表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
73/100

約束2

 森の際にできた木陰に持って来た敷布を広げ、クセラヴィーラが用意してくれた昼食を食べつつ一休みする。

 広い花畑には他に人影もなく、蝶たちが舞っているだけであった。緩やかに下る傾斜となっている花畑の先には小川が流れており、そのずっと先には小さな村落があるようだ。

 とても長閑で、美しい場所だった。

 王都からそれ程離れているわけではなく、そこまで険しい道程でもない。全く人が居ないのが意外な場所だ。


「こんな場所が、こんなに近くにあるなんて、知りませんでした」

「ここは、穴場なんです。全く人が居ないのは俺も意外でしたが」


 そう言って小さく笑うオルスロットが、目の前に広がる花畑を指す。


「この花が咲く期間はとても短いんです。あそこに見える村の若者には人気の場所らしいですが、王都の人間だとなかなか気づけないようですね。実は今日も、花が咲いているかは心配だったんです」

「ふふ。では、とても運が良かったのですね」

「そうですね。花が咲いていなくても、とても長閑で良い場所ではあるんですが」

「ええ。とても、いい場所ですね。…………チェンザーバイアット領を思い出します」


 ぽつり、と零した言葉にオルスロットの表情が曇る。

 そして改めてレイティーシアへ向き直ると、意を決したように口を開く。


「レイティーシア。貴女のためを思うのならば、貴女をチェンザーバイアット領へ帰すべきなのでしょう」

「え……?」

「俺が貴女を王都へ連れて来たせいで、沢山危険な目に合わせてしまいました。ナタリアナの件も、コルジットの件も。俺が貴女に関わることがなければ、あんな目に合うこともなかったでしょう」

「旦那様、そんなことは」

「いえ。ないことはないはずです」


 レイティーシアの言葉を遮り、オルスロットが言い切る。


 確かにナタリアナの件は、オルスロットと結婚しなければレイティーシアが被害を受けることはなかったことだ。しかし、あれはオルスロットのせいではなく、ナタリアナの我儘な願望が原因だ。

 コルジットの件にしても、チェンザーバイアット領に居たとしても他の職人たち同様に拐われていた可能性は高いのだ。むしろ、王都に居て、オルスロットが探してくれたことで助かった可能性が高い。


 そんなレイティーシアの考えを伝えようと口を開く前に、真剣な表情をしたオルスロットが言葉続けるのだった。


「でも、貴女を手放したくないのです。この前貴女が拐われたと聞いた時、貴女を失うかもしれないと思って、ゾッとしました。そして気付きました。貴女を失いたくない、と」


 そこで一度言葉を切ると、オルスロットは自嘲したように笑う。


「自分本位な願いだとは分かっています。貴女にとっては迷惑でしかないかもしれません。それでも。もし許してくれるならば」


 そう言葉を続けながら、オルスロットはレイティーシアの手を取る。そしてレイティーシアの瞳を見つめながら、告げるのだった。

「レイティーシア。どうか、俺の側に居てください」

「っ…………」


 オルスロットから向けられる眼差しに、思わず視線を逸らせる。

 その蒼い瞳は、初めて見たときに感じた薄氷の様な印象はどこにもなく、狂おしい程の熱が籠っているように思えた。


 こんな熱烈な視線を向けられ、こんなにレイティーシアを求めるような言葉を言葉を掛けられたら、勘違いしてしまう。

 でも、オルスロットにとってレイティーシアの価値は、体のいい女避けであり、ジルニス家と繋がるためのパイプであり、レイト・イアットであることだったはずだ。

 そう考えたとき、レイティーシアは心臓が締め付けられたように、苦しくなった。


 そしてオルスロットから視線を逸らしたまま、絞り出すように告げる。


「でも、わたしは……。今、魔道具が作れません」

「え?」

「魔道具が、作れないんです……。レイト・イアットとして、お役に立てません。こんなわたしなんて、お側に居ても意味がありません!」


 気が付くと、涙が溢れていた。

 なんでこんなに苦しくて、なんで涙が溢れているのかは分からなかった。しかしそんな原因を考える余裕などはなく、ただひたすらに胸が痛かったのだ。


 涙を拭うことすらせず、服の胸元を握りしめて俯くレイティーシアの頬に、そっとオルスロットの手が触れた。そして親指で目元を拭われ、顔を上げるように促される。拒むように顔を横に振っても、名前を呼ばれて再度顔を上げるよう促されるだけだったので、恐る恐る顔を上げると。

 そこには、先程とは打って変わって苦悩の表情を浮かべたオルスロットがいた。


「旦那様?」

「レイティーシア。俺の言葉が不足していました。本当に、俺は貴女を泣かせてばかりいますね……」


 そしてまた自嘲するように笑うと、改めてレイティーシアの瞳をしっかりと見つめて口を開く。


「俺が貴女と結婚したのは、貴女を利用するためでした。その事実はなくなりません。でも、今はそれだけではないんです。レイティーシア、貴女がレイト・イアットでも、チェンザーバイアット家の方でなくても、共に居たい」


 今まで見たことがない、蕩けるような笑みを向け、オルスロットは告げる。


「貴女が、愛おしいのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