第十ニ話 疑惑
表通りへと戻ってきたハルは人混みをかき分けながら、自分の名を呼ぶ声が聞こえてくる方へと進む。
「あ! ハルさん!」
人混みを抜けた辺りで馴染みの声と姿を見つける。同じくハルを見付けたモニカが嬉しそうにしながら駆け寄ってきた。
「ハルさ~ん! 良かったぁご無事で――うわ!?」
「モニカ!」
駆け寄ってきたモニカは勢い余って転けてしまう。ハルは自分の方に倒れこんでくる彼女を何とか受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
「え、わわ!? 申し訳ありませんハルさん!」
目線の下にあるモニカは顔を真っ赤に染めていた。支えるために手を置いた彼女の肩からも、その頬の熱が伝わりそうなほどだ。
「あ……悪い!」
モニカに触れているという事実に気付いたハルはその事に気づくやいなや、手を放して後ろに遠ざかるように彼女から離れる。なんとなく遠くの方から殺意に似た何かを感じ取った為に離れたのだ。その視線とはもちろん他の奴らである。
「あ、いえ……その、支えてくれてありがとうございました」
モニカは背を向けているため、背後のその視線には気づく事なく、ハルに向かって頭を下げた。
「いや、気にするな。怪我もないようで良かったよ」
「はい、これもハルさんのお陰です」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。
ーーそんな彼女は、先程ギルが言った通りの悪女とは思えない。
(……だけど、もしもこの笑顔が演技だとしたら)
だが、彼女を完全には信用できなかった。先程はギルの言葉が過ぎたために彼女の事を思って否定したが、ハルは変わらず彼女を疑っている。それはもちろん、先日の一件の事だ。今日は晴れると断言した彼女のあの自信は、一体何処から来たのだろうか?
(もしも、彼女が俺と同じく『乙女ゲーム』の『記憶』を持っていたとしたら……)
近くに寄ってきた『ゲーム』における攻略対象達は口々に彼女を心配するように声をかける。それを笑顔で対応する彼女はこの『ゲーム』における『主人公』というポジションだ。
もしも、同じく『記憶』を持っており、今の彼女を取り巻く環境が彼女自身によって作られたものだったならばーー
「師匠おおおお!ご無事でええええ!」
「うわっサロモン!?」
考え事をしていたハルに、背後から飛び付くように抱きついてきたのはサロモンだった。
「うう……師匠ぉ……どれだけ心配したと思っているんですかぁ! 貴方様が居なくなってしまったら僕は……僕は……グスッ」
小さな外見もあってハルに抱きながら泣くサロモンは、親を見つけた子供のようだ。そんなサロモンに抱きつかれるハルには、宴を楽しんでいる他の人々からの視線が注がれる。
「分かった! 分かったから、今すぐ離れろ!」
注目は浴びたくないので、以外に力の強いサロモンをハルは何とか引き剥がす。
(あぁもう……、面倒な奴に好かれちまったなぁ)
サロモンがどうしてここまで自分の事を慕ってくれているのか、理解ができないハルであった。自分があの転移魔法の解決策の一部を教えたこともありそうだが、他にも原因はありそうだ。
(しかし、それでもなんだってこいつはモニカの側に居ることより、俺の側に居ることのが多いんだ?)
モニカの方を見ればこちらの騒ぎには気付いてないようで、相変わらず他の攻略対象達と楽しそうに会話をしている。ハルの隣にいるサロモンも本来ならばあの場にいるはずなのでは? なぜ彼女の事を優先せずに、自分の方へとやってきたのか?
「なぁ、サロモン。お前はあっちに行かなくていいのか?」
そんな疑問から思わずサロモンに質問をしてしまった。ハルはモニカ達の方を見ながら話すと、サロモンもそちらを向きながら答える。
「いいんですよ。あまり群れるのは好きではありませんから」
そう言えばサロモンは人見知りである事を思い出す。だとしても、彼もあの攻略対象達と同じく、『ゲーム』における攻略対象だったはず。『ゲーム』とは違う行動をするのはなぜなのか。
不思議にサロモンを見れば、彼はどことなく苦虫を潰したような表情で呟いた。
「それに……あの場にいると居心地が悪いので」
「……どういう事だ、それは?」
サロモンはモニカ達から視線を外すとハルを見た。まるで内緒話をするかのように声を潜めながら話す。
「……師匠はあのお方達に疑問を持ちませんか? 聖女の周囲に常にいるあのお方達がなぜ、あそこまで聖女に固執するのかを」
「お前、まさか気付いてるか!?」
サロモンが話した言葉は彼が言うにはあり得ないものだった。サロモンはあの者達と同じ攻略対象でありながら、聖女に付き纏う他の攻略対象達に疑問を抱いていたようだ。その事に気付き驚いて声を上げてしまったハルの口を、サロモンが慌てて背伸びをしながら手でふさぐ。
「静かに! 彼らに聞こえたらどうするおつもりですか、師匠! ……それにしても、師匠は気付いていたのですね、彼らの異常性に。さすが師匠です!」
ハルの口をふさぎながら、サロモンは尊敬の眼差しでハルを見つめる。こうしてまた一つサロモンに対するハルの好感度を上げてしまったのであった。
