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第二十五話 不穏

「と言う訳で言われた物資の輸送いたしました! ハル殿下!」


 アカネが嬉しそうにギルの腕に抱きつきながら、報告を終える。


「ご苦労だった。……それじゃ着いてすぐで悪いが次は受け入れ準備の方を頼んだ」


「はい! 了解いたしました!」


 明るく返事をするアカネはそのまま出ていこうとする。……ギルを連れて。


「待て、俺は行かねーぞ! 離せアカネ!」


「やっぱりダメですか……でも、もう少しだけギル様と居たいのです!」


 寂しそうな表情で見上げるアカネにギルは困ったようにしていたが、すぐに何かを思いつたような顔をする。


「ふーん、それじゃあ……」


「えっ……ッ!?」


 アカネの顎を手で掴んだかと思うと、すぐにギルは顔を寄せた。


「……キスしたら満足か?」


 ニヤリと笑うギルに、アカネは顔を真っ赤にさせて硬直している。


「…………ぎ、ぎ、ぎ、ギル様の……ギル様のばかぁぁぁぁ!!」


「いだッ!?」


 涙目でギルに平手打ちを殴られた場所に追い打ちをかけるように入れてからアカネは扉を乱暴に開け放つと走り去っていく。


 そんな一部始終をハルとモニカはもちろん見ていたわけで、二人共どこか呆気に取られていた。


「……お前なぁ」


 呆れたようにハルが左頬を涙目で抑えているギルを見る。ギルは確かに痛そうに顔を歪めていたがどこか楽しそうにも笑っていた。


「いや~最近王国で過ごしてたからな。仕方ない、仕方ない」


 そんな風に特に反省もなく言うギルにハルはさらに呆れるのであった。アカネに引っ付くなと言っておいて本人はコレである。まぁ、ギルがアカネを引き剥がそうとするのは周りの目を気にしている時だけだ。今の様に身内しか居ない場合は下手をすればこうなるのはいつもの事である。


「まったく、虐めるのも程々にしておけ。それよりあのままだと仕事してくれないからさっさと追っかけて謝ってこい」


「……了解いたしましたよ」


 その命令に顔をしかめるもギルが起こしたことなので、諦めたようにそう返事をした。出て行くギルの背を見送った後、ハルは隣から視線を感じる。


「えっと……」


「……言いたいことは分かるぞ、モニカ。あいつらは別だ。生まれた国を間違えただけだ」


 ハルは疲れたように言う。以前彼女に話した通り、この国ではたとえ夫婦であってもあまり人前ではあのような行為をするのはご法度だ。あの二人は本当に生まれた国を間違えていると思うハルであった。


「……なんだ?」


 そう説明をしたのだが、どこか自分を見る視線は外れない。モニカの方を向くと彼女は少しおかしそうに笑っている気がする。


「いえ……その、ハルさんの顔が真っ赤だなぁと思って……」


「えっ……」


 そう言われ慌てて顔をモニカから逸らして手をあてる。ギルに殴られた傷は痛みは引いてきたがまだ腫れている。それで真っ赤なのかと思うものの、明らかに頬は熱い気がする。


「……こ、こういう事のは見慣れては……」


「そうなんですか」


「わ、笑うな! 見るな!」


「すみません……ふふ」


 モニカはどこか楽しそうにハルを見ながら笑う。そんな彼女に今度は恥ずかしそうに顔を赤らめながるハルであった。モニカが動じないのはきっと王国で育ったからだろう。


「はぁ……」


 しばらく顔を手で隠していたハルは熱が引いてきた辺りで懐中時計を取り出すと立ち上がる。


「そろそろ……こっちも到着か」


 不思議そうに見るモニカの視線を受けながらハルは窓際へと移動した。


「モニカ、さっき新聞には我軍は圧勝だと書いてあったよな?」


「……はい、そう書いてありました」


 どこか話をするハルの雰囲気が変わったことで、モニカは姿勢を正して答える。


「確かに最初は圧勝だった。……けど時間が経つに連れそうも言っていられなくなったんだよな」


「……それは」


「見えるか、あれを」


 ハルが窓の外を指すように言う。モニカはその指し示す方を見てみると、城の遠くに何やらこちらに向かって来る集団の姿を見付けた。


「あれは……軍隊ですか?」


「ああ。まぁ、正確には前線で戦っていた負傷兵達だな……これから忙しくなりそうだ」


 改めて窓の外を見る。こちらに向かってくる者達をモニカは静かに見つめていた。





 ◆◆◆◆◆






 グランツラント帝国とカルフォーレ王国の戦争は苛烈を極めていた。最初は帝国が優勢であり、オーブレリを越え王国の国境をさっさと入り込んだ。しかし、ここに来て王国は踏みとどまった。いつしか王国側が若干有利になりつつあるのだ。王国が巻き返したのは軍を率いるものが変わったからだと思われる。


