花開くとき(前)
需要あるか分かりませんが、娘とソルドウィンの話です。
フェリスリーアは物心ついた時から恋をしていた。
しかし、その人――ソルドウィンにいくら好意を告げても、子供の戯言と真面目に受け取ってもらえなかった。本気だ、と言っても刷り込みだ、他に男が居ないから勘違いしているだけだ、と諭されるだけ。
確かに、自分とソルドウィンの年の差は23歳。親子でもあり得る年齢差だ。
しかも、ソルドウィンにとっては赤ん坊の頃から見知っている親戚の子供なのだ。恋愛感情を抱け、という方が無茶なのかもしれない。
「でも、だからって、諦められるもんじゃないもの……」
「なぁに、フェリス。まーた、愛しの叔父様のこと?」
「叔父様じゃない!」
机に突っ伏しているフェリスリーアの頬を突いて揶揄うのは、10歳で魔道学院に入ってからずっと同じクラスの腐れ縁であるティリアイリス。面倒臭そうな顔をしながらも、なんだかんだと散々フェリスリーアの愚痴を聞いてくれる。
「ソルドウィン様ってさぁ、去年、宮廷魔術師長になって一層お見合い話が増えてるらしいね?」
「そうなの……。あちこちの貴族とか、有力な魔術師から話が来てるんだって」
「ふぅん……。今年で38歳だっけ?」
「そう、38歳。年々、渋みが増してて、もう、どうしよう……」
椅子に座ったままじたじたと足をバタつかせていると、ティリアイリスに頭を叩かれる。
「うっさい。アンタがソルドウィン様大好きなのは知ってるっての。そういえば、ソレって今年の誕生日プレゼント?」
「これ? うん、ソルさんから貰ったの」
髪の毛に着けている飾りをそっと撫で、微笑む。フェリスリーアの黒髪に映える金色の飾りは、繊細なレースの様な透かし彫りで蝶を形作り、所々に紫色の石が飾られている。一見ただの美しい髪飾りだが、守護の魔方式が織り込まれたソルドウィン特製の魔道具だった。
ちなみにソルドウィンからの誕生日プレゼントは毎年なんらかの魔道具だった。そしてフェリスリーアは魔術式同士が干渉しない限り、出来る限り全て身に着けているため、全身魔道具だらけだ。しかもその魔道具の大半が守護や防御といった方面の魔術式が込められているため、フェリスリーアの防御力は異常に高い。
その辺の暴漢がフェリスリーアに襲い掛かっても、指一本触れられないだろう。
そんな事実を知っているティリアイリスからしてみれば、もだもだと悩む意味が分からない。
そもそも、ソルドウィンは宮廷魔術師だ。こんな細かく美しい魔道具を手作りして贈っているなんて、普通じゃない。しかもこれ見よがしに守りばかり高めている。
自分のモノに手を出すな。
そんなメッセージをひしひしと感じるのだ。
「もうさ、いっそのこと押し倒しちゃえば?」
「っ!? おし、倒す……!?」
「そ、押し倒してキスでもしちゃえば、ソルドウィン様も落ちるでしょ。フェリスリーア、お母様にそっくりで美人だしさ」
「でも……」
顔を赤くして俯くと、ティリアイリスはため息を吐く。
「このまま、お見合いしたどっかのお貴族様に持ってかれてもいいの?」
「…………いや」
「じゃあ、行動あるのみでしょ」
「うん。ありがとう、ティリア」
「ん。今度ジューナスのケーキ奢ってくれればいいよ」
「ジューナスかぁ……。分かったよ、今度ね」
ジューナスは貴族街にある高級菓子店だ。学生の身ではケーキ一つでもなかなかお高いお店だった。
でもこんなにも背中を押して貰っているのだ。そのくらいのお返しは仕方ない。
今度一緒にジューナスへ買いに行く約束を交わし、ティリアイリスと別れるのだった。
§ § § § §
その日、学院からそのままソルドウィンの部屋へと向かう。あまり遅くなると父が煩いのだが、折角勇気を奮い立たせたのだ。この勢いを失ってしまう前に行動に移すしかない。
ソルドウィンが仕事だった場合、下手したら今日中に帰って来ないかもしれないけど、いつまでも待つつもりだった。しかし幸いにその日はソルドウィンはお休みだったらしい。
事前に約束もしていなかったが、ちょっと困った様に笑いながら迎え入れてくれた。
その部屋は、宮廷魔術師長であるにも関わらず、質素な単身者用のアパルトマンの一室だ。意外にも整理整頓されている部屋のソファーに並んで腰掛け、出して貰った紅茶に口を付ける。
「どーした、フェリス。急に来るなんて」
「会いたくなったから」
「っ、なんだ? 甘えたくなったか?」
ソルドウィンの顔を見上げて正直に告げると、驚いたように金色の瞳を少し見開いたが、すぐ揶揄うように笑われる。
筋張った大きな手で掻き混ぜるように髪の毛を少し撫でたあと、ポンポンと頭を叩く様は、子供に対する扱いだ。プツン、とどこかで何かが切れたような気がした。
体当たりするようにして隣の大きな体に伸し掛かり、ソルドウィンをソファーに押し倒す。そしてそのまま腰の上に乗りあげ、起き上がられないようにする。
手にしていた紅茶のことなんて、頭から完全に飛んでいた。
ソファーの下でカチャン、とカップが割れる音を聞きながら、押し倒したソルドウィンへと顔を近付ける。サラリと流れた自分の黒髪が、カーテンのように二人だけを隔離する。
「好き、なの。ソルさんのことが。だから、会いたいの。貴方が、好きなの」
「フェリス……」
「もう私、15だよ。子供じゃないよ」
フェリスリーアの言葉を聞き、眉間の皺を深くしたソルドウィンに悲しくなる。それでも、と顔を近付けると、片手で口を押えられた。
そして腹筋の力だけで起き上がったソルドウィンに、無理やり体を離される。
「やめろ」
「ソルさん……」
「送ってやるから家帰れ」
「ソルさん!」
ソルドウィンはさっさとソファーから立ち上がり、窓際まで離れてしまう。逆光のせいで表情が分かりにくいが、口元を手で覆っているその顔は、とても険しい表情をしている。
これはきっと、拒絶だ。
フェリスリーアの想いは受け入れて貰えない。
そう思うと、もうこの場所には居られなかった。フェリスリーアはソルドウィンが呼び止める声にも構わず、部屋から飛び出した。




