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第二十三話 心情

 馬車に乗せられたモニカは揺れる荷台の中を不安そうに見渡す。どうやら襲撃は失敗した様で村に残っていた者達は慌てて逃げ出したようだ。その際自分を連れだしたのはユベールの指示もあるだろうが、これから王国側に亡命しようとしている彼らにとって聖女という立場の自分は利用できると考えたらしい。


(……嫌、あの王国に連れ戻されるなんて嫌)


 せっかく逃げ出してきたというのに、戻るなど絶対に嫌だ。だからと言って周りに座る男達からどうやって逃げろというのか?


 自然と彼女は体を丸めると祈るように手を組む。助けてと。だが本当に来てくれるだろうか? 彼にとって自分などどうでもいい存在なはずで――


「――モニカ!」


 外から自分の名前を叫ぶ声が聞こえてくる。最初は幻聴なのかと思った。都合の良い幻聴だと。


「いたら返事をしろ! モニカ!」


 また聞こえてくるその声は聞き慣れた声。馬車に一緒に乗っていた男達が騒ぎ始める。それに釣られるように走る馬車の後方に目を向けた。


「――ハル、さん」


 この馬車に追いつこうと走る一匹の馬。その馬上に乗るのは漆黒の髪を持つ少年。血のように赤い瞳が自分の姿を捉えていた。そうその少年は――


「ハーロルド王子!? なぜこんな所に!」


「うるせぇ! 今すぐ馬車を止めやがれ!」


 驚く男達を過ぎるようにハルを乗せた馬は素早く駆けると、道を塞ぐように馬車の前へと躍り出る。あわやぶつかるかと思われたが、馬車はハルを乗せた馬を避けるように道を外れると、木々にぶつかるように止まった。そんな馬車に馬から降りたハルはゆっくりと近づく。


 すると馬車の荷台から男達が外へと出てきた。


「クソッ……だがあの王子を生け捕りにすれば! 皆の者やれ!」


 一人の男が五人の男達にそう命令をする。それを合図にハルを捕らえようと動き出す。


 最初に一人の男が飛びかかるようにハルに素早く近づく。ハルは自分を捕まえようと伸ばされた右腕を逆に掴み引き寄せると、右手で男の腹にボディーブローを決める。内臓に響く重い一撃を食らった男は、腹を押さえながら悶絶するように倒れた。


 その後ろから別の男が自分の顔を狙うように殴ってくるが、手で払いつつ後退しながら避ける。男の攻撃は避けるが、後ろにあった木に退路を塞がれた。木を背にしつつも男から目を離さないハルに、顔面に迫る拳。ハルはそれをしゃがむようにして回避すると、男の顎先目掛けて掌底打ちを繰り出す。顎下からの衝撃に後ろに体を反らせるようにして男は倒れていく。


 少し横に移動したハルに残った三人の男が囲うように動いた。


「この野郎!」


 一人の男がナイフを手に飛び込んでくる。風切り音を鳴らせて振りかぶるも、ハルは右足を軸に体を傾けて避ける。ナイフを持った手首を左手で掴み、右手で相手の手の甲を手首が曲がる方に叩いてナイフを落とさせた。そのまま拳を相手の顔面に叩き込んだ所で、左後ろから迫る二人目の男に投げつける。


「――なッ! どこが、これのどこが腰抜け王子だよ!」


 最後に残った男がそんな事を喚きながら拳銃を取り出すも慌てるあまり見当違いな所に撃ってしまい、素早く近づいたハルに頭を掴まれ抑えこまれるよう下を向く。


「誰が腰抜けだ?」


 そんな言葉が聞こえてくる。視界には地面が映るがすぐに顔面に迫る膝蹴りによって何も見えなくなった。


「う、動くな!」


 地面に伸びる男達の呻き声が聞こえる中、この男達に指示を出した男の声が響く。そちらを向けば馬車から引きずり出されたのか、地面に倒れこむように座りこんだモニカとその横に立つ男。彼女の頭には拳銃を向けていた。


「動くなよ! もし動いたらこの女が――」


 だが、言い終わる前に銃声が響くと、男の腕に当たる。ちょうど拳銃を持っていた腕で、力の抜けた手の平から拳銃が滑り落ちた。血の流れる右腕を痛そうに抑える男にハルは素早く近寄るとすぐに気絶させる。


「はぁ……間に合った」


 そんな間の抜けた声に後ろを振り返れば、馬上でマスケットを構えたギルの姿があった。その後ろからはハーロルドの近衛兵団の兵士達。彼らは馬から降りつつハル達に近づいてくる。


