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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第二十八話 真意

 ずばりと言うモニカの言葉にハルの心臓は一瞬止まったかのようになる。どうして彼女はその事がわかったのだろうか。やはり『記憶』があって知っていたのか? という疑問がハルの中を駆けまわる。


「な……なんでそんなこと……」


「少し考えれば分かる事ですよ。その反応から察するにそうなんですね」


 何も言っていないというのにモニカは分かってしまった。墓穴を掘ったハルはどこか慌てるように目を逸らす。そんな一つの動作だけでさらに彼女の確信を強める事をハルは焦っていたがために気づかない。


「でも良かったです。それならハルさんは死なないんですよね?」


「えっ……」


 その言葉にハルはまた驚くように彼女を見る。暗がりに慣れた目に映る彼女はどこか嬉しそうに笑っていた。


「……分からないんですか? 私、あなたの事が好きなんですよ」


 今彼女はなんと言っただろうか。自分の事が好き? そう言ったのだろうか?


 ハルは動揺するあまり言われた言葉を理解するのに時間を要した。そして混乱するあまり、出てきた結論は――


「な、何を言って……いるんだ」


「だから、私はあなたの事が好きなんですよ」


「う、嘘をつくんじゃない……」


 否定をするようにハルは言う。ハルにとってそれはずっと待ち望んでいた言葉のはずだった。だが、彼を縛る『記憶』によって今の状況からしてそれが信じ難いものであるのだ。


「どうしてそんな事を言うんですか? ……もしかして、私の事嫌いなんですか」


 告白したというのに彼の反応からしてそれは望まれていない事だとモニカは悟る。なにせ夢で自分に好かれればよいというそんな女だ。その程度の存在なのだ。本人はただ夢に従っただけで自分の事などどうでもよい存在なのかもしれない。


「……そうですか。そうですよね。好きでもない人から好かれるなんて迷惑以外の何でもないですよね……」


 要らぬ好意ほど迷惑以外になんだというのだ。それを身を持って知っているモニカはどこか悲しそうにハルを見ていた。


「ちが……俺が言いたいのはその気持ちは本当なのかと……何かに強制されたんじゃないかと……」


 そう、ハルはそう思ったのだ。この世界はあの通りなら『記憶』通りなら彼女が自分を好きになるのは当然なのではと。それ以前に自分以外にも好意を持つであろう者が複数存在する。そんな存在が他に居るのだから自分じゃない者でもいいのではと……。


 そんなハルの様子にモニカは目を見開いて彼を見た。そしてどこか傷つくような表情をする。


「……何ですかそれは……私の事が嫌いならそう言ってください! 好意を持たれるのが嫌だというのは分かりますが、私の気持ちを否定しないでください!」


「違う! 俺はそんな事は言っていない!」


 いつしか声を張り上げて言い合いをしてしまう。二人してどうしてこんな事になったのか分からないまま会話は続いていく。


「じゃあさ、俺の事好きなんだよな? なら――俺が何してもいいんだよな?」


 そんな中、ハルはどこか苛ついたように思わず言い放ってしまう。好きになるようにされたなら何をしても許される――そんな考えにハルは囚われた。


「えっ……」


 低く発せられた声にモニカは固まる。突然暗がりから出てきた手に自分の手首を掴まれるとそのまま引っ張られるように移動させられた。


「ちょっとハルさん!?」


 モニカの制止の声を聞かずにハルは進んでいく。そして突然止まったかと思うと投げ出された。


「きゃっ」


 思わずそんな声をあげてしまう。投げ出され倒れたモニカを包み込んだのは柔らかい何か。暗がりで見えはしないがそれはベッドの感触だと本能が告げている。ギシリという音と共に自分を誰かが覆う。それが誰かなど考えなくとも分かる。


「……ハルさん……」


 暗がりに浮かぶように赤い瞳がこちらを見つめていた。その視線にゾクリと身を竦ませる。今まで自分を映していた瞳は見たこともない光を宿していた。いや光などない、睨みつける瞳は自分を見ているがあの瞳のようだ。徐々にこちらに近づくそれは、あの時の瞳を思い起こさせるように――恐ろしい。


