第十四話 帰国
カルフォーレ王国から東には軍国と称されるグランツラント帝国がある。
帝国と名乗る以前は大国のお膝元にある小国の一つに過ぎなかった。
いや、元々は三国だ。小国のシュネイデン王国、シーハス王国の連合国と、そしてレイゲン王国の三国が争っていた。そして二国の連合国側が勝利し戦争後、結果的に三国は併合し今のグランツラント帝国という国が出来上がったのだ。ちなみに今の帝国を取り仕切る皇族は二国側両方の王族をルーツに持っている。
そんなグランツラント帝国は建国当初こそは荒れた国内を鎮静するのに忙しくしていたが、それが終わった途端に周辺諸国への征服へと乗り出す。戦争から出来上がった国という生まれ持っての素質、そして他国よりも進んだ技術によって、瞬く間に幾多の国を滅ぼしてきた。
それが今ではカルフォーレ王国と肩を並べるほどに、大国となったグランツラント帝国である。
そしてここはグランツラント帝国の帝都。帝国内でも北に位置し、冬であれば雪に覆われて白い都となるのだが、今の時期は夏が近いために肌寒いだけで雪はない。灰色の曇り空も相まって白い都ではなく灰色の都だ。
そんな都を見下ろすようにして建つ城に、一台の馬車が護衛隊と共に門を潜った。王家の紋章の描かれた馬車に向かって出迎えの兵士たちが敬礼する中、馬車は止まる。
兵士の一人が馬車の扉を開けると、中から一人の少年がゆっくりと出てきた。黒髪を持つ少年はその赤い瞳を近づいてきた人物の方に向ける。
「ハーロルド殿下、お帰りなさいませ」
少年を出迎えたのは黒いメイド服を着こなした高齢の女性だ。女性が少年に向かって完璧な礼をするとその後ろに整列したメイド達も一斉に礼をする。
「カンナ、元気そうでなによりだ」
ハーロルドと呼ばれた少年はカンナと呼んだ女性に親しげに話しかけた。
このカンナという女性はハーロルドの世話係であり、幼い頃から面倒を見てきた人物だ。本来であれば彼女もハーロルドに着いて行くはずだったのだが、体調不良の為この帝国でハーロルドの帰りを待っていた。
カンナも微笑みを返しつつ、しかしすぐに真面目な表情になる。
「殿下、長旅のお疲れの所申し訳ございませんが、皇帝陛下が貴方様にお会いしたいとのことです」
「……だと思っていた。待たせるのは悪い、すぐに陛下の元に行くぞ」
ハーロルドは久々の城内を迷うこと無く歩き、皇帝陛下の元へと急いだ。
◆◆◆◆◆
赤い絨毯が彩る、王座の間。周囲にこの国を支える重鎮が並ぶ中、その視線を浴びる中央を歩くのはこの国の第一王子、ハーロルドだ。
玉座に近付いた辺りで膝をつき頭を下げなから、その玉座に座る人物に話しかける。
「皇帝陛下、ただいまカルフォーレ王国より帰還いたしました」
その声は目前にある偉大なる存在の機嫌を損なわないように、細心の注意を払うかのような声だ。深く頭を垂れて丸まった背は心なしが震えていそうだ。
そんなハーロルドを観察するように見てから、しばらくして皇帝は口を開いた。
「久しいなハーロルド。無事に戻ってきたか、我はとても嬉しいぞ。して留学の任、ご苦労であった……顔を上げるが良い」
労いの言葉を言うが、その言葉には全く感情がこもっていない。顔を上げろと言われた為、ハーロルドは不安な表情を顔に出さないようにしながら前を見た。
そこには黒と赤の一般兵よりは豪華な軍服を着込んだ男性が深々と王座に座っていた。白髪とシワが深く刻まれた顔は、実際の年齢よりも高く見え、そして恐ろしい。
自身と同じ赤い瞳と視線が合う。しかし、その瞳に宿る鋭さは比べようがない程に鋭い。見つめられるだけで、苦しさを覚える程だ。
彼こそがこの帝国の皇帝にして周辺諸国に恐れられる王、ベルンハルトである。
「あら、ハーロルド。少しお太りになったのでは?」
ハーロルドの顔を見るなり、そう言い放ったのは皇帝の隣に座る女性。雪のように美しい銀の髪を持ち、年齢に似合わない美貌を維持し続けているこの国の第二皇妃マルグリットだ。その美しいサファイア色の瞳は氷のように冷ややかな目でハーロルドを見ていた。
