第二十四話 裏側
「えーとー……つまりだな、お前はその『乙女ゲーム』とかいう物語みたいな感じの登場人物で、しかも『悪役』という立場なのか?」
「まぁ、そういう事だ」
ギルが頭を抱えつつ難しそうな顔をする。そんなギルを新しく注いだコーヒーを飲みつつハルは答えた。
「正直言って理解できねぇ……やっぱり頭イカれたか?」
ギルは怪訝そうな視線をハルに向ける。確かにいきなりこの世界は『乙女ゲーム』の世界です、なんて話をすれば誰だってそう思うだろう。
「……やっぱり信じないか?」
「……冗談だ。いや、冗談であって欲しいくらいに信じているよ……これを見せられたらな……」
ギルはハルから渡された様々なものが書かれた数枚の紙を眺める。そこにはこの世界とは違う世界と言えるような風景がスケッチされたもの、何かの図面らしきものなどだ。先程、ギルがここに訪れる前にハルが『記憶』を頼りに書いていたものであった。
それを見れば嫌でも信じてしまえる。いや、それだけではない。ハルの言っていることが本当ならば、これまで見せてきた不思議な行動に納得がいくのだ。好きでないと言っておきながら、モニカに近づいていたりと彼女に対してのあの行動は全てその『記憶』が原因なのだと納得がいってしまう。
「なんだってお前にこんな『記憶』があるんだよ?」
「知るか、俺が聞きたい」
必死に書いていたもんだから手が痛むのか、ハルは手をブラブラと振る。これらを書いている時は何かに取り憑かれているかのように書いていた。ハルがこんなにも上手く絵が書けないものだから、何かしらの力が働いていそうだ。中には古代魔法と思われる魔法陣なんてものもあったくらいである。
その為か、書き上げたいくつかの図面を眺めてもそれがなんであるのかは分かるのだが、それを見て理解して同じ物をハルには作れない。
「……それで、その『記憶』の通りならば、これから先俺達の国は負ける可能性が高いんだな?」
ギルは悩むことを諦めたのか、真剣な表情に切り替えた。
「ああ、モニカ……『主人公』があれだしな。彼女に頼ろうにも、もう話が違いすぎる。まぁ、とりあえずこちら側にいるから良しとして、自力で戦争に勝たなければならない。その為にも――」
「――ユベールか」
ギルの言葉にハルは頷く。先程ギルが報告をしたのだ。彼には以前から監視をつけていた。今までその動きを見せず、ハル達が国に帰ってからは彼からの連絡が途絶え監視も巻かれていた。しかし、彼に関しての事を『記憶』で知っていたハルはその知識をフルで使い網を張り、その網にユベールが掛かったという訳だ。
「これも『記憶』だっけ? ここまで来ると本当疑いようがないな……あいつが裏切るなんて思ってもいなかったよ」
ギルが少しばかり落ち込んだように言う。ユベールことシキはギルの婚約者であるアカネの従兄に当たるのだ。
「アカネに言えねーわ、あいつシキの事兄のように慕ってたからさ。……まぁ、少し、いやかなり嫉妬してたからいいけどよ」
「……そ、そうか」
が、あっさりとそんな事を言うギルにハルは呆れるのであった。
「それより、どうするんだ? シキ……いやユベールはこの後方支援の拠点となっているここを襲うんだろ? ここを取られたら前線がヤバイぞ?」
「ああ、だからなんとしてもこのヴォルケブルク城は守らねばならない……」
もしもこの城を取られでもしたら、きっと『記憶』の如く国は負けに追いやられる事だろう。
「……ユベールは反乱を起こそうとしているのは言ったよな?」
「ああ、今の皇族は気に入らねー奴ばかりだから全員ぶっ殺して、新しい王様に替えようぜって奴だろ?」
「まぁ、そういう事だ。それで、その新しい王様……誰が相応しいと思う?」
ハルに言われてギルは悩む。今の皇族を排したとして次に国を継げそうな存在。
「……そんなのいっぱいいるんじゃね? この帝国はいろんな国を吸収して成り立ったんだ。殆ど殺されているとはいえ生き残りの王様の血族とかが今もどこかで祖国を復興させようと――」
「だろうな。だが、それだと国が分裂するだろう? さて、この帝国の中で一番この帝国の中に根ざし、国民に受け入れやすく、国を変えることなく帝国のまま皇帝を名乗れるのはどこの血族だと思う?」
