第二十六話 造花
「……で、何をしているんだ? 俺の近衛兵達を使ってよ」
「お前のじゃなくて俺のだぞ、ギルバート副団長殿」
ハルが目の前で行われる近衛兵団の訓練を眺めているとギルがやってきた。彼は不思議そうに今目の前で行われている訓練を見ている。
「……分かっている、団長さんよ。それで何をしているんだ? 列も組まずにバラバラ、手に持っているのはライフル銃じゃんか……まさか」
「ああ、散開戦術ができるように猟兵隊でも作ろうかと思ってな」
彼らが手にもつライフル銃は普段は狩猟用に使われるライフリングの刻まれたマスケット銃である。ライフリングという技術自体はこの世界にすでにあるのだ。しかし、それを用いたこのライフル銃は広く使われていない。理由としては普通のマスケットよりも装填に時間が掛かるからだ。そしてライフリングを刻むために大量生産に向かないことが原因である。
そんなライフル銃を用いた猟兵隊の役割とは、個々に散開しその命中率から相手の指揮官や砲兵を狙撃したりして味方の支援をすることだ。
「以前の戦で親父はこの猟兵を使った国相手で苦戦してたからな。それに影響されて親父自身も作ったようだが数が足らんから追加で作っておけと言われた」
その少し隣の訓練場ではハルの近衛兵団とは別の部隊の者達が同じように訓練をしていた。彼らは普段からライフル銃を扱う猟師などで構成された者達である。しかし、この猟兵隊は散開するが為に信用のおけるような兵士にしか任せられない。散開した途端に逃げられる可能性もあるのだ。
(その辺も考えつつ、兵士を集めなければならなかったから面倒だった。親父もきっと途中から面倒だったに違いない。だから俺にその面倒を押し付けたんだ)
この帝国に忠義を尽くす兵士など少ないだろう。忠義がなくとも、命令一つで動かせる戦列歩兵はこの国にあった戦術なのかもしれない。
「……まぁ作ろうにも銃が届かなかったから今まで出来なかったんだけどな」
「そういやそんな事をしていたな、陛下。だからあんなにもライフル銃を仕入れたのか……。しかし、それなら尚更あの図面を早めに送っておけば良かったな……」
そう呟いたギルはハッとした表情で口を抑える。そんな彼をハルは少し睨む。
「……やっぱりお前か」
「……気づいていたか~、まぁ気付かない訳ないか……」
頭をかきつつ悪いとは思っていない顔で反省もしていないギルであった。
「……アレの責任はお前持ちな」
「はぁ? そりゃないぜ。アレを書いたのはお前だろ?」
「俺はたまたま知っていたにすぎん。それに帝都に送ったのはお前じゃないか。俺は送るつもりはなかったよ」
銃声が響く中、交わされる二人の会話。その会話は周りには聞こえることはなく、続けられる。
「なんだそれ、よくまぁそんなんでこの先犠牲少なく戦争に勝とうと思ったね」
「……アレは被害が増えるだけだ」
「戦争をダラダラ続ける方がよっぽど犠牲者は増えると思うぞ。さっさと終わらせる手があるなら、使わない手はないだろう?」
やれやれと言った具合に呆れるようにギルは言うが、少し真面目な雰囲気になる。
「まぁ戦争に負けて俺の国がなくなるのは嫌だし、それにお前に……ハルに死なれたら困るんだ」
「俺の心配……というわけではないな?」
「ああ、そうだよ。お前に死なれたらこの俺がこの国を革命しなきゃならなくなるだろ? そんな面倒な事を俺に押し付けるな。お前と違って生まれながらの王子じゃないから、そんな覚悟なんかねーよ。だから死なれたら困るんだよ」
真面目な雰囲気であるはずなのだが、ギルはどこかふざけたような笑みをハルに向けていた。
「……本当、お前はムカつく奴だな。……責任は取れよ、一緒にな」
「そりゃもちろんだ。これの責任なんか一人で負えるもんじゃないからな」
そう笑いながらギルは前で繰り広げられる訓練に目を移す。
自分もいつかはギルと同じ事をしただろう。あの図面を、そこに描かれた力を利用するために。しかし、一人でそれをした場合、自分だけでその力がもたらした影響の全ての責任を負っていたことだろう。
