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第十五話 宣戦

 カルフォーレ王国とグランツラント帝国は同じ大陸内にある。その為両国は地続きであり、青々とした草原が広がるこのオーブレリの地は丁度両国の国境と言えよう。


 そんなグランツラント側の国境付近には、今や地を埋め尽くす程の兵隊がズラリと並ぶ。黒と赤の派手な軍服に身を包む彼らの手にはマスケット。横隊に並ぶ兵士達は隊列を崩さぬように流れる太鼓と笛の音に合わせ、行進する。その様は一種の芸術のように美しい動きであるが、敵側からしたら迫り来る恐怖の壁でしかない。


 その反対側、カルフォーレ王国側にも青と白の軍服を着た兵達が同じように隊列を組んでいる姿が見える。


「我が国は戦を望みませぬ。この場で兵を引き下げるならば、我が王国と帝国の同盟はそのままとし、この宣戦布告に関する事も水に流しましょう。皇帝陛下どうか、兵をお引きになってください」


 軍隊が見下ろせる小高い丘に声が響く。周りが黒と赤一色の中、その者が着るのは青と白の軍服。カルフォーレからやってきた休戦の使者だ。


 先日、王国を訪れていた帝国の王子が予定を切り上げて帰国した。カルフォーレ側がその行動に訝しむ暇もなく、その直後にグランツラント帝国はカルフォーレ王国に宣戦布告したのだ。


「それが、あの古狸(国王)からの言葉か?」


 使者の言葉を聞いたグランツラント皇帝は、興味がなさそうに使者を見る。


「降伏の言葉ならば、耳を貸してやったのだがな。休戦など、我が国が受け入れると?」


「どうか、お考え直しを――」


 慌てる使者の声を遮るように銃声は響いた。その次にバサリと何かが倒れる音。


「――我が国の返事は、降伏以外受け入れぬ!」


 白い硝煙が銃口から出る拳銃を近くの兵士に手渡しながら、皇帝はニヤリと笑う。


「聞くがよい、我が偉大なる帝国兵達よ! これより我が国は、カルフォーレへと進軍する! かの国は魔法という悪魔の力に魅入られ呪われた国である。歴史がありながら遅れた文化により、力なき民は哀れにも、前世紀の生活を強いられているのだ」


 見渡す軍隊全体に聞こえるように、皇帝は轟くような声を張り上げる。


「悪魔の力から解放するために我らは征く。悪魔に魅入られた者達は殺せ。それが彼らのためだ。魔法など蹴散らし悪を討て、何者よりも強靭なる我が軍隊よ! 我らは救うために戦うのだ! 我らが正義である! かの国に救いを! 我が国に勝利を(ジークグランツ)!!」


「「我が国に勝利を(ジークグランツ)!!」」


 皇帝の声と共に、兵達も声を張り上げる。この戦争は正義の戦いであると信じるように……。


 こうして、カルフォーレ王国とグランツラント帝国の大国同士の戦いの幕は切って落とされた。






 ◆◆◆◆◆







「――という訳で、無事(・・)に戦争は始まったようですよ」


「何が、始まったようですよじゃねーよ!!」


 ハルは丸めた紙をギルに向かって投げるが、あっさりと体をずらしてギルはそれを避けた。


「今俺達がいる場所は何処だ? 銃弾飛び交う前線じゃねぇ、遠く離れた場所だぞこの野郎!」


「だから俺が今報告しているんじゃないか、その前線の状況をさ……っと」


 また投げられた報告書という名の丸められた紙を避けながら、ギルはいつもの口調で話した。


 今ハル達がいる場所は帝国の国境付近にある城砦、ヴォルケブルク城だ。現在の前線、オーブレリに近いが戦火の届かない場所である。


「何が後方支援を頼むだ? あのクソ親父め……」


 ヴォルケブルク城は前線に近いだけあって、後方支援の為の拠点になっている。その指揮をハルが任されたのだが……


(この戦争が負ける可能性が高いというのに……こんな所でジッとしていられるか!)


