけ頭を下げる。その礼の仕方は王国式であるが少しだけ慣れていないのかどこかぎこちなさが出ていた。


「これは……ハーロルド王子。一昨日の歓迎パーティ以来ですね」


 同じく王国式の、こちらは完璧で優雅な礼を返すのはフィリップ王子だ。二人の王子はこれが初対面ではない。始業式の前日に行われたハルを歓迎するパーティにてすでに出会っていた。


「ハーロルド……王子?」


 フィリップの言葉に一瞬きょとんとした顔をするモニカ。


「ああ、モニカさんは知らないんですね。こちらはグランツラント帝国の皇太子、ハーロルド王子ですよ」


 フィリップの説明を聞いたモニカは驚く顔と共にハルを見た。


「え!? 帝国の王子様!? あ、す、すみません!! 私全然知らなくて! 昨日は本当にすみませんでした!!」


 昨日会った人が帝国の王子とは思わなかったようだ。モニカは必死に頭をハルに向けて下げる。その必死さは誤解を招きそうなほどだ。あの王子、何かしたのかと疑いそうなほどに。


「いや、そんなに謝らなくていい! だから顔を上げてくれ!」


「でも、王子とは知らないとはいえ普通に話しかけていまいましたし」


 必死に謝るモニカとそれを必死に止めるハル。

 このままでは永遠にこのやり取りをしてしまいかねない勢いだ。


「まぁまぁ、二人共落ち着いてください。ここにこれ以上留まっては迷惑ですからとりあえず、話は昼食でも取りながらにしましょうよ」


 そんな二人の間に割って入ったのはフィリップだった。周りを見れば先程よりもギャラリーが増えており、この食堂の入口を塞ぐ形になってしまっている。


「そ、そうですね」


「ああ……そうだな」


 フィリップの提案に周りを見渡したハルとモニカは苦笑をしながら頷いた。





「とっても美味しいですね! こんなにも美味しい料理は初めて食べました!」


「そうでしょう? 僕もここのシェフが作る料理は大好きなんですよ」


 モニカとフィリップはテーブルに広がる昼食にしては豪華な食事に舌鼓を打つ。場所は先ほどと同じく食堂だ。普段であれば楽しく食事をする声がそこかしこから聞こえてくるのだが今日ばかりは少し違っている。


 三人の座るテーブル周りには王子二人の護衛がそれぞれ立ち並び、それを他の生徒達が食事をしながらも遠目から彼らを眺めているという状況だった。ハッキリ言って居心地が悪くゆっくり食事を出来るような雰囲気ではない。


(あーなんでこんな事になったかな……)


 こんな状況にも関わらず楽しそうな二人に反して、ハルの心は複雑だ。口に含んだ絶品の料理も、今は何も味がしない。当初の目的であるモニカと食事をする事は出来た。しかし、二人きりとはいかず、フィリップも混じってだが。


(まぁお互い様か。俺はイベントの邪魔をした訳だし)


 本来であればこの場はフィリップと主人公二人だけの食事イベント。だが、そこには居ないはずのハルが混じるという事態になっている。『ゲーム』のシナリオ的に邪魔者はハルの方だろう。


「……ですが一度でだけでもいいので国民の皆が食べる食事をしてみたいものですね」


 不意に呟かれた言葉にハルは考え事を止める。その言葉を発したのは他でもない、フィリップ王子だ。


「庶民の食事なんて王子であるフィリップ様には口に合わないかと……」


「それは食べてみないと分からない事ですよ、モニカさん。ああ、そうだ。モニカさんは元は貴族ではありませんでしたね。ここへ来る前は一体どんな食事をしていたのですか?」


「えっ? えっとそうですね――」


 モニカは懐かしむように今まで食べてきた料理の数々を話す。それはソバ粉を使った物だったり、豆を使った物だったり。庶民であれば当たり前の料理だが、フリップはその数々を初めて聞くようで目を輝かせながらモニカの話に耳を傾ける。


(庶民の料理といってもその種類は豊富だな。それだけ食物が育ちやすい豊かな国ってことか。王族の料理でもジャガイモ料理しか出て来ない俺の国とは大違いだな……)


 その話を同じく聞いているハルもまた初めて聞く料理の数々に興味を引かれた。帝国の国土の殆どは一年中雪に覆われた地方であり、痩せた土地が多い。その為かそんな地域でも栽培できるジャガイモがよく食されている。


(――羨ましいね)


 目の前の昼食でさえ、彼の国にとっては最高級に豪華な食事と言えよう。王族の彼がそう思うならば、帝国の庶民の食事は安易に想像がつく事だろう。


 自国と隣国との差に少し落ち込みながら話を聞いていたハル。しかし、話を聞いている内に以前どこかで同じ話を聞いたような錯覚に囚われた。


「本当ですか、モニカさん!!」


「はい、私の手料理でいいならお作りしますよ」


 どうやら庶民の料理が食べたいフィリップの為にモニカが手料理を振る舞う事になったようだ。


(――おい、ちょっと待て! これってフィリップルートのイベントの続きじゃねーか!?)


 食事を一緒にした『主人公』はフィリップの為に庶民の食事を振る舞う事を約束する。これはまさにあの『乙女ゲーム』におけるフィリップルートの一番最初のイベントの最後で行われるやり取りである。


 ハルが邪魔をしたことによりイベントは潰えたに見えたが、どうやらまだ続いていたようであった。


 話の流れからしてもう約束をし終わった後であり、いまさらそれを覆そうにもどうすればよいのか。そんな風に悩み焦るハル。……だが、救いの手は思わぬ所からやってきた。


「ハーロルド王子も興味があるようですし、一緒にどうですか?」

 

 そう提案したのは、フィリップだ。先程のハルの様子から自身と同じく庶民の料理に興味があるのだろうと思ったフィリップの王子同士の共感のようなものからの誘いであった。


 そんな提案を受けたハルはもちろん――


「ぜひ! ぜひ俺も一緒に!」


 テーブルに乗り出す勢いで、ハルがその提案に乗ったのは言うまでもない。



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