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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第十一話 宴

「では、予定通り……と言う事か」


「はッ! 皇帝陛下のご意思にお変わりはありません、殿下」


 豪奢に設えられた部屋に男の確かな声が響く。その男の目の前には肘掛け椅子に深く座り込む、黒髪の少年。


 近衛兵が少年の隣に立ち静かに見守る中、その赤い瞳は目の前の使者を見つめながら答えた。




「了解した。では、当初の予定通りに準備が済み次第本国へと帰還する。父上……皇帝陛下にもそのように伝えるように」


「畏まりました」


 右拳で胸を叩き、深く礼をする使者の男。その使者の男を部屋から下がらせた後、少年は静かに呟いた。


「……とうとう、来てしまったか」


 少年は窓の方を向く。


 前日まで心配されていた天候が嘘のように雲ひとつ無い晴天の日の光が差す窓の外には、彩り鮮やかな街が広がっていた。その街に近づくは年に一度の宴の気配。


 ――しかし、宴を楽しみにする声に混じり不穏な影の足音が聞こえて来ているのを、住人たちは未だ知らない……。











 ◆◆◆◆◆









 満月の月光に照らされ浮かぶ王都の街。


 今宵は年に一度の特別な夜。女神ルーナの誕生と日々の感謝を込めた祝祭《月の宴》が開催されていた。雲など一つもない綺麗な満月が浮かぶ夜空の元、夕刻からゆっくりと始まった宴は夜が深まるごとに華やかさを増していく。


 月光のお陰でかがり火が少なくとも明るい街の大通りには、大きなテーブル運びだされており、その上には多種多様な料理が乗っている。そのテーブルを囲み、料理を口にしながら住民たちが祝杯を上げたり、音楽に合わせて踊ったりしている光景が広がっていた。


「……これが月の宴か」


 初めて見る異国の祭りを前にハルは興味深そうに呟く。ハルの国はルーナ教を国教としていないが、否定はしていない。宴の祭自体も女神を信仰していなくとも誰でも参加を歓迎するほどに寛大である。


 宴を楽しむ人々を眺めながら歩くハルの目の前には、同じく物珍しそうにする者達が居た。


「これが王都の宴なんですね! 私の地元で行われた宴とは比較にもならないほどにとても華やかです!」


「はい、そうでしょう? ……と言っても僕も城下で行われる宴を間近で見るのは初めてなんですけどね」


 月の光に照らされながら楽しそうに笑うモニカと、その隣で彼女の楽しそうな笑顔に釣られて笑うフィリップ。そして、説明など面倒なくらいにいつも彼女の回りにいる男たち四人がいる。


(それにしても、全員ここにいるという事は……これは大団円ルートか)


 『ゲーム』における《月の宴》での個別ルートでは対象キャラとの一対一のデートイベントだったはずだ。しかし、今の状況は攻略対象全員が揃っている。どうやらどの個別ルートにも入らないようだ。


(……だけど、例え大団円ルートでも俺は死ぬからなぁ。なんとかして俺のルートに入れないものか)


 大団円ルートであろう今は、彼女は誰も選んでは居ないはずである。裏を返せば、彼女は誰のものではないのだ。今からハルのルートへと強引にルート変更をすることも、もしかしたら可能かもしれない。


「いやはや、聖女様の言う通りでしたね。女神ルーナ様は我らに姿を現してくださった」


「俺は信じていたぜ、聖女様の言葉をさ」


「これも聖女様の声が女神様が聞き届けたのでしょうね」


 彼らはモニカが言った通り天気が回復したことを喜んでいた。確かにあの連続した雨とさらには占いの結果が悪かった為、誰も今日は晴れないだろうと思われていたのだ。


(案外、あの魔女の占いは外れるのかもしれないな)


 王宮占い師が天気を占ったと言っていたが、それはきっと魔女の事だろう。以前、不吉な予言をハルにしたあの魔女。だが今回の占いが外れた事もあり、あまりあの魔女の言葉は信用しなくてもよいだろうとハルは思った。


「はい、女神様は私達を裏切りませんから! ……それにしても本当に宜しかったのですか? 私が街の祭を見たいと言ったばかりにこのようなことに……」


 他の皆にそう話しかけながらモニカは嬉しそうに笑っていたが、すぐに申し訳なさそうな表情で周りの彼らを見渡す。


 なぜハル含め、彼らがここにいるのか? 彼らのような身分ある者達の宴の日の行動というのは、王宮で行われる夜会に参加する為、このような城下の街で行われる祭には訪れることはない。本日も皆、そのつもりだったのだろう。

 しかし、モニカが城下の街の祭を見たいとポツリと呟いたがために、こうして皆で来てしまったということだ。


「安心してください、モニカさん。きちんと国王から許可は貰いましたし、時間までに王宮に戻れば問題ありません」


 彼女を安心させるようにフィリップは言う。


 もちろん、この国の王子であるフィリップを始め、ここにいる者達は立場上、王宮で行われる晩餐会に参加しないというのは許されることではない。時間の合間を縫ってここに来たというわけだ。

 ちなみにそんな方々が急に城下の街に現れると色々とややこしいので、皆きちんと地味な服装に着替えて身分を隠している。


 そんな面倒な事をしてまでもここに来たのは他でもない、彼女の影響があったからだろう。


(……ちょっとこの国の将来が大丈夫なのか、心配してきたぞ?)