そう言われてギルは特に考えることもなくハッと気付いた顔をする。
「……始まりの三国、レイゲン王国の王家の末裔――つまり俺か?」
「そういう事だ」
満足そうにハルは頷くも、ギルは納得のいかない表情で否定する。
「いやいや、確かにさ俺はそうだけど……レイゲン王国なんて俺らが生まれる以前の古い国だぞ? しかも始まりの三国の内、唯一の敗戦国。そんな国の王族の末裔なんて誰も受けいれないと思うんだが……」
「古い国ほど箔がつくもんだ。それに敗戦国とはいえこの国の民族の殆どはレイゲン王国の民の血を引く者が殆どだろ? 始まりの三国とか言いながら実質ないがしろにされてきたんだ。その不満はきっと溜まっているだろうよ」
ハルの言葉に顔を引き攣らせながらギルは諦めたようにため息をつく。
「まじかよ……だが、俺が……俺の一族がレイゲンの王族の末裔なんて事を知る奴は少ないぞ?」
「ユベールなら知っているんじゃないか?」
そう聞かれてギルは少し悩みつつ、ゆっくりと頷いた。
「なら、決まりだ。……今俺らはこの『記憶』とモニカのせいで今まで以上に仲が悪いとか噂されている。それを利用するぞ」
「……なんとなくお前が言わんとしている事が分かってきた。つまり、その噂をさらに悪化させて俺がハルに、皇族に対して不満を持っていると噂させればいいんだろ? そしたら――」
「ユベールがお前を迎えに来る。一緒に革命をしようとかなんとか言ってな」
レイゲン王国の王家の末裔であるギルが帝国の皇族に不満を持っている。それを知ればユベールはきっとギルを仲間として引き込めないか考える事だろう。帝国を新たに率いるリーダーとしてギル以外に最適な適任者はいない。
「……んで仲間になったら敵を油断させつつその敵の情報を流すと……。だが、もし来なかったらどうする?」
「その時はその時だ。先手を打たれる前に敵の本拠地を攻めるさ。血はできれば流したくないけどな」
そう答えてハルがコーヒーを飲み終える。そんなハルを見つつ、気付いたような顔をしながらギルは聞く。
「なぁハル、お前モニカの事どう思っているんだ?」
「…………なぜそんな事を聞く?」
「いや、もし彼女に好きになってもらったら帝国は勝てるかもしれないんだろ? お前も死なないしさ」
ハルは飲み終えたカップを机に置いて立ち上がると、窓の外を見つつ答える。
「そうなったら良いのかもしれないが……もしも、彼女が俺を好きになったとして、その『好意』が本物か分からん。『ゲーム』の流れによって強制されたものかもしれんしな。俺も『攻略対象』だし、彼女に好意を抱いたらそれが本物か分からないよ」
「……お前それはちょっと考え過ぎじゃないか?」
「……かもな」
今の所、ハルは彼女が好きかと言われても答えられないだろう。いや答えたくないのか。それよりも、彼女が一体自分の事をどう思っているのかが気になる。自分の事を助けたいと言ってくれたから嫌われてはいないのだろう。……もし『好意』を持っていたとして、その気持ちは『ゲーム』に左右された気持ちなのか分からない。
「まぁ、いいや。とりあえずモニカがスパイの場合は簡単に切り捨てていいって事だよな?」
「ああ、そうだな。ついでに彼女も泳がせるか」
「よし、それじゃあ――」
ハルはギルに向き直りながら考え込んでいると、突然何かが割れる音が響く。驚いて音が聞こえて来た方を見れば、ギルがカップを落として割ったのだと分かった。
「……という訳で、今から殴るから覚悟しろハル!」
「ま、待て! どういう訳だ!」
「んなもん、関係を拗らせる為に決まってるだろ? ほら早くしないと表で警備してる奴らが来ちまうだろ?」
どこか楽しそうに笑いながら拳を作りながら近づいてくるギルに、ハルは顔を引きつらせる。
「ギル、待ッ――」
「――ほらちゃんと歯を食いしばりやがれ! この腰抜け王子がぁぁぁぁ!!」
ハルの顔に綺麗に右ストレートが決まったのであった。
◆◆◆◆◆
「……ユベールを尋問しましたが何も成果はありません。それから捕まえた者の内、平民の一部は釈放、貴族などの士官は話を聞き次第帝都の方に護送する手筈を整えました」
ギルは執務机の向こうに座るハルに向けて報告を終了した。
「ご苦労だった。それにしても話している時に何回か噛んでいたがどうしたんだ?」
