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第十三話 過ち

「ああ、聖女様ご無事でよかった。私めは本当に心配をしておりました」


「フィリップ様もご心配をしておりました!」


 クリストフとアーノルドが広場へと姿を現した二人に近寄っていく。そんな光景を先に戻っていたハルは遠くから眺めていた。


(……やっぱりこれは……フィリップルートに入ったんだよな?)


 広場に現れた二人を見ながら、ハルは落胆する。


「心配をかけてすみません。僕らはこの通り傷一つありませんから安心してください」


 そんなフィリップの声はいつも通りだ。それ故によく分からない。だが、あのセリフを言っていたし、あの場面を見てしまったのだ。『ゲーム』通りならば、彼のルート入りが確定している。


「ハーロルド様。時間になりましたので王宮の方へ戻るようです。私達も戻りますよ」


「ああ、そうだな……」


 いつのまにやら隣に戻ってきたギルに力なく返事をしながら、重い足取りでハルは王宮へと帰るための馬車へと向かって歩いて行った。




 ◆◆◆◆◆




 《月の宴》の続きを王宮にへと場所を移して楽しむこととなった。月の光に照らされた色鮮やかな王宮の庭園には、綺羅びやかに着飾った貴族たちが流れる演奏に合わせながらダンスを踊る。


 その中でも注目を集める一組の男女。それは王子らしい眩いくらいに白い服装に着替えたフィリップと同じく清楚な白地と金色の意匠が施されたドレスに身を包んだモニカだ。


 二人は息のあった動きで華麗に踊る。それは周りの者達から感嘆の声が上がるほどだ。


 だが、その周りとは反対に、どこか虚ろな目でその光景を見ている者が一人。それは他でもない、ハルであった。


 しばらくして音楽が止み、中央で踊っていた二人に対して拍手が巻き起こる中、静かにハルはその場から遠ざかろうとする。


「どちらへ行かれるのですか?」


 立ち去ろうとするハルにそう声をかけたのはギルだ。


「……放っておいてくれ。しばらく一人になりたいんだ」


 そう呟いたハルの様子はただならぬ雰囲気を漂わせていた。いつもであればその言葉など無視してギルは護衛のために付いていくのだが、今回ばかりはそれはしないほうが良いと思ってしまうくらいに暗く、陰鬱なものだ。


 そんなハルの様子に、ただ黙って去って行く背を心配そうに見つめるギルであった。





 ◆◆◆◆◆





 遠くから聞こえてくる円舞曲(ワルツ)の音色。それはこの宴を祝福するかのように庭園に軽やかに響く。


 しかし、噴水のふちに腰をかけたハルの耳にとってはただの耳障りな音でしかなかった。


「はぁ……」


 見上げた夜空は綺麗であったが、自身の心を癒やすほどではない。


(これから、どうするかなぁ……)


 今日という《月の宴》は特別な日だ。しかし、ハルにとっては別の意味で特別、いや自身の命運を決める日だ。


 そしてその命運は決まった。決まってしまった。彼の望まぬ形で。


 どうやらこの世界はフィリップルートへと入ったらしい。このまま突き進めば、『ゲーム』通りならば、彼は主人公達に立ちふさがる悪役を演じる事になるだろう。


 主人公たちに(あだ)なす悪役の末路など、考えなくとも分かる。


(クソッ……このままだと俺は死んでしまうぞ。だが、今更ルート変更など効くのか? 一旦ルートに入ってしまえば変更など出来ない……)


 いくら考えようとそれは不可能だ。今更変えることなど出来ない。


 ならば、自分が死なない為にはどうするべきか。自分のルートへと入れなくなった今、自分が死なない確率など限りなく低い。どうにかして死亡を回避するにはこれから行われるであろう戦争で自国が勝てば良いだろう。そうすれば処刑などされず、死ななくてすむ。


(……一応、勝てるように色々と妨害工作はした。だからきっと勝てる)


 たとえ『主人公』達が相手だろうと、勝ってみせる。その為にこの国で色々と隠れて準備をしたのだ。


(『ゲーム』通りの結末など、迎えてなるものか。俺はまだ死にたくはないんだ。だから……)