「そうですね、お義母様。王国の料理はどれも美味しくまた量もありましたゆえ、食べ過ぎてしまったのかもしれません」
その目線にはなんとか動じること無く、そう言うとさらに声が聞こえてくる。
「ということは兄上はカタツムリを食されたのですか? あのようなゲテモノを食す国の料理が美味しいとは思えないのですが……」
どこか馬鹿にしたようにそう言うのは、マルグリット皇妃と同じ銀の髪を持つハーロルドよりも年下の少年。ハーロルドとは腹違いである第二王子、ヘルフリートであった。
「……王国ではエスカルゴといいますよ、ヘルフリート。知らなかったのですか? あとそれから高級料理でございます。確かに一度食してみましたがとても美味しかったですよ。見た目だけで判断するのは早計かと思いますがね」
「もちろん知っていますよ、兄上。しかしやはり私は遠慮しておきます。あのようなものを食すのは、蛮人くらいで……」
「ヘルフリート、その辺におよしなさい」
ヘルフリートを叱りつけたのはマルグリット皇妃であった。その冷たい目は今は息子に注がれており、ヘルフリートは驚きつつもおとなしく口を閉ざす。
(あの様子だとなんで怒られたのか分かってないな、ヘルフリートの奴。母親の故郷の文化くらい知っておけよ)
そう思いながらヘルフリートを見るハーロルドであった。ヘルフリートの母は当然マルグリット皇妃である。そのマルグリット皇妃の故郷というのはカルフォーレ王国と似た文化を持つ、今は帝国に併合されて存在はしない国だ。カルフォーレ王国と料理の文化も同じなのだろう、それを実の息子とはいえ故郷の料理を貶されるのはたまったものではないらしかった。
「くだらん話はこれで満足か?」
その時、低い声が響く。それは皇帝が発した言葉だ。どんな存在であっても、慄きそうなほどに重く響く声だった。
「申し訳ありません、陛下」
慌てて頭を垂れて謝るハーロルド。マルグリット皇妃とヘルフリートも先程の声を聞いて固まったように動かなくなった。
「まぁよい。……さて、ハーロルド、成果のほどを聞かせてもらおうか」
「はっ! 了解いたしました!」
重い空気の中、冷や汗を流しながらハーロルドは返事をする。
ハーロルドは今までカルフォーレ王国に同盟の絆を深めるために、その国の学園へと留学しに行っていた。
しかし、皇帝から与えられた任務は同盟の絆など無視をしたものであったのだ。
それは、これから戦争を仕掛ける相手についての情報収集だった……。
◆◆◆◆◆
「ああ、クソが! 疲れたぞ、この野郎!」
久々の自室に戻るなりハーロルドは今まで溜め込んでいた物を吐き出すようにそう叫んだ。
久々の家族との再会はとても心温まる……わけがなく、彼の心をさらに疲労させるものであった。ハーロルドと他の皇族との関係は冷えきったものだ。
「ハル、口が悪すぎだ、もう少し抑えたらどうだ」
「そうですよ、ハル様!」
そんな風に荒れるハーロルドことハルをたしなめるのは、彼の近衛兵であるギルとメイドのカンナだ。
「んな事言ったってよ、せっかく苦労して集めてきた情報をあのクソ親父は『ご苦労だった』の一言しか言わなかったんだぞ! しかもこっちは長旅の疲れもあって眠かったというのに」
「なら断ればよかっただろ」
「分かっていっているだろ、ギル。それができれば苦労はしない……」
疲れたように愚痴を零すハル。それを眺めつつまぁ確かにそうだがと渋い顔をしながらも頷くギルであった。
「では、ハル様、すぐにお休みの支度をなさいますか?」
「そうだな。カンナ、すぐに用意をしてくれ」
カンナが準備の為に部屋の外に出ていく。その背を見送るハルにギルが話しかけた。
「なぁ、少し気になっていたんだが」
「なんだ、ギル?」
「いや、その……お前さ、やけにあっさりと王国を出たなと思ってな。あの女にあんだけ入れ込んでたのにさ」
ギルは難しい顔をしながらハルを見ていた。
「……お前の言う通り諦めただけだ。もうその話はしないでくれ」
ハルはギルの顔を見ずに答える。そんなハルの答えにギルは納得が行っていないようだが、これ以上の追及はしないようだ。あの時、王宮の庭園から戻ってきた時からハルはこの調子だ。
