三人寄れば姦しい
何故、自分はここに居るのだろう。
アンゼリィヤはそんなことを延々考えながら、手に取ったクッキーを頬張る。とても美味しい。
今日はたまたま休みだったから久しぶりに、レイティーシアに会いに来たのだった。そうすると、同じくレイティーシアに会いに来ていたチェンザーバイアット家の姉妹たちが居り、一緒にお茶会をすることになったのだ。
従姉妹同士なので面識もあるし、互いに会うのは久々だから近況を互いに話すことは別段構わない。
しかし、アンゼリィヤはずっと騎士団に所属しているのだ。女子のお茶会というものに慣れていない。
こんなにも、取り留めなく会話が流れ続け、賑やかと思っていなかった。
いささか遠い目になりながら、話し続ける従姉妹たちの会話に耳を傾ける。
「レイティーシア、大分お腹も目立って来たわねぇ。出産は年明け頃だったかしら?」
「ええ、マリー姉様」
「女の子かしら、男の子かしら? シア姉様に似ても、オルスロット様に似てもきっと可愛いわ!」
「ありがとう、シャラ。シャラがくれたお洋服、とても可愛いデザインでこの子に着せるのが楽しみだわ」
「気に入ってくれてよかった。我が商店の一押し商品よ! ぜひ愛用してくださいな」
レイティーシアは微笑みながら、基本的には聞き役に回っている。おっとりと話題を振るのは長女のマリーアンネ。数年前にとある伯爵家に嫁いだ彼女は、現在は子供たちと領地に居ることが多いのだが、社交シーズンで丁度王都に来ていたのだという。
そして賑やかに話すのは、三女のシャライアーナ。こちらはチェンザーバイアット領に本店を構える大きな商家に嫁ぎ、今は旦那と共に王都の店舗を任されて商売に邁進しているそうだ。先程から手土産と称して、色々な商品の売り込みをされている。とても商魂逞しい。
「それにしてもシア姉様、レイト・イアットで魔道具以外を出すなんて意外だったわ。魔道具じゃないなら、うちも一枚噛ませて欲しいわ!」
「うちの領地でも大人気よ。そうだわ、うちの領地の伝統的な図案を取り入れて、限定のデザインを作ってくれないかしら?」
「まぁ、素敵! きっと良く売れるわ!」
「シャラ……。マリー姉様も意外と抜け目ないですね」
「ふふ、領地経営を手伝っているもの。特産として売り出せそうな伝手があるなら、使わなきゃ損だわ」
優雅に笑う様子は美しい淑女だが、言っていることは老獪な貴族そのものだ。レイティーシアは困ったように笑いながら、肩を竦める。
「多分大丈夫と思うけど、旦那様とソルドウィンに相談してからになるわ。今回は主にソルドウィンが取り仕切っているから」
「あら、そうなの? それじゃあ、あの子にも会わないとかしら。アンゼリィヤさん、彼の予定って分かるかしら?」
「申し訳ない、アイツとは所属が違うので……」
「そうよねぇ。どうしようかしら。わたくしが直接連絡取ると、大体逃げられてしまうのよね」
困った、という様子でマリーアンネは頬に手を当てる。
ジルニス家の人間らしく魔術をこよなく愛するソルドウィンは、いかにも貴族らしいこの従姉妹のことが苦手なのだ。そして恐らく、マリーアンネ自身もそのことは気付いているのだろう。小さくため息をつくと、レイティーシアに話を戻す。
「後で、正式な依頼の手紙と伝統的な図案の資料を届けるわ。ご主人とソルドウィンに検討をお願いしてもらっても良いかしら?」
「ええ、分かったわ。しっかりお願いをしておきますね」
交渉もひと段落したところで、先ほどからどこかうずうずとした様子だったシャライアーナがズイ、とアンゼリィヤににじり寄る。
「リィヤ姉様は、結婚式はいつ頃のご予定?」
「けっ……!? な、何故?」
「リィヤ姉様が第二騎士団団長さんと一緒に住み始めたってこと、結構庶民には有名よ? 姉様凛々しいから、女性に大人気なの」
