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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
80/100

出陣の朝

 翌朝。事前に確認しておいた時間に玄関先へ向かうと、既に身支度を整え終わったオルスロットが愛馬の準備を執事たちと共に行っていた。

 まだ薄闇の残る中、漆黒の騎士服の上に鎧をまとって馬の世話をするオルスロットの姿は、まさに凛々しい騎士の姿だ。気後れしてしまい、声も掛けずにそっとその様子を見つめていた。

 そんな最中、早朝であることにも構わず、賑やかな声を掛けられる。


「あっ、姫さん。おっはよー!」

「えっ、ソルドウィン!?」

「……いつの間に入ってきたのですか、貴方は」


 オルスロットの屋敷の玄関先、つまりは門の内側であるにも関わらず、いつの間にかソルドウィンが隣に立っていた。いくら親戚とはいえ、無茶苦茶だ。

 オルスロットも苦い表情でソルドウィンを見据え、深くため息を吐く。


「レイティーシアも、おはようございます。来ていたのなら声を掛けてくれれば良かったのに」

「おはようございます。準備のお邪魔になるかと思って……」


 それだけではないが気後れしたなど言いにくいため、そっと言葉を濁し、ソルドウィンに話を向ける。


「ソルドウィンも今日出陣なんでしょう? 一体どうしたの?」

「んー、姫さんに会いたいなって思って」

「わたしに……?」

「うん」


 珍しく言葉少ななソルドウィンは勝手にレイティーシアの手を取り、にぎにぎと握りだす。

 その変な様子にオルスロットと共に首を傾げるが、ソルドウィンは口を開きそうにもない。

 意味が分からない行動だ。しかし害があるわけではないため、ソルドウィンの行動の意図を探るのを諦める。ソルドウィンが意味の分からない行動をするのは、昔からよくあることだった。

 そして折角会えたのだから、とマリアヘレナに持ってもらっていたものを差し出す。


「これは?」

「前にソルドウィンから貰った石で作ったの。この石に魔力が溜まっているから、その魔力を使って何発か魔法を放つことが出来るはずよ。魔力を使い切っても、またしばらく時間を置いたら自然に魔力は溜まるから、ソルドウィンの助けになればいいのだけど」


 それは、以前オルスロットに試作品を渡した”竜の石”を使った魔道具だ。前々から他の石などを使って細々と改良を行っていたが、なんとか納得が出来るレベルのものが間に合ったのだ。

 しかし、魔力管理にシビアであろう魔術師に渡すにはまだ不安があった。恐々とソルドウィンの様子を伺うが、そんな不安など無駄であったと分かるほど、キラキラと瞳を輝かせていた。


「そんなすっごいの、貰っていいの?」

「ええ。無事に帰って来て欲しいから。それに、オルスロット様のことも助けてくれたら嬉しいわ」


 小さく笑いながらそう告げると、ソルドウィンはどこか困ったような笑みを浮かべる。


「ソルドウィン……?」

「あー、ううん。なんでもない。姫さん、ありがとね!」

「……? 一体どうしたの?」

「いやぁ、何でも……」

「何でもないことはないでしょう。どうしたんですか、今日は変ですよ?」


 レイティーシアに続いてオルスロットまでが問うと、ソルドウィンは少し悩んだ様子で黙り込む。そして身に着けた魔道具を弄りながら、ぽつりぽつりと話し出す。


「オレ、国がどうなろうと割とどうでもいいって思ってるけど」

「はあ……?」

「でも、姫さんを泣かせる気はない。何があっても、姫さんを裏切ることはないよ。だから、姫さんがアンタを助けてって言うんなら、助けてやる。姫さんがアンタを見限らない限りは、アンタも、国も裏切らない」

「何ですか、一体?」


 オルスロットを睨みつけるようにしながらも、常にはない真剣な表情で告げるソルドウィンに呆気にとられてしまう。しかし、そんな表情も束の間のことで、あっという間にいつものような飄々とした態度に戻ると、軽い調子で言い放つ。


「ま、何があっても、オレを信じてよってこと」

「……色々と気になることがありますが、分かりました」


 しばらくソルドウィンを見据えていたオルスロットは、小さくため息をついて頷く。


 国がどうなろうとかまわない、などという発言は騎士として見逃せないものであろう。

 しかし、ジルニス家の人間が魔術の才を何よりも重んじており、才能さえあれば他国の人間であろう惚れ込み、押しかけ女房化することも有名な話であった。そしてジルニス家は一族の繋がりも重視しており、その一族にチェンザーバイアット家も含まれているからこそ、辛うじてテルべカナン国に帰属している、というのはこの国の常識であった。

