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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
番外編
92/100

結局は新商品

大分間が空きまして申し訳ありません。

 レイティーシアにとって、魔道具作りはもはや生き甲斐みたいなものだ。

 だからもうレイト・イアットとして魔道具を売るつもりがなくても、新しい魔道具を思いついたら作っていたし、妊娠が発覚して魔道具作りを禁止されてもスケッチブックに色々な案やデザインを描いていた。


「んー。やっぱり何か作りたいわ……」


 先程までデザインを描いていたスケッチブックを胸に抱え、レイティーシアは悶々(もんもん)と呟く。

 魔道具作りを禁止されて早数ヶ月。スケッチを描くだけでは物足りなくなっていた。


 しかしお腹の子どもの影響か、前とは魔力を扱う感覚が異なり、とても魔道具作りの様な繊細な事は出来そうにない。近頃目立つ様になってきたお腹を撫でながら、小さくため息を吐く。


「刺繍、という気分でもないし……。とは言っても、流石に危険を伴うようなことは出来ないし……」


 一人で呟きながら、何か良い案はないかと考えを巡らす。

 危険はないけれど、なんとなく何かを発明したいような、という気分を晴らしてくれるもの。


 普通の貴族女性が抱く欲求ではないが、レイティーシアとしては日常的に感じている欲であり、魔道具作成のモチベーションになっているものだ。


「刺繍や編み物で、魔道具みたいなものが出来れば……あっ! いいものがあるわ」


 ふと思い出した代物をマリアヘレナに取って来てくれるよう頼むと、結構奥に仕舞い込んでいたと思っていたが、すぐに探し出してくれたようだ。早々に持って来てくれたソレを受け取り、レイティーシアは少し悲し気に微笑む。


「奥様、どうされたんですか?」

「ちょっと、ね……」

「お医者さま、呼びますか?」

「いえ、違うの。これ、前にランファンヴァイェンさんから頂いたものだから……」


 そう言ってマリアヘレナに見せるのは、取って来て貰った箱の中に入っていた美しい白色の糸束だ。


「……幻絹ファントムシルクでしたっけ?」

「ええ。遠方に買い付けに行ったお土産で頂いたのだったかしら。懐かしいわ……」

「そう、ですね」


 二人そろって少ししんみりしてしまった空気を振り払うように、レイティーシアは明るくマリアヘレナに声を掛ける。


「さてマリア。この一束に魔力を流してみて?」

「え? 私が、ですか?」

「ええ。さ、早く」


 ニコニコと幻絹の一部を差し出せば、不思議そうにしながらマリアヘレナはそれを受け取る。そして魔力を流し込むと、すぐに白かった糸が琥珀色こはくいろに染まった。


「えっ!?」

「ふふ、マリアの色はやっぱり琥珀色なのね」

「どういうことなんですか?」

幻絹ファントムシルクは、魔力を通すとその魔力の性質を持つの。だから、色も性質に合わせて変わるらしいの。そして人間だと、魔力の性質は瞳の色に現れやすいから」


 そうマリアヘレナに説明すると、レイティーシアも幻絹の一部へと慎重に魔力を流し込む。前なら何の意識をする必要もなく出来た魔力の操作だが、今は意識をちゃんと傾けないと動かすことが出来ない。