(……こいつ、本当にムカつく)
そんなギルの横顔をハルは見ながら思うのであった。
◆◆◆◆◆
ここ数日は慌ただしく忙しい声があちらこちらからしていたヴォルケブルク城に、少しの平安が訪れつつある。そんな夏が終わり、少し肌寒くなってきた城内の廊下をハルは歩いていた。先程の訓練をギルに任せてから自分はまたデスクワークである。また大量の紙との睨めっこが続くのだろう。
そう思うだけで憂鬱な気分になりそうなハルは、私室に向かう途中にふと何かを思い出すと進む方向を変えた。私室とは反対方向に進んでいくと、そこは大きなの広い部屋だ。置かれていた家具はどこかへ追いやられ、今は怪我人などの何人もの兵士達が横たえられていた。その兵士の殆どは腕や足が片方無かったり両方無かったりする者達ばかりだ。
そんな部屋の中を動き回る一人の少女に自然と目が追う。その少女は長い髪を邪魔にぬらないように後ろでひと結びし、白いエプロンをドレスの上から着ていた。
「……はい、薬湯をお持ちしました」
一人の患者の側にしゃがみ込むと少女は安心させるように微笑む。そして優しく患者が起き上がるのを背に手を回して手伝う。患者の右腕は切断されており無いため、薬を飲ませるのも彼女が手伝っていた。
「モニカさん! ちょっとこちらに来てくださいな!」
「はい、今行きます!」
アカネの声に返事を返した彼女は、患者の対応を終えると足早に去って行く。
「あれ……殿下!?」
そんな彼女を見ていたハルに気づいたのか、近くで寝転んでいた患者である兵士が声を上げる。
「おい、騒ぐな」
「す、すみません……」
そう謝る彼の片足はない。この世界の医療技術的に、手足に大怪我でも負うもんなら即切断するしか治療法がないのだ。切断しなければその傷が原因で死ぬ、切断しても麻酔などもないし不衛生な環境なので運が悪ければ死ぬのだ。
ここにいる者たちは皆、運が良かったのだろう。いや、手足を失った時点で運も何もないか。
そんな彼にどこか申し訳なく見つつもハルは訊く。
「なぁ……あの彼女……」
「あぁ、モニカさんですね。彼女はとてもいい子ですよね。世話をしてくれるのはもちろんですが、特にあの笑顔がとても素敵で……」
顔を綻ばせながら話す兵士はそこで口を止める。こちらを見るハルの目がキツイような気がしたのだ。
「まぁ、とにかく良い子ですね。仲間内でも評判がいいんですよ」
「……なるほど」
そんな風に兵士と少し会話をしてからハルはその場を後にした。
◆◆◆◆◆
夕方になり、落ちる日の影がヴォルケブルク城を覆う。オレンジ色の日が差し込む部屋でハルはいつものように書面と向き合っていた。しかし、それもすぐに終わる。最近までは夜中になっても終わらなかった作業が早く終わるようになっていた。
「……これも落ち着いてきたということか」
疲れたように呟きながら、机の上にある書類の山に手に持っていた紙を重ねる。凝り固まった体をほぐすように背伸びをした所で、机に目が行く。そこにはまだ何も書かれていたに紙がいくつか散らばっていた。
――『花の一つでもあれば少しは心が安らぐと思ったんです』
片付けようと紙に手を伸ばした所でふと思い出す。今日彼女の様子を見に行った時、確かにあの部屋は怪我人がいるには少しばかり殺風景であった。
「…………」
止まっていた手を動かして紙を取る。それを片付けるのかと思えば、ハルはそれを折り始めた。
「……あれ? こうだっけ? いやこうか?」
度々手を止めながらそんな呟きと共に紙を折るも、ただただ折り重なるだけで終わる。結局諦めたのか散々折ってグシャリと潰れた紙を机に放り投げた。だが、その視線は潰れた紙に向いたままである。
「……はぁ」
どこか仕方ないといった風に何枚かの紙を手にして立ち上がると、取り出した懐中時計を手に悩みつつハルは部屋を出て行くのであった。
◆◆◆◆◆
「今日もお疲れ様でした、モニカ様」
「カンナさんもお疲れ様でした」
