手作り縛り
レイティーシアは屋敷の一室に山と積まれた、フェリスリーア宛てのプレゼントにため息を吐く。
オルスロットが、可愛らしい洋服やぬいぐるみなどを見つけると買って帰ってくるのだ。そしてそれはオルスロットだけでなく、イゼラクォレルやソルドウィンなどにも当てはまってしまう性癖だったようだ。
ソルドウィンは頻繁に遊びに来るたびに手土産と称して何かしら持ってくるし、イゼラクォレルは時々大量のプレゼントを送り付けてくる。
おかげで、フェリスリーアの部屋はぬいぐるみで埋め尽くされ、洋服もクローゼットに収まりきらなくなりそうだ。
毎日可愛い洋服を着せてあげられるのはレイティーシアとしても楽しいのだが、小さいうちはあっという間に成長してしまう。このままでは、一度も袖を通さずに終わってしまう洋服も出てきそうだ。
「ということで、貢ぎ物は禁止します!」
「ええ~。姫さん、そんなこと言わないでよぉ」
「しかし、レイティーシア……」
「ダメです。可愛いのは分かりますが、何でもかんでも与えていては良くないです」
丁度遊びに来ていたソルドウィンを含め、きっぱりと宣言すれば文句が上がる。しかし、レイティーシアとて譲るわけにはいかない。
「ソルドウィン、貴方、今日持って来たものはなに?」
「ん? リーズラント工房の歌唱魔道人形だね」
「そんな高価なものを手土産で持ってこないで!」
リーズラント工房は貴族御用達の高級魔道具専門の工房だ。そして魔道人形は見た目はアンティークドールだが、特定の能力が付与された魔道具で、今日ソルドウィンが持って来た歌唱魔道人形は美しい歌声を聴かせてくれる。
確実に庶民に手が出る価格ではなく、赤ん坊に手土産として持ってくるものじゃない。
「オルスロット様。昨日買って帰って来たものは何でしたか?」
「……ドレス、ですね」
「ええ、ドレス。5歳くらいの女の子が着るドレスですね」
「え、そんなん今買ってくるの!? きっも」
「ソルドウィン、貴方も人のこと言えないわ。でも、オルスロット様、絶対に今買ってくるものではないです。確かに可愛いドレスですけど、フェリスにも好みが出てくるんですから」
「申し訳ない……」
淡々と諭すと、オルスロットはしゅんとした様子で項垂れる。
あまりの落胆っぷりに心が揺らぎそうになるが、ここで譲歩してはいけない。なんせ、もうすぐフェリスリーアの1歳の誕生日がやってくる。このままでは、誕生日プレゼントがとんでもないことになりかねないのだ。
「でもさー、姫さん。何もお土産なしじゃ寂しいじゃん?」
「遊びに来てくれるだけでも、フェリスは喜んでいるわ。それに、何事にも限度があるじゃない」
「え~、じゃあさ、ちょっとしたものなら良い?」
「貴方たちのちょっとした、はもう信頼出来ないわ」
「信頼できない……」
きっぱり言い張ればさらにオルスロットが凹んでいる。あまりの凹みっぷりにソルドウィンも軽く引いていた。
「それじゃあさ、なんか縛りあれば良くない? 例えば、手作り限定とか?」
「そうね、手作りなら、大丈夫かしら……」
「手作り……」
「オルスロット様……」
手作り縛りに、かなり手先が不器用なオルスロットが絶望していた。
「あっはっは。ま、頑張りなよ、お父様。もうすぐ誕生日じゃん」
「お前にお父様と呼ばれる謂れはありません」
「でも姫さん、オルスロットだけ優遇するわけないよね?」
「ええ、まぁ、そうね」
悲し気なオルスロットの蒼い瞳に思わず決意が揺らぎそうになるが、ソルドウィンが居る場で変に助け舟を出すと色々と煩いことになりそうだ。
今後の手土産やプレゼントは手作り品限定と決め、イゼラクォレル含めて通達することにしたのだった。
§ § § § §
そしてやって来たフェリスリーアの1歳の誕生日当日。
事前に手作り品以外は受取拒否を宣言していたため、誕生日プレゼントは素朴な代物に落ち着いていた。
イゼラクォレルからはお手製の刺繍が施されたベビー服が送られて来ており、上手いことボーダーラインを躱された気分だ。
ソルドウィンは基本的に何でも器用にこなすため、元々心配はしていなかったのだが、制限を掛けたせいで変に闘志を燃やしたのだろうか。今まで面倒臭がって手を出していなかった、複雑な作りの魔道具を作って来ていた。複数の守りの魔術式を組み込んだその魔道具は、デザインこそはシンプルなものだが、性能などはレイト・イアットの魔道具に引けを取らない一品になっていた。
そして問題のオルスロットのプレゼント。
「いぬ、でしょうか?」
「一応うさぎ、のつもりなのですが……」
フェリスリーアのに渡す前に見せてもらったそれは、タオル生地のクッタリとした何かだった。オルスロットの発言から、恐らくうさぎのぬいぐるみ、なのだろう。
色々と頑張った痕跡の見えるそれには、辛うじて血痕はついていないようだ。
しかしどうにも造形が禍々しい。フェリスリーアに渡して大丈夫なのか、とても悩ましい。
「やはり、渡すのはやめた方がいいですね」
「いえ、そんなことはないです。折角、オルスロット様が頑張ったんですもの」
しょんぼりとぬいぐるみらしきものを下げようとするオルスロットに、思わず手を掴んで否定する。きっと、娘も父の頑張りを理解してくれるはずだ。
自信がなさそうなオルスロットを説得し、フェリスリーアに渡してみることにする。
「フェリス、お誕生日おめでとう」
その言葉とともに渡されたプレゼントを見た瞬間、フェリスリーアはギャン泣きした。
流石に1歳児に空気を読むことを望んだのは無茶だった。落ち込むオルスロットを宥めながら、レイティーシアは手作り縛りを諦めたのだった。