(……確か『記憶』通りなら途中からフィリップが全軍を率いていたな。つまりは今の王国軍を率いているのは国王ではなくフィリップだな)


 そう考えながらハルは目の前でこの城に次々と運ばれてくる負傷兵達を見る。応急処置は前線のほうで行われている。しかし前線でできるのは初療まであり、それ以上のことはできない為ここへと運ばれてくるのだ。


「殿下! 前線より負傷者の搬送をいたしました!」


「そうか。では予定に変更はない、事前に通達した通りに頼んだ」


「了解いたしました!」


 命令を受けた兵士がそれぞれに指示を飛ばしに行く。その背を見送った所でハルは後ろを振り返る。


「……見ていても気分がいいものじゃないだろ?」


 どうしても着いて行くと言ったモニカにそう話しかけた。目の前の少し広い場所には包帯の巻かれた人間が並べられている。


「いいえ……あの、私にも何か出来ませんか?」


 モニカは首を横に振るとハルに聞いた。目の前で苦しんでいる人達がいるのを放っておけないのだろう。


「……そうは言われても……」


 困ったようにハルはモニカを見る。気持ちは嬉しいが彼女は一応捕虜なのだ。そんな彼女に手伝わせるのかと少し思い悩む。


「ハル様、ではアカネ様の手伝いをさせるのはどうでしょうか?」


 そこに声を掛けてきたのはカンナであった。モニカに優しく微笑みを向けてから、ハルを見つつカンナは話す。


「アカネ様より言伝を受けて参りました」


「聞こうか」


「はい、予定通り受け入れの準備を終えました。それからこちらに人手を回して欲しいそうです。患者の数が予想を越えて多くなりそうで手が回りそうにないとのことです」


「……こちらも人手不足なんだが……まぁ何人かそちらに回す。あっちは重傷者担当だしな」


「はい、ありがとうございます。それで……」


 カンナはハルからモニカへと視線を移す。ハルもその視線に釣られるように彼女を見た。


「アカネ様は薬剤師でございます。こちらも人手が足りないようなので、できれば一人でも多く人が欲しい所です」


 アカネの家は優秀な薬剤師を輩出している一族だ。アカネ自身も優秀な薬剤師であるため、この城に呼び出したのもある。そういうカンナも薬剤師の認定は受けており、人手不足であるためこれからアカネと共に患者達のために薬を処方する役目があった。


「……モニカは薬剤師じゃないぞ?」


「はい分かっております。しかしそれ以外の事で手伝って欲しい事はたくさんあります。手伝いたいとおっしゃっているのならば、こちらに回してください。私がおりますゆえ、監視はきちんといたします」


「……ずいぶんとモニカに甘いな」


 カンナの言葉に仕方ないと言った風にハルは言う。


「モニカ、手伝いたいか?」


「もちろんです! どんな事でも私に出来る事があるのならなんでもいたします!」


「……なら、好きにしろ。カンナ、後は任せた」


「承知いたしました」


 モニカをカンナに預けるとハルはその場を離れていく。その背に向かってモニカは頭を下げるのであった。





 ◆◆◆◆◆





 このヴォルケブルクに負傷兵達が来てから数日が経った。ハルがいつも使っている部屋には沢山の紙や書類が落ちており、執務机には幾重にも重ねられた紙の山。そんな少し小汚い部屋で机に向かって紙にインクを走らせながらハルは出来上がった書類片手に呟く。