 だからこそ、ソルドウィンの発言は色々ひっかかることはあるが、ジルニス家の人間の発言と思えば当たり前のようなことだった。


 レイティーシアは小さく苦笑を零すと、ソルドウィンを真っ直ぐ見つめて告げる。


「ソルドウィン。貴方のこと、信じているわ」

「ん。ありがと!」


 レイティーシアの言葉を受けてニッコリと笑みを浮かべたソルドウィンは、勢いよく身を翻す。


「じゃ、行ってくるねー! 大通りに行けば出陣パレード見れるから、姫さんも来てね!!」

「えぇ!? い、行ってらっしゃい!」


 ブンブンと大きく手を振りながら、ソルドウィンはあっという間に去っていった。


「……嵐のような男ですね」

「えぇ。昔から、急に来て満足したら勝手に帰っていって。いつまでも変わらないのね……」


 急な出来事に、二人揃って呆れたように言葉を零す。

 しかし、そうこうしているうちに日は昇りだす。明るくなってきた空を見上げ、オルスロットは愛馬の手綱を取る。


「そろそろ、俺も行きます」

「オルスロット様……。無事のお帰り、お待ちしています」


 オルスロットの空いている左手を、レイティーシアは両手で握る。無事で戻って来て欲しい、そんな願いを込めていた。

 しばらく握りしめていると、オルスロットからも強く掌を握られ、グイと引き寄せられる。そしてレイティーシアのこめかみにキスを落とし、耳元で囁かれる。


「年明けまでには戻ります。だから、新年祭は、共に過ごしましょう」

「……! ……は、い」

「では、行ってきます。ソルドウィンも言ってましたが、是非出陣パレードも見に来てください」

「行って、らっしゃいませ」


 顔が真っ赤になっていると感じながら、なんとか見送りの言葉を告げると、オルスロットは優しい笑みを浮かべる。そして軽く髪を一撫ですると、馬を引いて屋敷から出ていった。

 その後ろ姿を何とか見送り、門が閉まるとともにレイティーシアはへたり込む。真っ赤に染まった顔を両手で隠し、声なき悲鳴を上げる。


 家の者たちがいる前で引き寄せられ、こめかみとはいえキスをされたなんて! しかも、新年祭を共に過ごすと約束した。

 新年祭は、家族や大切な人と過ごすものだ。既に結婚しているのだから今更ではあるのだが、改めて約束すると、変にドキドキしてしまう。


 そんなレイティーシアの気持ちを察している屋敷の者たちは、温かい眼差しで、小さく丸まっているレイティーシアを見つめていたのだった。


   § § § § §


 そして日も高く昇った昼前。

 王城から続く大通りには、多くの人々が集まっていた。これから、出陣パレードが始まるのだ。


 青く晴れ渡った空に高らかなファンファーレが響き渡り、大通りに集まった人たちの歓声が上がる。王城の門が開き、兵たちが現れたのだ。

 最初に、パレードのためだけに編成された楽団と、大きな国旗を掲げた兵たちが進む。そしてその後ろに、オルスロットを先頭に騎馬に乗った騎士たちが続き、歩兵や魔術師たちがその後だ。


 マリアヘレナと共に大通りへと来ていたレイティーシアは、そのパレードを見ながらも、周囲の人々のように歓声を上げられずにいた。

 ベールモント国との小競り合いは度々起きているし、大抵は大きな戦にはならずにすぐ終結している。今回も、そうかもしれない。

 でも、大切な人たちがこれから戦へ行くのを、不安に思わずにはいられないのだ。


 両手を胸元で握りしめ、静かに隊列を見つめていると、不意にオルスロットと視線が合う。ほんの僅か、オルスロットの目元が優しく笑った。

 こんな多くの人の中から見つけてくれたのだろうか。

 すぐに真剣な表情に戻り、ただ真っ直ぐに前を見据えて進むオルスロットの姿に、胸がギュッと締め付けられる。


 きっと大丈夫。戻って来る、と約束してくれた。

 自分自身でも、出来る限りのことはした。

 だから、心配なんてする必要はないはずだ。


 そう自分に言い聞かせながら、オルスロットたちを静かに見送る。そして気が付けば既にパレードは終わり、周囲の人もまばらになっていた。


「シア。そんなに不安か?」

「リィヤ姉さま……」


 いつの間にか、アンゼリィヤがレイティーシアの隣に立ち、優しく見つめていた。

 アンゼリィヤ自身は今日出陣ではないとはいえ、同じ第二騎士団の人間だ。暇であるはずはないのだが、わざわざ来てくれたのだろう。

 少し目を伏せ、小さく息を吐く。


「リィヤ姉さまが羨ましい。大切な人と一緒に、戦えるのだから」

「シア……」

「待っているだけというのは、つらいのね……」

「だが、待っている人が居る、ということで人は強くなる。必ず戻る、という思いは強いものだ」


 アンゼリィヤの言葉に驚いて顔を上げると、力強い笑顔で頷かれる。


「副団長は放っておいても、きっと帰って来るさ。その時にシアがやつれていたら、きっとうるさい。だから、笑って」

「リィヤ姉さま……。そう、ね。ちゃんとしなくちゃ」


 いつの間にか零れていた涙を拭い、レイティーシアはぎこちなく笑顔を浮かべるのであった。

新年祭は、クリスマスをイメージして頂ければと思います。

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