豊穣祭1
レイティーシアが誘拐されたあの事件後も、表面上は平和に日々が過ぎていった。
ランファンヴァイェンとコルジット、オルスロットの屋敷の御者一家とそれなりの数の死者を出し、倉庫街での爆発騒ぎも発生していたが、世間的には別々に発生した事件とされていた。もちろん隣国ベールモント王国の関与も伏せられている。
爆発騒ぎは日中に起きたこともあり、市民たちの間でも色々な憶測がされていたが、それもしばらくすれば話題にも上がらなくなる。王都では毎日大小様々な事件が起きており、あっという間に忘れ去られていったのだ。
しかしオルスロットを始めとした国防に関わる者たちにとっては、忙しい日々であった。
大っぴらに北方へ配備する兵を増やしてベールモント王国を刺激するわけにはいかないが、王都近くに配備していた一部の部隊を北寄りに移動させていた。さらに情勢の落ち着いている北以外の三方では部隊編成を組み直し、いざという時にすぐに兵を動かせるよう調整も進めている。武器、薬、食料なども追加で北部へ運び込まれ、水面下では諜報部隊の情報戦が繰り広げられているようだ。
ついでに事務的な面でも、追加の予算取りという熾烈な戦いをする羽目になった。
人や物を動かすには、どうしても金がかかるのだ。しかし財務に関わる者たちからは、確証のない物事に対する予防的措置へ膨大な追加予算など出せない、の一点張り。根拠を積み重ね、理論を捏ねくり回し、落としどころを捻り出す作業は、下手な戦よりも労を要するものであった。
しかもオルスロットの上官であるバルザックはこういった事務作業では欠片も力にならないし、そもそも役に立つ気がないのだ。シュヴェンターたち第二騎士団付きの事務官と頭を悩ませている間、バルザックは度々姿を晦ましていた。後に聞いたところによると、怪我で休養中のアンゼリィヤの元へ足繁く通っては追い払われていたらしい。
オルスロットはあの花畑へ行った日以来休暇は取れず、レイティーシアともゆっくり顔を合わせる暇もない日々であったのに。団長であるバルザックは恋人と会うために逃亡を繰り返す日々。
軍備の再編などもひと段落付き、明日から豊穣祭という頃合いでオルスロットは半ばバルザックを脅すようにして、二日間の休暇をもぎ取ったのだった。
§ § § § §
「豊穣祭へ共に行きませんか?」
「豊穣祭、ですか?」
休みの前夜。
夕食を食べ終わって居間で寛ぐレイティーシアに誘いの言葉を向けると、きょとんとした表情で見返された。
「ええ。レイティーシアは王都の豊穣祭は初めてかと思いまして。一緒にいかがですか?」
「旦……、オルスロット様は、お仕事は大丈夫なのですか?」
花畑へ行った日から一月以上経っているのだが、顔を合わせる日も少なかったためか、未だにレイティーシアはオルスロットを名前で呼ぶことに慣れていないようだ。慌てて言い直す様子に苦笑しながら、レイティーシアの懸念を否定する。
「ちょうど仕事もひと段落ついていたので明日から二日間お休みを取れたんです。俺たちは王宮主催の式典に出る義務もありませんし、息抜きに街の方へ行きたいと思っているのですが」
「まぁ、そうだったんですね……。それなら、ぜひ」
どこか躊躇いながらも頷いてくれたことに、ホッと息を吐く。
レイティーシアはあの日以来、作業部屋に籠ることはなくなったらしいが、未だによく眠れない日はあるようだ。一時期よりは顔色も良くなり、食事もある程度は食べれているようではあるが、屋敷の中でぼうっとしていることが多いらしい。
人混みに連れ出すのは危険も伴う可能性はあるが、気晴らしになれば良い。そう考えての誘いだった。
今年の実りへの感謝と来年の豊作を願う「豊穣祭」は、農業大国であるテルべカナン王国において、一年の繁栄を祈る「新年祭」と並ぶ重大行事だ。どんな田舎の小さな村であっても、必ず執り行われる。
しかも王都においては、一週間かけて行われる盛大なお祭りだ。あちこちで旅芸人たちの出し物が行われ、色々な出店も出る。
王都全体も実りを祝う装飾で飾り立てられ、見た目から華やかになるのだ。
王族や貴族の当主は王宮で開かれる祈念式典への出席が義務付けられるが、それ以外の人間にとっては楽しいお祭り期間だ。
明るく、楽しい空気に触れれば気分も変わることだろう。
「それでは明日を楽しみにしています」
「はい。わたしも楽しみです」
微笑むレイティーシアの顔には、偽りではない期待の色が浮かんでいた。
さくっと説明回でした。




