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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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青空にかかる暗雲4

 今回の件は、王都警備を主とする第一騎士団の騎士の任務には収まりきらない。

 そう判断したオルスロットは、現場に駆け付けた騎士には簡単な状況説明以外はせず、ランファンヴァイェンとコルジットの遺体と共に王城へと向かう。現場の片付けを依頼した騎士たちにはかなりの不満を抱かれており、後々第一騎士団から文句を言われかねないが、仕方ない。


 そして王城に着いた時には既に日は傾き始めており、御前試合はとうに終わっているようだ。

 二人の遺体を騎士団所有の一室に運び込んでもらい、しばらくするとバルザックとソルドウィンがやって来る。特に呼び出しをしたわけでもないのに、耳が早い。


「で、姫さんは?」


 室内を見たソルドウィンが苛立たし気にオルスロットへ問いただす。バルザックも、怪訝そうな表情で説明を促している。


「レイティーシアは無事です。今日はとても色々あったので、屋敷で休ませてます」

「じゃあ、このランファンヴァイェンさんとコルジットは? なんでこんなことに……」

「ランファンヴァイェンさんは、俺が着いた時には既に……。コルジットは、今回の犯人です」

「はぁ!? コルジットが? あり得ないでしょ! だってアイツは親父の紹介でランファンヴァイェンさんのとこに来たんだよ?」


 まくし立てるように言いつのり、オルスロットへ詰め寄るソルドウィンをそのままに、はっきりと告げる。


「しかし、事実です。この傷も、コルジットにやられました」

「っ……」

「オルスとやり合ってそんだけやるなんて、かなりの手練れだな」

「はい。長年修練を積んだ暗殺者のような動きでした。以前会ったときはそんな様子は全くなかったので、かなりの者かと」


 オルスロットの言葉に、バルザックは大きく舌打ちをする。


「そんなんが入り込んでるなんてなぁ。やっぱりベールモントのヤツか?」

「恐らくはそうだと思いますが、一切口を割らずに命を絶たれたので……。もしかしたら、レイティーシアが囚われている間に何か聞いてるかもしれませんが、それも明日以降にして頂きたく」

「分かってるよ。流石に女性にそこまで無理強いはしねぇよ」


 オルスロットが軽く頭を下げると、バルザックは軽く頭を掻きながら頷く。ソルドウィンも威嚇するような表情から満足気な様子に戻り、バルザックが苦笑する。

 しかしすぐに真剣な表情に戻り、懸念を口にする。


「この、コルジットというヤツがガルフェルド魔術師長の紹介ってことだとすると、内通も考えないといけないのか……?」

「そんなわけっ!」

「身内は黙ってろ」


 すぐさま噛みつくソルドウィンを一喝で黙らせると、バルザックは唸りながら考え込む。しかし、すぐに大声を上げて、髪を掻きむしる。


「ぐあああ! こーいうの俺まじ向かないわ。なぁオルス、どう思うよ?」

「一応俺も今は身内なんですが……。ガルフェルド様が内通者、ということは考えすぎではないかと。あの方は、自身の研究が第一であるようですが、身内も大切にされています。ベールモントは他にもジルニス家の者へ危害を加えているようですから、流石にそれに協力することはないと思います」