「ム~ムグゥッ!」
「ああ、すみません師匠!」
口を抑えていた手をやっと退かされたハルは少し咳こむながら、サロモンに質問する。
「サロモン、どうしてお前は気付いたんだ」
声は落として、しかし必死さを露わにしてハルは言った。
「それはですね、どうにもあのお方達からは魔法の気配がするのですよ」
「魔法……だと?」
「はい、多分種類は魅力の魔法だと思われます。情けない話ですが僕もいつの間にか、かけられていたようでして……。今だに解除が出来ていないので、聖女に近づくと彼女に対して必要以上にその……好意のような物を持ってしまいますね」
サロモンはどこか悔しそうに申し訳なさそうにそう言う。
彼は自分を含め攻略対象達には魅力の魔法がかけられていると言った。彼らがモニカの元に集まるのは『ゲーム』の強制力が原因だと思われたが、どうやら違うらしい。
「自分で言うのもなんですが僕のような高位の魔法使いに気付かれずに魔法をかけるなど、相当な腕を持つ魔法使いでしょう。簡単に解除が出来ない魔法でもありますし」
サロモンよりも魔法に長けた魔法使い。そんな存在など居ないように思える。
――だか、一人だけいた。
『ゲーム』においては魔法の才能に恵まれ、サロモンと同等かそれ以上の力を持った魔法使い。
それは他ならぬ『主人公』であり、つまりはーー
「まさかその魔法、モニカがかけたんじゃ……」
その考えに行き着いて、背筋が凍る思いになる。不安な表情を見せるハルに、サロモンは難しそうに答えた。
「それは……分かりません。確かに魅力の魔法は彼女に対する好意になりますが、彼女は魔力はありますが魔法は使えないそうですから。しかし、それが嘘ならばそうとは言えません」
「じゃあ、彼女じゃないとしたら、誰がかけたんだこんな魔法を」
「それも、分かりません。もし第三者がかけたとしても、一体何の目的でこの魔法をかけたのか理由が分かりませんから」
思わず彼女の方を見る。あどけなく笑いながら宴を楽しむ彼女はそんな事をしそうには思えない。この魔法をかけた者は一体何の目的があるのだろうか?
――もしもその魔法がモニカ自身によってかけられたものならば? 『ゲーム』の『記憶』を持っているかもしれない疑いのある彼女が、それを使って『ゲーム』通りの、いやそれよりも理想の環境を築いているとしたら……?
「ハルさーん! サロモンさーん! 今度はあっちの噴水広場に移動しますよー!」
離れて歩いていたハル達に気付いたのか、モニカは手を振りながら大きな声で言った。
「……あ、ああ。分かったよ!」
なんとか普通に返事をしたハルは、彼女達の方へと向かっていく。その後ろを慌てて付いていくサロモンの姿を認めながら、小さな声で呟いた。
「……なぁ、その魔法。俺にもかかっているのか?」
攻略対象全員にかけられているということはハルにも掛かっているのかもしれない。そう思ったハルはサロモンに質問したのだ。
「いえ、師匠からは魔法の気配はしません。やはり師匠ほどの御方ですから、あのような魔法にはかかり難いのですね!」
そんなよく分からない理論で納得したようにうんうんと頷くサロモンを横目で眺めつつ、ハルはほっとしたように胸をなでおろす。
(なぁ、モニカ。この状況はお前が作りだしたのか? できればそうじゃないといいのだが……)
――だが、深まる疑惑が晴れることはないのであった。
◆◆◆◆◆
それからしばらくはモニカや他の五人と共に宴を楽しんだ。広場に出ていた屋台で金貨という大金を持ちだして買い物をしようとするサロモンを止めたりと、庶民に馴染みのない貴族方の常識外れな行動をモニカと共に止めていたハルであった。そんなハル自身は王族だというのに。
その間、モニカに対して疑いの目を外したことはなかった。
彼女の行動は常に監視していたが、どこもおかしい所はない。だが、それでも、彼女があの五人に魔法をかけたという疑惑が晴れることもなかった。
その疑いを確かめるためにも、そして己の死亡回避の為にも、彼女と二人きりで話したいとハルが思った矢先――
「……あれ? そういえば聖女様がいませんね」
誰が呟いたか。その言葉に周りを見渡すと、彼女の姿はない。それどころか、フィリップの姿すら無いのだ。一瞬目を離していただけだというのに。
(まさか――)
抜け駆けをしようと考えていたのはどうやらハルだけではなかったようだ。嫌な予感がしてハルは走りだした。向かう場所は決まっている。『記憶』の通りの道順を駆け抜ける間も不安が大きくなっていく。
目的地が近くなり、そうならないでくれと願うハルの耳にその言葉は聞こえて来た。
「モニカさん、貴女はとても素晴らしい女性です。――どうかこれからも、僕の隣で聖女として僕と共に王国を支えて欲しい」
その声を聞くのは初めてではない。『記憶』で聞いたことのある言葉。
――紛れも無く、あの彼のルートで聞くことができるセリフ。
光り輝く月明かりの下、石畳に膝を付き彼女の手を恭しく手を取る王子。
――紛れも無く、あの『記憶』のあのイベントの場面そのまま。
「そんな……」
今目の前に広がる光景にハルは思わず言葉を零す。
――それは紛れも無く、フィリップルート入りを確たるものとした光景であった。




