表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/47

第一話 記憶

『ここまでですね、ハーロルド王子』


 金髪の少年は言い放つ。その瞳は憎しみと悲しみの込められた物であり、それは目の前の黒髪の少年に向けられている。


 黒髪の少年の姿は酷いものだ。体中にできた傷口から赤い血が絶え間なく流れ出ている。痛みから苦しく歪む顔。だが、その瞳は諦めること無く金髪の少年を睨んでいた。

 いや、金髪の少年だけではない。周りに立つ、金髪の少年の側近達にも向けられている。その中の一人に視線が向けられた瞬間、黒髪の少年は今まで以上に憎しみを込めて彼の者を睨む。


『……光の聖女、貴様のせいだ。貴様がいなければ我が国はこんな埃を被った時代遅れの国に負けるはずなどなかった!!』


 怒りと共に叫ぶ口からは血の混じったツバが吐かれる。

 視線のその先には一人の少女がいた。その顔は今にも泣きそうなほどに悲しそうな表情だ。


『私は……ただ……』


『この者の言葉など気にしなくていいですよ』


 金髪の少年はそう言うと黒髪の少年に近づいていく。その手には一丁の銃。


『……これで終わりにしましょう、ハーロルド王子』


 向けられた銃口はピッタリと黒髪の少年の額に合わされる。


『さようなら。我が友にして我が宿敵よ』


『ダメッ!!』


 少女の声が響いたと同時に、銃声は鳴り響く。


 ――そして、銃弾は少年の頭を貫いた。





















「うああああああああ」


 悲鳴を上げ胸を抑えながら黒髪の少年は飛び起きる。

 落ち着かない胸の鼓動の動きに悩ませながら冷汗の絶えない顔で周りを慌ただしく見渡した。


 そこは寝る前と変わらぬ光景。少し豪華な調度品のあしらわれた寝室だった。


「い、今のは――」






 ◆◆◆◆◆



 のどかな平原の風景を背景に馬車が走る。その周りには幾多もの兵士の数。

 馬車を守るかのように一緒に行動する兵士達は、こののどかな雰囲気に似合わないくらいに物々しい。

 まるでこれから戦場へ向かうかの様に機械的にきびきびと動く兵士達は、着ている揃いの衣装から一目で帝国軍の兵だと分かる。これが帝国の兵士でなければここまで物々しくはないだろう。


 そんな兵士達に守られながら動く馬車は、一般の馬車よりも豪華ながら他国にいわせれば地味な装い。

 だがその馬車には王家の紋章が刻まれていた。竜を模ったグランツラント帝国の王家の紋章だ。


 その馬車に沿うようにして馬を動かす兵士が一人。

 まだまだ若い顔の少年は馬車の中の主に向かって話しかける。


「ハーロルド様、もう少しでカルフォーレ王国の国境に到着します」


「やっとか……もう馬車移動は懲り懲りだ」


 自分の近衛兵の報告を聞き、馬車の中で疲れたようにため息をつくハーロルドと呼ばれた少年。


「あー着ちゃったなぁ……」


 彼は黒髪をかき上げて今度は後悔したようなため息をついた。


「どうかされましたか、ハーロルド様」


「いいや、何でも無いよギル」


 ハーロルドはギルと呼んだ近衛兵にそう返し、後ろへ流れていく遠くの風景を見つめる。



 この黒髪の少年は、近代隣国を吸収し大国となったグランツラント帝国の皇太子、ハーロルドである。

 そんな彼は同盟国となった大陸一、二を争う歴史ある大国、カルフォーレ王国の学園へ留学する事となった。


 王国が同盟の絆を深める交流として王子の留学を薦めてきたのだ。交流などと言うがそんなものは建前である。誰がどう見ても攻めこまれないようにする為に人質(王子)をくれと言っているようなものだった。


(まぁ、あの親父(皇帝)は俺を人質に取った所で関係なく攻め込んできそうだがな)


 自分の親に嫌な自信を持つハーロルドだった。

 ハーロルドが自分は人質だと理解しているように、皇帝もこの留学の真の意味は理解している。あえてハーロルドは王国に人質として行かされるのだ。


(いやそれよりも……このままだと親父共々俺は死ぬんだったな)


 現れ始めた国境の城壁を見つめながらハーロルドは憂う。


(なんだっけ……ああ、『乙女ゲームの世界』で俺はその『ゲーム』における『悪役』だっけ?)


