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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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前夜2

 昨日の午後から今朝方まで会議は続き、やっと作戦が決まったのだという。


「我々と共に、ソルドウィンたち一部の魔術師も明日出陣します。さらに準備を整えて、来週には団長やアンゼリィヤも出陣です」

「みんな、出陣するのですか……」

「はい。でも、必ず皆で戻ります。だから、心配しないでください」


 不安が隠せないレイティーシアの頬を撫で、オルスロットは優しく微笑む。

 長時間に渡る会議のせいで、オルスロットの顔には疲れが隠しきれない。それに、明朝出陣ならば、早く体を休めるべきだ。

 そうだというのに、レイティーシアのことを案じ、励ましてくれるその優しさに、嬉しさを感じる。


 頬に触れるオルスロットの手を取り、レイティーシアも笑顔を作る。


「はい。オルスロット様を信じます」

「ありがとうございます。では、俺は少し休みます」

「ゆっくりお休みください」


 そしてオルスロットは屋敷で保管している鎧や馬具といった戦装束の準備を執事に頼むと、寝室へと向かう。

 その背中を見送り、レイティーシアはドレスの胸元をきつく握りしめる。

 胸に巣食う嫌な予感は、さらに大きなものになっていた。


 きっと、この嫌な予感は出陣のことだけではない。


 そんな確信めいた思いを抱き、一度瞳を閉じる。

 瞼の裏には、動かなくなったランファンヴァイェンの姿や、襲い掛かってくるコルジットの姿が未だに鮮明に焼き付いている。コルジットの言葉を思い出し、無意識に手が震えてしまう。

 でも――。


 このまま、逃げ続けるだけでは、ダメなのだ。

 オルスロットの優しさに甘え続け、安全な場所で、ただ待つだけなんて、きっとそれでは後悔してしまう。

 だって、自分には。

 ほんの少しの力かもしれないけれど、出来ることがあるのだから。


 ぎゅっと掌を握り、息を大きく吐く。

 そして閉じていた瞳を開くと、側にいたクセラヴィーラに告げる。


「わたしは、作業部屋に行きます。食事は、すみませんが部屋へ持ってきてください」

「奥様……?」

「今日は1日、魔道具を作ります」


 驚きの声を上げて何やら言っているクセラヴィーラを置き去りにし、レイティーシアはまっすぐ作業部屋へと向かう。そして久しぶりに魔道具作成の道具を手に取り、一度大きく息を吐く。

