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第二話 出会い

 整備の行き届いた大きな庭。四季折々の花々が綺麗に咲き誇り、麗らかな陽の光が庭を輝かせ、そよ風が吹き抜ける。そんな庭園の一角にハーロルドはいた。


(こんな立派な庭園があるとは……本当に学校なのかここは)


 王宮の庭園にも引けを取らぬ見事な庭園であるがあくまでここは学園の庭である。その証拠に少し遠くには先程までいた校舎の姿が見えていた。城のような造形をした白亜の校舎はこの美しき庭園も合わさって神秘的な風景を生み出している。

 今日は始業式だった。オペラハウスのような立派な講堂にて学園長の有難い話ととも学園は新たな年を迎えたのだ。その式にはハーロルドももちろん参加をしていた。


 その式が終わった瞬間、近衛兵のギルの監視を掻い潜り目当ての場所であるここに辿り着く。


(『記憶』が正しければもうすぐここに……だが俺に出来るだろうか。……来た!)


 不安げなハーロルドが花壇の陰から盗み見るようにそちらを見た。


 美しき庭園に合わせて作られた豪奢な作りの噴水に近づく一人の少女。

 亜麻色の髪の毛をフワフワと揺らしながら歩く少女は、地味ながらも素朴な可愛さを醸し出している。


「……すごく綺麗だわ。本当にここは学園の庭なの?」


 ハーロルドと似たような事を言う独り言が聞こえて来た。その声は小鳥のさえずりのように耳に心地よい。宝石のように美しい緑の瞳は興味津々に周りを見渡していた。


 その少女は紛れも無く、あの『記憶』の中にいた少女とそっくりだ。


 つまり――


「こんにちは、光の聖女さん」


 少女は驚いたように後ろを見る。そこには先程まで花壇の陰に隠れていたハーロルドの姿があった。


「えっと貴方は……」


 少女は首をかしげる。隣国の王子が留学してきたという噂をこの学園で知らぬ者は少ないだろう。だがどうやら目の前のこの少女はハーロルドの事を知らないようだ。


 (……ああ、そうだ。彼女はこの時はまだ俺のことを王子とは知らない)


 今のこの状況はあの『乙女ゲーム』におけるハーロルドと主人公が初めて出会うシーン。

 ハーロルドは『記憶』を頼りに今まさにそのシーンの再現をしていた。


「ああ、すまない。俺の名はハーロルドだ」


 あえて名前だけを名乗るハーロルド。そのセリフはもちろん『ゲーム』と同じものだ。


「ハーロルドさんですね。私の名前はモニカです。……その、光の聖女なんて呼ばれ方していますけど私は大した能力なんて持っていませんよ……」


 モニカと名乗った少女は少し困ったような表情をした。この『ゲーム』における主人公は彼女である。だが彼女自身はそんな事は知らないからだろうか、聖女と呼ばれる事に抵抗があるようだ。


「そうなのか? でも君は聖女に選ばれたからここに居る。そのおかげで俺達は出会うことが出来ただろう?」


 少しだけ気恥ずかしいセリフ。もちろんその事を一番分かっているのは……。


(はっず! なんでこんな事を俺が言わなければならないんだ!)


 内心そんな事を思いながら顔に出さまいと必死のハーロルドであった。そんな努力もあって彼の顔は余裕ある微笑みを保ったままだ。耳は真っ赤だが。


「……そうですね。確かに聖女に選ばれなかったら出会うことは一生無いだろうと思える人たちと知り合えました」


 なにやら思い当たる節があったのだろうかモニカは嬉しそうに微笑む。ただ純粋に嬉しそうに彼女は笑う。


「どうかされましたか?」


「……いや、なんでもない」


 思わず彼女の笑みに見とれていたハーロルドであった。だがそんな事は顔には一切出しては居ない。伊達に王子はやっていないのである。


(このセリフは言った! なら次は……)


