第二十二話 夜襲
「さて、ついにこの時がやってきたな」
どこか面白そうにギルバートは言う。彼らの目の前にはかがり火に浮かびやがるヴォルケブルク城の大砲の砲弾も受けきる頑丈な城壁がそびえ立つ。空は曇り空で月の光がなく、光は城から漏れ出るかがり火のみしかない。
「ええそうですね。中に忍び込ませた者達が上手くやっているといいのですが」
ユベールが心配そうに城を見ているが、それを励ますようにギルバートは言う。
「大丈夫だろ。あっちは多分俺とそしてモニカが居なくなったことで混乱していると思う。そして、忍び込ませた兵がさらに混乱させて、さらに王子の身柄を確保する。俺達の仕事といえば、開かれた門から飛び込んで慌てる兵士達を捕まえる事くらいだ。うん、実に簡単だ」
余裕そうに不敵に微笑むギルバート。一体どこからそんな自信が沸き上がってくるのか疑問であるが、彼のそんな余裕な態度に反乱を起こす為に集めた兵達もどこか安心しきっている。
「ほら、門が開いたぞ? 行くぞ!」
「ええ、そうですね! 皆の者続け! 我らが帝国の為に!」
「「我らが帝国の為に!!」」
掛け声に合わせて闇に紛れて反乱軍は進む。順調に進んでいく。
だが、しかし――
「……どういうことだ。明かりが一つもないぞ?」
勢い良く進んだものの、誰かが呟いた言葉に足を止めて周りを見渡す。確かに明かりがどこにもなく、一寸先も見えぬほどの闇がヴォルケブルク城を包んでいる。城外から見た時は光は見えていた。しかし一旦中に入ると、城内の明かりは一筋の光さえない。
「ようこそ、我がヴォルケブルク城へ。歓迎をしよう、不届き者なる暴動者諸君!」
どこからかそんな声が響き渡り、その声と共に明かりが眩いほどに周りを照らす。それは雲に隠れていた月が現れたからだ。その光によって照らされたその先、彼らの目の前にはずらりと並ぶ月光を反射する銃口達。
こちらに向かってマスケットを構える帝国兵達が居た。
いや、真正面だけではない。建物の影に隠れるようにしていたのか、いつの間にか側面や背面までにもずらりとならんだ黒と赤の集団に囲まれていた。
「まさか……バレていたというのか……」
この状況の意味をいち早く悟ったユベールは驚きながら目の前の人物、綺麗に並んだ歩兵のその先に立ちこちらを見るハーロルドを睨みつける。
「まぁ、そういうことだ。諦めるんだな、ユベール」
その声と共に頭に冷たい何かを突き付けられた。
「……ああ、そういうことですか。最初から騙していたのですね、ギルバート様」
「はぁ? 騙していたのはお前のほうだろ、ユベール? しっかし惜しいなぁ……優秀な密偵だったのにな」
どこか残念そうにしながらも、油断なくユベールの後頭に拳銃を突き付けるギルバート。
「本当に残念だよ、ユベール。さて、武装を解除し彼らに投降するように言ってくれるか? でないと、ここで無益に血を流すことになるかもしれないからな。できればここは穏便に済ませたいんだよ」
ハーロルドの言葉に、ユベールは諦めた様に頷くのであった。
◆◆◆◆◆
時間は昨日の夕方に遡る。
どこか居心地の悪い部屋で一夜を過ごしたモニカは、騒々しい建物の外を見る。聞こえてくる会話からこれからヴォルケブルク城を攻めるということが分かった。
(……ギルバートさんはハルさんを裏切ったのでしょうか? ハルさんは大丈夫でしょうか……)
閉じ込められて何も力のない自分はただここから眺める事しか出来ない。
(本当、私は聖女などという大それた存在ではありませんね。ただの何も出来ない普通の人間です……)
今まで以上に自分が何も力を持たぬ存在であるという事を痛感する。本当に自分が聖女であれば、選ばれた存在ならば、この状況をハルに伝えることができたかもしれない。
そこではたと気づく。自分は何気なくハルの味方をしていることに。自分の立場は非常に曖昧であった。王国で育ったが出身ではない。生まれ育った国も今やないのだ。
いや、一応は存在しているか。国はないがグランツラントの中に国があったその場所は今もある。
だが、はたして自分はどちらの国の人間なのか。自分を受け入れてくれたが逃げてきた王国か、それとも自分を拒絶した今はなき故郷を持つ帝国か。
悩む少女の耳に、控えめな音が聞こえてくる。それは扉を叩く音だが部屋にいる自分にしか聞こえないように抑えられた音だ。