「……ああ、それは――てめぇに殴られたからに決まってんだろうが!」
ハルと同じく左側の頬を赤く腫らしたギルはその原因を作った目の前の存在に怒鳴り散らす。
「ははっ何言ってんだ? お前王子である俺を殴ったんだぞ? 死刑にならなかっただけマシだと思いやがれ!」
「作戦の為に仕方なく、仕方なく俺はお前を殴っただけだ!」
「俺はそれを了承していないぞ!」
机を挟んで互いににらみ合いながら言い合いをするハルとギル。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、お二人共!」
そんな今にもまた殴り合いをしそうな二人をハラハラとしつつ、止めに入ったモニカであった。近衛兵団の者達に聞いたのだが、この二人は昔からこんな調子だと言う。
「……なーんてね。モニカは騙されやすいな。こりゃスパイとか向かねーわ」
「そうだな」
「へっ?」
ギルの言葉にモニカは目を瞬かせる。二人は照らし合わせたように笑っている所から、この言い合いは芝居であったのだろう。
「だけどな、捕虜という扱いは変わらない。今までよりは自由を許すが、もし怪しい動きでもしたら容赦しないからな?」
「はい……それは分かっています」
ハルの言葉にモニカは頷く。自分はただの平民というにはいささか特殊過ぎる。その事は理解しているので仕方ないことだ。
「……さて、所でここに今日届いた新聞がある」
「新聞?」
ハルが自慢するように机の上に置かれた文字がびっしりと書かれ何枚も重ねられた紙束を指しながら言う。
「……知らないのか? まさか字を読めないとか?」
「字は読めますよ! 新聞は……噂には聞いたことがあります。これがそうなんですね」
手渡された新聞をモニカは興味深そうに見る。王国でもあるにはあるが、見る機会はあまりなかった。モニカは大陸共通の言葉で書かれた一面を読んでみることにした。
そこには数日前にこの城で起こったあの事件について書かれていた。記事を読み込んでいくと、どうやら血を一滴も流すこと無く場を収めたハーロルド王子について称えるものが書かれている。
「……凄いですね、ハルさん新聞に載ってますよ!」
「ふっ……まぁな」
モニカの褒める声に、ハルはまんざらでもない顔をする。
「そりゃ国営新聞だもん、下手なこと書ける訳ないだろ? それに、この記事には俺の功績が一個も載っていない! 殆ど俺の活躍だってのによ!」
そんなハルを面白くなさそうに睨みつつ、文句を言うのはギルであった。確かにギルがユベール側に付いたことで城に紛れ込む裏切り者を知ることが出来た為、彼らが動く前に拘束することができたのだ。
「あぁ? 全部俺のおかげだろ? 俺が全部予め知っていたから――」
「はぁ? お前何言ってんだ? たまたま、ただ、知っていただけ、に過ぎねーだろうが! それを自分の力のように言うんじゃねーよ!」
そんな風にまた言い合いを始める。そんな二人を止めようかとモニカは思うものの、書かれていた記事のほうに目が行くのであった。
「……戦争は我が軍の圧勝が続いている……」
そこには今まさに起こっている戦争の状況について書かれていた。今の前線はオーブレリを越え、王国内だという。
「……圧勝ねぇ……」
モニカの声に反応するように言い合いをしていたはずのハルが呟く。その声はどこか戸惑う声であった。
「ハルさん?」
そんなハルの様子を不思議に思う。自国は圧勝しているというのになぜそんな複雑そうな顔をしているのだろうか。
「……そういや、もうすぐか」
複雑そうにしていたのも束の間、すぐに何かを思い出したようにハルは懐中時計を取り出した。
「……何がもうすぐなんだ?」
「帝都から頼んでいた物資が届くんだ。本当は昨日に着くはずだったんだが、あの事件のせいで遅らせたんだ」
「物資? 俺は何も聞いては――ッ!?」
ギルは突然ビクリと跳ね上がるようにして入口の扉の方を見る。
「この気配……まさか!?」
ギルがそう口にした途端――
「ギィルゥバァァァァト様ぁ!」
「やっぱりお前か! アカネ!」
扉を乱暴に開け放ち、現れたのは黒いぱっつんロングの少し小さな少女。赤紫の大きな瞳にギルを映すと一直線に向かっていくのであった。




