青空にかかる暗雲3
「旦那様……」
「レイティーシア」
なんとも言えない心持ちでコルジットの亡骸を見据えていると、いつの間にかレイティーシアが側へとやって来ていた。青白い顔色でコルジットへ視線を送る彼女は、微かに震えている。
そっと目を塞ぎ、その場から離れるよう誘導する。
「旦那様っ!」
「貴女は、見なくていいんです」
「でも、わたしが……!」
レイティーシアの目を塞ぐ掌に、濡れた感触が生じる。また、泣かせてしまった。
眉間に軽くしわを寄せ、唇を噛む。
戦闘のあった場所から少し離れた場所まで移動して手を外すと、やはりレイティーシアの紫色の瞳からは大粒の涙が溢れていた。そしてオルスロットの左肩の傷を見て、さらに顔を歪ませる。
「旦那様っ、傷の治療を……」
「このくらい、大したことありません」
「そんなことありませんっ!」
憔悴した様子でありながらも、治療を強く訴えるレイティーシアに、思わず笑みが零れた。
「旦那様?」
「いえ。貴女が無事で、本当に良かったと」
不審そうなレイティーシアにそう告げるが、彼女は一層悲しげな表情で俯いてしまう。
そっと頬に手を添えて顔を上げさせ、紫色の瞳をしっかりと見つめて告げる。
「今回起きたことは、貴女に責任があることではありません。俺も、アンゼリィヤも、そして恐らくランファンヴァイェンさんも、自ら決めて、行動したことです」
「でも……。それでも、わたしが居たせいです!」
「そうかもしれません。でも、俺は……、俺たちは、貴女が大切だから、行動したんです」
「っ…………。でも……」
納得出来ないレイティーシアの頬を撫で、溢れ続ける涙を拭う。
「レイティーシア。きっと貴女は、どうしたって気に病んでしまうでしょう。でも、今はまず、休みましょう。貴女には休息が必要です」
「っ……」
「それに、貴女には辛い思いをさせて大変申し訳ないのですが、後ほど捕まっていた間の出来事を話して頂くことになると思います。だから、せめて今だけは何も考えず、休んでください。お願いします」
じっと見つめ、何度も重ねてお願いをすると、レイティーシアは渋々といった様子で頷いてくれたのだった。
そしてレイティーシアと話をしているうちに到着していた第一騎士団の騎士たちに軽く状況を説明しつつ、母が居るであろうランドルフォード家の屋敷へと伝言を依頼する。
一台しかないオルスロットの屋敷の馬車は行方が知れないままであるし、いくらレイティーシアが心配とはいえあっさりとこの場を離れるわけにもいかない。その点、母であればレイティーシアを屋敷に送り届けるためにも最適な人を手配してくれるはずだ。
そんな考えで迎えの手配をした後は、時々確認に来る騎士への対応以外はレイティーシアの隣で待つ。いくら第二騎士団の副団長とはいえ、戦闘中でもなしに第一騎士団の管轄で指揮を執る必要もないからだ。
そしてしばらくすると。
倉庫街にまでわざわざ来ている野次馬のせいでゆっくりとした速度ではあるが、伝言を依頼したタイミングからすれば異様な速さで一台の馬車が到着した。傍目からはそこまで立派には見えない、しかし内装は十分な設えな、お忍び用の馬車だ。
そして御者やオルスロットが開ける前に、内側から開かれた扉から、マリアヘレナと、母のイゼラクォレルが降りてくる。
「奥さまっ!」
「マリア……!?」
「母上までいらっしゃるとは……」
「貴方がわざわざ、わたくしにお願いをしてきたんですもの。何かあったと思うに決まっているわ」
そう言いながら周囲の惨状やオルスロットの肩の傷を確認すると、イゼラクォレルは小さく息を吐く。そしてすぐにマリアヘレナとレイティーシアに馬車へ乗るよう促すと、オルスロットを見上げる。
「レイティーシアのことは、任せなさい。わたくしもしばらく付いています」
「ありがとうございます」
「貴方も、仕事もあるのかもしれないけれど、早く傷を治療しなさい」
「……すみません。後で、手当てをします」
「オルスロット、貴方はいつもそうね」
「何がですか」
呆れた様子でため息を零すイゼラクォレルに、オルスロットは軽く眉間にしわを寄せつつ先を促す。
「騎士である貴方に言うのも愚かなこととは思っているけど、自分を大切にしなさい。貴方は昔から、自分に対して無頓着なのだから。貴方がレイティーシアを心配するのと同じように、貴方のことを心配している人も居るのよ」
そう言いながら、イゼラクォレルの視線は馬車へと乗り込むレイティーシアへと向けられている。
「……すみません。必ず、手当てをします」
「そう。それなら、わたくしたちは行くわ。…………貴方たちが無事で、本当に良かったわ」
最後に付け加えるようにそう告げると、イゼラクォレルも馬車へと乗り込み、さっさと扉を閉める。そして窓も分厚いカーテンで隠された馬車は、中の様子を伺わせないまま、倉庫街を去っていったのだった。