「……死傷者及び脱走兵、行方不明が合わせて約一万人……現在の我が軍は約十万程……対する王国は約十二万という報告……まぁ推測だし実際はさらに上回りそうだけど……」


 ハルは書かれた紙面を見つつ、ため息をつく。数字だけみれば王国に数を圧倒されていた。しかし王国側の軍はあまり規律も装備も整っていなく長年戦火のなかった国であったため、戦争に慣れていないのか帝国に押されている。


(だが、油断できないわけか……)


 現在の前線はオーブレリの先、王国内のアンセルヴである。そこで戦場はどちらも停滞していた。戦争に慣れてきた兵士達とそれを指揮する指揮官がフィリップに変わった事、そして魔法を使う軍である為なかなか攻め込めないでいる。それにしても魔法が使われていたというのに帝国軍をここまで進軍を許したのだから、先まで指揮していた国王の指揮の酷さが垣間見えていた。


(それとも……親父の指揮が上回ったか……。まぁどちらにせよ今の状況が続けば不味いな)


 指揮がフィリップに代わった途端に帝国軍の足は止まった。いつまで経っても戦場が動かない事からあの皇帝でも苦戦を強いる相手らしい。


「あー面倒だね……」


「面倒って……そんだけ働いててよく言うぜ」


「こんにちは、ハルさん」


「失礼します、ハル殿下!」


 そう言って開け放たれた部屋の扉から現れたのはギルとモニカとアカネ、その後ろに控えるように立つカンナの姿があった。最近は報告に来る者が多く、一々確認を取るのが面倒になって扉は開きっぱなしなのだ。


「……何のようだ?」


「何のようだとは酷いな。差し入れ持ってきてやったのに」


 書類から目を離して彼らの方を見れば、カンナが何やら食器を乗せたワゴンを引いている。


「休憩しよーぜ、ハル。お前働き過ぎ、まぁそれは俺らもだけど」


 そういったギルもどこかやつれていた。




 ◆◆◆◆◆




 ハルの部屋がメイド達によって片付けられている間、部屋を移してその茶会は開かれた。白いソファに座り四人はテーブルを囲む。


「はぁ……もう疲れたわ。いくら薬を作っても作っても端から消えていく……」


 カンナが給仕をする中、アカネが紅茶を片手に疲れたように呟く。アカネ達薬剤師や衛生兵などは多忙を極めている。なにせ次から次へとここに怪我人が送られてくるのだから。


「……頑張ってくれ。もう少しで落ち着くと思う。それで何か足らない物などあるか?」


 そしてその指揮を取るハルもまた寝る間も惜しんで仕事をしていた。コーヒーを片手に仕事に関して頭を巡らせる。そんなハルに見かねたようにギルは口を出す。


「あのな……今くらいは仕事の事を忘れろ」


「だが……」


「そうですよ、ハルさん! それに欲しい物をきちんとまとめた書類を届けているではありませんか」


「ああ……そうだったな」


 ハルはモニカの方を見る。彼女は今はアカネの所以外でも手伝いをしているようで先程のように書類をハルに届ける仕事はもちろん、患者の世話なども手伝っているようだ。


「モニカ……仕事の方頑張っているようだな」


「はい、私に出来る事をさせて頂いています。これもハルさんの許可がなければできない事でしたのでありがとうございました」


 そう言って彼女は持っていたカップをテーブルに置いて頭を下げる。確かに彼女は一応捕虜扱いだ。そんな彼女がここまで自由に城を行き来し、仕事を手伝うことなどハルが許可しなければできない事だ。


(……なんだ、俺もずいぶん彼女に甘くなったな)


 彼女に対して少しばかり信用しすぎているように思える。一応、城を動き回る際はギルに監視を頼んだりしているが、これで本当にスパイならば素直に褒めてしまえそうだ。


「いや……気にするな。それで何か困ったこととかはないか?」


「困ったこと……いいえ特には……ああ、そういえば」


 下げていた頭を上げたモニカは何かを思い出したように言う。


「あの……花はないでしょうか?」


「花?」


「はい。患者さんが寝泊まりしている場所があまりにも殺風景だったので……。花の一つでもあれば少しは心が安らぐと思ったんです」


 モニカは戦場から戻ってきた患者達を思い、心配するような表情をしていた。確かに弾丸が飛び交うような死と隣り合わせの場所にいた彼らに少しでも心を癒して欲しいという願いは分かる。