「やめ……止めてください!!」


 バシンッと乾いた音が鳴り響く。


 暗いベッドの上。そこには手を振り上げたモニカと、顔にくっきりと手形を付け彼女に跨ったハルの姿があった。


「……俺、何をしているんだ……」


 モニカの平手打ちで正気に戻ったのか、ハルは彼女から素早く離れていく。


「ここは『乙女ゲーム』じゃない、全てが『記憶』通りには行かないって何度も思っただろうが……」


 モニカに背を向けてベッドのふちに腰をかけたハルから、そんなブツブツとした後悔をするような声が聞こえてくる。


「……ハルさん?」


「……悪い、モニカ。どうも俺の頭がイカれていたよ」


 下を向いて顔に手を当てたまま、ハルは申し訳無さそうに言う。『ゲーム』通りに行かないと言う事はすでに何回も思って分かっていた事だった。だというのにまだ心の何処かでここは『ゲーム』通りだと思いこんでいた自分がいたらしい。


(……そう思い込んだのは……この気持ちから目を反らしたかったからなのか)


 ハルはため息をつく。こんな事したくなかったはずなのに。彼女を傷つけるような事をしたくはなかったはずなのに、自分の気持ちを否定するあまりこんな行動をしてしまったというのか。


「なぁ……モニカ」


「……はい、なんでしょうか」


 モニカは背を向けたままのハルを見つめる。先程のような恐ろしい彼ではなくなったような気がするがどこか警戒を残したままだ。


「お前の事、俺は嫌いじゃない。むしろ逆だよ。でも俺はそれを認めたくないんだ。認めたらダメなんだ……」


「どうしてですか?」


「先読みの魔女を知っているな? あいつに予言されたんだ。望むモノは手に入るけど、一番に望むモノは手に入らないってさ……」


 どこか自分に呆れたようにハルは話す。こう言ってしまえばそれはもう肯定しているようなモノではないか。だが、直接口には出さないのはそれを認めたくないからなのか。


 ハルの言葉を聞いていたモニカは静かであった。気になって後ろを振り向こうとした時、クスクスとした笑い声が聞こえてくる。


「……あの魔女の言うことを信じるのですか? 予言は外れてばかりじゃないですか」


「それは……」


 確かにそうなのかもしれない。天気の予言を外したりと昔はどうか知らないがあの魔女はどこか信用には足りない。


「それに私を聖女として予言しましたが、私は聖女なんて器ではありませんし」


「……なんでそう思うんだ。お前なら結構聖女になれると思うが……」


「なれませんよ。私は全人類を慈しむ程の心を持っていませんからね。というかルーナ教が絡んでいる時点で全人類も何もない気がしますけど」


 どこか鼻で笑うようにモニカは言い捨てる。そんな彼女を驚くようにハルは見た。


「……私の事、嫌いになりました?」


「いや……というか俺の方が嫌われるというか……」


「……そうですね。先程は驚きましたが……あなたの気持ちが分かったのでもう気にしませんよ」


 布地の擦れる音と共に、彼女がこちらに近づく気配を感じとる。暗がりから現れこちらに近づくモニカの深緑の瞳はハルを捉えていた。


「モニ――ッ!?」


 ハルが彼女の名を呼ぼうとした瞬間、その声は消える。自分の口を塞ぐように何かが重なった。それはとても柔らかく、生暖かい。それが彼女の唇だと理解した所で、その感触は離れていく。