「親父は、宮廷魔術師長である以前に、ジルニス家の当主だから。一族の者に手を出されて喜ぶような性質タチじゃないよ」


 オルスロットとソルドウィンの言い分を聞いたバルザックは、少し考えてから大きく頷く。


「だよなー。よし、じゃあいいか」

「は?」

「一体何ですか?」


 しかしバルザックは何も答えずに、ニヤリと笑うだけで部屋の扉へと向かう。そして部屋の近くに居たのであろう騎士に幾つか言付け、自身は扉の側で何かを待つ様子で立つ。

 不審げな視線を隠しもせずに向けるソルドウィンにも相変わらずニヤリ、と笑うだけで何も説明しようとしない。

 恐らく何か考えがあるのだろうが、こういう時のバルザックは勝手に突き進むだけだ。諦めた様子でしばらく待っていると。


 外から扉をノックされ、一人の魔術師が入って来る。


「待ってたぜ」

「失礼する。わざわざ私を呼び出すとはどういうつもりだ、第二騎士団長」

「っ親父!」


 思わず声を上げたソルドウィンへちらりと視線を向けた中年の男性は、宮廷魔術師長であり、ソルドウィンたちの父でもあるガルフェルド・ジルニスだった。

 ソルドウィンに対しては特に声もかけないまま、ガルフェルドはさっと室内を見回す。そしてランファンヴァイェンの遺体に目を止めると、僅かに表情を曇らせる。


「ランファン……。一体何があったのだ」

「ランファンヴァイェンさんと、レイティーシアがさらわれたんです。レイティーシアは無事助けられましたが、ランファンヴァイェンさんは間に合わず……」

「ちなみに犯人は、その隣にいるコルジットだとよ」

「コルジット……?」


 バルザックがそう言って顎で指したコルジットの遺体を見たガルフェルドは、眉間に深いしわを刻む。


「誰だ、アレは」

「へっ?」

「えぇ? コルジットって、親父がランファンヴァイェンさんに紹介した助手だよ?」

「それは分かっている。だが、私がランファンに紹介したのはアレじゃない」


 片手で額を覆ったガルフェルドは、深くため息を吐く。


「私はランファンに紹介する少年に紹介状を持たせた。だが、直接ランファンに紹介したわけではなかった」

「じゃあ途中で成り代わられたってことか」

「そうであろうな……。私も、ランファンに久しく会っていなかった。もっと会いに行っておれば、こんなこと…………」


 失敗は成功の基、とばかりに常に前のみを向いている様子のガルフェルドからは珍しく、とても後悔している様子であった。

 あまりにも重々しい空気に、オルスロットもソルドウィンもただ沈黙するしかない。しかしバルザックは、そんな空気など関係ないとばかりに、さくさくと話を進めていく。


「よし、じゃあ魔術師長は今回の件に全く関係なかったってことでいいな」

「……そうですが、もう少し空気というものをですね」

「はんっ、そんなもん気にしてて何になるってんだよ。それよりもだ。なんでオルスの奥方がこんな怪しいやつに狙われたんだ? ただの貴族の女性の誘拐にしては手が込みすぎてるだろ」

「それは……」


 今更ではあるが、もっともな問いにオルスロットは言葉を詰まらせる。バルザックには、まだレイティーシアがレイト・イアットであることは告げていないのだ。疑問に思っても当たり前だ。

 しかし、レイト・イアットであったために、今回の件が起きているのだ。そうやすやすと告げる気にもなれない。


 どうしたものかと悩んでいるうちに、ガルフェルドが口を開く。


「レイティーシアは、レイト・イアットだ」

「っ親父!!」

「ガルフェルド様!?」

「このようなことが起きてしまっては、隠し通すこともできまい。また同じようなことが起きないとも言い切れぬのならば、国も利用したほうが良かろう」


 重々しくそう言い切るガルフェルドに、バルザックは苦い笑いを零す。


「国を利用って……。オルス、流石にこれは上に伝えるぞ。今回の件含めて」

「……分かっています。ですが、レイティーシアはただの女性です。そのことをお忘れなく」

「分~かってるって。まぁ、上がそこまで理解してくれるかは分かんねぇが」

「そこは理解してもらわなきゃ。何なら手伝うよ?」


 何やら物騒な笑みを浮かべたソルドウィンが、身にまとった魔道具をジャラジャラと揺らしながら言い放つ。どう見ても、力で理解させるつもりだ。

 バルザックはうっすらと冷や汗を浮かべながらも、首を横に振る。


「いや、俺が頑張るわ……」

「そうしてくれ。あまり阿呆あほうなことを言うようなら、我が一族はいつでもこの国を見限ろう」

「……まじ、頑張るわ」


 淡々とした様子でさらなる脅しをかけるガルフェルドに、バルザックだけでなくオルスロットも顔を引きつらせる。元々ジルニス家は国への帰属意識は低いとは知っていたが、ここまで一族中心の考え方とは思っていなかった。

 だが、レイティーシアを下手に国に利用されたくもないオルスロットからしてみれば、大変頼もしくもある。


 バルザックとともに尽力しなくてはいけない側ではあるが、ガルフェルドの言葉を喜んで心に留めるのであった。


   § § § § §


 そしてそれからの日々は、予想した通り多忙を極めることとなった。


 レイティーシアの様子を伺いながら囚われていた間の話を数度聞き、ベールモントの仕業であることがほぼ確定となったためだ。国境警備を含め、様々なことの見直しが必要となったのだ。

 さらに、事前にある程度ジルニス家のことも匂わせながら伝えたにもかかわらず、保護という名目でレイティーシアを国に取り込もうとする存在が続出したのだ。おかげで仕事の傍ら、何回かガルフェルドにまで出張ってもらい、丁重にお断りをしている状況である。

 そんな日々のため、オルスロットが屋敷に帰り着くのはいつも夜更けであり、レイティーシアとは囚われていた間の聞き取り以外、会うことすら出来ずにいた。マリアヘレナなどから聞く限り、気丈に振舞っているが、かなり無理をしているのであろう。魔道具を作る作業部屋に籠る時間が増え、口数もかなり減っているらしい。

 

 そしてさらに幾日か過ぎ、多少落ち着いて食事を屋敷でとれる程度には仕事が片付いたある朝。

 何日かぶりに顔を合わせたレイティーシアは、顔色があまり良くなく、ぼうっとした様子であった。


「レイティーシア。良く眠れていないようですね」

「旦那様……。いえ、大したことは……」

「しかし」

「ご心配おかけして、申し訳ありません。どうか、私のことはお気になさらないでください」


 頑なに言い張ったレイティーシアは、朝食にほとんど手を付けないまま席を立つ。そしてそのまま食堂を去っていく彼女は、どこか思い詰めた様子だ。

 いくら多忙とはいえ、放っておくことなど出来ない。


 オルスロットはその日、無理やり休暇をもぎ取ったのだった。

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