 庭園の花壇の向こう側。これから敵になるであろう人々を睨む。







「ハルさん?」


 その時、鈴の音のような心地よい声がハルの名を呼んだ。


「……えっ」


 聞き覚えのある声。だが、その声の主がここへと来ることなどあり得ない。そんな思いから驚きながらハルは声の聞こえて来た方に目を向ける。


「ああ、良かった。ここにいらっしゃったんですね」


 月明かりの光の下。薄青い月光を跳ね返す純白のドレス。編み込まれた長い綺麗な亜麻色の髪が夜風になびいている。その美しい深緑の瞳には嬉しそうにハルを映しながら彼を見ていた。


「どうして……」


 この国を救うであろう光の聖女モニカ。そしてこれから彼が最も恐るべき相手が、彼の目の前にいたのであった。


「ハルさんの姿が見えなかったので、庭園の散歩をしながらお探ししていました」


 そう言ってモニカは噴水のふちに座るハルの隣に座った。そんなモニカに驚きと警戒心からか、ハルは彼女から距離を置くように座ったまま横に移動する。


 そんな様子を見せるハルにどこか悲しそうな表情をするモニカ。しかし内心焦るハルはそれに気づくことはなかった。


「どうして俺の所へ来た。お前はフィリップの所にでも居ればいいだろう」


 フィリップのルート入りをしたはずだ。だというのにモニカはここにいる。なぜ自分の所へとやってきたのかが分かない。


「……フィリップ様の側に居続けるのは疲れますから、逃げてきてしまいました」


 モニカは疲れたような笑みを見せる。その言葉と様子に驚きながらハルは訊く。


「……疲れる?」


「はい。けしてフィリップ様の側に居ることが嫌というわけではないです。ただ……フィリップ様の側に居るためには聖女として居なければならないので。フィリップ様自身も私を聖女として見ていますし……」


 そこで言葉を一旦区切り、戸惑いを声に乗せながら彼女は言う。


「……いえ、『聖女』としてしか私を見ていませんね。フィリップ様だけでなく他のお方たちもどこか私を見ていない。私自身を見ていないんです。『聖女』としての私しか見ていません。彼らの求める『聖女』になろうと私は頑張ってきました。ですが、その彼らの言う理想の『聖女』と私はあまりにもかけ離れている……。だというのに彼らは私にその理想の『聖女』を見ている、期待している。その期待が、とても重くて疲れてしまいます」


 周囲からの過度な期待。それはその期待を寄せられる人物を苦しめる要因ともなる。彼女の周りはそういう存在ばかりだ。


(……俺にもそんなことがあったな)


 ーー昔の記憶が甦る。第一王子だから、皇位継承者だからと散々言われていた過去。しかしいつの頃からか、そう言われなくなった。そうなったのは周りが父親が、自分を見限ったからか……。


「……ああ、でも、ハルさんだけは違いますね。その、きちんと私を見てくださるというか、聖女として接しないからでしょうか? だからハルさんの隣はとても落ち着く気がします」


 嬉しそうな微笑みを浮かばさせながら彼女はハルを見る。


(あれ? このセリフ……)


 ――だが、その笑顔の口元から紡がれる言葉には聞き覚えがあった。若干内容は違うものの、それは『記憶』に、『ゲーム』で聞いたことのあるセリフ。


 それは確か、大団円ルートでの話。


「だから……だから、これからも一緒に居てくださると嬉しいです」


 ――そのセリフは、ハルが祖国を裏切る時に言われた言葉だった。





(……ああ、そうか。そういう事かよ)






「…………ハッ、アハハハハハッ!」


「ハル、さん……?」


 突然笑い出したハルに戸惑いの声を上げるモニカ。一頻(ひとしき)り笑った後、ハルは顔を上げて彼女の方を見た。その赤い瞳は彼女を蔑むように睨みつけている。


「死にたくないから、お前の代わりに俺が死ねと言うのか?」


「えっ……」


 ハルの豹変とそして言っている言葉も理解できないのか、モニカはさらに戸惑っていた。そんな様子を見せる彼女に苛立ちをながらハルは立ち上がると、座る彼女を見下しながら言う。


