第十六話 話合
日が落ち夜の闇に染まるヴォルケブルク城を、かがり火が淡く浮かび上がらす。
城内は静まり返っているが、警備の為の兵士が巡回していた。
そんな城内の一室。今や敵国である王国の文化が色濃く出ている広い部屋。置かれている家具はどれも植物の葉を意識した優美な曲線が美しく複雑に装飾された家具ばかりだ。
技術は遅れているが、美術的な文化はむしろ進んでいる王国の文化は他国でも評価が高い。この繊細に作られた家具の一つ一つはとても高価なものである。
そんな部屋の椅子に居心地が悪そうに座り込むハルは、難しそうに顔を顰めている。別にこの部屋が気に入らないからというわけではない。ハルを今悩ますのはこの家具よりも繊細な彼女の存在であろう。
「それで……彼女は何も言わないのか?」
「ああ、俺が話を聞きに行ったりしたんだがな、こちらの質問には少し答えてくれたが、肝心の目的を話してくれない」
黒と赤の軍服を纏ったギルは、先程まで被っていたシャコー帽を脇に抱えながら報告をする。ハルも同じような軍服を着ているがこちらは皇族ゆえに少し形の違うデザインだ。
そんなハルの隣に立つギルは困ったような表情をしていた。
「どうした?」
「……俺が行った時に彼女が言ったんだ……お前と話したいとな」
「俺と?」
「ああ。お前に会わせてくれだの、どうしても伝えたい事があるんだとかなんとか。そればっかりだ」
ギルの言葉を聞いてハルは考える。なぜ、自分と話したいのか分からない。
(……俺と話をしたいなんて何を考えているんだ? 『記憶』を持っているならば俺を取り込みに来たか? だとしても、なぜ危険だと分かっていながら一人で来たんだ? ああ、もう全然分からない、あいつの行動が!!)
ハルは答えが分からずに頭を抱える。
「いくら考えても、あいつの行動の意味が分からん。だから会いに行く」
「本気か? なんだったら拷問でもするが……あーしないってだからそんな目で見るなよ」
ギルの言葉に少しばかり睨みつけた後、ハルは仕方ないといった風に言う。
「俺が会いに行けば話してくれるかもしれないんだろ? それに俺に伝えたい事とやらが気になる。今からだと遅いから会いに行くのは明日だな……」
懐中時計を取り出し時刻を確かめた後、ハルは窓の外に広がる暗闇に染まる空を見つめていた。
◆◆◆◆◆
何処かの隙間から差し込む光以外に、灯りはなく薄暗い地下牢に人の歩く音が反響する。
音を響かせながら歩いていた二人の兵士がある一つの牢屋の前で止まった。
「付いて来い、殿下がお呼びだ」
鉄格子の扉が開く音と共に、兵士が牢の中の人物に話しかける。その声に反応するように顔を上げたのは、一人の少女だった。
◆◆◆◆◆
薄暗くジメジメとした地下牢を歩いていく。こんな場所でよく一晩過ごしたものだ。男ならまだしも、年若い娘をこのような場所に置くなどというのは、少しばかり可哀そうである。
(でも、仕方ないですよね。私の立場的に信用はできないし……)
縛られた両手を見つつ、モニカはフラつきながらも歩いていく。先程殿下が呼んでいると隣を歩くこの二人の兵士は言った。殿下とはきっと彼の事だ。昨日現れたあの近衛兵が伝えてくれたのだろう。
地下牢を抜け地上へ続く階段を登り、地下牢とは違う雰囲気を見せる無骨な石造りの廊下を少しばかり進んだ所で止まる。そこは部屋の前で部屋を守るように扉の両隣には兵士が立っていた。