 そしてしばらくして出来上がったのは、銀色がかった青紫色の糸だ。


「あれ?」

「やっぱり、前とは違う色になったわ」

「え? もしかして、前は紫色だったんですか?」

「ええ。これね」


 魔力を通す前の幻絹と一緒に箱に仕舞っていた何種類かの色糸の中から、藤色の糸を取り出す。先程魔力を通した糸とはまるで別物だ。


「この色が赤ちゃんの影響なら、青い瞳の子かもしれないですね?」

「そうかしら……?」

「ええ、きっと。だって、紫が混じっているのは奥様の色でしょうし。それに、旦那様の瞳も青色ですしね」


 そう笑って言うマリアヘレナに、レイティーシアも笑いを返す。


「そうね、そうかもしれないわ。ふふ、楽しみだわ」

「そうですね。だから奥様、無茶しちゃダメですよ?」

「分かっているわ、無茶なんてしないわ。今日は、この糸を使って刺繍するだけよ。マリアの糸も貰っていいかしら?」

「それは構いませんけど。刺繍も熱中しすぎないようにしてくださいね」

「大丈夫、刺繍は苦手だから……」


 眉を下げて告げれば、マリアヘレナは笑って頷いていた。昔からの付き合いとはいえ、酷いものだ。

 頬を膨らませて睨みつければ、わざとらしく態度を改め、小さなブランケットをレイティーシアの膝へと掛けてくる。


「それでは、私は仕事に戻りますね。時々様子を見に来ますから」

「ええ。ありがとう」


 そして部屋から出ていくマリアヘレナを見送ったレイティーシアは、青紫色に染まった幻絹を片手に、刺繍道具を手に取るのだった。


   § § § § §


その日の夜。

仕事から帰宅したオルスロットの後ろには、ソルドウィンが着いて来ていた。


「久しぶりー姫さん。元気そうだね?」

「ソルドウィン? オルスロットさまが呼んだの?」

「いえ、勝手に着いて来ました」

「勝手にって、ひっでー」


 苦々しく言うオルスロットに、ソルドウィンはケラケラと笑う。そして一頻ひとしきり笑ったあと、まじまじとレイティーシアを見つめて一人で頷くのだった。


「なぁに?」

「うん、姫さんが魔力扱いにくくなったって聞いたからさ。お腹の子、多分かなり魔力強いねー」

「分かるんですか?」

「あぁ。普通ならそんなに分かんないけど、その子、かなり強いから。姫さんとは違う魔力がモロ感じられるよ」

「そうなの……」


 珍しく優しい笑みを浮かべているソルドウィンが、そっとレイティーシアのお腹を撫でる。


「多分普通に生活するには問題ないと思うけど、オレも専門じゃないからさ。気になることあるなら、すぐに専門のセンセに相談しなよ?」

「ええ、ありがとう」

「ありがとうございます、ソルドウィン」

「べっつにー、大したことないし。てかさ、姫さん。コレなに?」


 レイティーシアとオルスロット揃って礼を言えば、照れ隠しのようにキョロキョロと視線を彷徨わせたソルドウィンは、テーブルの片隅に置いていたハンカチを手に取る。

 その淡い水色の布地のハンカチには、藤色と青紫色の糸で小さな紋様の刺繍が施されている。


「ふふ、今日作ったの。幻絹ファントムシルクの糸で魔術式の刺繍をしてみたらどうなるかなって」

「幻絹かー」


 ハンカチに刺繍した紋様は、パッと見ただけではちょっと変わったデザインの刺繍くらいにしか見えないだろう。しかし装飾が施されていて分かりにくいが、実は魔術式を形成しているのだ。

 じっくりとハンカチを見つめ出したソルドウィンを放置し、オルスロットはレイティーシアに問いかける。


「無茶はしていないですか?」

「していません。マリアにも散々言われました」

「皆、心配しているのですよ。レイティーシアはすぐに無茶をしますから」


 少し不貞腐れながらオルスロットを見上げると、優しく微笑みながら頬を撫でられる。


「無茶をしていないのならば、良かったです。ソルドウィンがあんなに見てるなんて、あのハンカチはどういった効果があるんですか?」

「ほんの僅かですけど、防御の力を纏わせることが出来ました」

「防御の力……」

「ええ。お守り、といった程度ですけど。あの糸は、私の元々の魔力と、今の魔力で染めたものなんです」

「それは、強力なお守りになりそうです」

「そう、ですか?」


 効果としては本当に大した事はないのだ。あのハンカチでは、小さなナイフすら防げはしない。

 しかしオルスロットは幸せそうにレイティーシアのお腹を撫で、レイティーシアに囁く。


「あのハンカチは、レイティーシアとこの子の力が籠っているんです。俺にとって、何よりのお守りです」

「っ……! それなら、もっと沢山作りますね」

「いいえ、あれ一つで十分です。レイティーシアはすぐに無茶をしますから」


 表情は柔らかな微笑みだが、オルスロットの瞳には笑みは浮かんでいなかった。結構本気で止められている。

 レイティーシアとしては色々試してみたかったのだが、この刺繍もアレコレやってしまうと怒られそうだ。時々縫う程度に留めよう、と大人しく頷いておく。


 そんな二人の様子も全く意に介さずハンカチを見ていたソルドウィンは、ようやく観察が終わったようでニンマリと笑みを浮かべてレイティーシアに声を掛ける。


「姫さん。コレ、売れるよ」

「え? どうしたの、ソルドウィン?」

「別に姫さんの魔力じゃなくても、魔力を通した幻絹で魔術式作れば効果出ると思う」

「やっぱり。私も今度試してみようと思ってたけど、見ただけで分かるのね。でも、それで売れるって?」


 首を傾げて問えば、ソルドウィンはハンカチをひらひらと振って笑う。


「幻絹に魔力流すくらいなら、よっぽどセンスのない人以外なら誰でも出来るじゃん。そんで、刺繍は貴族子女の嗜み。幻絹と魔術式のデザインをセットで売り出せば、大ヒットするんじゃないかな?」

「そうかしら?」

「そうだって。ただでさえ女性って恋人への手作りプレゼントって好きじゃん。それに効果まで付くなら飛びつくんじゃない?」

「幻絹自体はそう珍しい素材ではないですし、売り出すことも不可能ではない、かもしれないですね」

「オルスロットさままで……」


 意外にもオルスロットまで真剣に考え始めた状況に、レイティーシアは困惑を隠せなかった。商人でもないのに、なんで二人は商品化に前のめりなんだろうか。


「何かあったのですか?」

「いやー最近さ、レイト・イアットの名をかたって粗悪品をバラまいてるヤツが居るんだよ」

「レイティーシアの手は煩わせたくなかったですし、こちらで何とか出来る状態ではあったのですが」


 すまなそうに言うオルスロットとは対照的に、ソルドウィンは黒い笑みを浮かべながらあっけらかんと言う。


「姫さんの作品の素晴らしさを分かってないアホも、利用するクズも、コレを見てスゴさを思い知ればいいんだよ」

「……そう」


 少々暴走気味なソルドウィンを止めることを、レイティーシアは諦めたのだった。



 そしてしばらく後。

 レイト・イアットの銘で売り出された魔術式の刺繍デザインと幻絹ファントムシルクは、あっという間に王都の女性に人気の商品となっていた。色々な魔術式が様々なデザインで次々と発表され、恋人への贈り物の定番として根付くのだった。


 ついでにレイト・イアットを騙っていた犯人も、いつの間にか捕まったとか。

ソルドウィンが幻絹に魔力を通すと、金色の糸になる。

オルスロットは、魔力操作の才能が全くないため魔力を通すことが出来ない。


レイト・イアットの偽物事件は別で書くかもしれないですが、書かないかもしれません。

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