第二十一話 嫌悪
日が落ちた道を馬に揺られながら進む。馬上に乗せられたモニカは不安そうにしていた。自分を逃さぬように回された腕は手綱を持ち馬を動かしている。自分の後ろにはあのユベールがいるのだ。
自分たちを乗せた馬の近くには同じように人間を二人乗せた馬が駆ける。その馬上にはあのギルバートと、もう一人の知らない者。服装からして平民のようで農具を片手に畑でも耕していそうな者だ。
「見えてきました。あそこの村に我らが同胞たちが身を潜めているんですよ」
後ろから聞こえてくるユベールの声に前を向く。道のその先には暗闇に浮かびあがる村がぼんやりと見えていた。
◆◆◆◆◆
「……こちらへどうぞ、聖女様」
ユベールに押されるように部屋へと踏み入れる。村に着くとこの屋敷の中に通され、そのままここへと連れて来られた。貴族の屋敷のようで通された部屋には一級品の家具が置かれている。
そんな部屋を不安げに見渡していたモニカの耳に扉の閉まる音とガチャリという重い鍵が閉まる音が聞こえてきた。
「あの……ユベールさ――ッ!?」
振り返ってユベールを呼んだモニカは驚きのあまり言葉を失う。それもその筈だ、なにせ自分の体は縛るように回された腕によって抱きしめられたのだから。
「――ずっとご心配をしておりました。まさかあの場所に貴女様がいらっしゃるとは……しかしこれも運命だったのでしょうね」
ユベールはモニカを強く抱きしめながら彼女の耳元で囁く。場所は違うものの、ユベールの恋愛ルートそのままのイベントがまさに起こっている。しかしそんな事は彼女は知りもしない。それどころか彼女にとっては迷惑でしかなかった。
「は、離してください!!」
どこか狂気に彩られた声色からは強い独占の色が見え隠れし、体を這う手に密着する体に寒気がする程の嫌悪感が湧き上がる。久しぶりに会う学友とも呼べるユベールだが、今の彼からはそんな不快感しか湧き上がってこなかった。
「どうしてですか? 私はこんなにも貴女様を愛しているというのに……」
拘束を解いたユベールからすぐに距離を取って離れていくモニカを、彼は悲しそうに見つめる。いや、その瞳には彼女は映っていない。虚無の瞳には何も――映しだされていない。
「その愛は私ではなく他の御方に向けられたもの……それに気づいていないのですか?」
「いいえ、私はきちんと貴女様を愛していますよ、聖女様」
「私は聖女ではないです! 貴方方の言う聖女ではありません! あんな聖女にはなれませんし、なりたくもありません!」
きっぱりと拒絶の言葉を言うモニカに、ユベールは残念そうに目を伏せる。
「ああ、聖女様。一体どうされたのですか? もしやあの城で何かを吹きこまれたのですか? それとも何かをされましたか?」
だが……次にこちらを見つめたユベールの瞳に凍りつく。それはモニカを映さず、誰かに向けられた貪欲なる瞳。
震える足を動かして逃げようとモニカは扉に向けて走るが、簡単に捕まるとそのまま地面に押し倒された。
「……大丈夫です。元の貴女様に戻して差し上げましょう。私のこの愛する心で……」
狂おしい程に求めるが、彼女を求めてはいない闇を宿す瞳が見つめる。息が詰まるほどに恐ろしく怯えるモニカにその瞳がゆっくりと近づく。恐怖から逃げたくて、目を瞑った時――
「ユベール? 居るか?」
扉を叩く音と共に聞き慣れた声が聞こえて来た。その声に反応するように、モニカに近づいていた瞳は離れていく。
「ギルバート様、何の御用でしょうか?」
「作戦に関して話がしたい。今すぐに来い」
「……了解いたしました」
名残惜しそうにモニカを見てからユベールは立ち上がると、仰向けに寝転ぶ彼女だけに聞こえるように言う。
「……また後ほど会いに参ります、聖女様」
扉の鍵を開けて、部屋の中を見せないように出て行くユベールを寝転んだまま彼女は見ていた。
「……あぁ」
今自分が何をされそうになったのか。それを考えるだけで体が震え、涙が止まらない。
「……どうしよう、どうすればいいの……ハルさん……」
泣きながら自然と出てしまったここには居ない彼の名前。自分はこれからどうなるのか。そしてギルバート達は何をしようとしているのか、訳が分からず彼女は静かに泣いていた。
◆◆◆◆◆
「部屋で何をしていた、ユベール?」
薄暗い屋敷の廊下を歩きながら、ギルバートは隣を歩くユベールに話しかける。先程、モニカを部屋に閉じ込めておくと行って彼女と共に居なくなったのだが、それにしてはやけに遅くこうして呼び出しに来たのだ。