「殿下、彼女をお連れいたしました」
一人の兵士が扉を叩き、中にいる人物に知らせる。中からの返事に従い、二人の兵士に連れられながら、モニカは部屋へと入った。
簡素な木の机のその向こう。椅子に座る黒髪の少年と彼を守るように隣に立つ、灰色の髪を持った近衛兵の少年がいた。
◆◆◆◆◆
兵士が命令に従いモニカの拘束を解いてから、退出していく。
三人だけになった静かな部屋に、その声は響いた。
「……久しぶりってまだ言ってなかったよな?」
どこか気まずいようにそう言った黒髪の少年。その赤い瞳に向かいに座るモニカを写していた。
「……お久しぶりです、ハルさ――いえハーロルド王子。そしてギルバートさん」
愛称で呼ぶのはもう許されていないと思い立ったのか、モニカは黒髪の少年をそう呼んだ。ハーロルドと呼ばれた少年は一瞬寂しそうな雰囲気を出したような気がするが、すぐに警戒した態度を取る。
「……さて単刀直入に聞くがなぜお前はこの場所に居る? 王国の聖女である貴様が、戦争が始まって敵国となった我が国に一体何のようだ?」
「それは……」
ハーロルドの赤い瞳はキツくこちらを見る。その視線を受けながら、ここへ来た理由を言うか迷うようにモニカは悩んでいた。
「自分でもよく分からないんです……ここへ来た理由がその、釈然としなくて……。ただ、心配で無事を確かめたくて、一目見ただけでそれで帰るつもりだったんです……」
「見る? 一体何を?」
俯きながら悩んでいた彼女は、少し顔を上げて小さく答えた。
「その……あなたです、ハーロルド王子」
「…………は?」
今モニカに言われた言葉に虚を突かれ目が点になるハーロルド。その隣でもギルバートが同じく驚いてた。
「なんで……俺?」
「それは……その……」
またしても困ったような表情をしてモニカは俯いた。
「……ハーロルド様、聞くだけ無駄ですよ」
そこへ痺れを切らしたようにギルバートが言う。その銀灰の瞳はどこか彼女を蔑むように見ていた。
「どうせここから出して欲しくて貴方様を誑かしているんですよ。自由になった後はすぐにでも国境を越えて王国に戻りますよ、我らの情報を持って――」
「ち、違います! 私はそんなつもりはありません!」
「じゃあ、なんだって言うんだよ! ハルを見るためだけにやって来ただあ!? この戦争真っ只中だっていうのにそんな理由で国境を越えたっていうのか!? それを信じろなんて、信じられるわけねーだろ!」
思わず素の口調で怒鳴ったギルバートにモニカは言葉を失う。緑の瞳からは涙を溢れさせ、普通にしていれば可愛かったろう顔はやせ細ったが為に痩けた頬をしており、見ていられない程に悲痛に暮れていた。
「そう、ですよね……信じられませんよね。私だってなんでここに居るんだろうって……私は利用されていたのに……騙されていたっていうのに……」
掠れた声で、モニカは話す。話を止めようとしたハーロルドだが、その言葉に動きが止まった。
「だって……それでも、心配だった……。あなたが、ハルさんが死んでしまう……そんな夢を見るなんて。夢なのに、夢だって思うのに、でも、どうしてもそれが現実に起こってしまうようで、それが心配で……無事か確かめたくて……」
「……えっ?」
今、彼女はなんと言っただろうか? 自分が死ぬ夢を見た?