「ねぇハルさん。そんなに予言が心配なら――私を一番にしてください」


「えっ……」


 唇に手を当てて真っ赤になっているハルに耳元で囁くようにその言葉を紡がれる。


「だから、私を好きになってください。何よりも望むものに、何よりも一番に望む存在のように私を愛してください」


 どこか誘いこむ悪魔の囁きのような声が耳を通って行く。いつしか手を背に回されてハルは抱きしめられた。


「それは……そんな事は……だってそんな事をしたらお前がどうなるか分からない。だから俺は……」


「……私は構いませんよ。あなたの一番になれるなら、私はどうなっても構いません」


 そうモニカは安心させるように囁く。だが、自分の服を掴む手はどこか震えている気がした。


「俺は……情けなんていらないぞ」


「……また私の気持ちを否定するんですか?」


「違う……」


 どうすればいいのか分からなくて、ハルはぎこちなくモニカを抱きしめ返すと肩に顔を埋めるようにもたれ掛かる。


「だってお前……本当に俺の事好きなのか?」


「そうですよ、そうじゃなかったらここに居ませんよ」


「じゃあ……あいつらに物をあげていたのはなんでなんだよ。俺には嫌いな物あげた癖にあいつらには好きな物あげてさ……」


 何を思い出したのか、そんな事をハルは聞いてしまう。この世界が『ゲーム』通りには動かないとは思ったものの、それなら『ゲーム』通りに起こった事に疑問を持ってしまったのだ。


「……甘い物に関してはこの前謝りましたけど……えっとそれはあれのことしょうか? 確かに他の人に物をあげた事がありますが……聞きたいですか?」


 どこか困ったように確認するようにモニカは聞いてくる。そんな彼女に訝しむ目を向けてやると仕方ないと言った風に言う。


「えっと……聞いても嫌いにならないでくださいね」


 さらに確認をするように前置きをしてからモニカは話し出した。


「その、一つ目……フィリップさんへの贈り物はその、食事会を開きたくなくてちょっと面倒だなって……これで満足してくれないかなっていう物でした」


「……へ?」


 思わずかばりと身を起こしてモニカを見ると彼女は気まずいように目を逸らした。


「……あのええっとですね……」


「なぁ、もしかして俺のフィナンシェも……」


「あれは違います! ちゃんとお礼でした! 迷惑をかけてしまったようですけど!」


 どこか必死な彼女に少しばかり疑いを残したまま、ハルは話を続けるように彼女を見つめる。


「それで……クリストフの件は?」


「あぁ、あれは……満月草をユベールさんに貰ったんです。あの国では満月草を異性に送ると言う事はあなたの事が好きですと言っているようなものですね……」


「ふーん……で、それをクリストフに横流ししたと?」


 気付けばハルがモニカに対して尋問まがいの事をしているが、二人は気づくことはない。


「ええっと……確かに満月草を送る意味にはそういう意味があります。だけど、それがルーナ教の聖職者相手なら別なんですよ。神官などに渡す場合、それは女神様に捧げた事になりますからね……まぁクリストフさんはそんな神官の努めなど無視して喜んでしましたけど……」


「へぇ~……なるほどね」


 とりあえずモニカに満月草を贈った紫の奴とそれを貰って職務など忘れて喜んだ青い奴に対して憤りを感じるのであった。というか意外と彼女の行動は酷い気がするのだが、それはとりあえず置いておく事とした。ハルも人様から貰った物を横流ししているから強く言えないとも言える。


「……それで、脳筋馬鹿……じゃなかったアーノルドの件は?」


「ど、どうしてそんなに詳しいんですか……!?」


「本人が言いふらしていたぞ?」


 モニカはどこか笑顔を引きつる。そんな彼女を急かすようにハルが腹の肉を摘んでやると、顔を赤らめて何かを言いたそうにするもそれを抑えながら言う。


「……ええっと、彼に関してはその……あまりにも忘れ物や落とし物が酷くて私の所に一々借りに来ていたんですよ。やれインクを忘れた、ペンを無くしたなどと。……もういい加減にして欲しくてですね、この前ハンカチを無くしたと言っていたのでいい機会だと思って渡したんです、名前付きで。『そのように頻繁に物を無くされるのでしたら、もう小さな子ども(・・・・・・)のように持ち物全部に名前を書いてしまえばどうですか?』って言い添えて」