「何が間に合っただ? 遅いぞ!」


「おいおい、俺らはこれでも急いでいたぞ? というかな、護衛も連れずに飛び出す王子がどこに居るんだ! もう少し考えて動けよ!」


「なんだと? ならお前こそもう少し考えろよ! もしモニカに弾丸があっていたらどうするつもりだったんだ!」


「あぁ? この距離なら外す訳がないからいいんだよ!」


 合流するなり言い合いの喧嘩を二人が始める中、他の近衛兵団の者達はまたかといった表情をしつつもさっさと寝転ぶ男達を拘束していく。


「お前はそうやって考えなしに動く所があるよな! 見ろよこの殴られた傷を! いくら芝居だからと言っても本気で殴ることはないだろうが!」


「本気でやらなきゃ騙せねーだろうが! つーか今のお前に考えなしなんて言われたくもない!」


「ちょっちょっと! 二人共落ち着いてください!!」


 そんな光景をポカンと驚いたようにモニカは見ていたが、さすがにギルの胸ぐらを掴んだハルの姿を見て止めるように声をかけた。


「……そうだな。立てるかモニカ?」


 モニカの声に我に返ったハルは今だ座り込んだままの彼女に近づくと手を差し伸べる。差し伸ばされた手にモニカは自分の手を伸ばす。二人の手は今度は重なりハルは彼女の手を引いて立ち上がらせた。


「わわっ」


「おっと」


 しかし、先程の恐怖が残っていたのか足が震えて上手く立てなかったモニカはそのままハルの方へと倒れてしまう。こちらの胸に飛び込む形で倒れてきたモニカをハルは受け止めた。


「……大丈夫か?」


「す、すみません!」


 謝りながらすぐに離れたモニカをハルは心配そうに見る。心配を掛けたくないモニカは話をずらすことにして思ったことを口に出した。


「えっと私は大丈夫です。……それよりも、ハルさんって意外とお強いんですね」


「……え?」


 先程の戦っているハルを見ていたモニカの素直な感想であった。モニカ的には褒めたつもりであったのだが、ハルは言われた言葉に驚くように固まっている。


「ぶっ……あははは! 意外と……意外と! そうだよな、このハルが強いとか見えねーよな!」


 そんな二人を見ていたギルが腹を抱えて笑い出す。


「ギル……!」


「おい、そんな睨むなよ」


 ギルを睨みつけるように見てからハルは落ち込むようにため息をついた。


「……そんなに俺は、ひ弱な男にでも見えていたか?」


「え、えっとそういう訳では……」


 確かにハルは見た目からして細身であった。目元は父親譲りなのか少しばかりキツイところがあるが、一見しただけでは五人の男を相手に戦う力などないように見える。隣にいつも立つギルが少しばかりガタイが良いせいかさらにそう見えてしまうのだ。


「まぁいい。ギル、先にモニカと共に戻っているぞ」


「はいはい、了解しました。あー今度はきちんと護衛を連れて行けよ」


「分かっている」


 少し機嫌が悪そうにハルは答えると自分の馬が居る方へと歩いて行く。そんなハルにモニカは申し訳なさそうにしつつ、ついて行こうと歩こうとするのだが――


「わっ!」


 やはり足が上手く動けず、そのまま転けてしまった。


「おい、やっぱり大丈夫じゃないだろ」


「すみません……」


 転けたモニカを心配そうに見下ろすハルだったが、何かを思い付いた顔をすると彼女に近づいていく。


「あ、あのハルさん!?」


 モニカが抵抗するまもなく、気付けばハルに横抱きに抱えられていた。早い話がお姫様抱っこである。


「これで俺がひ弱なんて言えないだろ?」


 意外と言われたことを根に持ったのか、そんなハルがその力を示すために行動をした結果であった。だが、抱きかかえればそれだけ密着はするものだ。モニカも抱えられて落ちたくないのかハルの首に自分の手を回すようにしてハルにしがみつく。


「……なぜ、引っ付く」


「だって落ちてしまいそうで!」


 少し怯えるようにこちらを見るモニカの顔はいつもよりも近い、とても近い。そこでやっと自分が今している事と状況に気付いたのか、ハルは顔を赤らめる。


「…………わ、悪かった! やっぱり下ろし――」


「えっ? 下ろすの? この状況で下ろすの? 自分でしといてそれはないだろ――なぁハル?」


 ギルのそんな声が背後から聞こえてくる。顔など見なくともきっとニヤニヤと面白そうに笑っている事だろう。


「クソッ……悪いがこのまま行くぞ」


「えっ……あ、はぃ」


 顔を真っ赤にしながらも有無をいわさず歩き始めたハルに、モニカもどこか恥ずかしそうに返事をする。









 歩いている途中、どこか気まずい雰囲気が二人を包む。抱き抱えられたモニカもどこか落ち着きなく、ハルにしがみついていると、ふと気がつく。


 自分の背中に回された彼の腕。密着した体。その何処からも、あの時のように嫌悪感は出てこない。むしろその逆だ。服を通して伝わる彼の暖かさはどこか落ち着く。


(ああ、やっぱり、やっぱり私は……)


 自然と彼を掴む力を強めてしまう。するとどこか困ったような声が聞こえてくる。


「……モニカ、あまり引っ付くな、落とすことはないから安心しろ」


「すみません、でも怖いので……」


 モニカの言葉に、彼はどこか諦めたようにため息をついた。そんな彼を見つつ、モニカは頭を彼の胸に預けるように傾ける。


(……ごめんなさい、嘘ですハルさん。でも少しだけ……もう少しだけこのまま……)


 自分を包み込む優しい温もりに、彼女は安心をするように目を閉じた。



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