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気がついたら悪役王子になっていた。  作者: 彩帆
本編

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第十話 疑い

 連日から続く雨が降り注ぐ風景が窓から見える学園内の談話室。その一角に数名の生徒が集まっており、テーブルの上で繰り広げられる局面に注目していた。


 しかし、しばらく続いた互角の攻防も、この一言によって終息する。


「はい、チェックメイトですよ」


 王国の王子――フィリップは嬉しそうな声と共に、駒を動かした。

 チェス盤を見れば彼の言っていた通り、相手側のキングには逃げ場がない。勝敗はすでに決したことで、フィリップの勝利を称えるかのように周囲にいたギャラリーである他の生徒達から、拍手が巻き起こる。


「……また負けた」


 フィリップの向かい側に座っていた帝国の王子――ハルは、目の前のチェス盤を見ながら悔しそうしていた。


「さすがフィリップ様! これで連続ニ連勝ですね!」


 彼の近衛兵である赤い髪の少年アーノルドは、主人の勝利に嬉しそうにしている。そんな彼のニ連勝という言葉を聞いたハルは落ち込んだように項垂れた。


「なんで勝てないんだよ……」


 周囲ではフィリップを称える声が聞こえており、さらに落ち込んだ様子を見せるハル。そんな彼を見かねたのか、声を掛ける人物が一人。


「そんなに落ち込まないでください、ハルさん! 先程一勝したではありませんか。次はきっと勝てますよ!」


 そう励ましてくれたのはモニカであった。確かにニ連敗したが、一回はフィリップに勝っている。しかもその前は引き分け(ステールメイト)に持ち込んだ試合だってある。全く勝てない相手ではないのだ。


「モニカ……ありがとう。そうだよな! さっきの場面だって付け入る隙はあったんだ。次の試合こそは――」


「そう簡単には行かないと思いますよ、ハーロルド様」


 モニカの声援を受け、生気の戻ったハルであったが、聞こえて来た否定の声に隣を見る。


「……なんだと? そんなことないだろ、ギル」


「そうでしょうか? 貴方様は守りに徹しすぎています。もう少し積極的に攻撃しなければ負けますよ。第一、私との対戦でも負ける事がある貴方様があれほどの腕を持つフィリップ様に一勝出来た事が奇跡ですよ」


「くっ……クソッ反論できねぇ……」


 ギルの的確でハッキリとした感想にハルはまたしても落ち込む。ハルの名誉のために言うならば、けしてハルはチェスの腕は弱くない。フィリップが強すぎるのだ。

 ちなみに、そんなフィリップに一勝出来た試合というのは、負けが続いたためヤケを起こしたハルが少しトリッキーな戦法を使った結果、たまたま勝った試合であった。調子に乗り、その次の試合も同じような事をしようとしたがあっさりと対策されたのは言うまでもない。


「大体、今回のは酷いですよ。ポーンを取られそうになったから動かしたのはいいですが、その一手によってチェックメイトになるまで持ち込まれるとは……一体何を考えているんですか? キングを取られるくらいならポーンなど取られていまえばいいのに……」


「それはちょっとした把握ミスというか……あそこまで局面が読めなかったというか……」


 ギルがチェス盤を見ながら指摘した。その指摘を受けばつが悪そうにハルは口ごもる。

 そんな二人の会話を聞きながら同じくチェス盤を眺めていたモニカは、何かに気付いたのか話題にされていたポーンを指さしながら遠慮がちに言った。


「……試合には負けてしまいましたけど、ポーンは残っています。……あの、ポーンは兵隊でしたよね? これが本当の戦場だったのなら、身を挺して兵を守った王様ですね」


 どこか感傷深くポーンとそして追い詰められたキングを見ながらモニカは言う。そんな彼女を見て他の者達は静かに彼女を見ていた。


「なるほど……確かにそのようにも見えますね」


 開口一番にそう言ったのはフィリップだ。チェス盤のポーンとそして己が追い詰めたキングの駒を興味深そうに眺めている。


「一つの命よりも多くの命を救おうとするその心構え……ああ、さすが神に選ばれし聖女様でございます」


 ギャラリーに混じりながらそんな事を言ったのは青髪の神官、クリストフ。


「そんな慈悲深い考えを持てるなんて……俺にはそんな考えは出来なかったよ」


 自身の持つ赤髪と同じくらいに頬を真っ赤に染めながら、彼女を尊敬の眼差しで見るアーノルド。


「位の高い者よりも民を第一に考えるとは……! やはり光の聖女と呼ばれるだけあります」


 彼女に何処かしらの期待を寄せる紫髪の貴族ユベール。


 モニカの何気ない一言によって誰もが口々に聖女と呼び称える。そんな光景が目の前に広がっていた。


(……いやいや、おかしいだろ。なんでそんな考えに行き着くんだよ?)


