約束3
告げられた言葉に、そして向けられるオルスロットの熱い眼差しに、レイティーシアの頭は真っ白になる。
先程まで感じていた胸の痛みなんかはどこかに飛んでいき、ただひたすら全身が熱かった。顔は間違いなく真っ赤になっているだろう。何か言わなければ、と思って口を開くも何も言葉にならず、ただはくはくと口を開閉するだけだった。
こんな挙動不審なレイティーシアの様子に、オルスロットは少しの心配と大いなる不安を抱えたような表情でレイティーシアの言葉を待っている。
だからこそ何か言わなければ、と思うのだが何を言えばいいのだろうか。どう答えたらいいのか、そもそも、自分がどう思っているのかすら分かっていなかった。
混迷を極めたレイティーシアは、正直に自分の気持ちを白状する。
「分かりません……」
「どうしたんですか?」
「わたしは、分からないんです。旦那様にはとても良くして頂いて、何回も助けて頂いて、とても、感謝しています。旦那様にご迷惑をお掛けしたくないし、魔道具が作れなくて、お役に立てないと思ったら、とても、辛かった……。この前、旦那様が助けに来てくれて、とても嬉しかったです。旦那様を見て、とても、安心しました……」
脈絡もなく、ただ思いつくままに自身の感情を口にする。
こんな訳の分からない言葉でも、オルスロットは真剣に聞いてくれている。だから、こんなことは言うのが辛かった。
「でも、それが、旦那様と同じような感情なのかは、分からないんです。わたしは、魔道具のことしか、分からないんです」
「レイティーシア……」
思わず零れた涙を、オルスロットに拭われる。そしてそのまま頬に手を添えられ、まっすぐ瞳を見つめられる。その蒼い瞳は、少し悲しげだった。
「貴女は、俺と共に居るのは嫌ですか?」
「そんなことはありません!」
問われた言葉に驚き、慌てて否定する。
自分の気持ちがどんなものかははっきりと分からないが、それでも、オルスロットと一緒に居るのが嫌なわけではない。こうやって頬に手を添えられてても、嫌ではない。
普通の人ならばもう答えも出ていそうなものなのだが、人付き合いよりも魔道具作りばかりをしていたレイティーシアには、どうにも確信が持てないのだった。オルスロットが言う愛情と、同じ気持ちなのだろうか、と。
しかしそれでも、オルスロットは良いようだった。ホッと一息吐くと、顔を綻ばせる。
「それなら良かった。今は、それだけで十分です。レイティーシアの気持ちが分かるまで、いつまででも待ちます」
「旦那様……」
「ゆっくりで構いません。魔道具作りについても、無理はしなくて良いんです。貴女が居てくれれば、それだけで俺は嬉しいから」
「でも……。わたしなんかで、良いのですか? 魔道具すら作れないわたしなんて、なんの価値もないのに……」
「レイティーシア、そんなことはありません。俺は、貴女が良いのです。貴女のことが、愛しいのだから」
「っ……!!」
不意打ちのような告白に、また顔が赤くなる。
そんなレイティーシアの様子に笑みを深めながらオルスロットは少し考える素振りをすると、さり気なく要求を口にする。
「そうですね……。もしレイティーシアが気に病むというのなら、一つ願いを聞いてくれませんか?」
「願い、ですか?」
「ええ。大した願いではないので、是非聞いて頂けると嬉しいです」
オルスロットからこんな要望をされるなんて珍しいと思いながら、レイティーシアは頷く。
「分かりました。一体なんでしょうか?」
「ありがとうございます。願いは、俺のことを名前で呼んで欲しいんです」
「なまえ……」
「ダメ、ですか?」
確かに大した願いではない。レイト・イアットの魔道具を融通して欲しいなんていう要求なんかに比べたら、とてもかわいいものだ。
しかし、そんなことを面と向かって望まれると、恥ずかしくなってしまう。
思わず言葉に詰まっていると、少し悲しそうな表情で顔を覗き込まれる。普段は凛々しい眉毛をへにゃりと下げたその顔に、慌てて首を横に振る。
「ダメではありません! えっと、その、オ…………」
「オ……?」
「…………オル、スロット様」
「はい。レイティーシア」
蚊の鳴くような小さな声で、しかもつっかえながら呼んだ名前だったにもかかわらず。
オルスロットは、秀麗な顔をより一層笑みに綻ばせたのだった。




