戦1
王都を出たオルスロットたちは行軍用の隊列を組み、一路北へと向かっていた。
伝令は馬を変えながら一日半で駆け抜けた距離であるが、歩兵や物資を抱えた状態では、一週間ほどかかる道のりだ。
既に前線では戦が始まっているが、行軍で無理をするわけにはいかないのだ。着いた時に消耗していては、意味がない。
それに伝令からの情報では、北方に配備していた部隊は既に北に向かっているという。物資も北には優先して配備しており、早々に国境が破られることもないはずだ。
焦燥感も抱きつつ北へ進み、何事もなく予定通りの一週間でハールトの街へと到着する。
ハールトの街は流石に緊張感が漂っているが、戦闘がおきている様子は見受けられない。国境の砦とハールトの街の間には多少の距離があり、街まで進軍されずに済んでいるようだ。
オルスロットたちはそのまま砦へと向かい、他の部隊と合流した。そして疲れを癒す間もなく、今まで指揮を執っていた国境警備部隊の部隊長から砦の一室で報告を受ける。
「副団長、よくお越しくださいました」
「部隊長もここまでの指揮、ご苦労様です。戦況はいかがですか」
「それが……。どうにも変なんです」
激しい戦闘があったのは進軍初日だけであり、その後は積極的な侵攻はなく、散発的なゲリラ戦のみ発生しているのだ。
この部隊長は長年北の国境に居り、今まで何度もベールモント王国との戦争を経験している。その部隊長から見て、今回のベールモント王国の進軍は異様であるという。
「戦は本命でなく、なにか別のこと企んでるんじゃないかと思うくらい、奴らにヤル気が見られないですね」
「そうですか……。しかし、ハールフェーブ平原には多数の兵を布陣していると」
「ええ。アホみたいな数の兵を置いてますね」
ハールフェーブ平原は、テルべカナン王国とベールモント王国の国境に広がる平原だ。二国の国境は、この平原以外はすべて山と森であるため、幾度となく戦場となった場所だ。
両国はこの平原の両端にそれぞれ砦を築いており、今現在は本陣を砦に置き、にらみ合いが続いている状態だ。
「国力はこちらの方が優位。持久戦に持ち込んだとしても、彼方に勝機はない。となると別の狙いがありそうですね」
「ですね。あぁ、そういえば。今までと違うといったら、奴らの装備、今までより格段に良いんですよ」
「質の良い装備、ですか……」
そう言われて頭に過るのは、攫われかけたレイティーシアの件だ。
集めた情報によると、他にも幾人かの腕の良い職人が行方不明になっていたのだ。ベールモント王国の仕業と想定していたが、よりその可能性が高まったようだ。
そうなると、この戦がただの陽動ということもないだろう。
「何かを待っている……?」
「どうしたんですか、副団長?」
「いえ。とりあえず、状況は分かりました。ありがとうございます」
報告を受け、今後の作戦などを早速思案し始めると、部隊長が思い出したように声を掛ける。
「そういえば、副団長たちは今日はお休みになられますよね? 移動でお疲れでしょう」
「え、いや。今日から部隊編成を直して合流させる予定です。貴方たちこそ、ここまでの戦で緊張続きでしょうから、休みが必要でしょう」
「いやいや。最近は大規模な戦闘もなくて、むしろ暇を持て余してる奴らのが多いくらいですよ。副団長たちはきっちり休んでください。到着して即警備に突っ込んでもそんなに役立たないでしょうし、なにより休みを与えないと魔術師団辺りから盛大な恨み買いますって」
「……そう、ですね。では、皆には今日は休みと」
「副団長も、ですよ。明日からは沢山働いて頂きますから、今日くらいは体を休めるべきです」
現在の地位はオルスロットの方が上であるが、騎士として遥かに先輩である部隊長は呆れたような表情でそう諭す。