 先を知っているハルは焦る。今すぐにでも、前線に立ち自国の勝利を収める為に行動したい。しかし、勝手に持ち場を離れてはならないと理解している。

 しかも後方支援というのは怠れば負けに繋がるものだ。それゆえに、この場を離れる事が出来ない。


「何で俺なんだよ。他の奴でもいいだろ! ヘルフリートの奴は前線だってのによ!」


 弟であるヘルフリートは前線にいる。しかし、ハルは兄で第一王子だと言うのに、後方支援だ。


「そうだがなハル、お前は一度も戦場になんか立ったことねーだろ。今まで散々あの手この手で戦場に立つことを回避してたくせに、なんで今になって……」


「……そ、それは」


 ギルの言葉にハルは目を逸らす。


 ハルは今まで戦場に立ったことはない。その機会というのは今まで沢山あったのだが、なんだかんだと理由を付けて回避していた。その結果なのか、弟はすでに初陣を済ませ結構な武功を上げているというのにハルは未だ初陣はなく、戦争に参加してもいつも後方支援に回ることが多い。


「戦場で武功を立てて、皇帝に対する印象を良くするのもいいかもしれんがな……」


 急に前線に出たいと言い出したハルを不思議そうにギルは見る。


「まぁとにかく、勝つには後方支援も重要だ。俺的にはハルはそっちの指揮をする方が向いている。それにこれは皇帝陛下の命令だ。今は大人しく命令に従い、然るべき時を待つんだな」


「……分かったよ! 分かっているよ!」


 ギルの言葉に乱暴に返事をしながらハルは椅子に座る。


 窓の外に広がる景色には、訓練をする者、物資を運ぶ者などの姿が見える。前線とは程遠い為にのどかな時間が流れるが、けして平和とは言いがたい。すぐ側で起こっている戦争に手を伸ばせそうで伸ばせない。


 何かをしようにも、ここからだと手は届かない。だからといって何もしないと、不利な方に影響が出る。


(クソ……俺はどうすればいいんだよ……)


 苛立ちを募らせながらハルが窓の外を見た時に、そこにあり得ない光景が目に飛び込んできた。


「……えっ、いやまさか!?」


「どうかしたか、ハル?」


「おい、遠眼鏡!」


「ほらよ、まったくどうしたんだよ」


 ギルから受け取った単眼式の遠眼鏡を使い、窓の外を見る。先程見たものは遠く故に分かりづらかったが、遠眼鏡のお陰で鮮明にその光景が見えた。


「…………なんだってこんな所に!」


「おい、どうしたんだ? まさか敵か?」


「違うけど……悪い俺は入口に行く」


「おい、ハル!!」


 慌てて出て行くハルに驚きながらギルはチラリと窓の外を見る。先程ハルが見ていたであろう場所はこの城砦の入口。そこには何やら人集りができていた。




 ◆◆◆◆◆





「この者を牢屋に連れて行け!」


「ハッ! 了解いたしました!」


 指示を飛ばす将校に兵達が胸を拳で叩く敬礼で返事をする。彼らはとある一人の人物を連れて行くようだ。


「ま、待って下さい! 私は怪しいものではありません!」


 か細い声を出しながら必死に訴えたのは一人の少女だった。綺麗だったろうドレスは薄汚れ泥がつき所々解れ、何日も手入れをしていないのか亜麻色の髪はボサボサだ。


「城の側を彷徨いていれば十分に怪しいものだ。物乞いならばさっさと立ち去れば良かったものを……」


 その少女の言う事は無視して兵士達は引きずるように、少女を牢屋へと連れて行こうとした、その時。


「……待て! 何の騒ぎだ!」


 その場に馬の蹄の音と共に鋭い声が響く。そちらを見れば先程この光景を城の内部から見ていたハルが馬に乗ってこの場に現れた。


「ハッ! 城外を彷徨いていた怪しい者を捕らえた所であります、殿下!」


「怪しい者、か……」


 ハルがその怪しい者の方を見ると、同じくこちらを見たその者と視線が合う。


「ハル、さん……」


 小さくか細い声でしかし嬉しそうに顔を綻ばせながら、ハルの名を言うその少女――モニカがそこに居た。


(遠くから見た時はまさかとは思ったが……本当にモニカとは……)


 どうして彼女がこんな所にとハルは思う。あの時王国を発って別れて以来、約一ヶ月は経っている。久しぶりに会う彼女は随分と痩せたようで、今の汚れた姿も相まって一瞬誰か分からないほどだ。