今日の役割を終えたモニカはカンナと共に自室に戻る道を歩く。最近は少しずつ穏やかになりつつあるこの城であるが、戦争はまだ続いている。また戦場から負傷した兵達が来るのだろうかと思う。
(いつになったら戦争は終わるのでしょうか)
できることならば今すぐ戦争などやめて欲しい所だが、彼女には何も出来ない。どちらかが勝利すれば終わるのだろうが、彼女はどちらの勝利を望めばいいのか分からなかった。でも、心の奥ではどこか今いる帝国に勝って欲しいと思う気持ちがある。それはこちらの人間たちに入れ込んだからだろうか。
「あら? ハル様ではありませんか」
カンナの声に前を向くとモニカに与えられた客室の前にハルが佇んでいた。
◆◆◆◆◆
「どうぞ、ハルさん、お入りください」
「あ、ああ……」
そう言ってモニカが部屋に入るとハルは遠慮するようにであるが後に続けて入る。日は完全に落ちているので部屋は薄暗い。窓から差し込む月明かりくらいしか部屋を明るく照らす光はなかった。
「明かりのロウソクを付けましょうか?」
「いや、すぐに寝るだろう? 俺はただこれを渡しに来ただけだから。用が済んだら出て行く」
そう言ってハルは何かを取り出した。それは――
「……花?」
彼の手には月明かりを跳ね返すほどに白く輝く一輪の花があった。しかしよく見るとそれは本物ではない。白い紙で作られた花のようだ。
「……ああ。本物は無理だけど、こういうのならいいかなって思って……やっぱり本物じゃないとダメか?」
白い紙の花を手にハルは恥ずかしそうに目をそらす。
「いいえ、そんな事はありません! ありがとうございます、ハルさん!」
モニカは花を持つハルの手を自分の両手で包ながら、嬉しそうに笑う。
「そうか、なら良かった」
花をモニカに手渡し、その笑みを眺めながら苦労した甲斐があったと思うハルであった。
ハルは紙を見た時に思いついたのだ、紙の花を折れないかと。遠い昔に母親が折っていたのを覚えていたのだ。
「あの、これの作り方を教えて貰っていいですか?」
上手く折れなかったのだろうか、少しだけクタリとよれた白い紙の花をモニカは愛おしそうに緑の瞳で見つめていた。
「ああ、もちろんだ。まぁ、俺に聞くよりアカネに聞いたほうがいいと思うが……」
実は折り方はアカネから教えてもらったのだ。おぼろげすぎて作り方を忘れており、諦めようかと思ったのだが、彼女の手が開いている時間に訪ねて教えてもらった。
「……アカネさんはまだお忙しそうなのでハルさんじゃダメですか? もしかして、ハルさんも忙しいのですか?」
こちらを見つめる深緑の瞳に自分が映る。そこで気づいたのだが、今の自分の顔は真っ赤だ。慌てて顔をそらそうとするが自分を見つめる瞳からそらせられない。顔の熱は上がるばかりでそれどころか心臓まで跳ね上がっているではないか。
いつからこんな調子のだったろうか。幸い自分がいる場所は暗がりであるため、顔が赤くなっている事がバレていないと思いつつ、ハルはモニカを見たまま答える。
「いや、一応時間は作れるが……」
「それじゃあ、ハルさんが教えてください! 約束ですよ?」
「あ、あぁ……分かった」
満面の笑みでそう言われてしまえば、断れないわけでハルは頷くしかなかった。そんなモニカは嬉しそうに花を片手に微笑む。そんな彼女から目が離せなかったハルであった。
◆◆◆◆◆
約束をした後、部屋を出て廊下に背を預けたハルは困ったように表情を暗くする。
(これは違う……ただ要望を叶えてやっただけで俺は……そんなつもりは……)
心に宿った何かから目を逸らすように、ハルは窓の遠くに浮かぶ月を眺める。
(これは……本物なのか……それとも……)
――あの花のように作られた物なのか。
『――貴方様の望むモノは手に入る。――されど一番に望むモノは手に入らない』
その時脳裏に甦った言葉にハルは雷に打たれたように硬直する。
(一番……俺の一番は死なないことだが……だが……!)
その一番がもしも、もしも代わった場合、それはどうなるのだろうか?
ハルはどこか苦しそうに胸元の服を掴むと、慌てて自室へと戻っていった。