どうにもきな臭いベールモント王国の動きは気にかかるが、疲れた頭ではロクな作戦も思いつかない。そう思い直し、オルスロットは部隊長の忠言に従うことにする。
「分かりました。では、すみませんが今日一杯まで、指揮をよろしくお願いします」
「了解。副団長の部屋は上に用意してあるんで、そっち行ってくださいね。荷物も運び終わってると思います」
「ありがとうございます」
さっさと部屋に行け、と言わんばかりの様子に苦笑を零す。多分、まっすぐ部屋に向かわせないと仕事をすると思われているのだろう。
部隊長の懸念もあながち間違いではないので、おとなしく割り振られた部屋へと向かうことにする。
この砦の下層階は食堂や倉庫、会議室といった部屋が並んでいるが、その上には砦に詰めている兵士や騎士が寝泊まりするための部屋が続いている。
現在は戦で砦に配備されている兵の数が通常時の数倍になっているため、一般兵にまで割り振る部屋は余っていない。多くの兵たちは砦の近くで野営となるが、魔術師団の魔術師たちや騎士たちには砦内に部屋が与えられている。
荷物を片づけている騎士たちに今日は休みとすることを伝えれば、あっという間にその情報は拡散されたのだろう。割り振られた部屋に辿り着く前に、ハロイドから呼び止められる。
「オルスロット」
「ハロイドですか。どうしましたか?」
このハールトの街を治めるハートフィルト家の三男であるハロイドは、地の利などもあるだろうからと、第二騎士団に所属している期間は短いが第一陣として出陣していた。
「今日は休みだと聞いた。明日の朝までに戻るから、一度実家へ顔を出して来ても構わないか?」
「……明日、遅れないのであれば構いません。ハートフィルト子爵に、よろしくお伝えください」
「分かった。では、失礼する」
戦中の束の間の休み、それも半日に満たない時間であるから、わざわざ砦から出る人間はあまりいない。しかし今まで第一騎士団に所属しており、あまり戦に出ることもなかったハロイドだ。子爵たちも心配しているだろう。
そう思うと、まだ第二騎士団に馴染んでいるとは言い難いハロイドの取り扱いが悩ましい。
少し頭が痛い、と思いながら割り振られた部屋へと入ると、さらに盛大にため息を吐く羽目になる。
「さっすが総司令官の部屋ともなると、なかなかイイ部屋だねー」
「……ソルドウィン。なぜ貴方がここに居るのですか」
「えー? いいじゃん、べつにー」
ニヤニヤと笑いながら、部屋に備え付けられた椅子にふんぞり返っているソルドウィンは既に旅装を解いている。いつも以上に大量に身に着けた魔道具を弄りながら、オルスロットに問いかける。
「そういえばさ、アンタは姫さんからどんなヤツ貰ったの?」
「どんなヤツ……?」
「魔道具だよ、魔道具。オレにこんなイイ物作ってくれたんだから、アンタにもなんか渡してるでしょ?」
そう言って首から下げた大振りの魔道具――中心が青く光っているように見える”竜の石”を使ったソレを優しく撫でた。
なんとなく、ソルドウィンのそんな様子にムッとしながらオルスロットは耳に着けていたイヤーカフを外して差し出す。
「このイヤーカフです」
「ふーん……。守り、の魔道具、かな?」
「見ただけで分かるのですか。結界を張るものだそうです」
「まぁね、姫さんとは付き合いも長いし」
ニヤリと笑うソルドウィンに苛立ちを覚えつつ、返されたイヤーカフをまた耳に着けなおす。
折角レイティーシアが作ってくれたのだ。ずっと身に着けるようにしていた。
「ソレ、ずっと身に着けときなよ」
「言われるまでもありません」
「そ。じゃあいいや。精々背後には気を付けなよー」
「は? 一体何を……」
「じゃ、そんだけだから」
ソルドウィンはそれだけ言うとさっさと部屋から去っていく。
毎度のことながら、自由気ままで身勝手だ。くしゃり、と前髪をかき混ぜてオルスロットは深いため息を吐く。
「一体何なんですか、アイツは……」




