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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第二十九話 兆し

『……あら、どうしたのハル。そんなにむくれた顔をして』


 清潔な程に真っ白なシーツの敷かれたベッドの上で、上半身を起こして座る一人の女性が傍らを見やる。黒曜石のように美しく伸びた髪を持った女性、その優しい眼差しを宿した新緑の瞳は一人の小さな少年を映していた。


『だって父様、母様を置いて戦場に行っちゃった。母様は病気なのに……』


 ベッドの傍らに置かれた椅子に座り、怒ったように頬を膨らませる小さな少年。黒髪は同じだが、その下に宿る瞳の色は緋色。地面に着いていない足をブラブラとさせつつまだ怒ったままの少年に、女性は困ったように笑みを向けながら、やせ細り雪のように真っ白な肌をした手を伸ばすとあやすように頭を撫でる。


『……仕方ないわ、あの人はそういう人だから。ここへ来ないのはきっとこんな私の姿を見たくないからよ』


『もしそうならもっと酷いよ! どうして父様は母様を大切にしないの? 母様の病気を治してって言っても聞いてくれないんだ!』


 駄々をこねる少年は母の言葉を聞いてもそれでも納得が行かない様子だ。そんな我が子になんと説明すればいいのか女性は悩みつつ言い聞かせるように話し出す。


『……あの人は不器用な人なのよ。誰かの為に動いている筈なのによく誤解されている。ハルもきっと誤解をしているんだわ』


『なら、どうして父様はここに居ないの? どうして母様を捨てたの!?』


 いつしか泣き出してしまった少年を女性は抱きしめる。少年と比べればとても低いまるで氷のような体温に包まれた。


『捨ててはいないわ。でもね、あの人はこの国の皇帝なのよ。戦争に出て行ったのは国の為、だから仕方ない事なのよ』


『でも……でも……』


『……それじゃあ、これで納得してくれるかしら?』


 女性は少し身じろぎすると、ベッドの近くに置かれたテーブルに手を伸ばす。そこに置かれていた物を掴もうとする前に、代わりにメイドがそれを取ると彼女に渡した。


『あら、ありがとうカンナ。さてと……ハル、これはなんだか分かるわよね?』


 顔をあげた少年は抱かれたまま、母の手のひらの上に乗せられた物を見る。


『時計?』


 それはよく母が手にしている懐中時計だ。銀色にまばゆく傷一つない綺麗な時計は、秒針をゆっくりと回していた。


『これはあの人が、お父様が私にくれた物なのよ?』


『……父様が?』


 あの父親が送った物だという事に驚きつつ不思議に思うそんな少年に、女性はどこか嬉しそうに話す。


『そうよ、あなたが生まれる前にお揃いで買ったのよ。きっと同じ懐中時計を持っているはずだから、今度見せてもらいなさい』


 これと同じ物を、父は持っていただろうか。



 ――そう思い出すように少年が考えた所で目の前に映っていた懐中時計は掻き消え、景色は暗転した。







 ◆◆◆◆◆







 暗い闇が続いた後、ぼやけるようにして映る景色。それは段々と鮮明になっていき、ある物が目の前に落ちている事が分かった。


 ――銀色の懐中時計。


 ただし、とても使い古され細かな傷が付き、鈍い光を放つ懐中時計だ。しかもオープンフェイスのそれは文字盤を保護するガラスは割れ、壊れたのか秒針は動かない。


 その上、べっとり何かが付いていた。それは良く見れば赤い液体――血だ。見ればその時計の周りには血だまりが出来ていた。


 その血だまりが流れ出ている場所は意外にも近い。視線を下にやればそこにいたのは――横たわる黒髪の少年。


 少年と言っても体は大きく大人と変わりはない。若く整った顔だが、今は生気が感じ取れないほどに青白い。まるで死人のようだ。いや、実際にそうであろう。この辺りを赤く染め上げる血は少年の物でこの少年がすでに死体であると物語っていた。


『どうして……』


 声が聞こえてくる。だが、その声の主の姿はこの視界の何処にも見当たらない。いや――声の主はこの視界の持ち主か。嗚咽に混じってすすり泣く声は死体に話しかけるように響く。