「……おいモニカ、その話詳しく聞かせろ!」
「ハル?」
ハーロルドは震える声を抑えながらも、机を乗り出す勢いで必死に聞く。そんな様子を見せるハーロルドを驚いたようにギルバートは見ていた。
「モニカ、話せ」
ギルバートなど目に入ってないようで、ハーロルドは話の続きを急かすようにモニカを見ている。
「その……あの月の宴の後、眠りについた時に見てしまったんです。――暗い闇の中で赤い血の海に沈むあなたを……。夢だと何度思っても、それが現実のように思えて……死んでないと思いたくてあなたを探したら……すでに帝国に帰るために発っていた後で……」
あの後、悪夢を見たモニカはそれが現実になっていないと確かめたくてハーロルドを探していた。しかし、登校した学園で聞いた話はその本人がすでにこの学園に居ないというものだった。それから、しばらくは学園にいたそうだが、やはり心配になり飛び出してきたらしい。
なけなしの金をはたいてなんとか戦争が始まる前に国境を越え、しばらくは国境付近の村で世話になりつつ過ごしていたとのこと。その後、帝都に向かおうとした時に、このヴォルケブルクにハーロルド王子が居るという噂を聞きつけてこちらにやって来たようだ。
「本当にハルを見に来ただけだと言うのか? そんなくだらない夢の為に? やっぱり信用ならねーよ、付くならもっとマシな嘘を付けよ!」
ギルバートの怒声に肩を震わせたモニカだが、彼女もただ泣くだけではなかった。椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるとギルバートを睨みつける。
「わ、私だってハル――ハーロルド王子が心配というのもありましたが、もうあの王国には居たくなかったんですよ! なんなんですか、あの人達は! 聖女様、聖女様ってそれしか言えないのかという程にうるさいんですよ!」
「知らねーよ! お前がしたんだろ!?」
「私はそんな事一切しておりません!」
涙目を浮かべながらもどこか今まで溜めていたものを吐き出すよう叫ぶモニカと、そんな彼女が理解できなくて怒鳴り散らすギルバート。
ハーロルドはと言うと、そんな様子を見せるモニカとギルバートに頭を抱えつつも、さらに先程モニカの言っていた言葉にも悩まされて、すでに頭がパンク状態であった。
「第一、私はあの国の出身じゃないんですから! だというのに聖女なんて……やっていられませんよ!」
「……えっそうなのか?」
思わず素っ頓狂な声を上げたギルバートにモニカはやけくそ気味に答えた。
「はい! スルール王国出身ですよ! 今はあなた方の国の一部で存在しませんが、あの魔法嫌いの国で有名だったあの国が出身です! だから、魔力を持つがゆえに私は捨てられたんですよ!」
そう言い放った彼女は咳き込みながら肩で息をする。そんな彼女を驚きながら二人の男が見ていた。
「……王国を出たのは、いつかまた私の故郷に行ってみたかったというのもあるんです。これが私がここにいる理由です。ハーロルド王子の心配もありましたが、故郷に帰りたくて、あの気味の悪い王国から逃げ出したくて、逃げてきただけ……で……」
今までの疲労と感情の高ぶりからか、モニカは突然ふらりと倒れた。しかし、そのまま倒れることはなく、差し伸べられた手によって抱きとめられた。
「……もう話は十分だ、モニカ」
抱きとめたのはハーロルドであった。その顔は複雑そうにモニカを見ていたが、赤い瞳は彼女を気遣うように見ている。
「ギル、カンナを呼べ」
「俺はまだそいつを信用しては――」
「いいから、呼べよ! 命令だ!」
命令と言われては断れないギルバートはすぐに部屋を出て行くと、兵達にカンナを呼ぶように指示をしに行った。
「……ハーロルド王子」
「ハルでいい。一応言っておくが俺もまだお前の事を信用していない。だが、今はその話、とりあえず信じてやる」
「……それで十分です」
安堵の表情を浮かべ微笑んだモニカは気を失うように目を閉じた。
「はぁ、なんでこんな事に……」
気を失った彼女を抱き抱え直しつつ、ハーロルド――ハルはため息をつくのであった。
◆◆◆◆◆