「聖女様と話をしておりましただけですよ。それよりも……あの城にいた捕虜が聖女様だったなんて……あの、なぜ聖女様はあの城にいらしたのかご存じですか?」
こちらに質問を返すユベールはどこか必死だった。そんな彼を訝しめつつもギルバートは答える。
「あいつは突然城に現れたんだ。王国から逃げ出してきたんだとよ。でもそれが信じられるわけがないから、捕虜扱いで牢屋に入れられたり――」
「なんですって! 聖女様を牢屋に!? なんと許しがたいことを!」
ユベールは怒りを露わにしている。どうやら相当モニカに対する待遇が許せなかったようだ。
「なぁ……モニカはこっちの味方なのか?」
「ええ、そうに決まっていますよ。彼女はあの光の聖女様でいらっしゃいますからね。我らが民をきっと導いてくださる」
「待てよ、その光の聖女だって予言したのは王国の王宮占い師だぞ? そんな奴の戯言を信じるのか?」
「確かにそうでしょう。しかし、彼女は予言など関係なくとても尊きお方。信用に値できる高潔なる心をお持ちなのですから――民を虐げるあの皇族たちを廃する我らの味方をしてくださいます」
そう話すユベールはどこか呆けたように彼女を語る。まるで彼女を崇拝するように、盲信していた。
(……なるほど。聖女様しか言えない気持ち悪い野郎ってのは本当の事だったのか)
ユベールの見せる奇妙さからどこか納得したようにギルバートは思う。
「どうかされましたか、ギルバート様?」
「いいや何でも無い。……それよりも城を制圧するための作戦の話をしようか」
一つの大扉の前に行き着いた二人はその扉を開け放つ。
そこにはどこかから抜け出してきたのか、軍服を着込んだ兵士や将校といった士官、老人や女性、子供といったような者達までもが大勢集まっていた。しかしそれぞれの手には農具を武器のように持ち、中には槍のようにマスケットを手に持つ。
彼らこそが、これから反乱をおこそうとする者達であった。
◆◆◆◆◆
夜が明け昨日の雨によって泥濘んだ地面に足を取られながら、村では慌ただしく人が出入りをしていた。なにせ今夜は第一王子、ハーロルドが居るヴォルケブルク城に夜襲を仕掛けるのだから。
それはもちろん、この国の革命のためだ。その為にまずはハーロルド王子を捕らえ、捕虜とすることをこの反乱軍は目標にしていた。
「王子なんて生かしておいても邪魔だろ? さっさと殺せばいいのに」
慌ただしく外で動く者たちを眺めながら、そんな物騒な事を呟くのはギルバートだ。彼はこれでもあのハーロルド王子の臣下であり、親友であったというのにあっさりと寝返ってはこんな事を言っている。
「そうかもしれませんが……一応は第一王子。皇太子でもありますから捕虜にしておけば交渉の際に役に立つかと。それから殺すのは簡単ですが、国民からの支持は得られないと思います。彼は皇族の中でもわりかし国民から支持されている者ですから」
そうギルバートの発言を否定するのは彼をここへ引き入れた人物、ユベールだ。
「それなら味方に引きこむか? まぁそれだと俺は要らなくなるだろうけど」
ギルバートはこれでもかつて存在したこの帝国の土台となりし国、レイゲン王国の王家の末裔である。ユベールからは自分が旗頭として、革命を率いる存在になれと言われたからこちら側に寝返ったのだ。
だが、ハーロルドを味方に付けるならば、ギルバートの存在は要らない物となるだろう。
「確かに味方に付けられれば心強いと思いますが……あの皇帝の息子ですから信用できません。それにここに集まった者達は今の皇族達に不満を抱いているからこそ集まった者たちです。新しき主導者を求めているというのに、旧来の主導者と同じ血を引く者が皇位に就くのであれば同じ歴史を繰り返すかもしれず、革命の意味がありません」
「まぁ、確かにそうかもな」
ユベール言葉に頷きつつ、ギルバートは背を向けて歩いて行く。
「どちらに?」
「用を足してくるだけだよ」
前を向いたまま背後に手を振ってギルバートは離れていった。
◆◆◆◆◆
日が落ち夜がさらに更けた時間。
こんな時間だというのにヴォルケブルク城は今まで以上に慌ただしくしていた。
「ハーロルド殿下、ご報告いたします」
「……聞こうか」
「では……――降参をして、我らの人質となっていただきたい」
執務机を挟んで椅子に座った黒髪の少年にその兵士はあろうことか拳銃を向ける。
「……そうか、お前もか」
悲しそうに兵士を見つめる少年の声が、その場に響いたのであった。