『どうして……いつもこうなるの……』


 ――悲痛に暮れる少女の声は、虚空に消えていった。






 ◆◆◆◆◆







 朝日というには少し遅い日が差し込む一室。床は青い絨毯が敷き詰められ金色の模様が彩る。その上に鎮座するは緩やかな曲線の装飾が所彼処に施されたベッド。一人、いや二人で寝たとしても有り余るくらいに広いベッドの上で寝ていた人物が起き上がった。


 ぼーと冴えない頭を抱えつつ窓の外を見てから、ゆっくりとした動作で何かを取り出す。それは銀色の懐中時計だった。時計が指し示す時刻を黒髪の少年はしばらく見つめる。


(十時を過ぎているとは……寝すぎたか)


 いつもよりも寝心地が良かった感覚があり、そのせいで寝過ごしたらしい。


(それにしても……あの夢は……)


 何か、夢を見た気がする。一つは懐かし夢を。もう一つは酷く目覚めの悪い夢を。内容を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。

 とりあえず、思い出すのは諦めて、もう一度窓の外を見る。昼の暖かな日差しが部屋を照らし、開けられた窓から入り込む秋風にカーテンが揺れている。

 それにしても、こんな時間まで自分が寝ているのはおかしな事だ。たとえ寝過ごしたとしても、いつも起こしに来てくれるメイドがいるのはずなのだが……。


(カンナも寝過ごしたか? 最近は忙しかったしな……それに歳だし無理をさせ過ぎたか……)


 そんな考えを巡らせながら、ベッドを出ようとして気付く。何か、隣からスースーといった規則正しい寝息が聞こえてくるのだ。慌てて少年は隣を見やると――


「ッ!?」


 驚き過ぎて声を失う。そこには白いシーツに埋もれるようにして寝ている一人の少女がいたのだ。こちらに向けて寝返りを打つ少女は、亜麻色の細く長い髪をベッドに広げ、以前までやせ細っていたが少し肉が戻りつつある小さな顔にどこか微笑みの寝顔を浮かべている。そこそこ豊かな胸は寝息と同調するように上下していた。


(えっ……なんで、なんでモニカがここにいるんだよ!?)


 目が覚めたら女の子がベッドの隣に寝ていた。そんな状況に陥った少年はどうしてこうなったのか、体は驚きのあまり固まりつつも思考を高速回転させた。


(……思い出した! って俺何してんだよぉぉぉぉ!)


 そして昨晩の出来事を思い出すと真っ赤な顔を手で覆う。酷い眠気のせいなのか、何をトチ狂ったか彼女をベッドに押し倒すは引きこむは、なんて事をしていたのだった。まぁ、手は出していないのだが……ちょっと惜しいことをしてしまったかとか考えつつも少年はぎこちなく動く。


(と、とにかくモニカを起こさないと! こんな所誰かに見られでもしたら――)


 彼女を起こそうと手を伸ばしたが、その手はピタリと止まる。一瞬頭に過ぎったのはあの夢だ。しかも目覚めの悪い方の夢。その時に聞こえて来たあの声は今目の前で幸せそうに寝息をたてる彼女の声に似ていた。


(あの夢は……そうだ、確か俺のルートで起こるバッドエンドの場面か)


 夢の正体に気付いてもやもやとした何かが取れた。しかし、また新たな疑問が浮かび上がる。それはあの夢がどこか生々しかったのだ。流れ出る血の匂い。聞こえてくる声。何よりも倒れる自分の姿。ゲーム画面を通して見る場面というにはいささか現実味がありすぎた。そんな光景を見ていた視点の主は他でもない目の前の彼女らしき少女であろう。


(――だから、どうしたというんだ)


 所詮夢は夢なのか。画面を見ているのではなくまるでその場にいたかのような『記憶』がなんだというのだ。その違いに一体何の意味があるというのか。


 ――とりあえず彼女を起こそうとする行動を再開したその時。


「……あら、ハル様。目が覚めたのですね、おはようございます」


 扉が開く音と共に部屋に誰かが入ってくる。声を聞けば誰か一瞬で分かった。少年――ハルはぎくりとしながらゆっくりと入口に顔を向ける。


 そこにはメイド服を身に纏わせ銀ふちのメガネをかけた一人の高齢の女性。目尻の垂れ下がった目を持った人の良さそうな笑顔を向ける長年の付き合いのあるメイドがそこにいたのであった。