 彼女はけしてポーンという兵隊の民を優先させてはいないはずなのだが、周りに居た者達は独自の解釈の元、民を慈しむ高潔な女性に映ったようだ。

 ……と、できるだけ常識の範囲内で強引に解釈してみるが、これはきっと『ゲーム』における世界の強制力とでも呼べる力が働いてるのだろうか。そんな違和感を持つくらいに不自然な場の流れに、そう思わずにはいられないハルであった。


(というかこいつら、どっから湧いて出やがった)


 モニカを聖女と賛称し取り囲む男たちを見ながらうんざりしたようにハルは思う。気付けばメインキャラ達は常にモニカと一緒に行動しているような気がする。それはハルも例外ではないのだが……。


 ハルは面白くなさそうにモニカを見る。他の攻略対象たちに囲まれる彼女は、どこか困ったような表情をしていた。周りから褒め称えられているというのになぜそんな顔をするのか気になったが、ハルの視線は隣から聞こえて来たどこか刺のある声の方に向けられる。


「……確かにそうとも見れるが、王が居なくなっては国はなくなる。これが戦場だったらますます王は守らねばならない存在だ。国を纏める王とたかが兵士達の命、その価値が同じとは思えませんね」


「そうですね、その通りです! このキングが師匠だとしたらそれは魔法学的に多大なる影響を及ぼす程の損害になってしまいます! これは絶対に阻止しなければなりません、何を犠牲にしても!」


 隣に立つギルは思わず素の口調に戻りながらモニカの言葉を否定し、その言葉に同意なのか分からないが相槌をうつのは緑髪の少年こと学内一の魔法使いサロモンだ。

 ちなみにいつの間にかハルの事は先生から師匠呼びに変化していた。というかなぜ、サロモンはモニカの側でなくハルの近くにいるのかが不思議である。彼もあの四人と同じく攻略対象だというのに。


「……お前らなぁ」


 そんな二人を見て、ハルはため息をついた。


 サロモンは別としてギルの考え方は中々残酷なものだ。王子としての身分上どうしても守られる立場であるハルであるが、自分が生きるがために捨て駒の様に兵士達を死なせたくはないと思う。

 そんな思いがあったからこんな局面になってしまったのだろうかと、チェックメイトされた自分のキングの駒を見つめる。


(いや、そんなことはないか。だって俺は死にたくないからモニカを利用しているんだから……)


 来たる日までに彼女が自分を選んでくれなければ、自分は死ぬだろう。その為に自分は彼女に近づいたと言ってもいい。たとえ好いてくれたとしても、その気持ちに応えることなどないというのに。死にたくないからと彼女の事など考えもせず自分勝手な行動ばかりをしている。


(……俺、最低な奴じゃないか)


 今しがた自分が生きるために人を駒の様に扱いたくない、犠牲にしたくないと思った所で、今している行動はまさにそんな行動である事に気づく。綺麗事を抜かす傍ら、その本心は欲に忠実であった。


「ああ、フィリップ様! そろそろお時間になります!」


 そんな声が聞こえて来たハッと我に帰ったハルはそちらを見る。先程の声は近衛兵のアーノルドでフィリップも何かを思い出したような顔をしていた。


「そうでした。もうすぐ開催される月の宴についての話し合いを行うんでしたね」


「そうでありました。私めはそのご用件でフィリップ様をお迎えに参りました。いやはや、王子同士のチェス対決などなかなかお目にかかれる機会はありませんから、思わず見入ってしまいましたよ」


 フィリップの言葉にさらに思いだしたようにそう話すクリストフ。その後に「あと聖女様がいらっしゃいましたし……」と呟いていた。


「月の宴か……」


 そんな彼らの会話に登場した言葉に、眉を寄せるハル。思えばこの学園に来てもうすぐ半年が経とうとしている。そう、半年だ。


 ――自分の運命を決める日が刻一刻と近づきつつあった。


 『記憶』の通りならばその半年が立つ少し前に祭りが行われる。《月の宴》と呼ばれる『ゲーム』でも重要なイベント。そこで決まるルート、そのルートがハル以外のルートならば――ハルは死ぬ。


 それを回避するがために、彼は『主人公』であるモニカに近づいたのだ。それが唯一、ハルが生き残れる道なのだから。


 だがしかし、たとえ自分のルートに入れたとしても、己は死ぬかもしれない。


『――貴方様の望むモノは手に入る。されど、一番に望むモノは手に入らない』


 先日の彼女の声が頭に響く。自分の死はたとえモニカを利用したとしても免れぬものなのか……。


『――ですが、全てを犠牲にすれば、叶うかもしれません』


 立ち去る直前に聞こえて来たあの言葉。彼女の言う『犠牲』とは何か? 何を代償にすれば、生きられるというのか?