「……モニカ、居るか?」
近づいた扉の向こうから小さな声が聞こえてくる。
「ギルバートさん?」
聞き慣れた声であった。迷わず頭に浮かんだ人物の名前を言うと、答えが帰ってくる。
「……お前に一つ聞いておきたい事があったんだ。お前はどっちの味方だ? ユベール達王国の味方か? それともハルの味方か? それともどちらにもつかないのか?」
その声色はとても真剣なものであった。扉を隔てた向こう側であの銀灰の瞳が自分を見つめていることだろう。
「私は……正直言って分かりません。生まれ故郷は追い出され帝国の中に消え、育った場所からは逆に気味が悪い程に求められ逃げてきた。……でもこれだけは確かに言えます」
自分の居場所はどこにもない。だが、それでも確かに答えられるものはある。
「……あんな変態野郎の味方なんかする訳がないじゃないですか!」
言い放ったモニカの言葉に、しばらく沈黙が降る。しかし、耳を澄ませばどこか笑いを堪える声が聞こえて来た。
「……くっ、くっくっくっあははは! 変態野郎って……前から思っていたけどお前意外と口悪いよな」
口が悪いと言われたがどこかギルバートは楽しそうに話す。そんな彼の様子に驚くモニカであった。
「……ギルバートさん?」
「ギルだ、短いほうが呼びやすいだろ? お前はここで待ってろよ。全部終わったら迎えに来るよ――ハルと共にな」
その言葉を残して扉から離れる物音がする。
「……分かりました、ギルさん」
誰も居なくなったであろう扉の向こうをモニカは嬉しそうに見つめていた。
◆◆◆◆◆
「殿下、全員の拘束を終えました」
「ご苦労、順次牢屋に連れて行け。特にユベールは厳重に閉じ込めておけよ」
「ハッ! 了解しました!」
腕を叩く敬礼をして返事をする兵に、ハルも同じ敬礼を返すと辺りを見渡す。自分を捕虜にし、この前線の補給を担っている拠点であるこのヴォルケブルク城を制圧しようとした反乱軍もとい暴動者達は全員拘束された状態で座り込んでおり、次々と牢屋に運ばれていく。きっとこの城の牢屋が埋まることだろう。
その中にはどう見ても普通の国民などが大部分を占める。そんな者たちを傷つけるわけには行かないので、できるだけ穏便に済ませたかったこの事件を一滴も血を流すことなく事を片付ける事が出来た。
(これは明日の朝刊の一面を飾るかな……あぁでも今からだと無理か……)
ハルはどこか自慢気にほくそ笑むがすぐに落ち込む。
「何をニヤついてやがる。仕事はまだ終わってないぞ?」
そんなハルに話しかけるのは、この事件の影の立役者ギルバート――ギルであった。喧嘩などしていたのかと思うほどに特に気にせずギルはハルに話しかける。まぁ、その喧嘩は芝居であったのだから当然か。
「仕事?」
「モニカがこっちに来てたんだ。今から助けに行くぞ」
「ああ、そうか。やはりお前の所に……」
ハルは今度はさらに落ち込んだように顔を伏せる。今回の襲撃は事前に知っていた。だから、もしかしたら彼女が関わっているのかもしれないと思っていたのだ。
その為わざと護衛を薄くしたりと彼女を泳がせていただが……逃げ出してユベール達の所に行ったということはそういうことなのだろう。
「おい? 何を落ち込んでいるんだ、ハル。俺は助けに行くと言ったぞ?」
「えっ……」
「モニカの奴、本当にスパイとか密偵でも何でもなかったようで――ってハル! 待てよ!」
ギルの言葉を聞いた瞬間にハルは近くに居た馬に駆け寄ると素早く乗り込む。
「ギル、本拠地の場所は確かアルムバッハの村だよな!?」
「ああ、そうだが――おい! 待てと行っているだろうが!」
ハルは場所の確認を終えるとそのまま出口に向けて馬を走らせてしまった。
◆◆◆◆◆
暗い部屋には窓から月の光が差し込む。今夜が晴れることを知っていたモニカはその月を眺めながら救出の時を待っていた。
ハル達の事が心配であるが、きっと彼らならばなんとかすることだろうと思える。
そんな時、この屋敷に近づく人影。ハル達かと思ったがどうやら違うようだ。慌てた様子の数人は屋敷に入る。しばらくして下の階から叫ぶような驚き声が聞こえて来た。
その声と前後するようにドタドタとした階段をあがる複数人の足音。その足音は――この部屋の前で止まる。
――嫌な予感に身を竦ませるモニカの前に、数人の男達が部屋に雪崩れ込んできた。




