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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
9/100

苦行のお茶会3

「貴様、何者だ!」

「お前、その手を離しなさい!」


 騒然とする会場。先ほどまでレイティーシアと話をしていた貴族や、近くにいた人々が声を上げる。ハロイドなど、騎士だという人たちも丸腰ながらも慌てて駆けつける。

 しかし、周囲の慌てた様子とは対照的に、レイティーシアは落ち着いていた。身に着けた耳飾りの結界を作動させるか少し悩みながらも、腰を抱く男の様子を窺う。なんとなく、知り合いの様な気がしていたのだ。


 そしてレイティーシアの腰を抱く男は、そんな周囲の様子を見てニヤリと笑い、慇懃な礼をする。


「これはこれは、皆さま方。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。俺は宮廷魔術師のソルドウィン・ジルニス。このレイティーシアの従弟に当たります。以後お見知りおきを」

「何……! ジルニスだと!?」

「ソルドウィン・ジルニス!?」

「なぜ……?」


 混乱する周囲をよそに、やっぱり、と小さく呟いたレイティーシアはその男――ソルドウィンを見上げる。魔術師らしくない黒い動きやすそうな衣服を身に付け、金のつり目に楽しげな笑みを浮かべた黒髪の男は、良く見知った存在だった。


「ソルドウィン、どうしたの?」

「ん? 姫さんが珍しく社交界に出てきたって聞いたから、見物」

「……こんな登場の仕方しなくてもいいと思うの」

「だって面白いだろ。ほら、普段は取り澄ました面々のあの慌てっぷり」


 そう言いながらぷっと笑いを漏らすソルドウィンに、ため息を吐く。この男は、昔から周囲を引っ掻き回しては爆笑している悪趣味な男なのだ。宮廷魔術師になってまともになったかと思っていたが、何も変わっていないようだ。

 わざと宮廷魔術師のローブではなく怪しげな黒い服に身を包み、派手に乱入するなど、周囲にとってはとんでもない迷惑な乱入者だ。しかし、レイティーシアはちょうどこのお茶会という名のパーティーにも嫌気がさしていた頃だった。

 腰にまわされた腕を叩き落としながら、ソルドウィンを利用することにする。


 乱入者が不審者ではなく宮廷魔術師、しかもレイティーシアの従弟ということで周囲はより対応に苦慮していた。そんな中、ハロイドに付き添われながら主催者のナタリアナが近づいてくる。


「レイティーシア様、一体どうなさったのですか?」

「ナタリアナ様。お騒がせをして申し訳ありません」


 目を伏せて謝罪をすると、ナタリアナは更に駆け寄り、レイティーシアの手を握る。


「そんなことより、レイティーシア様がご無事でよかったです」


 レイティーシアを見上げる青いたれ目は微かに潤んできらきらと煌めいていた。

 先ほどはナタリアナを疑ってしまったが、やっぱりこの子はいい子だ。ころりと評価を変えたレイティーシアは、安心させるように頬笑みを浮かべる。分厚いレンズ越しだが、長い前髪はクセラヴィーラによってまとめられてしまっているため、普段よりは表情は伝わりやすいだろう。


「ご心配をおかけしました。彼は、私を迎えに来たのです」

「お迎えですか……?」

「はい。ですが、彼の性分を忘れておりました。不要な騒ぎを起こしてしまいまして、申し訳ありません」


 ソルドウィンの乱入も含めて、最初から予定していたことにする。その方が、恐らく収まりもつく。


「せっかくの楽しい時間でしたが、迎えが来てしまいました。申し訳ございませんが、お先に失礼させて頂きます」

「まぁそんな……残念ですわ。ぜひ、またいらしてください」

「はい。本日は、お招き頂きましてありがとうござました」


 まだ引き留めたいという空気はひしひしと伝わってきていたが、それには気付かないふりをして礼をする。そしてソルドウィンにエスコートを促し、ナタリアナから離れる。

 途中にいる人々にも引き留められそうになるが礼でかわし、足早に屋敷の入り口を目指す。クセラヴィーラやマリアヘレナが、屋敷内に設けられた控室で待っているのだ。


 そして周囲に参加者が居なくなった頃。頭上からソルドウィンの視線を感じた。


「何かしら?」

「いやいや、絶景と」

「……?」


 そう言うソルドウィンの視線は、レイティーシアを向いている。景色に対しての発言ではない。

 しばらく考えたのち、ハッと思い至る。

 ソルドウィンはエスコートのためにレイティーシアの腰を抱いている。この近さから、長身の彼がレイティーシアを見下ろした時に見えるもの。


 それは、広く開いた、豊かな胸元だ。


 ソルドウィンの腕をまた叩き落とし、おまけに一発頬を叩こうと手を振りかぶるが、あっさりとかわされてしまった。案外身が軽い。

 怒りはそう簡単に収まらないが、いつまでもよそ様の家で騒いでいるわけにもいかない。また腰を抱いてエスコートをしようとするソルドウィンを避けながら、控室へと急ぐ。


「ちょっと待てって」

「もう、付いてこなくていいわ」

「いやいや、用事は本当にあるんだよ」

「そう。じゃあお屋敷の方に直接来てちょうだい」

「あー、もう。ほんと悪かったって! ほら、これ、結婚祝い!!」


 取り付く島もないレイティーシアの様子に、ソルドウィンは音を上げた。

 ごそごそと服を漁り、少しくしゃくしゃになった包みをレイティーシアに押しつける。


「……何?」

「珍しい鉱石とか、金属とか」

「まぁ! ありがとう!!」


 一瞬前までの冷たい空気をあっさりと捨て去り、ソルドウィンに抱きついて喜びを露わにする。魔道具作成に役立つかもしれない、珍しい鉱石や金属はレイティーシアが貰って一番喜ぶ品物だった。

 あっさりと態度を変えるレイティーシアに苦笑しながら、ソルドウィンはついでに自身の要求も忘れずに伝える。


「それで、なんか俺に魔道具作って欲しいなぁ」

「また?」

「姫さんの魔道具はいくつあってもいいもん。俺、大好き」


 珍しくにっこりと純粋な笑顔を浮かべるソルドウィンは、レイト・イアット愛好家として有名だ。今も指輪や腕輪、ペンダントに耳飾り、イヤーカフス。さらに長めの黒髪の随所にも魔道具の飾りがついている。すべてレイト・イアット製だ。恐らく見えない場所にもいくつか着けているだろう。

 彼を知る人はこっそり、歩く財産呼ばわりしているとか。


「愛用してくれるのは嬉しいわ。……ああ、でも、作業部屋が出来るまで製作はできないの」

「あ、それ!」

「何?」

「俺の用事。姫さんの旦那サマに依頼されたんだよね、作業部屋用の結界作成。今日はそれで来たんだよ」

「……じゃあ本当に、ここに来る必要ないじゃない」

「ははは! それは、やっぱこっちに来た方が面白いし?」

「もう……。絶対余計な噂になってるわ……」


 からからと笑うソルドウィンとは対照的に、レイティーシアは重々しくため息を吐くのだった。

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