祈り
その夜、いつになく胸騒ぎを覚えたレイティーシアは、不安げに窓の外を見つめていた。
オルスロットたちが出陣してから3週間以上経っているが、戦地から遠い王都には戦況もほとんど聞こえてこない。時期的に、そろそろ第二陣として出陣していったアンゼリィヤたちも到着する頃であろう。
だからきっと、心配する必要などないはずだ。そう思うのに、どうしても不安が拭い去れなかった。
不安を紛らわすために、オルスロットに渡した魔道具の片割れであるイヤーカフにそっと触れた、その時。
ピキリ、という軽い音を立ててそれが割れる。
「なっ!? オルスロット様っ……?」
「どうしたのです、レイティーシアさん」
「お義母様……」
オルスロットが出陣した後、一人残されたレイティーシアを心配したイゼラクォレルが屋敷に滞在していた。
社交シーズンも終わり、普段であればイゼラクォレル達ランドルフォード侯爵夫妻は領地に戻っている時期であった。しかしレイティーシアの誘拐事件などもあり、イゼラクォレルだけ王都に残っていたところ、戦争が始まってしまったのだという。
そのおかげで、今日、この時に一緒に居てもらえた。
顔色を青くして今にも泣きそうな表情をしたレイティーシアに、イゼラクォレルはそっと近づくとソファーへ導く。そして自ら紅茶を淹れると、飲むように促した。
「オルスロットが心配ですか?」
「……はい」
悄然とした様子でイヤーカフの破片を握るレイティーシアに、イゼラクォレルは小さくため息を吐いた。
そしてあえて厳しい声で名を呼び、真っ直ぐ目を見つめて諭す。
「レイティーシア。大切な人が戦に出るのを心配するのは当たり前だわ。でも、騎士は戦うのが仕事。いちいちそんなに心配していては、貴女の身が持たないわ」
「……頭では、分かっているつもりなんです」
困った表情でうつむくレイティーシアに、イゼラクォレルは小さく笑う。
「そう、分かっているなら良いわ。わたくし達は待つしかできないもの。信じて待つことが、わたくし達の仕事ね」
「信じて、待つ……」
「ええ。うちの子はそう易々と倒れたりしないわ。それに、貴女も出来る限りのことをしたのでしょう?」
「はい……」
手の中の破片を見つめ、一つ大きく息を吐く。
片割れとはいえ、このイヤーカフに何か力があるわけではない。だから、このイヤーカフが割れたからといって、オルスロットの方に何かがあったとは限らない。それに、何かあったとしても、それから守るために魔道具を作ったのだ。
オルスロットを。そして自身が作った魔道具を。
信じるだけだ。
イヤーカフの破片を胸元で握り締め、ただ祈る。
「オルスロット様。どうか、ご無事で……」