「……その少女は俺の客人だ」


「えっ……で、殿下のお客……人?」


 驚いたように兵士達はモニカを見る。確かにこんな薄汚れた少女が王子であるハルの客人とは思えもしないだろう。


「とにかく、その少女を今すぐに解放しろ!」


「は、ハッ! 申し訳ありませんでしたッ!!」


 ハルの声に慌てて兵士達はモニカの拘束を解いた。モニカは拘束を解かれたものの、その場にへたり込んでしまう。


「……大丈夫か、モニカ?」


 馬から下りたハルはモニカに近づくとぎこちなく手を差し伸べた。あんな別れ方をしたのだから当然だろう。どうして彼女がここに居るのか分からないが、今は話を訊くために落ちつた場所にでも連れて行こうとハルは思う。


「は、はい……ありがとうございます、ハルさん」


 モニカの方もそんな様子を見せるハルに驚くが、差し出された手に手を伸ばそうとする。


「なりませんよ、ハーロルド様」


 しかし、冷たい声がその場に響き、手は重なることはなかった。またしても蹄の音が鳴り響く。冷たい声の主はその馬上にいた。


「……ギル」


「まさか、その女を信用しているのではありませんよね? ハーロルド様、その女がどんな存在であったか忘れたとは言わせませんよ」


 馬上のギルはモニカを冷ややかに見ている。確かに王国では聖女として扱いを受けていた彼女がこんな国境を超えた場所に居るというのも不思議な話だ。


「この女はあの王国の者ですよ。敵が送り込んできたスパイの可能性もありえる」


 ギルの言葉に周りの兵士達もモニカに注目する。モニカは不安そうな表情で地面に座り込んだままだ。


「わ、私はスパイなんかじゃ……」


「それを証明することはできるんですか? かの国では聖女と謳われていた存在である貴女が?」


「だからと言って彼女がスパイであるという証拠もないだろ、ギル」


「ハーロルド様、確かに証拠はないですが、疑いは晴れるわけではない。こんな怪しい存在の彼女に味方をするというのですか?」


「それは……」


 ハル自身もまた迷っていた。どうしてという疑問が尽きない。フィリップルート入りしたのだからモニカはフィリップの側を離れないものばかりと思っていた。だというのに、ここにいる。これはギルの言う通り、彼女は送られてきたスパイだというのか?


(だけど、『記憶』には『ゲーム』には、こんな展開なかったんだが……)


 今まで完全なる展開通りとは言わないまでも、ある程度は『ゲーム』通りだった。フィリップルートではこのような展開にはならないし、ハルのルートでもどのルートでも、このような展開はない。


(『ゲーム』と大きく外れた事になってきたが……まさか俺を追いかけて? いやあり得ないな、第一モニカは『記憶』を持っているかもしれないんだ……そのせいで変わった可能性もある)


 ハルはギルから目線を外し、モニカを見る。こちらを縋るように見返す緑の瞳は不安で揺れていた。その瞳から逃れるように、ハルは素早く振り向くと命令を飛ばす。


「……この少女を牢屋に連れて行け! 今すぐに!」


「ハッ! 了解いたしました!」


 周りにいた兵士達が命令を実行するために動き出す。ハルは後ろを見ないように乗ってきた自分の馬に近づいていく。


「良い決断だ、ハル。一瞬あいつの事諦めてないのかと思ったけど、そんな事は無いようで安心した」


 馬上に乗った時にそんな言葉が隣から聞こえてくる。


「言っとくが最初から彼女の事なんか、眼中になかったよ。仕方なく近づいていただけだ」


「……そうなのか? でも確かお前……」


 ギルは首を傾げた。ハルの言った言葉が釈然とせずどうにも理解ができないのだろう。


 そんなギルには気にも止めずに、ハルはさっさと馬を動かすと来た道を戻っていくのであった。


















「……そう、ですよね、私は信用出来ませんよね……」


 立ち去る彼を乗せた馬を、兵士に連れられながら見つめる彼女は小さく呟く。どこか心の奥で期待をしていたのかもしれない、彼が助けてくれる事を。

 しかし、そんな事はあり得ない事だと知っていたはずだ。自分の置かれた立場もあるだろうが、あの時彼は言ったではないか、自分の事は利用していたに過ぎないと……。


(でも、まだ生きていた(・・・・・)。だからまだ大丈夫ですよね……?)


 彼を見つめるその瞳には裏切られた悲しさではなく、安堵とそして彼の身を案ずるものが込められていた――。






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