 『ゲーム』通りの展開であるし、他国の王子であるハルだがそう思わずいられなかった。確かに予言された聖女という特別な立場にあるモニカだが、ここまで彼女のわがままに付き合う王族や貴族というのもどうかと思う。

 モニカ自身は彼らをここに強引に連れてきたわけでも、せがったわけでもない。ただ、王都の祭が気になると呟いただけに過ぎないのだ。だというのに彼らはその彼女の言葉を叶えるためにやってきた。


「……外から手を下さずともその内、内側から崩壊しそうですね。それを待ち、好機と見た時に他から攻め入られそうです。まぁ、もっとも我が国はそんなこと(・・・・・)しませんけど」


 ハルの隣に立ち並ぶギルがどこか冷めた目でそう言う。一人の女にあんなにも入れ込む様子を見せる者達の未来など、ろくなものではないだろう。しかもあそこに居る者達の殆どはこの国の未来を支えるだろう権力者の若者たちばかりだ。

 ヘタをすれば内戦が巻き起こるやもしれない。大国であるカルフォーレ王国でそのような内戦が起きてしまえば、泥沼化は免れ得ないだろう。


「光の聖女とはよく言ったものですね。国を救うどころか、国を陥れる悪女になりそうではありませんか?」


「ギル……いい加減、その口を閉じろ」


 遠慮などせずに正直なことを述べるギルのそれは良い所でもあり、欠点でもある。

 聖女を侮辱する発言など他の者達に聞こえていたらタダでは済まないはずだ。それに彼女の事を悪く言われる事にあまりいい感情を持たないハルであった。


「なんだ? この期に及んでもまだこの国の肩を持つつもりか?」


 いつもの口調で話しかけたギルは、銀灰色の瞳を険しくさせてこちらを睨む。


「なわけ無いだろ」


「それならいいんだけどなぁ……。――お前、あの女の事、諦めてないだろ?」


 ハルだけに聞こえる声で低く紡がれた言葉には、どこか怒りが含まれている。ハルは少し離れた彼女達を見ながら、ギルに背を向けたまま答えた。


「モニカは関係ないだろ」


「大有りに決まってるだろ? あの女はこの国の最重要人物だ。そんな女と帝国の王子様が結ばれる訳がない。第一、この国の有力者達をあんなにも囲んでいる。ユベールはきっと調査をしているんだと思うが、それ以外はどうやって誑かしたやら……あんな尻軽(ビッチ)のどこがいいんだよ?」


「……いい加減、黙れよ」


「あぁ? ぐッ――!?」


 振り向いたハルはギルの首元を右手で掴むとそのまま彼を後ろに押し出すように歩いて行く。あまりにも素早い動きであったため、反応が遅れたギルは首元を絞められながら裏路地にへと連れて行かれた。


「……もうこれ以上、彼女を貶すのは止せ」


 裏路地の壁にギルを押し付けて、首を絞める。ハルが険しい顔をしてギルを睨み、ギルもまた首を絞められて苦しそうにしながらも、その瞳は絶えずハルを睨みつけていた。


 モニカの今の状況は確かに他人から見ればおかしな状況だ。彼女の周りには王族や貴族などの権力者の姿が常にある。これが『乙女ゲーム』における世界の強制力だと知らなければ、彼女が彼らを誑し込んだとでも思えてしまう状況だろう。


「目を覚ませよ、ハル! あれか? お前もあの女に誑かされたか? それとも魔法でも使われて操られているのか!?」


「そんな事、彼女がするわけ無いだろ!」


 ハルはさらに首を絞める手を強める。苦しそうにギルは呻くがそれには構わない。しかし、ギルもまた黙ってされるがままではなかった。


 ギルは何かを抜き取ると、それをハルの顔に突きつける。突き付けられたのは、一丁の拳銃。

 どこに隠し持っていたのか分からないが、本国でも護身用として市民に出回っている火打ち石(フリントロック)式の拳銃であった。


「お前、言ったよな? 『たとえ友と呼びあった仲でも、その者が敵ならば剣を、銃を向けよう』って。我らが祖国を裏切るようなら、たとえお前でも容赦はしないぞ?」


 銃口を向けるギルに驚き、思わずハルは絞めていた首から手を離して離れる。


「……ギル、誰に銃口を向けているのか分かっているのか?」


「分かっていますよ、殿下(・・)


 普段使わない呼び方でハルを呼ぶギルは、本気で引き金を引きそうだと思えるほどに真剣な表情でハルを睨んでいた。


「銃を下ろせ、ギルバート。俺を殺したらお前は死刑だ。それにその銃は命中率は悪いし暴発が多い。暴発なんてしたら、最悪の場合手を無くすぞ」


 そんなギルの様子とそして銃を向けられた恐怖からか、冷静になったハルは静かにギルに話しかけた。


「…………――銃を突き付けられているというのに、俺の心配をするか。まったくお前らしい」


 呆れたようにそう呟いてからギルは銃を下ろした。ただ殺されたくない一心でギルを説得しただけやもしれないが、ハルの言葉にはどこかギルを気遣う気持ちが含まれている気がしたのだ。


「ハルさ~ん! ギルバートさ~ん! どこに行ったんですか~?」


「師匠ぉぉぉぉ! いたら返事をしてくださいぃぃぃぃ!」


 そんな声が表通りから聞こえて来た。どうやら姿の見えなくなったハル達に気付いたのか、探しているようだ。


「……行けよ、ハル」


「だが……」


「主に銃を向けたんだ。少し一人なって反省したい。安心しろ、お前の護衛を外れたりしないからよ」


 壁に背を預けて項垂れるギル。そんな彼を一瞥してからハルは歩き出し、裏路地から出て行った。










「……あんな面倒くさい女だって知っていたら、アドバイスなんてしなかったのにな」


 一人残されたギルは後悔したように呟く。


「はぁ……できる事ならお前の恋路を邪魔したいわけじゃないんだがな」


 ――見上げた夜空は、いつにもまして綺麗に見え、いつにもまして苛立ちを覚えた。






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