 ハーロルドは少しぎこちない動きで彼女に近づくと手を彼女の頬に当てる。


「あの?」


 そのまま彼女に近づくハーロルドの顔。彼女はそんなハーロルドの行動に戸惑うばかりで動かない。


「……やっぱり、無理だ」


 ハーロルドは誰にも聞こえない声を呟くと近づいていた顔を離し、頬に当てられていた手を彼女の頭の上に移動させぽんぽんと撫でるように動かす。


「……えっと?」


 きょとんとした表情をした彼女は困ったような表情でハーロルドを見返す。


「……またな、モニカ」


 そう言い残してハーロルドはモニカに背を向けて立ち去っていった。











(ああああ……なんでこの俺のバカ!! やっちまった! 違う、なんでやれなかった!)


 モニカから見えない位置まで来るとハーロルドは羞恥心から自然と顔を真っ赤にさせて走りだしていた。


(この国において挨拶の仕方がある。それをするだけ……だったはずなのに……)


 王国には昔から伝わる伝統的な挨拶がある。その仕方は頬にキスをする仕草だ。『ゲーム』においてのハーロルドはそれをしている。しかも仕草どころか普通に頬にキスをしていた。だからそれを再現しなければならなかったのだが……。


「俺には……俺には無理だったああああ」


 そんな情けない声を上げながら彼は誰も居ない庭園を走るのであった……。





 ◆◆◆◆◆





「はぁ……」


 先程の事を思い出したのかハーロルドは憂鬱そうにそうため息を吐いた。先程の事とはもちろん庭園での事だ。途中まではゲーム通りであった。

 だが、彼女の頬にキスをするという事ができず、結局ゲームの通りには行かなかったのだ。少しの変化であるがその少しの変化からゲームのシナリオと変わってしまったらどうしようという、そんな心配が今の彼を悩ます原因である。