 小さな子どもという部分を強調して言ったモニカにハルは恐る恐る聞く。


「……それ本当に言ったの?」


「ええ、言いました。そしたら彼とっても大喜びでしたよ……もう私は頭を抱えましたね。こんなにも皮肉の通じないほど馬鹿だったのかと……」


 呆れたようにため息をついたモニカをハルは意外そうな目つきで見ていた。


「だから言ったでしょう? 私は聖女には向いてないって……」


「まぁ確かにな……」


 ハルは相槌を打ちつつ彼女を抱きしめていた両手を放すとその両手を彼女の顔に持っていく。


「お前、意外と腹黒いのな」


 そんな言葉と共に両頬を摘んで引っ張る。


「いひゃいです! やめれくだしゃい!」


「ごめんごめん」


 どこか楽しそうに笑いつつハルが手を放してやると、モニカは痛そうに涙目で摘まれた両手で頬を擦る。


「もう……腹黒なんて大げさですよ。ハルさんだってこんな状況になったら同じような事をすると思いますよ? 私の言うことなす事全部自分達に都合の良いように私の意志までねじ曲げて持ち上げてくる人達に囲まれて、それでいて正気を保てますか?」


「うーん、まぁ確かに」


 モニカの置かれていた状況を思い出しつつ、そんな状況化に置かれた場合を考えると確かに何でも許して受け入れるような人でもなければどこかで我慢ならず行動を起こしてしまえそうだ。


「いやそれでも……今までよく我慢していたほうな気がするけど」


 そう言ってハルがなんとなく頭を撫でてやると子供扱いしないでくださいと言いたげな目で見つめられるもどこか嬉しそうにモニカは微笑みを浮かべる。


「それで……ハルさん、答えはどうなんですか?」


「ん……何が?」


「だから……私の事……一番にしてくれるんですか?」


 モニカの言葉にハルは撫でる手を止めてハッとした表情をした。


「……それは無理」


「どうしてですか……」


「だって――失いたくないからさ」


 暗かった部屋に光が指す。それは現れた月の光だった。月明かりに照らしだされたハルの表情はとても真剣だ。見つめる赤い瞳は今まで以上に彼女を求めている気がする。そんな瞳に見つめられてモニカはどこか居心地の悪いように目をそらす。


「……あの、ハルさん」


 彼女の呼びかけにハルは答えない。衣擦れの音が聞こえてきて、そちらを見れば着ていた上着を脱いでシャツ一枚となったハルの姿があった。


「……え、いやあのハルさ……」


 狼狽えるようにモニカがベッドに座り込んだまま後ろに下がる。それを追いかけるようにハルが近づく。モニカはこの状況に慌てるあまり目を瞑った。沈み込むベッドの感触に体は震える。だが、心のどこかで期待をしているような――































「……俺、疲れたから寝るわ」


「………………へっ?」


 そんな声と共にバサリと倒れる音が隣から聞こえてくる。恐る恐る目を開けるとそこには寝転んでシーツを被っているという、思いっきり寝る体制に入ったハルの姿があった。


 そんなハルの姿を見てモニカはどこか安心したような、それともどこかがっかりしたような気持ちになる。


「………………………………この、ヘタレ王子」


 誰がはいたかそんな言葉が響く。この状況で寝入るとはそれはもうヘタレ以外の何物でもないのかもしれない。


「誰が……ヘタレだって?」


「……えっまだ起きていた!?」


 寝たと思っていた存在から声が聞こえて来て、モニカは顔を引きつらせる。


「そんなすぐに寝られるわけがないだろうが。それにしてもヘタレ? 誰が? 本当に襲うぞ?」


「わぁぁすみません!! というかハルさんも意外と猫かぶってます! なんなんですか、それは!」


「うるさいな、いい加減静かにしてくれないか?」


「そういう所が……ってうわっ!」


 手を引っ張られてモニカは倒れた。倒れた瞬間にハルに抱きしめられたのだから、びっくりして体を強張させる。


「……俺もう限界なんだ……寝かせろ」


「いや、ちょっと待って! こんな状況のままで寝ないでください! 本当止めてください、ハルさん!」


 そんなモニカの声など無視をして、彼女の温もりにだんだん意識が遠のいていくハルであった。








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