「……えっとカンナ、これはその……」


「分かっていますよ、ハル様。それで、いつもの時間に来てみましたが、お二人共とても気持ちよさそうに寝ていらっしゃったので起こしませんでした」


 そういってニコニコと笑うカンナなのだが、今のハルにとってその笑顔を向けられるのは止めて欲しいほどに羞恥に思う。あと、カンナは寝坊をしておらず、きちんと起こしに来てくれた優秀なメイドであった。


「俺、何もしてないから!」


「はい、分かっております。それで湯浴みの用意が出来ておりますがお二人で入られますか?」


「だから俺何もしてないってば!」


 顔を真っ赤にしてそう叫ぶ主人に対してやはり笑顔を向けたままのカンナである。


「ハル様がモニカ様にそのような事(・・・・・・)をしていないのは一目見れば分かりますから。ですから落ち着いてください」


「なぁお前、からかっていたな?」


「さて、何のことでしょうか?」


 あくまで笑顔を(たた)えたまま(うそぶ)くカンナにハルは一杯食わされた。そして自分が手を出さない事になんの躊躇もなく頷くカンナにどこか納得が行かない顔をするハルであった。そんなに自分はモニカの言うヘタレにでも見えているのだろうか?


「……あれ? ここどこ?」


 そんなやりとりをしている内にもぞもぞとハルの隣が動き出す。そちらを見れば目をしょぼしょぼとしながら周りを見渡すモニカの姿。


「……ハルさんなんで……カンナさんまで……ああ!? ち、違うんですこれは!?」


 この状況を理解したモニカは先程のハルと同じく慌てて否定の言葉をいうのであった。そんなモニカを二人して(なだ)めていると――


「ハル、いい加減起きてるよな? 今しがた入った緊急の報告が……って何この状況?」


 確認もせずに入り込んできたギルがそんな事を呟くのであった。






 ◆◆◆◆◆






「ハル~そんな落ち込むなよ?」


 きちんと軍服を着込んだギルのどこかからかう声が聞こえてくる。ハルは胸元のボタンを少し開けたシャツという起きた時のそのままの格好で、いつものように書類が山積みの机を前に椅子に座りながら、目の前でニヤニヤとこちらを見るギルを青筋を立てながら睨む。


 あのような場面を一番見られたくない奴に見られてしまったのである。先程の一悶着はなんとか片付けてモニカをカンナに頼んで彼女の部屋に送らせた所だ。


「なんだよ、そんな怒んなよ。それともアレか、童貞捨てる機会逃して苛立ってんの?」


「うるせぇ黙れよ! 誰が童貞だ!」


「えっ? お前以外に誰がいるんだよ?」


「この野郎……!」


 こちらを煽るギルに付き合うのも馬鹿馬鹿しくて、ハルは無視をするようにそっぽを向く。まったくどうして自分の臣下はこんな奴なのか。


「っと……お前の童貞がどうなったかなんてどうでも良かったんだった」


 そんな事を言いながらギルは居住まいを正して真剣な表情を作る。そんなギルにハルもまた真剣な表情になった。


「……報告します、今朝前線より伝書鳩が我がヴォルケブルク城に到着いたしました。皇帝陛下からの至急の命令です」


「……聞きたくないが聞こう。なんだ?」


「ハッ! 皇帝陛下からの命令は――『直ちに予備軍を集めよ。ハーロルドはそれを率いて前線に来たれし』との事です。こちらが書簡となります」


 ギルから書簡を受け取り、中身を確認する。ご丁寧に暗号化されて書かれている内容は確かに先程ギルが言っていた内容と同じだ。


「……確かに受け取った。――では、これより陛下の命令に従い、前線へと向かう準備を進める! 直ちに兵を集めよ!」


「ハッ! 了解いたしました!」


 先程までふざけていた気配は何処へやら。ハーロルドの力強い言葉に、胸を拳で叩く敬礼でギルバートは答えた。









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