「貴族でも、ジルニス家と接点を持ちたい家は多いから、落胆している家は多いわねぇ」
「団長さんも、貴族に横槍入れられる前にと結構焦っていたらしいですね」
三姉妹から次々と情報が齎され、アンゼリィヤは顔を覆って項垂れる。
自身の結婚が、貴族たちや市井の中でそんなに噂されるものだなんて思っていなかった。
しかもバルザックからのプロポーズを受け入れ、共に暮らし始めたのはつい数日前なのだ。色々と情報が流れるのが早すぎる。
「リィヤ姉様、遅くなりましたけど、ご結婚おめでとうござます」
「おめでとう、アンゼリィヤさん」
「リィヤ姉様、おめでとう! 今日会えると思っていなかったから、お祝いはまた別の日に持っていくね」
「……ありがとう」
口々に贈られる祝いの言葉に、顔の赤みはまだ引かないが、顔を上げる。しかしすぐに目が合ったシャライアーナの表情を見て、顔を上げたことを後悔した。
ものすごい、商売人の顔をしている。
「結婚式の予定は、もう決まってる? もしまだなら、ぜひうちでプロデュースさせて欲しいわ!」
「いや。その、結婚証書の提出だけで済ませる予定だ」
「もったいない! 折角の機会なのに……。小さなパーティとかも、なさらないの?」
「私たちは騎士だから。やっても、どこかの酒場で飲み会を開くくらいだろう」
「そんなぁ。着飾ったリィヤ姉様、絶対美しいと思うの」
へにょりと眉を下げたシャライアーナは、目に涙を浮かべながらにアンゼリィヤを見上げる。
つい絆されそうになるが、この従妹はとても強かなのだ。昔からの付き合いでその事を知っているアンゼリィヤは断固として拒否をする。
「すまないな、私はシャラの望みを叶えられそうにない。そういえば、シアも結婚式は挙げていないんじゃないか?」
「リィヤ姉様……。わたしは、今年の春にランドルフォード領の方へ旅行に行ったときにパーティをやって頂きました」
「そう、だったな」
急に話を振ったら、レイティーシアに呆れた様子でため息を吐かれてしまった。
「今なら王都に来ている人も多いから、レイティーシアとアンゼリィヤさん二人分のお祝いのパーティ開きたいところだけど、レイティーシアに負担がかかると良くないものねぇ」
「何より、伯爵夫人なマリー姉様は予定が空いていないじゃない!」
「そうねぇ、残念だわ」
シャライアーナの指摘におっとりと笑ったマリーアンネは、ふと時計を見て、ティーカップをテーブルに置く。
「さて、随分と長居してしまったけど、そろそろお暇させて頂かないといけないわ」
「そうね、私もそろそろ帰らなきゃ」
「それでは、私も帰ろう。シア、急に押しかけてすまなかった」
「いいえ。みんなで会えることはなかなかないから、楽しかったです」
にっこりと笑って見送りに来てくれようとするレイティーシアを押し留め、突如開催となった従姉妹のお茶会はお開きとなった。
そして後日。
三姉妹連名の結婚祝いがアンゼリィヤの家に届けられた。
大きな箱ながらも比較的軽いその贈り物に、散々アンゼリィヤを着飾らせようとしていたシャライアーナの様子から不安を抱いていたのだが、従姉妹たちはちゃんと真っ当な大人だった。
贈り物はドレスではなく、アンゼリィヤがこの先の季節、日常的に使えそうなコートだった。立派な素材の赤茶色のコートの襟元には先日から大流行な幻絹を使った刺繍が施され、恐らく特注品だろう。
伯爵夫人と大きな商家の女主人、そして稀代の魔道具職人の合わせ技に畏れつつも、愛用することになるだろう。
設定だけは作っていたけど、本編では進みが遅くなるからとカットしたレイティーシアの姉妹たちです。
そしてついでにアンゼリィヤとバルザックのその後。
ちなみにレイティーシアたちのランドルフォード領でのパーティ話は後々書きます。最後の番外編の予定。