どこか落ち込んでいるような雰囲気でその原因はなんとなく彼女だと分かっているものの、ギルは強引に聞くに聞けないでいた。言い争った事が二人の間では未だに引きずっている様で、どこかギクシャクとした関係のままという事も原因の一つだろう。
「お待ちください! アカネ様!」
そんな重い空気を纏わす二人であったが、外からカンナの慌てる声が聞こえて来て、部屋の入口が何やら騒がしくなる。
「ギィルゥ、バァァァトォォォォ!!」
突然そんな絶叫とも呼べる声と共に、両開きの扉は大きな音を立てながら開かれた。現れたのは艶やかな黒髪と赤紫の瞳を持つ少女。着ている服は東地域でよく着られている着物とドレスを掛けあわせたような瞳と同じ赤紫色のドレスだ。
「げぇっアカネ!」
「ギル様! こんな所にいらしたのね!」
その少女は目当ての人物を見つけるやいなや、花が咲いたような笑顔と共に飛びつく。ギルはなんとか飛びついてきた彼女を受け止めた。
「ギル様! とてもとてもお会いしとうございました! お帰りになったと聞いて居ても立っても居られずにこうして来てしまいましたわ!」
「分かった! 分かったから離れてくれ、アカネ! 皆が見ている前で抱きつくな! はしたないだろうが!!」
ギルは恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら、なんとかアカネと呼んだ少女を引き剥がした。引き剥がされたアカネは不満そうに頬を膨らせている。
「もう~あの王国に半年もいらしたから、少しはこういうスキンシップにも慣れていると思ったのにー!」
「慣れるか! それにここは帝国だ、グランツラントだ! もう少し慎ましくしてくれ、頼むから――」
「嫌ですわ! ギル様へのこの愛情を表現いたしたいのです! それにもっとギル様に触れたいのです!」
「だから、そういうことを軽々しく口にしないでくれ! そして行動に移すな!」
ギルに対する好意を惜しげもなく言い、そして隙あれば抱きつこうとするアカネと、そんな彼女に困ったように顔を赤らめさせながら言い聞かせようとするギル。そんな風に騒がしくする二人にため息をつきつつもハルは話しかける。
「……相変わらず元気だな、アカネ嬢」
「ああ、ハル殿下! お久しぶりでございます! ああ、申し訳ございません、何の断りもなく部屋へと押し入ってしまって……」
そこでやっとハルの存在に気付いたアカネは頭を下げた。ここの部屋の主はハルだというのにこの扱いである。このアカネという女性はこれでも伯爵令嬢だ。そしてギルの婚約者でもある。
「気にするな、これで何回目だと思っているんだ? もう慣れたよ」
「……ハル、本当にすまない。アカネにはきつく言っておくから」
疲れたようなため息をはいたギルはアカネに向き直る。
「ほら、アカネ帰るぞ! 買ってきた土産を見せてやるからさ」
「わぁ! 本当でございますかギル様! ……ですがハル殿下の元に居らっしゃらなくてよろしいのですか?」
「俺の仕事はもう終わりなんだ。だよなハル?」
「ああ……と言うか早く出て行け! お前らのやり取りを見せられる俺の身にもなれ!」
長旅の疲れも相まってうんざりしたような目線を彼らに向けつつ、ハルは言う。
「……だそうだ。ということで帰るぞ」
「分かりました! ではハル殿下、また後日改めて挨拶に参りますね」
「ああ、またな」
嵐のようにやって来たアカネはギルを連れて嵐のように去って行った。閉じられた扉を見ていると、何やら疲れが増したように思えた。
「ハル様、お休みのご用意を致します。ああ、そうでした。ご夕飯はどうされますか?」
「食べてから寝る。ここに持ってきてくれ」
「かしこまりました」
久々の主からの命に嬉しそうに返事をしたカンナは次々とメイド達の指示を飛ばす。
(やっと帰ってきたって実感だな。しかし、これから先どうするべきか……)
久々に会う人々との再会は、ハルに疲労とひと時の安らぎをくれた。
しかし、忘れてはならない。この先の未来はけして明るくはない事を。
それはこの国にとっても、ハルにとっても――。