「お前の魂胆なんか分かっているんだよ。そうやって他の奴らも誑かして、チヤホヤされてさぞ嬉しかっただろう?」


 あのセリフを聞いた瞬間、ハルは思った。――この女は『記憶』持ちだと。


 メインヒーローであるフィリップだけでは飽きたらずに他の者達も侍らせている女。

 さらには状況が大団円ルートに近くなったからか、大団円ルートで自分の死から庇って守ってくれる(・・・・・・)存在であるハルも、手駒にしようと近づいてきたのだと。

 どちらにせよ、将来敵対する事が分かっているハルを、味方につければやりやすいと思ったのだろう。しかも自分を囲う男が増えるという利点もあるかもしれない。


「何を、何を言っているのかさっぱり分かりません!! 一体どうしたというのですか、ハルさん!?」


 ここまで来ても白を切るつもりらしいモニカは、涙目でそう訴えてくる。そんな彼女にさらに苛立ちを乗せながらハルは言い放つ。


「ああ、そうかよ! そのつもりならいいさ。どうせ俺はお前なんかの物にはならねーしな! それにお前なんか、もう必要ない!!」


「必要ない……?」


「ああ、そうだよ。利用しようとしていたのは俺も同じさ。だが、もうお前なんかに頼るのは止めた」


「利用……私を、利用していた……?」


 その言葉に酷くショックを受けたように彼女は悲しそうな表情をしていた。そんな表情も演技に見えて仕方のないハルはその化けの皮を剥がそうとさらにきつく怒鳴るようにして言う。


「そうとも、俺はお前を利用していたんだよ! さっきは俺の事を他の奴らとは違うとか言っていたな? 何を言っているんだか、俺だってお前の力を利用しようと近づいただけだ!」


 その怒声は噴水に張られた水が震えるかのように広く響いた。彼女はその声を受けて俯いたように地面を向く。


 しばらく、そのままの体制で体が小刻みに震えたまま静かにしていたが、雲によって隠れた月光が再び二人を照らした頃に、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「……全部、全部、嘘、だったのですね。優しくしてくれたことも、私を励ましてくれた言葉もすべて私を利用するための嘘……」


 月明かりに照らしだされ、ゆっくりと上げられた彼女の顔は、涙を溢れだし見ていられないほどに傷ついた表情をしている。


「全部嘘で、すべて私の勘違いだったのですね。貴方は違うと思ったことも、この……」


 言おうとした言葉は嗚咽に混じり消えていく。なんとか泣くことを堪えながら彼女は次の言葉を言う。


「――それでも、嘘でも、嬉しかった。私の言葉を聞いてくれた。……それだけは言っておきます。貴方にとって私はもう必要のない存在なので迷惑なだけなのかもしれませんけど……」


 そう言ってハルに向けて頭を下げた彼女は、静かに背を向けて走り去っていく。




 ハルはそんな彼女を引きとめようと声を出しそうになる。だが、今更彼女を引き止めてどうするというのか?


 しかしながら、彼女は最後まで本性を現すことはなかった。


(まさか……)


 彼女の反応から『記憶』など本当に持っていなかった可能性に行き当たるも、もう遅い。


  ――何か過ちを犯してしまった気がするが、それを正すにはもう何もかもが遅かった……。






 ◆◆◆◆◆






 清々しい朝日に照らされる街。昨日の華やかな宴が嘘のように静まり返った静かな朝だった。


「……やっぱり来ないよな」


 朝霧が立ちこめる中、一人立つ黒髪の少年がポツリと呟く。何かを期待していたような、しかし、そうであると分かっていたかのような口ぶりだ。


「ハーロルド様、出発のご準備が整いました」


 その隣に同じ年くらいの少年が立つ。着ている服装は黒と赤色の軍服。一目で帝国の兵だと分かる。その少年の後ろには馬車が一つ。この馬車にも帝国の紋章が印されていた。


「ああ、分かった」


 己の近衛兵に一つ返事を返した黒髪の少年は、霧に包まれるその向こう側を見つめる。


(俺のルートであれば、ここで彼女が来るのがだ……)


 そんな事はありはしないか、と否定するように少年は後ろを振り向くと馬車に乗り込んで行った。





















 日は昇り霧が晴れ、誰も居なくなった場。


「――遅かった」


 一人佇む少女の声は、誰の耳に聞き届くことなく風に消えていった……。






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