 ハーロルドには思い出した『記憶』がある。

 その『記憶』を今一度確かめる為に振り返えることにした。





 昨日の晩。寝ていたハーロルドに夢の様な形で現れた『記憶』。


 それはこことは違う世界の『記憶』。

 その世界の高度な技術をふんだんに使ったゲーム機なる物で遊ぶ事ができるとあるソフト。それはジャンルで言えば女性向けの恋愛シミュレーションゲーム。乙女ゲームなんて呼ばれ方もされるゲームソフトだ。


 そして、ここからが重要である。

 その乙女ゲームの舞台があまりにも、今ハーロルド達がいるこの世界に似ているのだ。


 この乙女ゲームの主人公は先読みの魔女の予言によって選ばし聖女だ。

 王国を包み込む闇を払いし光の聖女であると。


 その王国とはカルフォーレ王国の事であり、闇とはもちろん――グランツラント帝国だ。


 ゲームでは平民の為普通ならば入る事の出来ない学園に主人公は聖女としての教養を身につける為に入学する。そこで様々な出会い、もっぱら攻略対象達だが……から知識を得て、交流を深めるのだ。


 しかし、穏やかに過ごす学園での生活は突如として崩される。


 それは、半年後にグランツラント帝国はカルフォーレ王国に宣戦布告をするからだ。


 軍も技術も圧倒的な帝国。古い歴史を持つ王国であるが帝国相手では勝てないだろうと言われていた。しかし、これを光の聖女とその仲間達の活躍により戦況をひっくり返し、勝てないと言われていた王国を勝利に導くのだ。


 こうして悪の帝国の皇帝と王子は正義の断罪の名の下処刑され滅び、この世は平和を取り戻したのでした。めでたし、めでたし――。


(なわけあるかああああ!!)


 ハーロルドは心の中で反論した。それはそうだとも。

 確かにめでたく終わるのかもしれない。だが、これは全て王国側から見た場合のみだ。帝国側は酷いものだ。戦争に負けて国は滅亡。そして王族は全員処刑されるのだから。


 そう、処刑だ。その中にはもちろん、ハーロルドも含まれていた。


(なんで皇帝(クソ親父)のしたことに俺まで巻き込まれなきゃならないんだ!)


 ハーロルドは戦争なんて真っ平御免である。それで自分が巻き込まれて死ぬのが。だからといってこれから戦争を止めることは出来ないだろう。あの皇帝を止めることは出来ないと息子であるから分かる。


 このまま何もしなければ自分は死ぬ。

 しかし、死ぬのは嫌だ。自分はまだ死にたくはない。


(俺が死なない道……それは……)


 ハーロルドが死なない道。


 ――それは自分のルートのみだ。


 忘れてはいけない。あの『ゲーム』はただのゲームにあらず。『乙女ゲーム』だ。ゲームの名前など思い出せもしないがこの『乙女ゲーム』には攻略対象が五人いる。

 その五人は聖女と共に悪を滅ぼすあの仲間たちでもあるのだが……その中にハーロルドも含まれていた。正確には二周目から攻略可能の所謂六人目の隠しキャラだ。


 他ルートだと絶対に帝国は滅び、ハーロルドも処刑されている。

 だが、ハーロルドルートだけは違う。帝国が戦争に勝利し、ハーロルドは死なない。


(これから起こるであろう戦争に勝てばいいのかもしれない。でもそれだけだと不安だ。だから俺は――)


 一つの目標を胸に秘めた少年の前に、国境の壁が近づいてきたのであった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