 ハルはそんな悲観的な考えから目を逸らすように前を向いた。どちらにせよ、まずは彼女に選ばれなければ話にすらならないのだから。たとえ、自分の死に彼女が関わらないとしても、それが決まったわけではない。――そう信じて、今示されている確実な方法である彼女の可能性にすがっているだけかもしれないが。


 周りの話に耳を傾ければ、祭りが開催される日を心配する声が聞こえてくる。それはここ一週間ほど続く天候不良のことだ。《月の宴》という祭りの殆どは屋外での立食会やらダンスパーティなどを女神ルーナの化身とも呼べる満月の光の下で行うのが通例だ。

 しかしこのまま雨が続き、雲が空を覆うようでは満月など拝めることはないだろう。《月の宴》の日に月が見えなければ、その年は女神の祝福はない最悪の年になるとまで言われているのだ。


(だけど、『記憶』が確かなら『ゲーム』通りなら、宴の日は――)


「――晴れになりますよ」


 思考の続きを読むようにして、その言葉は聞こえて来た。ハルは驚きながらそちらを見る。そこには連日の鬱陶とした天気などを吹き飛ばすかのように、晴れやかな笑顔を湛えたモニカがいた。


「しかし、こうも連日の雨が続くとなると……そう思えませんよ」


「そうですよ。特別に王宮占い師に天気を占ってもらったそうですが、あまり芳しくない結果だったそうですし」


 何処からかそんな否定をする声が聞こえてくる。確かにこうも連続して雨が振っており、降らなくても雲が空を塞いでいるのだ。誰だって宴の日もそうなるであろうと思えてしまう。

 しかも、なんと今回はあの王宮占い師までもが良くない結果を出したとあっては、誰もが天候の回復を願うのは諦めることだろう。


「いいえ、宴の日は晴れますよ。とっても快晴だと思います。大丈夫です、月の女神ルーナ様はきっと私達の前に現れてくださいますよ」


 一体どこからそんな自信が溢れているのか、モニカは笑顔のままそう繰り返す。


「不思議ですね、モニカさんの言葉を聞いているとそう思えてきますよ」


「……そうかもしれない。と言うか絶対にそうなる気がしてきた! 宴の日は晴れる!」


「ああ、聖女様の仰る通りです! 女神ルーナ様が我らを見捨てることなどありはしない!」


「我らが暗い顔をしているから励ましてくださっているのですか? なんとお優しい御方だ。しかし貴方様のお言葉はなぜだか信じてしまえる」


「……満月の日の夜は女神ルーナ様のお陰で魔力が満ちる。雲に覆われた場合は半減するから、魔法使いである僕としては晴れて欲しいから君の言葉を信じてみようと思うよ」


 次第に他の者達もそんな彼女の笑顔に飲まれたのか、暗い顔を一変させた。


「そうですよ。だから宴の日を楽しみに待ちましょう?」


 ――その人集りの中心では、相変わらず彼女は笑顔を周囲に向けている。




 その光景をハルは一歩離れた所から見ていた。自分は『記憶』によって宴の日が必ず晴れることを知っていたから心配することも驚くこともなかった。


(どうして……あんなにもハッキリと晴れると言えるんだ?)


 いや、驚くのではなく今の彼には疑問の動揺が駆け巡っていた。彼女はどうしてあんなにも、自信に満ちて晴れると断言したのだろうか。あれはまるで晴れることが分かっているかのような口ぶりだ。


(まさか、彼女も『記憶』を? いや、そんな事はないはず……だが)


 ハルはまたモニカを見る。彼女は汚れを知らない天使のようにあの場で他の者達に笑いかけている。


 その笑顔を見て一瞬考えたことを振り払うが、疑いが晴れることはないのであった。




「…………」


 ――その隣でも、どこか疑うような目線を彼女に送っている存在が居ることを、動揺していたハルが知る由もない……。







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