 そんな時、自室のドアを叩く音が聞こえてくる。


「ハーロルド様、よろしいでしょうか?」


「ギルか……入れ」


 扉を開けて入ってきたのはハーロルドの近衛兵であるギルバートであった。

 ギルバート――ギルはハーロルドを見るなり、顔を顰める。


「ハル、テメー俺の監視を抜けて何処へ行ってやがった!」


 今までの礼儀さはどこへやら。主であるはずのハーロルドに向かってぞんざいな言葉遣いでギルは話しかけた。しかしハーロルドはそれを咎めることはしない。

 ギルがハーロルドのことをハルと愛称で呼ぶように彼らは昔からの馴染みであり、主従関係であると共に親友でもあるのだ。


 そんなギルは屋敷に帰ってくるなり用意された自室に引きこもった主に対して文句を言おうとしたものの、その言葉は消え去る。


「……おいなんだそんな暗い顔しやがって」


 先程から深刻そうな顔をして黙りこくるハーロルドに見かねたのか、今度は心配するように話しかけた。


「なぁギル……お前さ、確か婚約者がいたよな?」


「いきなりなんだ? まぁ確かにいるけどよ」


 その答えを聞いたハーロルド――ハルは期待の篭ったような目でギルを見る。そんな主を腕を組みながら不思議そうにギルは見返していた。


「ということはさ、少しは女の扱いを心得ているよな?」


 その言葉を聞いた瞬間、ギルの心配そうな顔もすぐに崩れ、何やら思いついたような顔をする。


「……お前。ひょっとして好きな女でもできたのか?」


「ちがッ! いやそうとも言うような……いややっぱり違う! けど……」


「どっちなんだよ、ハル」


 顔を真っ赤にして慌てて否定のようなそうでないような言葉を言うハルに困ったような顔をするギル。


 確かにハルはモニカに好きになってもらわなければならない。そうしなければハルは死ぬのだから。

 だが自分は彼女の事を好きかと聞かれれば、分からないとハルは首を振るだろう。


 別にモニカの事が嫌いではない。だがまだ会ったばかりの少女を好きになれと言われても複雑なのだ。それはあの『記憶』も少なからず影響している。


「で、俺に何を聞きたいんだ?」


 しばらく黙ったままのハルに向かって呆れたようにギルは呟く。

 そんな自分の近衛兵に向かってハルは意を決したように言う。


「えっと……じょ、女性を惚れさせるためにはどうすればいいでしょうか!?」





 ◆◆◆◆◆





 新学期が始まった学園では入学した新入生や上級生たちがそれぞれの新たな学園生活を満喫していた。

 入学したことやクラス替えもあったのだろうか、新たな友人を作ることが出来た生徒たちが更に交流を深めようとこの昼食の時間を一緒に過ごすのは当然の流れだろう。


 すでに何人かのグループに別れて食事を取る彼らを遠くに眺めながらハルはポツリと一人立っていた。


「胃が痛い……」


 ハルはまだ何も入っていない胃が痛むのか腹を擦る。それはこの状況のせいではない。彼は仮にも王子だ。昼食を一緒にしようと誘う者がこの貴族だらけの学園に居ないわけがない。


 と言っても、やはり隣国の、それも帝国(・・)の王子。あまり話しかければ、色々と疑われるものだ。真っ当な貴族はまず話しかけないだろう。

 そんな訳で少しばかりの誘いがあったものの、それを全て断って彼はここに居る。


 学園内に併設された学生食堂だ。だがただの食堂にあらず。どこぞの一流レストランとでも言えるかのような作りであり、きちんと対応するウェイターまで居るほどだ。


 ここへ来たのは昼食を食べる為ではあるのだが、もう一つあった。それが今のハルの腹を軋ませる原因でもある。


「それで目当ての人は見つかりましたか?」


 一人突っ立っていたハルに話しかける声が聞こえてきた。


 いや、一人ではない。そのすぐ近くには近衛兵のギルがいた。しかし今はその存在感を隠しており、まさに主に仕える影のようであまり目立たない。


「いや……でもここに来るはずだ」


 自信ありげにハルは呟く。その自信は何処から来ているかと言うともちろんあの『記憶』からだ。

 彼らが待っているのはもちろんモニカだ。ハルとモニカはクラスが違う為に教室で出会うことはない。そんな彼女と出会う機会というのはこういう昼休みや放課後ぐらいだろう。


「そんな緊張するなよハル。お昼をご一緒しませんかって誘うだけなんだし」


「そ、そうだけどよぉ」


 今だに腹を抑えたままのハルに向かって、少しでも落ち着くようにギルは言う。


「食事に誘う、話をする、そして仲良くなる。ほらよくやってるだろ? 国の重鎮ども相手に……」


「それとは少し違う気がするような……」


 確かにその手順はよくあることだしよくやっている。だが、似ているようで違うとハルは思った。昨日、ギルに相談した結果。彼はとにかく話かけて仲良くなれという提案を出した。


 ギルの言う通り、まだ二人は自己紹介をしただけに過ぎず、何もお互いについてはよく知らない。だから話をして仲良くなれとギルはそうハルに助言をしたのだ。


 その為に彼らは今、この食堂で彼女が現れるのを待っていた。


「まぁとにかく頑張れよ。俺は護衛という名目で遠くから見守っておいてやるからさ」


「近くに居ないのが有難いような有難くないような……」


 そんな会話をしていると、食堂がざわめきだした。騒動の中心はどうやら入口だ。

 そちらに目を向けると彼女が居た。亜麻色の髪と緑の瞳を持つ、この国に光をもたらすであろう光の聖女モニカ。


 ハルの待ち望んでいた人物。しかし……その隣にとある人物が居た。


「――フィリップ王子」


 金の髪と同じ色の瞳を持つ、優しそうな好青年。


 まるで物語の王子様をそのまま具現化したような人物。


 カルフォーレ王国の王太子にして、この『ゲーム』における『メインヒーロー』であるフィリップ王子が、他でもないモニカの隣に居たのだった……。





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