 やはり、手は微かに震えている。

 試しに癒しの魔道具を作ってみるが、相変わらず刻んだ魔術式は歪んでおり、まともな効果はもたらさないだろう。


 でも、今日はもうこんなことでは投げ出さない。

 投げ出すわけには、いかない。


 また新しく魔道具制作の材料を取り出し、何度も、何度も作っていく。みんなの助けになりたい。オルスロット達が無事に帰って来れるように、守れるように。

 ただそれだけを思い、それ以外を考えずに手を動かすうちに、震えはなくなっていた。

 やっとまともに魔道具が作れるようになり、そして時々様子を見に来るクセラヴィーラに注意されて食事や休憩を取りながら、癒しや守りといった魔道具を量産していく。

 さらにある程度量産が済み、魔道具作成の勘が戻ってきたことを確かめると、以前からストックしていた特別な石を手に取る。


 みんなの助けに、という思いは嘘ではない。でも、その中でもひと際強く助けになりたい、無事に帰ってきて欲しいと思う人は居る。

 その人――オルスロットを想い、特別な魔道具を作り上げていく。


 そして納得が出来るだけの魔道具を作り終わり、顔を上げると既に窓の外は夕暮れ時であった。作業部屋も薄闇に沈み、いつの間にか作業机の照明が灯されていた。


「また、魔道具を作れるようになったのですね」

「っ! オルスロット様!」


 掛けられた声の元を辿れば、作業机の傍の椅子に座り、オルスロットがレイティーシアを見つめていた。その目は優しくもあるが、どこか悲しげでもある。


「どう、なさいましたか?」

「なにがですか?」

「オルスロット様が、悲しそうで……」


 そっと手を伸ばし、オルスロットの目元に触れる。

 驚いたように蒼い瞳を見開いたオルスロットは、苦笑してレイティーシアの手を取る。そしてその手を自身の頬へと導き、目を閉じる。


「そうですね……。多分、貴女のこの手が、また魔道具を作れるようになって、レイト・イアットに戻ってしまうのが残念なんです」

「え……」

「魔道具が作れないままなら、貴女は、俺の妻のレイティーシアだけですから。狙われることもないだろうし、それに……。貴女の作ったものを、他の人間に渡す必要もない」


 意外なことを呟くオルスロットは、握ったレイティーシアの手に頬をすり寄せ、目を開く。初めは氷のように思えた蒼い瞳は、今は高温の炎のように、熱くレイティーシアを見つめていた。


「見損ないましたか……?」

「え……その、えっと……」


 熱い視線に晒され、レイティーシアはどぎまぎと言葉を探す。

 そしてオルスロットに囚われていない方の手で机の上に置いている魔道具を手に取ると、ずいと目の前に突き出す。


 急なレイティーシアの行動に目をしばたかせたオルスロットは、小さく首を傾げる。


「イヤーカフ、ですか?」

「オルスロット様のために、作った魔道具です。わたしだって、オルスロット様の助けになりたいのです。ただ、それだけ、です」

「え……?」

「無事、帰って来て欲しいんです。だから、わたしは、この才能が有って良かったと思っています。でも、それ以外はどうでもいいんです。レイト・イアットとして、もう魔道具を発表するつもりはありません」

「レイティーシア……」


 呆けたようにレイティーシアを見つめるオルスロットに微笑むと、もう一度魔道具を差し出す。


「時間がなかったので、片方にしか魔道具としての力はないのですが、これは結界の魔道具です。何かあれば、自動で結界を展開してお守りします」

「……」

「オルスロット様?」


 全く反応のないオルスロットを見上げれば、ふわりと綺麗な笑みが向けられた。今まで見たことがないくらい、とても嬉しそうで、輝くような笑顔だ。

 あまりの驚きに硬直するレイティーシアに、オルスロットは問いかける。


「どちらが、魔道具なんですか?」

「……えっと。こちら、です」


 ぎこちなく、一方のイヤーカフを指すと、オルスロットはそれをさっさと自身の耳へと着ける。

 短い黒髪から覗く耳の淵に着けられたイヤーカフは、小さな蒼い石が嵌められたシンプルがデザインだ。銀で作った土台部分に細かく魔術式を彫り込み、なるべく邪魔にならず、常に身に着けられるように作ったのだ。


「どう、ですか? 違和感とか、ないでしょうか」

「そうですね。小さくて軽いですし、まったく気になりません。肌身離さず、身に着けるようにします」

「よかったです……。もう片方は?」


 ホッと息を吐いてもう一方のイヤーカフを差し出す。

 同じような小さな蒼い石は嵌めているが、魔術式を彫り込んでいない、よりシンプルな銀のイヤーカフだ。イヤーカフであれば別に左右セットでつけることもないかとは思いつつ、念のため作っておいたのだ。

 オルスロットはそのイヤーカフを一度受け取ると、レイティーシアの耳へと着ける。


「え……?」

「預かっていてください。必ず、帰りますから。戻ってきたら、返してください」

「……分かりました。帰りを、お待ちしております」


 まっすぐオルスロットの蒼い瞳を見上げ、そう告げると優しい笑みを返される。

 そしてイヤーカフを着けたまま耳に触れていた手をするりと頬まで移動させると、少し顔を近づける。


「レイティーシア。口付けを、許してくれますか?」

「っ……」


 間近で瞳を覗き込み、そう問いかけるオルスロット。

 レイティーシアは返答に困り、視線を少し彷徨わせる。しかしすぐにオルスロットの蒼い瞳を見つめ返すと、そっと瞼を下ろした。


 無言の返答に、オルスロットは小さく笑みを零す。そしてゆっくりと、唇を重ね合わせた。

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