嘘つきはだれ1
ハロイドにとって、自身の人生は、生まれた時から負け組のレールが敷かれていた。
子爵家の三男として生まれたが、兄二人は幸か不幸か優秀な人物だった。おかげで家には既に居場所はなかった。
スペアのスペアなど、不要なのだ。
そして従兄弟であるウィンザーノット公爵家の子息達と歳が近いことから、学友としてウィンザーノット公爵領へと送られた。しかし、それは従兄弟達の従者への道だった。
決して、自分自身は出世出来ない。
しかも、ウィンザーノット公爵家に姫君が産まれてからは、子守まで任された。子息達にとって、ハロイドとは面倒な歳の離れた妹の子守を押し付けられる、丁度良い存在だったのだ。
とてもじゃないが、このまま誰かに使われるだけの人生など、耐えられない。
そう思い、自分の力で身を立てるために、騎士団への道を選んだのだ。騎士団は、実力主義の場所ということだったから。
とはいえ、実際のところ騎士団も身分による差は大いにあった。貴族以外が第一騎士団に配属されることはまずなく、また貴族が第二騎士団に配属されることもほぼない。
そうであるにも関わらず、同時に入団したオルスロット・ランドルフォードが第二騎士団に配属されたと聞き、この上もなく優越感に浸れたものだ。侯爵家の次男が、庶民とひとまとめの扱いを受けるのだ。いい気味だ、と幾度となく思っていた。
しかし、ほんの数年でオルスロットは第二騎士団の副団長に抜擢された。二十代半ばでの副団長就任など、異例中の異例だ。
確かに、オルスロットはいくつか戦での手柄を上げており、騎士団上層部の覚えも良かったのだろう。だがこれほど若くしての副団長就任は、きっと侯爵家の圧力があったに違いない。そう、第一騎士団の仲間内では噂をしていた。
やはり騎士団でも、家の力がモノを言うのか。
そんな思いが腹の中で渦巻いたが、それでも所詮は第二騎士団のことだ。ハロイド自身は第一騎士団で多少出世しており、部下に自分より爵位の高い伯爵家の人間が居るのだ。そしてなにより、第二騎士団より人気の高い第一騎士団の証、白い上着の騎士服を身に纏っているのだ。
そう思えば、鬱屈した思いも抑え込めた。
だが、それもこの前の辞令で第二騎士団への異動を命じられて崩れ去った。
上司は「公正な広い目を養って来い」とだけ告げ、仲間と思っていた同僚たちは落ちこぼれを見るような視線を最後にさっさと離れていった。そして第二騎士団では、今まで見下していたオルスロットが上司であり、団長や他の同僚は全て庶民だった。騎士服も実用的といえば聞こえはいいが、ただ無骨で地味な真っ黒だ。
なぜ、自分はこんな所にいなくてはいけないのか。
なぜ、自分がこんな扱いを受けなくてはいけないのか。
そんな思いが渦巻き、どうしても納得することは出来なかった。
元々、家や国といったものに大した忠義や恩義などなかった。だから実家の方で知り合った、ベールモントの者と思われる人間にも昔からちょっとした融通を利かせていた。
最初は、ある程度証拠を掴んで国へと突き出してやろうと思っていたのだ。だが、幾度か会って話をしているうちに、騎士団の同僚などよりもよっぽど気の許せる友人となっていた。
そしてこの鬱屈とした気持ちを吐き出せば、その者は甘美な誘いを持ちかけてくれたのだ。
うまくいけば、このテルベカナンの人間を支配する立場を用意する、と。
それからは、色々なことをした。
ベールモントの間者を王都へ入れる手引きをし、いくつか情報も流した。自身が戦地に行くことになってからは、毎日のように作戦をベールモントへ流し、父親も殺した。
そして、ここでこの戦の指揮官であり、憎いオルスロットを殺せば、願いは叶ったも同然だ。
背後からの不意打ちでオルスロットの体勢は崩れたものの、斬った感触はほぼなかった。確実に、息の根を止めなくてはいけない。
「死ねぇぇぇぇ!」
辛うじて剣を抜いて振り向こうとするオルスロットの首を目掛け、剣を振り下ろした。