「……花か、悪いが花を持ってくるような事は出来ない。そんな費用はないしそれを持ってくるなら敵を倒す弾丸を運ばせたい」


「……そうですか。それじゃあ城の外に出る許可をください。私が探してきます」


「それもダメだ。一応捕虜であるお前を城の外には出せない。それにこの辺りに花なんか咲かない、探しても無駄だ」


 ハルの否定の言葉に彼女は残念そうに落ち込むも、すぐに笑みを作る。


「……分かりました。我儘を言ってしまってすみませんでした」


 だけどその笑みはどこか無理をしているように見える。


「ちょっとそこ、暗くならないでくださいませんか! せっかくのお茶会なのですよ!」


 そう割り込んできたのはアカネであった。少し場が重くなった事を気にした彼女なりの気遣いなのだろう、焼き菓子を片手にこちらを見る。


「ほら、ハル殿下! これモニカさんが作ってくだっさたんですよ! とっても美味しいのでぜひ食べてください!」


 アカネに言われるようにテーブルの中央に置かれた焼き菓子の山に視線を移す。黄金色の綺麗な焼き目が付いた焼き菓子には見覚えがあった。


「フィナンシェか……悪いが俺は――」


「――甘い物が苦手なんですよね?」


 ハルの言葉を続けるように声が聞こえて来た。その声を辿るように隣を見ればこちらを見て椅子に座るモニカの姿。


「大丈夫ですよ、甘さ控えめで作ってみましたので宜しければ食べてみてください」


 そう言われ、ゆっくりとフィナンシェを手に取る。彼女が見守る中、一口食べてみた。


「……美味しい」


 確かに以前食べた物より甘さが控えめだ。それによってやっとこのお菓子の持つ美味しさに気づいたハルは思わずそう呟いた。


「良かったです!」


 ハルの言葉にモニカはとても嬉しそうに笑う。しかし、なぜ彼女は知っていたんだ?


「……なぁ、なんで……」


「ああ、それはですね、カンナさんにお聞きしたんです。ハルさんは甘い物が苦手だと。以前それを知らずに甘いフィナンシェをお渡ししてすみませんでした」


 また申し訳無さそうに頭を下げたモニカにハルは慌てる。


「いや、あの時は俺が嘘を付いていたから……」


「そうだと思っていました。ですが、嫌いなものを渡してしまったのは本当の事ですから」


「だから俺が――」


「はい、そこまでだ」


 堂々巡りをしそうにしていた二人をギルが止めた。


「まぁ、なんだ。とにかくこれは美味いってことでそれでいいだろ?」


 そう言うギルの手にはいくつものフィナンシェがある。慌ててテーブルの方を見ればあれだけあったというのにフィナンシェが消え失せていた。


「……おい、ギル」


「すまんな、あまりにも美味しいもんだからアカネと共にずっと食べてたんだ。気付いたら殆ど無くなって――」


「じゃあその手にあるのをよこしやがれ」


「嫌だね! こんな美味しい物を甘い物が苦手なお前には勿体ない!」


「……この野郎」


 いつものような喧嘩を始める二人をアカネと共に呆れつつ止めるはめになるモニカであった。後日、モニカが改めてフィナンシェを作ったのは言うまでもない。




 ◆◆◆◆◆




 一時の楽しい時間はすぐに終わる。なにせ彼らの傍らでは常に戦争が巻き起こっているのだから。そんな不穏な影を払いたくて無理にこの茶会を楽しんでいたように思える。そうでもしなければ、体もそうであるが心が持たないだろう。


 茶会が終わり、それぞれが仕事に戻っていく。ハルもまた仕事に戻り、気力を回復させた彼は今まで以上に仕事に打ち込み、気付けばすでに夜が更けていた。


 綺麗に片付けられた部屋でハルは一つの書類を前に悩む。それは以前ギルに見せたあの絵などが書かれた紙だ。


「……やっぱり足りない。ギルの奴め……」


 数枚足りない事に気づいたハルはその犯人に悪態をつく。消えていたのは図面の紙ばかりだ。行き先は大体検討がついている。止める為に命令を出すことを考えるも、止めておく。どうせ必要になるかもしれないのだから。


「……責任は取ってもらうぞ、ギルバート」


 その消えた図面はどれもこの世界に多大な影響を及ぼすであろうものばかりであった……。





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