「モニカ様はお休みになられております。着ていた衣服はこちらの判断で着替えさせました」
「分かった。ありがとう、カンナ。もう下がっていいぞ」
カンナの報告を聞くと、ハルはホッとしたように胸を撫で下ろした。倒れる程に体調が優れていないのは、牢屋に閉じ込めていた事も原因の一つかもしれない。その原因を作ったのは他でもないハルなのだから、責任は感じていたのであった。
(しかしまぁ……本当に訳が分からなくなってきたな)
ハルは自室の椅子に座りながら難しい表情をしていた。先程カンナが用意してくれたコーヒーを飲みつつ、今まで起きたことを整理するように考える。
学園に来る前に思い出した『記憶』のせいで、この世界が『乙女ゲーム』の世界だという認識は百も承知だ。
その『乙女ゲーム』には『悪役』がおり、それは帝国の王子ハーロルド――つまりハルである。当然、正義の味方というポジションは王国側だ。今巻き起こっている戦争で、自国が負ければ皇帝共々ハルは死ぬだろう。それが成敗される『悪役』の末路なのだから。
それを回避するために『主人公』であるモニカに近づいた。『乙女ゲーム』では二周目で攻略できる隠しキャラだったハーロルド。それ故に彼女との恋愛ルートに入れば、自国は勝利し死ぬことはないのだ。
さて、ここまでは『記憶』の、『ゲーム』での知識だ。そして今の現状はというと、その理想のルートどころか、『ゲーム』から『記憶』から大きく外れた所にある。
大団円ルートからのフィリップルート入りをはたしたかと思えば、何故かここに彼女は居るのであった。
(……『ゲーム』通りとは違う行動をする『主人公』……やはりここはもう『ゲーム』じゃないから『記憶』通りにはいかないということなのか……)
モニカは自分の意志でこちらにやってきたようだ。そして他の攻略対象達にはどうにも、違和感を覚えていたようで、それも原因の一端らしい。
(サロモンが言っていた魔法の気配……それにモニカも感づいていたのかな? 自分を見ているようで見ていないって言っていたし……)
あの時、モニカを疑う気持ちが大きすぎて、彼女の言葉を聞き流していた。今思えば、サロモンの言っていたあの魅力の魔法に彼女の口ぶりからして少しは感づいていたようで、近づいてくる攻略対象達を気味悪がっていたようだ。
何も力を持たないというのに、過剰に自分の存在を評価をする者達など、恐怖以外の何物でもなかったのかもしれない。困っていた表情を見せていたのはそれゆえか。そしてなんとか笑顔で対応していたが、それも我慢できなくて逃げ出してきたというのか?
(あの魔法をかけたのはモニカじゃないだろうな……だとしても一体誰が? 世界の強制力とかか?)
一体誰が何の目的で、あんな魔法をかけたというのか? その謎は深まるばかりで、ここで考えたとしても答えは出ぬだろう。
(……だが、モニカにはまだ疑いが残っている。俺と同じく『記憶』を持っているかもしれないというのが……)
彼女は言っていた、雨は降らないと。そしてさらに彼女は言った。夢でハルが死ぬことを。
『――暗い闇の中で赤い血の海に沈むあなたを……』
『終わりの世界に一人きり。辿りし道筋は血の色。行き着く先は――』
彼女の言葉と、そしていつの日かあの魔女に言われた言葉が頭の中を反響する。
(……経緯はどうあれモニカはこちらにやってきた。だから少しは俺の未来が明るいといいんだがな)
自分のルートに入ったわけではないが、モニカは王国ではなく帝国にいる。その影響が少なからず、自分にもたらす光である事をハルは信じたかった。
空になったカップを机に置くと、懐中時計を取り出して時刻を確認する。時間的にこれから行われる補給物資の確認に行かねばならない。
「……我が国に勝利を」
そう小さく呟きながら、懐中時計のリューズを持ちゼンマイを巻き上げる。
こうやって毎日巻き上げることで動く懐中時計だが、その時刻はけして常に正しい訳ではない。十秒、二十秒と定期的に正さなければどんどんズレていく。
まるで今の状況のようだ。途中までは同じ道だったはずなのに、時が進むたびに道から少しずつズレていく。
――狂った時は、はたして何処へ行き着くのか。
それを知る者はいないのであった。




