嘘つきはだれ3
戦争は開戦から1ヶ月足らずで停戦へと至った。しかし、直ぐさま全ての兵を国境から退かせることは出来ない。
なんせ、国境の街の領主であるハートフィルト子爵は亡くなっているし、停戦するための各種決め事も必要なのだ。勿論、外交交渉は騎士団が行うのではなく、専門の官吏が行うが、それまで睨みを利かせておかなくてはいけない。
しかしその一方で、大罪人であるハロイドを王都まで送る必要もあった。
ハロイドは捕らえたあの夜から砦内の牢屋に入れられ、度々尋問を行なっているが口を開くことはなかった。それでも、あの夜の行動とソルドウィンの証言、そして辛うじて見つかったハートフィルト子爵殺害の証拠だけでも十分な大罪である。
王都に連れて行き、より厳しい尋問と裁きを受ける必要があるのだ。
「だからといって、団長がハロイドを連行しなくても良いでしょう。俺がハロイドを連れて王都に戻ります。戻らせてください」
「いや、だからな。オルスを戻らせてやりたいのは山々だが、ハートフィルト家のこともあるからな?」
「優秀な子息たちが居るのですから、団長が平民だろうと、監視役でも構わないじゃないですか」
「いや、ダメだろ!」
砦内の執務室で延々と続く抗議にバルザックはガシガシと頭を掻き、ため息を吐く。
バルザックとオルスロットの2人で、ハロイドを連行するために兵の一部と共に王都へ戻る役割と、国境に残る役割を割り振る必要があった。しかし、今回は選択の余地がなかった。
ベールモント王国との国境に接しているこのハートフィルト領の領主である子爵は殺害され、その子息であるハロイドは国を裏切った大罪人だ。第二騎士団の独自調査でハートフィルト子爵家自体は問題ないと判断していており、さらに残された子息たちが優秀な人材であろうと、お咎めなしとなるはずが無い。最悪、お家取り潰しの可能性もある。
そんな状況であるから、王都から査察官が来る予定であるが、文官がそんなに素早く国境まで来れるわけもない。
そしてそんな場所に騎士ではあるが、侯爵家の人間であるオルスロットが居るのだ。丁度良いとばかりに、正式な査察官が到着するまでのハートフィルト子爵家の監視役として任命されてしまったのだ。
しかし王都にレイティーシアを残して居るオルスロットは早く戻りたいがために監視役をバルザックに押し付けようと、先程からずっとゴネているのだ。
だが、オルスロットの手元には王のサインも入った任命書もある状況だ。ゴネたところで覆すことも出来ない。
オルスロットとしてもそんなことは分かっているのだが、はいそうですか、と受け入れたくもないのだ。
「査察官と外交官が来るまで2週間から3週間。各種交渉ごとがスムーズに進めば、2週間程度でしょうか。撤収準備と外交官の護衛を兼ねた王都までの移動で3週間……。新年祭まで2ヶ月だから、ギリギリですよ。しかも、かなり希望的観測でのスケジュール感ですよ、コレ? 実質絶望的じゃないですか、新年祭までに戻るの。また俺はレイティーシアとの約束を守れないのですか。とんだ嘘つきじゃないですか」
「オ、オルス……」
常になく暗い表情でブツブツと呟き続けるオルスロットにバルザックも引き気味だった。どう宥めたものかと声をかけあぐねていると、唐突にオルスロットがイイ笑顔でバルザックを見上げた。
「そうだ、団長。アンゼリィヤ・ジルニスはこちらに留まっていただきましょう」
「はぁ!? ふざけんな、却下だ、却下!」
「なんでです。団長だって同じ目に遭えばいいじゃないですか!」
「まじでふざけんなって。お前、自分の不幸に他人まで巻き込むな!」
「いやです。団長もこの苦しみを味わえばいいんです」
「おっ前なぁ! こちとらまだプロポーズもしてないんだ!! 恋人の貴重な時間奪うなよ。アンゼ繋ぎ止めとくの大変なんだぞ!」
吠えるように怒鳴ったバルザックを、オルスロットは驚いたように見つめ、小さく笑う。
「女性に対して、来るもの拒まず去る者追わず、な姿勢を崩さなかった団長が、そんなに仰るとは……。すみません、巫山戯すぎました」
「あーー、いや。うん。まぁ、そうだな。……とりあえず、奥方への手紙くらいなら預かるぞ?」
居心地悪そうにあらぬ方向を向いて髪を掻くバルザックの頬は、心持ち赤くなっているようだった。オルスロットはそれには気づかない振りをして、話を続ける。
「アンゼリィヤ・ジルニスは帰還する部隊に含めましょう。手紙については、助かります。よろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
「しかし、団長とアンゼリィヤ・ジルニスが結婚したら、親戚ですか…………」
「文句あんのか! 手紙捨ててくぞっ!」
心なしか嫌そうに呟いたオルスロットに、バルザックは半ば本気で怒鳴っていた。
§ § § § §
そして日々は平和ではあるが、残酷にも過ぎていく。
比較的早くに査察官と外交官はハールトの街まで到着し、停戦の協定もスムーズに進んでいた。唯一、ベールモント王国が攫ったと思われている職人たちの行方についてだけは知らぬ、存ぜぬを貫き通したため交渉が難航したが、最終的にはベールモント側が折れ、無事テルベカナン王国へ帰されることとなる。
そして正式な停戦協定が結ばれたのは、新年祭の20日前だった。
それから急ピッチで撤収準備を行い、これから王都へ帰還しようとした時だ。国境地帯を未曾有の吹雪が襲ったのだった。
テルベカナン王国の北部にあり、元々冬の寒さは厳しい地帯だ。雪が降り積もることも多々ある土地であるが、ここまでの大雪に見舞われるのは数十年に一度、というレベルだと言う。
「大雪による被害は如何程ですか?」
「家屋の倒壊などは幸いありませんが、多数の道が雪に埋まってしまい、流通が麻痺しています。付近の小さな村などは、孤立している状態かと」
「そうですか……。北部に慣れていない人員でも人手は多いに越したことないでしょう。王都への帰還は延期して、大雪の対応に当てましょう」
オルスロットの判断に、引き続き砦に残る予定であった国境警備部隊の部隊長が心配そうに声を掛ける。
「よろしいのですか? この様子だと、恐らくこの冬は大雪が続きます。今ならまだ、王都へ帰れますよ?」
「それならば、余計に帰るわけにはいかないでしょう。騎士は民を守るために居るのです。そしてそれは、闘いだけではない。そうでしょう?」
「そう、ですな」
オルスロットは少し残念そうな表情でありながら、穏やかな微笑みを浮かべる。
「それにきっと、今無理に帰っては色々と怒られてしまいます。外交官や部下たちに無理をさせた、とか」
「ははっ、それはあるかもしれませんね」
「幸い、外交官たちは雪の中動きたく無い、と言ってますし。雪の際の動き方について、学ばせて頂きます」
「承知しました。では、ビシバシ行かせていただきます」
ニヤリ、と笑う部隊長にオルスロットは苦笑を返す。
そして部隊長の言う通り、その冬は度重なる大雪が国境地帯を襲い、オルスロットたちが王都へと帰還できたのは、春を迎えてからであった。




